概要
ニューイングランドの古い農家を舞台にした一篇。「アーカム」の地名が初めて言及される記念碑的な作品であり、書物の挿絵に取り憑かれた老人の異常な嗜好が、乾いた恐怖として描かれる。
作品情報
- 執筆・発表年: 1920年12月12日執筆/1923年12月〜1924年1月号発表(「ウィアード・テイルズ」誌)
- 主題タグ: アーカム初出(地名のみ)、書物の挿絵への嗜好、人肉食への言及
登場神格・用語
- アーカム
あらすじ
自転車旅行中、激しい雷雨に見舞われた語り手は、ミスカトニック渓谷の人気のない古い農家に雨宿りを求める。無人と思われたその家で、語り手はピガフェッタ著『コンゴ王国誌』の古い蔵書を手に取るが、その本は決まってアンジーク族の人肉食を描いた凄惨な挿絵のページで開く。やがて姿を現した奇妙な老人は、その本を大切に扱い、挿絵について気味の悪い熱心さで語り始める。会話が進むにつれ、老人は「肉を食べれば長生きできると聞いて、もし本当にそうしたらどうなるだろうと考えた」と、ぞっとするような独白を漏らす。その言葉が途切れた瞬間、開いたままの挿絵のページに赤い染みが滴り落ち、語り手が見上げた天井には、じわじわと広がる赤黒い染みが広がっていた。直後の落雷が、語り手の意識を奪う。
読みどころと注目テーマ
「恐怖を求める者は奇怪で遠い場所に取り憑く」という有名な書き出しに続けて、語り手は数ある怪異の舞台の中でも、ニューイングランドの寂れた古い農家こそ「醜悪の極致」だと言い切る[1]。実際に読者が対峙するのは怪物でも幽霊でもなく、ただ一人の老いた田舎者にすぎず、その素朴で訛りの強い語り口が、彼の告白する嗜好の異常さとの落差を際立たせている。老人が繰り返し眺めるという人肉食の挿絵、そして「肉は血となり肉となり、新しい命を与えるというから、もっと同じものを食べれば、人はいよいよ長く生きられるのではないかと考えた」という独白は、彼が単なる猟奇的な好事家ではなく、老いと死への恐怖から一線を越えてしまった人物であることを静かに示唆している[2]。物語は老人の告白を最後まで完結させず、天井に広がる赤黒い染みと落雷によって唐突に閉じる――何が起きたのかを直接描かず、読者の想像に委ねる幕切れは、本作を単なる猟奇譚から一段引き上げている[3]。
執筆背景と影響
本作で初めて言及される「アーカム」は、地名のみの言及に留まるが、後の『死体蘇生者ハーバート・ウェスト』で本格的な舞台として発展し、ミスカトニック大学を擁するラヴクラフト神話の中心地となっていく。
原典はこの農家に踏み込む前に、ニューイングランド辺境に点在する「塗装もされていない小さな木造家屋」そのものが放つ不気味さを長々と描写しており、これから起こる出来事の予兆として機能している[4]。老人自身の台詞も、ニューイングランド農村部特有の訛りを再現した口語体で綴られており、その素朴な語り口が凄惨な告白との落差を際立たせる、ラヴクラフト作品の中でも際立って方言表現に富んだ一篇でもある。
出典
- [1] “Searchers after horror haunt strange, far places…But the true epicure in the terrible…esteems most of all the ancient, lonely farmhouses of backwoods New England; for there the dark elements of strength, solitude, grotesqueness, and ignorance combine to form the perfection of the hideous.”(訳: 「恐怖を追い求める者たちは、奇怪で遠い場所に取り憑く……だが真に恐怖を愛でる者は、何よりもまず、ニューイングランド奥地の、古く寂れた農家を至高のものとする。そこでは力・孤独・グロテスクさ・無知という暗い要素が組み合わさり、醜悪の極致を成しているからだ」) — H. P. Lovecraft, “The Picture in the House”(1920年執筆/1923年発表)冒頭, 公式アーカイブ ↩
- [2] “They say meat makes blood an’ flesh, an’ gives ye new life, so I wondered ef ’twudn’t make a man live longer an’ longer ef ’twas more the same—”(訳: 「肉は血となり肉となり、新しい命を与えるというから、もっと同じものを食べれば、人はいよいよ長く生きられるのではないかと私は考えたのだ……」) — 同上、老人の独白, 公式アーカイブ ↩
- [3] “…beheld just above us on the loose plaster of the ancient ceiling a large irregular spot of wet crimson which seemed to spread even as I viewed it…A moment later came the titanic thunderbolt of thunderbolts; blasting that accursed house of unutterable secrets and bringing the oblivion which alone saved my mind.”(訳: 「……古い天井の崩れかけた漆喰の上、我々のちょうど頭上に、濡れた深紅の不定形の染みがあり、それは見ている間にも広がっていくようだった……その直後、雷鳴中の雷鳴とも言うべき凄まじい落雷が、名状しがたい秘密を抱えたその呪われた家を打ち砕き、私の正気を救う唯一の忘却をもたらした」) — 同上、結末, 公式アーカイブ ↩
- [4] “Most horrible of all sights are the little unpainted wooden houses remote from travelled ways, usually squatted upon some damp, grassy slope or leaning against some gigantic outcropping of rock. Two hundred years and more they have leaned or squatted there…”(訳: 「もっとも恐ろしい光景は、人通りのない道から離れた、塗装もされていない小さな木造家屋である。たいていは湿った草の斜面にうずくまり、あるいは巨大な岩の突起にもたれかかるように建っている。二百年以上もの間、それらはそこにうずくまり、あるいはもたれかかり続けてきた……」) — H. P. Lovecraft, “The Picture in the House”(1920年執筆/1923年発表)、農家の描写, 公式アーカイブ ↩





