編集部注(拡張神話): 本記事が扱うセラエノは、H・P・ラヴクラフト存命期のパブリックドメイン原典には登場しません。当サイトで確認できる範囲で最も早い言及は、オーガスト・ダーレス「The Trail of Cthulhu」第1話(Weird Tales 1944年3月号)です[1]。先行する「ハスターの帰還」(1939年)の本文にはセラエノの名は登場しません[2]。「The Trail of Cthulhu」は現時点でパブリックドメインではないため、本記事の引用は同作からの短い一節の試訳(出典脚注付き)に限定しています。
概要
プレアデス星団に属する恒星の一つとされ、太古に旧神(エルダー・ゴッズ)から奪われた書物と象形文字を刻んだ石柱群を収める大図書館を擁する星である[1]。地球の魔術師たちが精神転移(アストラル・プロジェクション)によって訪れ、断片的な知識を持ち帰るための「知の中継地」として、ダーレス版クトゥルフ神話の中で重要な役割を担う。
基本プロフィール
- 分類: 地名(恒星)[1]
- 欧文表記: CELAENO
- 初出: 当サイトで確認できる範囲では、オーガスト・ダーレス「The Trail of Cthulhu」(Weird Tales vol.37 no.4、1944年3月)[1]。先行する「ハスターの帰還」(1939年)の本文にはセラエノの名は登場しない[2]。
- 位置づけ: 地球から遠く離れたプレアデス星団に属する恒星
原典での描写
セラエノという場所の語られ方
物語の末尾近く、危機を脱した語り手アンドルー・フィーランは、自らセラエノについて調べた。「それは、片側にアルキオネとエレクトラ、もう片側にマイアとタイゲタを置く、プレアデス星団のうちのあの星である」という一節が示す通り、セラエノはプレアデス星団に属する実在の恒星の名として描かれる[1]。同じ箇所では、ハスターの座するハリの湖がアルデバランの近くにあるとも記され、セラエノの周辺はハスター神話の地理と地続きに語られる[1]。物語の結末では、フィーランが黄金の蜜酒を口にし、笛を吹く直前の夜空に、プレアデスとセラエノが北東の地平から昇る場面が置かれる[1]。
大図書館と石板
行方をくらませていた二十年について問われたシュリュズベリイ博士は、その間セラエノにいたと答えた。そこは旧神(エルダー・ゴッズ)から奪われた書物と象形文字を収める、太古の巨石でできた大図書館だったという[1]。博士の書斎にあった「セラエノ断章」と題する封をされた一綴りは、この図書館で博士自身が書き取った記録とされる。詳しい経緯は「セラエノ断章」の記事に譲る。
シュルーズベリイ博士の滞在と帰還
セラエノでの二十年を口にした直後、博士は急に押し黙り、身を震わせて顔をゆがめ、残りの資料をミスカトニック大学図書館へ運ぶようフィーランに命じた[1]。物語の終盤、追っ手が迫る場面で博士はフィーランに星形の石と黄金の蜜酒を託し、深きものたちの脅威からは石が守ってくれるが、それ以外の追っ手には石だけでは無力だと告げる[1]。博士自身は、追っ手があきらめるまで再びセラエノへ戻るつもりだと語り、物語はフィーランがその教えに従って笛を吹く場面で幕を閉じる[1]。
由来・モデル
セラエノという名称自体は、ギリシャ神話のプレイアデス七姉妹(アトラスとプレイオネの娘たち)の一柱、あるいは「かき乱す女」を意味するハルピュイア(ハルピー)の一柱の名に由来するとされ、プレアデス星団の実在の恒星(現代の天文学でも「セラエノ」の名で呼ばれる恒星が存在する)にちなんで命名されたと考えられる。地球上に実在する場所ではなく、ダーレスが神話の舞台を惑星規模から恒星間規模へ拡張する目的で創造した、純然たる架空の宇宙的地名である。
歴史・年表
ダーレスの体系では、太古の昔、旧神(エルダー・ゴッズ)から奪われた書物と象形文字の記録が、何らかの経緯でこのセラエノの大図書館に集められたとされる[1]。物語内の「現代」パートでは、ミスカトニック大学の学者ラボバン・シュリュズベリイ教授が、ハスターとその眷属の脅威に対抗する術を求め、精神だけを肉体から離脱させてこの図書館へ到達し、「セラエノの断章(Celaeno Fragments)」と呼ばれる石板群の一部を解読・記録して持ち帰ったという筋書きが語られる。この断章は後年のダーレス作品・後続作家の作品内で、しばしば「旧支配者の弱点や封印方法を記した貴重な資料」として繰り返し引用される設定上の小道具となった。
性質・特徴
セラエノの導入は、クトゥルフ神話の舞台を地球という単一の惑星から、恒星間規模の宇宙的スケールへと一気に拡張する画期をなす。同時に、「対抗する知識さえ手に入れれば旧支配者に対抗できる」という、ラヴクラフト自身の宇宙的恐怖(人智を超えた存在の前に人間の知識は無力である、という不可知論的な絶望)とは方向性の異なる、SFやパルプ・アドベンチャー的な「知識探求による勝利」のモチーフを神話体系に持ち込んだ地名として位置づけられる。この方向性の違いは、ダーレス神話がしばしば「善と悪の宇宙的な戦い」という、原典にはない勧善懲悪の図式を持ち込んだと評される一因ともなっている。
関連する人物・存在
ミスカトニック大学の学者ラボバン・シュリュズベリイ教授がセラエノの大図書館へ到達した人物として知られる。図書館の書物と象形文字は旧神(エルダー・ゴッズ)から奪われたものとされる[1]。断章の内容として当サイトで確認できるのは黄金の蜜酒の調合法などの記述であり、内容がハスターに関する記述を中心とするかどうかは当サイトでは確認していない。
主要登場作と読みどころ
- 「The Trail of Cthulhu」第1話(Weird Tales、1944年3月号): 当サイトで確認できる範囲では、セラエノおよび「セラエノの断章」が初めて言及される作品である[1]。シュリュズベリイ教授が行方をくらませていた二十年間をセラエノの大図書館で過ごしたと語り、物語の終盤では星セラエノそのものへの帰還が示唆される[1]。
- 後続のダーレス作品群: 「セラエノの断章」が他のダーレス作品でも繰り返し使われたと言われるが、当サイトではそれらの本文を確認していない。
よくある誤解
Q. セラエノはラヴクラフト自身が創造した地名ですか?
A. いいえ。ラヴクラフト存命中(1937年没)の作品には登場しません。当サイトで確認できる範囲では、没後にオーガスト・ダーレスが1944年3月号の「The Trail of Cthulhu」で初めて用いた、後年の拡張神話に属する地名です[1]。先行する「ハスターの帰還」(1939年)の本文にはこの名称は登場しません[2]。
Q. 「セラエノの断章」を読めば旧支配者に確実に対抗できるのですか?
A. 物語内の設定としては強力な対抗知識とされますが、これはダーレス版の体系における設定であり、原典ラヴクラフト作品に見られる「人間の知識では宇宙的恐怖に対抗できない」という不可知論的な世界観とは前提が異なります。
出典
[1] August Derleth, “The Trail of Cthulhu,” Weird Tales vol. 37, no. 4 (March 1944), pp. 29-32. 掲載誌スキャン(archive.org、識別子 Weird_Tales_v37n04_1944-03): https://archive.org/details/Weird_Tales_v37n04_1944-03 。訳文は当サイトの試訳。[2] 当サイトで『Weird Tales』1939年3月号(オーガスト・ダーレス「ハスターの帰還」収録号、archive.org)の本文を機械検索した結果、”Celaeno”の語は確認できなかった(“Hyades”は7件)。確認日: 2026年9月。






