概要
インスマスの町を実質的に支配する秘密教団。作中では「東方から一世紀前に持ち込まれた、堕落した半異教的なもの」と説明され、町の漁業が枯渇しかけていた時期に持ち込まれ、その後の異常な豊漁とともに急速に勢力を広げた。旧フリーメイソン会館(ニュー・チャーチ・グリーンの柱廊付きの建物)を本拠地とし、フリーメイソンに完全に取って代わった。
原典での描写
町を出る前に聞いた教団の噂
「インスマスの影」の語り手は、インスマス行きを決める前、ニューベリーポート歴史協会のティルトン嬢からこの教団の噂を聞かされる。彼女によれば、これは「エソテリック・オーダー・オブ・ダゴン」と呼ばれる秘密教団で、インスマスの漁業が枯渇しかけていた一世紀前に東方から持ち込まれた「堕落した半異教的なもの」であり、正教のあらゆる教会を呑み込むまでに勢力を広げたのだという[1]。インスマスで出会った食料品店の若い店員も、「柱廊付きのオーダー・オブ・ダゴン会館」の周辺には近寄らないよう語り手に助言し、いまも使われている教会はどれも所属教派から絶縁され、奇怪な儀式と祭服を用いていると語る[2]。
旧メイソン会館と司祭の姿
語り手自身も、バスでインスマスに入る道中、ニュー・チャーチ・グリーンに面した柱廊付きの建物を目にする。かつて白かった塗装は灰色に色褪せ、看板には「エソテリック・オーダー・オブ・ダゴン」の文字がかろうじて読み取れ、これがいまや堕落した教団に明け渡された旧メイソン会館なのだと悟る[3]。その後、通りを歩く一人の司祭らしき人影を見た語り手は、名状しがたい戦慄を覚える。祭服は教団が地元教会の儀式に手を加えて以来導入されたものらしく、司祭がかぶる背の高い宝冠は、前夜ティルトン嬢に見せられたものとほとんど同じ形をしていた[4]。この経験のあと語り手は、あの司祭を見た教会の前を再び通ることに堪えられず、食料品店の若者の忠告どおりオーダー・オブ・ダゴン会館の周辺を避けて遠回りする[5]。
ザドクが語る教団の始まり
老いた酔いどれザドク・アレンが語る町の来歴では、オベド・マーシュ船長のもとで異国風の金の装身具や豊漁がもたらされ始めたころ、「わしらの仲間はエソテリック・オーダー・オブ・ダゴンを組織し、カルヴァリー・コマンダリーからメイソン会館を買い取った」のだという[6]。フリーメイソン会員だったマット・エリオットはこの売却に反対したが、ちょうどそのころ姿を消したとザドクは付け加える。ザドクによれば、オベドは当初から混血や子孫を魚に変えて永遠の命を得させることまでは望んでおらず、太平洋の島で目にしたような金の品を望んでいただけで、教団の他の者たちもしばらくはそれで満足していたという[7]。
教団の明かりと破棄草稿での結末
物語終盤、ギルマン・ハウスから縄梯子で脱出した語り手は、崩れかけた煙突の向こうにオーダー・オブ・ダゴン会館と、バプテスト教会、組合教会に明かりが煌々と灯っているのを目にする[8]。刊行稿では会館のその後は語られないが、破棄草稿では、語り手が町を去った後の爆発と掃討により「柱廊付きのオーダー・オブ・ダゴン会館」も他の建物とともに失われたと結ばれている[9]。
基本プロフィール
- 分類: 教団(秘密結社)
- 欧文表記: ESOTERIC ORDER OF DAGON
- 初出・出典: インスマスの影(1936年発表)
由来と歴史 / 詳細設定
作中の伝承によれば、船長オベド・マーシュが太平洋の島々との交易の過程で持ち帰った信仰とされ、教団創設とともに町の教会をも次々と傘下に収めていった。教団の会員たちは特異な祭服と、宝冠(ティアラ)を身につけるとされ、地元の教会(バプテスト教会・組合教会)も表向きの教義を保ちながら実際には教団の異形の儀式を行うようになったと語られる。教団の本拠地であるダゴン会館は、町の外部からの訪問者にとって近づくべきでない「禁域」として描かれ、深きものどもとの婚姻・不老不死の契約を仲介する場として機能している。
性質と影響
表向きは宗教結社の体裁を取りながら、実態は深きものどもとの混血・契約を町全体に強制する装置として機能する。フリーメイソンという実在の友愛結社の建物・組織構造を乗っ取る形で描かれる点は、閉鎖的な地方コミュニティが外部から侵食されていく恐怖を象徴的に表現している。
関連する用語
インスマス、深きものども、デビル・リーフ、オベド・マーシュ
出典
- [1] “It was called, she said, “The Esoteric Order of Dagon”, and was undoubtedly a debased, quasi-pagan thing imported from the East a century before, at a time when the Innsmouth fisheries seemed to be going barren.”(訳: 「それは彼女によれば『エソテリック・オーダー・オブ・ダゴン』と呼ばれており、インスマスの漁業が枯渇しかけていたころ、一世紀前に東方から持ち込まれた、堕落した半異教的なものに間違いなかった」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth”(1931年11月-12月執筆、1936年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “One must not, for example, linger much around the Marsh refinery, or around any of the still used churches, or around the pillared Order of Dagon Hall at New Church Green. Those churches were very odd—all violently disavowed by their respective denominations elsewhere, and apparently using the queerest kind of ceremonials and clerical vestments.”(訳: 「たとえば、マーシュ精製所の周辺や、いまも使われている教会のあたり、ニュー・チャーチ・グリーンの柱廊付きオーダー・オブ・ダゴン会館の周辺には、あまり長居してはならない。それらの教会はどれも実に奇妙で、よそにある各教派の本部からは軒並み激しく絶縁されており、この上なく奇怪な儀式と祭服を用いているようだった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “The structure’s once white paint was now grey and peeling, and the black and gold sign on the pediment was so faded that I could only with difficulty make out the words “Esoteric Order of Dagon”. This, then, was the former Masonic Hall now given over to a degraded cult.”(訳: 「かつて白かった建物の塗装はいまや灰色に剥げ落ち、切妻の黒地に金の看板はひどく色褪せていたので、『エソテリック・オーダー・オブ・ダゴン』の文字をかろうじて読み取れる程度だった。これこそが、いまや堕落した教団に明け渡された、かつてのメイソン会館だった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] “It was the pastor; clad in some peculiar vestments doubtless introduced since the Order of Dagon had modified the ritual of the local churches. … the tall tiara he wore; an almost exact duplicate of the one Miss Tilton had shewn me the previous evening.”(訳: 「それは司祭だった。オーダー・オブ・ダゴンが地元の教会の儀式に手を加えて以来、おそらく導入されたのであろう特異な祭服をまとっていた……彼がかぶっていた背の高い宝冠は、前夜ティルトン嬢が見せてくれたものとほとんど寸分違わぬ複製だった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [5] “the grocery youth had told me that the churches, as well as the Order of Dagon Hall, were not advisable neighbourhoods for strangers.”(訳: 「食料品店の若者は、教会もオーダー・オブ・ダゴン会館も、よそ者にとっては近づかないほうがよい界隈だと語り手に告げていた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [6] “An’ jest then our folks organised the Esoteric Order o’ Dagon, an’ bought Masonic Hall offen Calvary Commandery for it . . . Matt Eliot was a Mason an’ agin’ the sellin’, but he dropped aout o’ sight jest then.”(訳: 「そしてちょうどそのころ、わしらの仲間はエソテリック・オーダー・オブ・ダゴンを組織し、カルヴァリー・コマンダリーからメイソン会館を買い取った……マット・エリオットはメイソン会員でその売却に反対しておったが、ちょうどそのころ姿をくらましおった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [7] “I dun’t think he aimed at fust to do no mixin’, nor raise no younguns to take to the water an’ turn into fishes with eternal life. He wanted them gold things, an’ was willin’ to pay heavy, an’ I guess the others was satisfied fer a while.”(訳: 「奴が初めから混血をやろうとか、子供らを海へやって不死の魚に変えようなどと企んでおったとは、わしは思わん。奴はただあの金の品が欲しかっただけで、それには大枚を払う気でおったし、他の連中もしばらくはそれで満足しておったろうよ」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [8] “far across the crumbling chimneys to the north I could see lights ominously blazing in the Order of Dagon Hall, the Baptist church, and the Congregational church which I recalled so shiveringly.”(訳: 「はるか北の崩れかけた煙突の向こうに、オーダー・オブ・ダゴン会館と、身震いとともに思い出されるバプテスト教会、組合教会に、不吉な明かりが煌々と灯っているのが見えた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [9] “Especially am I glad that the old brick jewellery factory and the pillared Order of Dagon Hall have gone along with the rest.”(訳: 「とりわけ、あの古いレンガ造りの宝飾工場と柱廊付きのオーダー・オブ・ダゴン会館が、他のものと共に失われたことを私は喜んでいる」) — H. P. Lovecraft, “Discarded Draft of The Shadow over Innsmouth”(1931年), 公式アーカイブ ↩




