概要
クラウドファンディングサイトGamefound上に、「Arkham Horror Remastered – Vault Series」というプレビューページが公開されている。Creator表記はFantasy Flight Games(責任主体としてAsmodee North America, Inc. doing business as Fantasy Flight Gamesと記載)[1]。公式の説明文は「Fantasy Flight GamesのVault Series第1弾キャンペーンとして、クラシックなArkham Horrorボードゲームをリマスター版で復活させる」とし、2005年版の遊び味を、新しいクオリティ・オブ・ライフ・コンポーネント、新しいアートとグラフィック、整理し直されたルール(cleaned-up rules)でアップグレードする企画だと説明している[1]。
ページ上には「This is a campaign preview」の表示があり、確認時点でキャンペーン自体はまだ始まっていない。開始日はページ上に見当たらなかった。フォロワー数は21,349人(確認時点)、想定プレイ人数1〜8人、プレイ時間180分、対象年齢14歳以上と記載されている[1]。『Arkham Horror』は1987年にChaosiumから初版が出版され、2005年にFantasy Flight Gamesが第2版を刊行した作品で、この2005年版は長らく絶版が続いていた。
「アーカムの街」を最初に描いたのは誰か
このニュースを見て「あのアーカムがまた遊べる」と思う人は多いはずだ。だが、その”あのアーカム”の輪郭を最初に引いたのは誰なのか、あらためて確認しておく価値がある。
アーカムという地名がラヴクラフトの作品に現れるのは1920年執筆の「家のなかの絵」が最初だが、そこでは言及のみで、街として本格的に機能し始めるのは「死体蘇生者ハーバート・ウェスト」(1921-22年)からとされる[2]。この連作は、街を襲ったチフスの大流行を「まるでエブリスの広間から来た有害な悪鬼のように、腸チフスがアーカムを忍び寄り歩いた」[3]と描く。だがこの惨状も、続く「ダニッチの怪」(1928年)の事件も、『チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件』(1927年執筆)の一族の因縁も、それぞれ別の短編・長編として独立に書かれたものだ。アーカムという一つの都市の年表は、ラヴクラフトが最初から設計図を引いて作ったものではなく、17年にわたって書かれた複数の作品の断片が事後的に積み重なってできあがっている。
その積み重ね方には揺れもある。アーカムと隣接するダニッチの距離感は、ラヴクラフト自身の記述とオーガスト・ダーレスによる後年の記述とで食い違っており、単一の確定した地理設定として原典に存在するわけではない。原典のアーカムは、通り抜け可能な地図として完成した街ではなく、複数の語り手が別々の年に見た断片を、読者が頭の中でつなぎ合わせて初めて像を結ぶ街なのである。
地図と駒を与えたのはゲーム
その断片の集積を、実際に歩き回れる「盤面」に変えたのはゲームだった。1981年、アメリカのケイオシアム社がサンディ・ピーターセンの設計でTRPG『クトゥルフの呼び声』を発売し、探索者が現地に赴いて調査するという遊び方そのものが、アーカムのような舞台に道路・建物・移動という具体性を要求するようになった(この経緯は「クトゥルフ神話TRPGの刊行史」にまとめている)。続いて1987年、ボードゲーム『Arkham Horror』がChaosiumから発売され、2005年にはFantasy Flight Gamesが第2版として再刊した。ボードゲームというメディアは、プレイヤーが駒を動かして街区を巡り、施設ごとに異なる遭遇が起きるという形式そのものによって、「アーカム」を文字どおり手で触れて歩き回れる盤面へと作り変えている。
今回予告された「Arkham Horror Remastered」は、この2005年版の遊び味を継承しつつ、コンポーネントとルールを現代の水準へ引き上げる試みだ[1]。原典が言葉で断片を積み重ねたのに対し、ボードゲームは駒とマップで同じ街を組み立て直す——アプローチはまったく異なるが、どちらも「アーカム」という一つの名前のもとに立っている。
まとめ——重ね書きされたアーカム像
私たちが「アーカムの街」と聞いて思い浮かべる、霧に沈んだ古い大学町のイメージは、ラヴクラフトが十数編の作品に散らした断片だけでできているわけではない。そこに、TRPGとボードゲームが40年以上かけて与えてきた地図・移動・遭遇という体系が重ね書きされている。原典(第1層)とTRPG・ボードゲーム設定(第3層)がそれぞれ別の必然性から積み上げてきたものだという整理は、当サイトの「原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話」で述べた通りだ。Arkham Horror Remasteredのプレビューが公開された今このタイミングは、その重ね書きの厚みをあらためて確認する機会でもある。
なお、ボードゲーム版第3版のレビューは「アーカムホラー 第3版」、ビデオゲームが描くアーカムについては「The Sinking City 2」とアーカムの街の比較記事もあわせて参照してほしい。
参考資料
- [1] Gamefound公式ページ「Arkham Horror Remastered – Vault Series」(Creator: Fantasy Flight Games / Asmodee North America, Inc. doing business as Fantasy Flight Games名義)、キャンペーンプレビュー表示、フォロワー21,349人、プレイ人数1-8人・プレイ時間180分・対象年齢14+(2026年8月17日確認) https://gamefound.com/en/projects/asmodee/arkham-horror
- [2] “the third year of our course at the Miskatonic University Medical School in Arkham”(訳: 「私たちのミスカトニック大学医学部での課程の3年目」) — H. P. Lovecraft, “Herbert West—Reanimator”(1921-22年)、本サイト内「アーカム」より引用元を継承 https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hwr.aspx
- [3] “like a noxious afrite from the halls of Eblis typhoid stalked leeringly through Arkham”(訳: 「まるでエブリスの広間から来た有害な悪鬼のように、腸チフスがアーカムを忍び寄り歩いた」) — 同上、本サイト内「アーカム」より引用元を継承 https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hwr.aspx

