概要
『アーカムホラー 第3版』は、アーカムの街を舞台にした協力型ボードゲームである。日本語版を出しているアークライトの公式商品ページによれば、メーカーは Fantasy Flight Games、デザイナーは Richard Launius、Nikki Valens、Kevin Wilson の3名、原題は *Arkham Horror (Third Edition)*、日本語版の発売は2019年4月25日[1]。
公式の紹介文は、舞台と年代を明示している[1]。
1926年、マサチューセッツ州アーカム。この街に住むものは、無限に広がる暗黒の海域の中にある、無知という名の平穏な島に住んでいるのと同様だった。一握りの不運な探索者たちだけが、このニューイングランドの町のあらゆる場所からこの世界を脅かしている古の魔に対抗すべく、深淵に飛び込む勇気があるのだ。
「無知という名の平穏な島」——この言い回しには出どころがある。
紹介文が踏まえている原典の一節
ラヴクラフト「クトゥルフの呼び声」(1928年、『ウィアード・テイルズ』2月号)の冒頭は、次のように始まる[5]。
The most merciful thing in the world, I think, is the inability of the human mind to correlate all its contents. We live on a placid island of ignorance in the midst of black seas of infinity, and it was not meant that we should voyage far. The sciences, each straining in its own direction, have hitherto harmed us little; but some day the piecing together of dissociated knowledge will open up such terrifying vistas of reality, and of our frightful position therein, that we shall either go mad from the revelation or flee from the deadly light into the peace and safety of a new dark age.
(世界でもっとも慈悲深いことは、人間の心がその中身すべてを関連づけられないことだと思う。我々は無限の黒い海の只中にある、無知という名の平穏な島に住んでいる。遠くまで航海することは意図されていなかった。それぞれの方向へ伸びようとする諸科学は、これまでほとんど害をなさなかった。だがいつの日か、ばらばらの知識をつなぎ合わせたとき、現実の恐るべき眺望と、その中の我々の恐ろしい位置とが開かれ、我々はその啓示によって発狂するか、致死的な光から逃れて新しい暗黒時代の平安と安全へ走るかのどちらかになるだろう)
この作品は1928年の発表であり、米国の著作権保護期間(発表から95年)を過ぎてパブリックドメインに入っているため、当サイトは原文を引用している。
アークライトの紹介文にある「無限に広がる暗黒の海域の中にある、無知という名の平穏な島」[1]は、この一節をほぼそのまま日本語にしたものである。
公式の商品説明が、原典の最も有名な一文を下敷きにしている。ボードゲームの箱の説明としては、かなり踏み込んだ書き方だといえる。
この一節が意味すること
引用した一段は、ラヴクラフトが何を恐怖として書こうとしたかの宣言にあたる。
- 恐ろしいのは怪物ではなく、知識がつながってしまうこと
- 人間の精神が全部を関連づけられない、その無能さこそが「慈悲深い」
- つなぎ合わせた先にあるのは、発狂か、知ることをやめるかの二択
本作が「手がかりを集める」ことを中心の行動に据えているのは[1]、この構図をそのまま遊びにしたものと読める。手がかりが集まるほど、破滅に近づく。
詳しくは「クトゥルフの呼び声」と宇宙的恐怖の記事を参照してほしい。
基本情報
アークライト公式の「商品概要」による[1]。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| メーカー | Fantasy Flight Games |
| デザイナー | Richard Launius / Nikki Valens / Kevin Wilson |
| 原題 | Arkham Horror (Third Edition) |
| 日本語版の販売 | アークライト |
| 日本語版発売日 | 2019年4月25日 |
| 価格 | 8,580円(税込) |
| プレイ人数 | 1〜6人 |
| プレイ時間 | 120〜180分 |
| 対象年齢 | 14歳以上 |
1人でも遊べる。協力型ゲームであるため、ソロプレイが成立する設計になっている[1]。
内容物から分かること
公式が掲載しているコンポーネント一覧は、次のとおりである[1]。
| 種別 | 数量 |
|---|---|
| 区域タイル | 5枚 |
| 街路タイル | 7枚 |
| 探索者シート | 12枚 |
| カード | 469枚 |
| 探索者コマ / スタンド | 各12個 |
| イベントデッキホルダー | 1個 |
| ダイス | 6個 |
| トークン | 265個 |
| シナリオシート | 4枚 |
| ビギナーズガイド / リファレンスガイド | 各1冊 |
カード469枚、トークン265個。この物量が、本作の性格を示している。街を歩いて手がかりを集め、遭遇を解決していくという遊びを、紙とトークンで表現するとこの規模になる。
探索者シートが12枚、シナリオシートが4枚という構成も重要である[1]。12人の中から選び、4つのシナリオを遊ぶ——組み合わせで変化が生まれる作りになっている。
クトゥルフ神話との関係
街そのものを盤にする
公式紹介文は、ゲームの中身をこう説明する[1]。
探索者たちはアーカムの街路を探索し、奇妙な場所や、奇妙な人々、そして奇妙な生き物と必然的に、そして超自然的に出会うことになります。これらの冒険を通し、探索者は必要な手がかりや、攻撃に必要なアイテムなどを得て、最終的に エンシェントワン の行動を妨害しなければなりません。
区域タイル5枚と街路タイル7枚で街を組み立てる[1]。アーカムという土地が、そのまま盤面になる。
ラヴクラフト原典において、アーカムはミスカトニック大学を擁する架空の都市で、多くの作品の舞台になっている。その街を歩き回ること自体を遊びにしたのが、このシリーズの発想である。
「エンシェントワン」という呼称
日本語版は旧支配者を 「エンシェントワン」 と表記する[1]。同じアークライトが出している『エルドリッチホラー』でも、この表記が使われている[2]。
原語の Ancient One は、クトゥルフ神話の中で Great Old Ones(旧支配者)と重なる呼称として用いられてきた。当サイトが旧支配者の記事で扱う分類との関係は、そちらを参照してほしい。
呼称が版元やメディアごとに揺れることは、この分野では珍しくない。「クトゥルフ神話」という呼称の成立でも触れたとおり、名前の揺れは受容の歴史そのものである。
層としてはどこか
当サイトの神話の三層でいえば、本作はTRPG以降の第3層——ゲームによる拡張——にあたる。
商品名が「第3版」であり、原題が *Arkham Horror (Third Edition)* であることから[1]、本作の前に少なくとも2つの版が存在することが分かる。アークライトの公式ページは第3版の情報のみを扱っており、旧版の刊行年には触れていないため、当サイトも版の系譜についてはここまでに留める。
なお同じアークライトは、アーカムを題材にした別系統の製品も出している。「アーカム・ノワール:事件簿1〜3 完全日本語版」がそれで[6]、同じ街の名を冠しながら、まったく別のゲームとして並んでいる。「アーカム」という地名が、ボードゲーム市場でどれだけ通用する看板になっているかが分かる。
シリーズの中での位置
アークライトは、同じFantasy Flight Gamesの神話系ボードゲームを複数出している[1][2][3]。
| 作品 | デザイナー | 人数 | 時間 | 日本語版発売 | 価格 |
|---|---|---|---|---|---|
| エルドリッチホラー | Nikki Valens / Corey Konieczka | 1〜8人 | 120〜240分 | 2014年4月 | 7,480円 |
| マンション・オブ・マッドネス 第2版 | Nikki Valens | 1〜5人 | 120〜180分 | 2016年12月3日 | 14,850円 |
| アーカムホラー 第3版 | Richard Launius / Nikki Valens / Kevin Wilson | 1〜6人 | 120〜180分 | 2019年4月25日 | 8,580円 |
3作すべてに Nikki Valens の名がある[1][2][3]。同じ設計者が、舞台の広さを変えながら同じ世界を作り直していることになる。
- 『エルドリッチホラー』 = 世界規模。南極、アマゾン、東京まで[2]
- 『マンション・オブ・マッドネス』 = 建物の中。大邸宅の一軒[3]
- 本作 = 街ひとつ。アーカムの街路[1]
同じ神話を、縮尺を変えて三度作っている。どれを選ぶかは、何を歩きたいかで決まる。
どんな人に向くか
- アーカムという街そのものを歩きたい人[1]
- 2〜3時間かけて1つの卓を囲める人。公式の想定は120〜180分[1]
- 1人でも遊びたい人。ソロプレイに対応する[1]
- 逆に、短時間で終わるものを探しているなら向かない
より短いものなら『パンデミック:クトゥルフの呼び声』(約40分)や『クトゥルフの呼び声フラックス』(10〜40分)がある[4]。神話ゲーム全体の見取り図はクトゥルフ神話ゲーム総覧にまとめてある。
なお、アークライト公式は本製品について表記訂正(エラッタ)を公開している[1]。遊ぶ前に確認しておくとよい。
関連記事
- アーカム — 本作の舞台になる街
- エルドリッチホラー / マンション・オブ・マッドネス 第2版 — 同じ設計者による姉妹作
- 旧支配者 — 「エンシェントワン」と呼ばれる存在
- クトゥルフ神話ゲーム総覧
出典
- [1] アークライト公式の商品ページ「アーカムホラー 第3版 完全日本語版」(該当ページ)。メーカー Fantasy Flight Games、デザイナー Richard Launius・Nikki Valens・Kevin Wilson、原題 Arkham Horror (Third Edition)、価格8,580円(税込)、プレイ人数1〜6人、プレイ時間120〜180分、対象年齢14歳以上、発売2019年4月25日。コンポーネント(区域タイル5枚/街路タイル7枚/探索者シート12枚/カード469枚/探索者コマ12個/スタンド12個/イベントデッキホルダー1個/ダイス6個/トークン265個/シナリオシート4枚/ビギナーズガイド1冊/リファレンスガイド1冊)。紹介文の「1926年、マサチューセッツ州アーカム。この街に住むものは、無限に広がる暗黒の海域の中にある、無知という名の平穏な島に住んでいるのと同様だった」「探索者たちはアーカムの街路を探索し、奇妙な場所や、奇妙な人々、そして奇妙な生き物と必然的に、そして超自然的に出会うことになります」。同ページに表記訂正(エラッタ)の案内があること(2026年9月16日確認)。 ↩
- [2] アークライト公式の商品ページ「エルドリッチホラー 完全日本語版」(該当ページ)。メーカー Fantasy Flight Games、デザイナー Nikki Valens・Corey Konieczka、原題 ELDRITCH HORROR、価格7,480円(税込)、プレイ人数1〜8人、プレイ時間120〜240分、対象年齢14歳以上、2014年4月発売(2026年9月16日確認)。 ↩
- [3] アークライト公式の商品ページ「マンション・オブ・マッドネス 第2版 完全日本語版」(該当ページ)。メーカー Fantasy Flight Games、デザイナー Nikki Valens、原題 Mansions of Madness: Second Edition、価格14,850円(税込)、プレイ人数1〜5人、プレイ時間120〜180分、対象年齢14歳以上、2016年12月3日発売(2026年9月16日確認)。 ↩
- [4] ホビージャパン公式の商品ページ「パンデミック:クトゥルフの呼び声」(該当ページ)および「クトゥルフの呼び声フラックス」(該当ページ)。前者はプレイ時間約40分、後者は約10〜40分(2026年9月16日確認)。 ↩
- [5] H・P・ラヴクラフト「The Call of Cthulhu」の本文(該当ページ)。同作は1928年2月の『ウィアード・テイルズ』誌に発表されたもので、米国の著作権保護期間(発表から95年)を過ぎてパブリックドメインに入っているため原文を引用した。引用箇所は第1章「The Horror in Clay」の冒頭(2026年9月16日確認)。 ↩
- [6] アークライト公式サイトのサイト内検索結果。「アーカム・ノワール:事件簿1 完全日本語版」「同 事件簿2」「同 事件簿3」が製品として登録されていることを確認した(検索結果)(2026年9月16日確認)。 ↩




