概要
『パンデミック:クトゥルフの呼び声』は、協力型のボードゲームである。日本語版を出しているホビージャパンの公式商品ページによれば、デザインは Chuck D. Yager と Matt Leacock、版元は F2Z Entertainment Inc.、日本語版の発売は2016年8月[1]。
公式の紹介文は、出自を明示している[1]。
歴史的大ヒット中の協力型ゲーム 『パンデミック』のゲームシステムを使って、H.P.ラヴクラフトのシリーズを題材にした姉妹作、『パンデミック:クトゥルフの呼び声』日本語版の発売が決定。増え続ける邪教の信徒<カルティスト>たちを撃退し、旧支配者<オールド・ワン>の復活を阻止せよ!
感染症の拡大を止めるゲームの仕組みで、カルトの拡大を止める。これが本作の発想である。
基本情報
ホビージャパン公式の記載による[1]。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| デザイン | Chuck D. Yager & Matt Leacock |
| 版元 | F2Z Entertainment Inc. |
| 販売 | ホビージャパン |
| 発売日 | 2016年8月 |
| 希望小売価格 | 5,500円(税込) |
| プレイ人数 | 2〜4人 |
| プレイ時間 | 約40分 |
| 対象年齢 | 14歳以上 |
| 難易度(公式表示) | ★★☆☆☆ |
約40分。当サイトが扱う神話系ボードゲームの中で、『クトゥルフの呼び声フラックス』に次いで短い[2][3]。
公式は注意事項として、「この商品は『パンデミック:新たなる試練』の拡張セットではありません。単体で遊ぶことができます」 と明記している[1]。本体の『パンデミック』を持っていなくても遊べる。
設定
公式紹介文が語る世界は、次のとおりである[1]。
古々しきもの(オールド・ワン)として知られている 古代の奇妙な知性の存在は遥か彼方の宇宙監獄に押し込められている。彼らが目覚め、世界に現れたならば、現実の綾織を破壊し、時代に狂気と混沌を解き放つことになる。その結果、あなたが知り、愛するもののすべてが破壊されるのだ!
プレイヤーの立場はこう説明される[1]。
あなたは 禁断の知識に触れ、「眠れる大衆」には耐えられないような事実を知ってしまった。「オールド・ワン」——旧支配者とも呼ばれる邪神たちが存在し、その復活はどんなことをしても止めなければならないことを。
「知ってしまった」ことが出発点になる。これはラヴクラフト原典の語り手が置かれる立場と同じである。「クトゥルフの呼び声」の冒頭が述べる、知識をつなぎ合わせてしまった者の運命がここにある。
クトゥルフ神話との関係
正気度がダイスとトークンになる
本作でもっとも目を引くのは、コンポーネントに 「正気度トークン」と「正気度ダイス」 が含まれている点である[1]。
公式はその役割をこう書く[1]。
探索が進むにつれ、あなたはより深い混沌と狂気に踏み込んでいくであろう。その時、邪神復活までの残された時間を伸ばすことが出来るのは、あなたの正気だけだ。たとえ、狂気の瀬戸際にあっても、あなたこそが人類の最後の希望なのだ!
正気が、時間を稼ぐための資源になる。TRPG『クトゥルフの呼び声』が持ち込んだ正気度の発想が、ボードゲームの要素として具体化されている。
感染症のシステムを神話に載せ替える
『パンデミック』本体は、病気が広がる速度と、それを抑える手の速度を競うゲームである。本作はそこへ、次の置き換えを行っている[1]。
| 『パンデミック』の要素 | 本作での対応 |
|---|---|
| 病原体の広がり | 邪教の信徒(カルティスト) の増加[1] |
| 感染の爆発(アウトブレイク) | ショゴス の出現(フィギュア3個)[1] |
| 治療薬の発見 | 封印(封印トークン4個)[1] |
| 最終的な脅威 | オールド・ワン(カード12枚)[1] |
「広がり続けるものを封じ込める」という構造が、そのまま神話に翻訳できる。カルトの拡大と感染症の拡大は、ゲームの盤面上では同じ形をしている——本作はその一致を利用している。
ショゴスのフィギュアが3個だけ入っていることも示唆的である[1]。数が少ないほど、出たときの影響が大きい設計になっていると読める。
層としてはどこか
当サイトの神話の三層でいえば、本作は第3層——ゲームによる拡張——にあたる。ただし本作が借りているのは神話の側の設定だけで、遊びの骨格は感染症ゲームのものである。
内容物
公式が掲載しているコンポーネント一覧は次のとおり[1]。
| 種別 | 数量 |
|---|---|
| ゲームボード | 1枚 |
| 探索者フィギュア | 7個 |
| 邪教の信徒フィギュア | 26個 |
| ショゴスフィギュア | 3個 |
| 封印トークン | 4個 |
| 手がかりカード | 44枚 |
| 遺物カード | 12枚 |
| 召喚カード | 24枚 |
| 探索者カード | 7枚 |
| 参照カード | 4枚 |
| オールド・ワンカード | 12枚 |
| 正気度トークン / 正気度ダイス | 各1個 |
| ルールブック | 1冊 |
信徒フィギュアが26個。探索者7個に対して、敵側が圧倒的に多い[1]。盤面に並んでいくフィギュアの数そのものが、追い詰められていく感覚を作る。
オールド・ワンカードが12枚あるため、相手が毎回変わる[1]。
「知ってしまった」という出発点
公式紹介文の「あなたは禁断の知識に触れ、『眠れる大衆』には耐えられないような事実を知ってしまった」という一句[1]は、原典の枠組みをそのまま採っている。
ラヴクラフト「クトゥルフの呼び声」(1928年)の冒頭は、こうである[4]。
The most merciful thing in the world, I think, is the inability of the human mind to correlate all its contents. We live on a placid island of ignorance in the midst of black seas of infinity, and it was not meant that we should voyage far. The sciences, each straining in its own direction, have hitherto harmed us little; but some day the piecing together of dissociated knowledge will open up such terrifying vistas of reality, and of our frightful position therein, that we shall either go mad from the revelation or flee from the deadly light into the peace and safety of a new dark age.
(世界でもっとも慈悲深いことは、人間の心がその中身すべてを関連づけられないことだと思う。我々は無限の黒い海の只中にある、無知という名の平穏な島に住んでいる。遠くまで航海することは意図されていなかった。(中略)だが いつの日か、ばらばらの知識をつなぎ合わせたとき、現実の恐るべき眺望 と、その中の我々の恐ろしい位置とが開かれ、我々はその啓示によって発狂するか、致死的な光から逃れて新しい暗黒時代の平安と安全へ走るかのどちらかになるだろう)
同作は1928年の発表で、米国の著作権保護期間(発表から95年)を過ぎてパブリックドメインに入っているため、当サイトは原文を引用している。
「眠れる大衆」と「無知という名の平穏な島」は、同じものを指している。知らずにいれば平穏だが、知ってしまった者は戻れない——本作の紹介文は、この構図をそのまま使っている[1]。
そして本作では、知ってしまった側が盤面で手を打つ。原典の語り手が記録を残すことしかできなかったのに対し、ゲームのプレイヤーには封印という手段が与えられている[1]。
版元は神話をどう紹介しているか
日本語版を出す各社の紹介文を並べると、同じ神話が売り方によってどう変わるかが見える[1][2][3]。
| 製品(販売元) | 紹介文の書き出し |
|---|---|
| クトゥルフの呼び声フラックス(ホビージャパン) | 「SAN値が下がる!? 頭がやわらかくなるカードゲーム!」[2] |
| パンデミック:クトゥルフの呼び声(ホビージャパン) | 「増え続ける邪教の信徒<カルティスト>たちを撃退し、旧支配者<オールド・ワン>の復活を阻止せよ!」[1] |
| エルドリッチホラー(アークライト) | 「これが全世界版「アーカムホラー」だ!」[3] |
| アーカムホラー 第3版(アークライト) | 「世界の終わりは近い!」[3] |
| クトゥルフ 〜死もまた死すべし〜(アークライト) | 「きっと生きては帰れないでしょう。でも、その覚悟はありますよね?」[3] |
| マンション・オブ・マッドネス 第2版(アークライト) | 「大邸宅に潜む狂気に立ち向かうため、閉ざされた扉が今、開かれる…!」[3] |
軽いものほど「SAN値」という記号を前に出し、重いものほど文章で情景を描く。価格と所要時間の差が、そのまま紹介文の書きぶりに出ている。
どの製品も共通して使っているのが 「旧支配者/オールド・ワン/エンシェントワン」 という語である[1][2][3]。呼称は揃っていないが、指しているものは同じである。当サイトの旧支配者の記事を参照してほしい。
どんな人に向くか
- 短時間で神話ゲームを遊びたい人。公式の想定は約40分[1]
- 『パンデミック』を知っている人。システムが共通しているため、すぐ入れる[1]
- 正気度という概念を、卓上で実際に扱ってみたい人[1]
- 逆に、1人では遊べない。プレイ人数は2〜4人である[1]
ソロプレイに対応するものは『アーカムホラー 第3版』や『エルドリッチホラー』にある[3]。さらに短いものは『クトゥルフの呼び声フラックス』(10〜40分)である[2]。全体の見取り図はクトゥルフ神話ゲーム総覧にまとめてある。
関連記事
- 正気度(SAN) — 本作がトークンとダイスにした概念
- ショゴス — フィギュアとして同梱される存在
- 旧支配者 — 「オールド・ワン」と呼ばれる存在
- クトゥルフの呼び声フラックス — 同じホビージャパンが出す、より短い神話ゲーム
- クトゥルフ神話ゲーム総覧
出典
- [1] ホビージャパン公式の商品ページ「パンデミック:クトゥルフの呼び声」(該当ページ)。デザイン Chuck D. Yager & Matt Leacock、版元 F2Z Entertainment Inc.、販売 ホビージャパン、発売日2016年8月、希望小売価格5,500円(税込)、プレイ時間約40分、プレイ人数2〜4人、対象年齢14歳以上、難易度表示★★☆☆☆。コンポーネント(ゲームボード1枚/探索者フィギュア7個/邪教の信徒フィギュア26個/ショゴスフィギュア3個/封印トークン4個/手がかりカード44枚/遺物カード12枚/召喚カード24枚/探索者カード7枚/参照カード4枚/オールド・ワンカード12枚/正気度トークン1個/正気度ダイス1個/ルールブック1冊)。紹介文の「歴史的大ヒット中の協力型ゲーム『パンデミック』のゲームシステムを使って、H.P.ラヴクラフトのシリーズを題材にした姉妹作」「増え続ける邪教の信徒<カルティスト>たちを撃退し、旧支配者<オールド・ワン>の復活を阻止せよ!」「古々しきもの(オールド・ワン)として知られている古代の奇妙な知性の存在は遥か彼方の宇宙監獄に押し込められている」「あなたは禁断の知識に触れ、「眠れる大衆」には耐えられないような事実を知ってしまった」「邪神復活までの残された時間を伸ばすことが出来るのは、あなたの正気だけだ」、および注意事項「※この商品は『パンデミック:新たなる試練』の拡張セットではありません。単体で遊ぶことができます」(2026年9月16日確認)。 ↩
- [2] ホビージャパン公式の商品ページ「クトゥルフの呼び声フラックス」(該当ページ)。デザイン Keith Baker、版元 Looney Labs、販売 ホビージャパン、プレイ時間約10〜40分、プレイ人数2〜6人、対象年齢13歳以上、価格2,200円(税込)、2014年1月発売(2026年9月16日確認)。 ↩
- [3] アークライト公式の商品ページ。「アーカムホラー 第3版 完全日本語版」(該当ページ、プレイ人数1〜6人)、「エルドリッチホラー 完全日本語版」(該当ページ、プレイ人数1〜8人)(2026年9月16日確認)。 ↩
- [4] H・P・ラヴクラフト「The Call of Cthulhu」の本文(該当ページ)。同作は1928年2月の『ウィアード・テイルズ』誌に発表されたもので、米国の著作権保護期間(発表から95年)を過ぎてパブリックドメインに入っているため原文を引用した。引用箇所は第1章「The Horror in Clay」の冒頭(2026年9月16日確認)。 ↩




