
新潮文庫『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』(南條竹則訳)。原典「クトゥルーの呼び声」を収録。本書のカルトの出発点になった沼地の教団の場面が読める。
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概要
KADOKAWAの公式商品ページによれば、『新クトゥルフ神話TRPG カルト・オブ・クトゥルフ』は2026年10月30日発売予定、価格4,510円(税込)、B5判216ページの書籍である[1]。著者はマイク・メイソン、翻訳は坂本雅之ほかアーカム・メンバーズが担当する[1]。同ページの内容紹介は、古今の文明を通じたクトゥルフ・カルトの歴史、異なる時代の6つのカルトの詳細(うち1つは日本発祥のオリジナルカルト)、独自のカルトを作成する手法、カルティスト・怪物・アーティファクト・呪文といったキーパー向け資料を収録すると説明している[1]。公式ストアページでも価格・発売日・ISBN(9784045002762)・判型が一致して確認できる[2]。
原書はケイオシアム(Chaosium)が2021年に刊行した英語版『Cults of Cthulhu』である。著者はChris LackeyとMike Masonの2人で、フルカラー366ページ、5つのカルトと3本のシナリオを収録する[3]。日本語版はこの5つのカルトに「日本発祥のカルト」を1つ追加して6つとし、ページ数は216ページへと大きく圧縮されている[1][3]。TRPG『クトゥルフの呼び声』の原点である小説「クトゥルフの呼び声」(1926年執筆/1928年発表)が描いたカルトの姿と比べたとき、この一冊が何を新しく付け加えたのかを、公式に確認できる範囲で辿る。
どんな作品か
ケイオシアム公式のハードカバー商品ページは、本書を「At long last, the intricacies of the nefarious Cthulhu cult are revealed!(ついに、邪悪なクトゥルフ・カルトの複雑な内実が明らかになる)」という一文で紹介している[3]。収録される5つのカルトのうち、著者マイク・メイソンは公式ブログのインタビューで2つの名前を挙げている。「We have the classic Esoteric Order of Dagon, but also newly created cults, like the Society of the Angelic Ones, which is located in California.(定番のエソテリック・オーダー・オブ・ダゴンもあれば、カリフォルニアを拠点とする『Society of the Angelic Ones』のような新規に作られたカルトもある)」[4]。エソテリック・オーダー・オブ・ダゴンは、当サイトの記事で確認した通り、「インスマスの影」(1936年発表)が描いたインスマスの秘密教団そのものだ。原典に実在する教団を1つのカルトとして採用し、そこに完全新規のカルトを並べる構成になっている。残る3つのカルトの名前は、当サイトが確認した公式資料の範囲では明らかになっていない。
同書にはさらに、独自のクトゥルフ・カルトを作るための「新しいルール」と、カルトの構成員・影響力・拠点・動機をキーパーが記録するための専用の「Cult Worksheet(カルト・ワークシート)」が用意されている[3]。マイク・メイソンはインタビューで「Thus, what is presented in the book is mutable and each Keeper can use and take from it as they need.(だからこの本に書かれている内容は可変であり、各キーパーが必要に応じて使い、取り出せるようになっている)」と述べており[4]、収録カルトを、キーパーが組み替えて使う素材として提示する狙いを語っている。
3本のシナリオは、それぞれ異なる時代設定で用意されている。1896年のロンドンを舞台にした「Loki’s Gift」、1923年のロサンゼルスを舞台にした「Angel’s Thirst」、2021年のシカゴを舞台にした「A God’s Dream」だ[3][5]。ケイオシアム公式ブログは、PDF版が2021年10月31日、ハードカバー版が2022年初頭に発売されたと伝えている[6]。日本語版の商品説明にある章立ては「第1章 クトゥルフ・カルトの歴史」「第2章 クトゥルフ・カルト」「第3章 クトゥルフ・カルトの創造」「第4章 カルティスト、怪物、アーティファクト」の4章で[1]、シナリオという語は章立てに現れていない。
原典のカルトに与えられていた情報は、これだけだった
TRPGが「積み増した」ものを確認する前に、積み増される前の状態を確認しておく必要がある。当サイトの「クトゥルフの呼び声」記事で確認した通り、この中編小説(1926年執筆/1928年発表)に登場するカルトの情報は、驚くほど少ない。
ルイジアナの沼地で摘発された教団には、名前が与えられていない。ニューオーリンズの警部インスペクター・ルグラスの報告によれば、摘発現場には高さ8フィートの花崗岩の石柱があり、その上に忌まわしい彫像が据えられていた[7]。信者たちは「船員が大半で、そこに黒人や混血の者たち、大半は西インド諸島かカーボベルデ諸島の出身者が交じっていた」と記述される混成の集団として描かれる[8]。この記述は当時のラヴクラフトが抱えていた人種観を色濃く反映したものであり、当サイトはこの表現をそのまま論評抜きで引用することはしない。この集団には組織名も、創設の経緯も、構成員の動機を説明する記述も与えられていない。信者は「捕らえられた」集団としてのみ登場し、なぜ入信したのかという問いに、本文はまったく答えていない。
もう1つのカルトの手がかりは、プリンストン大学のウェッブ教授がグリーンランド西部沿岸で遭遇したという「堕落したエスキモーの一種族ないし教団」で、その宗教は「悪魔崇拝の奇妙な一形態であり、彼を戦慄させた」と記される[9]。こちらも団体名は与えられておらず、地理的にかけ離れた場所に同種の信仰が存在するという事実だけが、ルグラスの報告と並べて提示される。
信仰の中身についてもっとも多くを語るのは、ルグラスに捕らえられた「老カストロ」の証言である。老カストロは、旧支配者たちが「星から来て、その像を共に持ち込んだ」と語り[10]、彼らは「ルルイエの大いなる都で石造りの家々に横たわり、大いなるクトゥルフの呪文によって守られ、星と地球が再びふさわしくなる日の輝かしい復活を待っている」と述べる[11]。目覚めの条件は「星辰が正しい位置にあるとき、彼らは世界から世界へと空を渡って移動できるが、星辰が正しくないとき、彼らは生きられない」というものであり[12]、目覚めた後には「人類は旧支配者たちと同じようになる。自由で野性的で、善悪の彼岸にあり、法も道徳も投げ捨てて、すべての人間が叫び、殺し、歓喜に耽る」とされる[13]。そして「秘密の司祭たちが偉大なるクトゥルフを墓所から連れ出し、その眷属を蘇らせ、地上の支配を再開させる」のだという[14]。教団の呪文「Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn」は「ルルイエの館にて、死せるクトゥルフは夢見ながら待つ」と作中で英訳される[15]。
これだけの情報から分かるのは、原典のカルトが神学(旧支配者は何者で、いつ、なぜ目覚めるか)については比較的雄弁である一方、組織そのもの(誰が率い、誰が入信し、どこに拠点を構え、日常的に何をしているか)についてはほとんど何も語らないという偏りだ。老カストロの証言は信仰の中身を伝えるが、教団の名前も、構成員の素性も、拠点の所在も一切明かさない。
TRPGが積み増したもの——歴史・組織・そして入信の動機
『カルト・オブ・クトゥルフ』が埋めているのは、まさにこの偏りの側だ。ケイオシアム公式ブログでは、著者の1人Chris Lackeyが企画の出発点をこう語っている。「The idea of looking at why people would willingly become cultists is something that always intrigued me.(人はなぜ好んでカルティストになるのか、その理由を見つめるという発想に、私はずっと惹かれてきた)」[16]。老カストロの証言が答えなかった「なぜ入信するのか」という問いに、この本は正面から取り組んでいる。Lackeyは続けて、カルトの構成員1人ひとりを実在の人物として捉える発想を語る。「The more I thought about each cultist being a real person, the ideas and the stories just started pouring out.(それぞれのカルティストが実在の人物であると考えれば考えるほど、アイデアと物語がどんどんあふれ出してきた)」[16]。マイク・メイソンも同じ趣旨を別の角度から語っている。「Humans make great opponents. We understand humans far better than eldritch horrors, so there’s more room to work with when creating plots.(人間は優れた対立者になる。我々は名状しがたき怪異よりも人間をはるかによく理解しているから、プロットを作る余地が大きい)」[4]。
原典で「船員が大半で……」という一文に集約されていた匿名の群衆は、TRPG版では歴史・動機・拠点・保有資源を備えた組織として再構築される。5つのカルトそれぞれに「歴史、動機、保有資源」の解説が付されるとケイオシアム公式は説明しており[3]、原典から流用されたエソテリック・オーダー・オブ・ダゴンでさえ、小説には存在しなかった組織としての厚みを与えられていることになる。さらに「新しいカルトを設計するルール」と「Cult Worksheet」により、キーパー自身が老カストロの証言のような断片的な神学情報から出発して、名前・構成員・拠点を備えた独自の教団を組み立てられるようになっている[3]。
日本語版の第1章「クトゥルフ・カルトの歴史」は、KADOKAWA公式の内容紹介によれば古今東西の文明にまたがるクトゥルフ・カルトの歴史を扱うとされる[1]。この「歴史」という額縁そのものが、老カストロの断片的な証言にはなかった枠組みだ。カストロは目覚めの周期と条件を語ったが、地上の教団がいつ、どこで、どのように生まれ広がってきたかという通史は語っていない。TRPG版はこの通史を新たに書き起こすことで、原典が示さなかった時間軸を教団に与えている。
原典との距離(神話の三層のどこに立つか)
「クトゥルフの呼び声」(1926年執筆/1928年発表)が描くルイジアナの教団とグリーンランドの教団、そして老カストロが語る旧支配者の神学は、いずれも第1層(原典)に属する。ここでの教団は名前も組織も持たず、信者は証言と摘発記録の中でしか姿を見せない。
『カルト・オブ・クトゥルフ』(英語版2021年)は第3層(TRPGによる拡張)に属するが、その内部にも由来の異なる2つの層がある。エソテリック・オーダー・オブ・ダゴンは第1層由来の教団(「インスマスの影」に実在する組織)を土台に、TRPGが歴史・動機・保有資源を書き足したものだ。一方でSociety of the Angelic Onesのような「newly created cults」は、原典に対応物を持たない、TRPGが一から設計した第3層固有の創作である[4]。同じ1冊の中に、原典を土台にした拡張と、原典から独立した新規創作が並んでいる。
日本語版(2026年)はさらにもう1段階、日本発祥のオリジナルカルトを第3層に積み増す形になる[1]。原典のカストロが語った「星から来た旧支配者」という神学の骨格の上に、TRPGが5つの教団という肉付けを行い、日本語版がその肉付けにもう1つの教団を接ぎ木する——という三重の重ね書きとして捉えられる。もっとも、この日本発祥カルトの具体的な名前や設定は、当サイトが確認した公式資料の範囲を超えている。
関連して読むなら
- クトゥルフの呼び声 — 老カストロの証言や沼地の教団など、本記事で参照した原典の一節を確認できる出発点
- エソテリック・オーダー・オブ・ダゴン — 『カルト・オブ・クトゥルフ』が流用した、原典由来のカルトそのものの記事
- クトゥルフの呼び声TRPG — 本書が拡張として組み込まれる現行TRPGルールの概要
- クトゥルフ神話に「公式設定」は存在するのか — 版元がライセンスした製品としての「公式」と、原典・後続拡張との関係を整理した記事
- 原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話 — 本記事で使った三層の区分そのものを解説した記事
- クトゥルフ神話 2026年 — 本書の発売を含む、2026年のクトゥルフ神話関連の動きをまとめた記事
出典
- [1] KADOKAWA公式商品ページ「新クトゥルフ神話TRPG カルト・オブ・クトゥルフ」(2026年9月9日取得)。発売日「2026年10月30日」、価格「4,510円」(税込)、判型「B5判」、ページ数「216ページ」、著者マイク・メイソン、翻訳者「坂本雅之ほか アーカム・メンバーズ」、内容紹介(クトゥルフ・カルトの歴史、6つのカルト(うち日本発祥1つ)、独自カルト作成法、カルティスト・怪物・アーティファクト・呪文)、章立て(第1章クトゥルフ・カルトの歴史/第2章クトゥルフ・カルト/第3章クトゥルフ・カルトの創造/第4章カルティスト、怪物、アーティファクト)を確認。https://www.kadokawa.co.jp/product/322606000915/ ↩
- [2] KADOKAWA公式ストアページ「新クトゥルフ神話TRPG カルト・オブ・クトゥルフ」(2026年9月9日取得)。価格「4,510円」、発売日「2026年10月30日」、ISBN「9784045002762」、判型「B5判」、寸法「182×257mm」を確認。「ハードカバー」「上製」「並製」等の装丁を示す語は本文中に見当たらなかった。https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322606000915/ ↩
- [3] Chaosium Inc.公式商品ページ「Cults of Cthulhu – Hardcover」(2026年9月9日取得)。”At long last, the intricacies of the nefarious Cthulhu cult are revealed!”の記載、ページ数「366」、著者Chris Lackey・Mike Mason、5つのカルトを収録すること、各カルトに歴史・動機・保有資源の解説が付くこと、独自カルト作成ルールと「Cult Worksheet」の存在、3本のシナリオ(Loki’s Gift/ロンドン1896年、Angel’s Thirst/ロサンゼルス1923年、A God’s Dream/シカゴ2021年)、刊行年2021年、ISBN「978-1-56882-439-0」を確認。https://www.chaosium.com/cults-of-cthulhu-hardcover/ ↩
- [4] Chaosium Inc.公式ブログ「Cults of Cthulhu: Interview with Mike Mason」(2026年9月9日取得)。”We have the classic Esoteric Order of Dagon, but also newly created cults, like the Society of the Angelic Ones, which is located in California.”、”Humans make great opponents. We understand humans far better than eldritch horrors, so there’s more room to work with when creating plots.”、”Thus, what is presented in the book is mutable and each Keeper can use and take from it as they need.”の記載を確認。https://www.chaosium.com/blogcults-of-cthulhu-interview-with-mike-mason/ ↩
- [5] Chaosium Inc.公式商品ページ「Cults of Cthulhu – PDF」(2026年9月9日取得)。3本のシナリオの舞台(ロンドン1896年/ロサンゼルス1923年/シカゴ2021年)、価格「$24.99」、ページ数「366」、フォーマット「Full Color PDF」の記載がある。https://www.chaosium.com/cults-of-cthulhu-pdf/ ↩
- [6] Chaosium Inc.公式ブログ「Cults of Cthulhu is coming this Halloween!」(2026年9月9日取得)。PDF版の発売日が「2021年10月31日」、ハードカバー版の発売時期が「2022年初頭」であること、標準ルールとPulp Cthulhuの両方に対応することを確認。https://www.chaosium.com/blogcults-of-cthulhu-is-coming-this-halloween/ ↩
- [7] “…stood a great granite monolith some eight feet in height; on top of which, incongruous with its diminutiveness, rested the noxious carven statuette.”(訳: 「高さ八フィートほどの巨大な花崗岩の石柱が立ち、その小ささとは不釣り合いに、頂には忌まわしい彫像が据えられていた」) — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [8] “Most were seamen, and a sprinkling of negroes and mulattoes, largely West Indians or Brava Portuguese.”(訳: 「船員が大半で、そこに黒人や混血の者たち、大半は西インド諸島かカーボベルデ諸島の出身者が交じっていた」)——この記述には当時のラヴクラフトの人種観が反映されている。当サイトはこの一節が作品に含まれているという事実のみを記す — 同上 ↩
- [9] “a singular tribe or cult of degenerate Esquimaux whose religion, a curious form of devil-worship, chilled him”(訳: 「堕落したエスキモーの一種族ないし教団で、その宗教は悪魔崇拝の奇妙な一形態であり、彼を戦慄させた」) — 同上 ↩
- [10] “They had come from the stars, and had brought Their images with Them.”(訳: 「彼らは星から来て、その像を共に持ち込んだ」) — 同上 ↩
- [11] “They all lay in stone houses in Their great city of R’lyeh, preserved by the spells of mighty Cthulhu for a glorious resurrection when the stars and the earth might once more be ready for Them.”(訳: 「彼らはみな、ルルイエの大いなる都で石造りの家々に横たわり、大いなるクトゥルフの呪文によって守られ、星と地球が再びふさわしくなる日の輝かしい復活を待っている」) — 同上 ↩
- [12] “When the stars were right, They could plunge from world to world through the sky; but when the stars were wrong, They could not live.”(訳: 「星辰が正しい位置にあるとき、彼らは世界から世界へと空を渡って移動できるが、星辰が正しくないとき、彼らは生きられない」) — 同上 ↩
- [13] “Then mankind would have become as the Great Old Ones; free and wild and beyond good and evil, with laws and morals thrown aside and all men shouting and killing and revelling in joy.”(訳: 「その時、人類は旧支配者たちと同じようになる。自由で野性的で、善悪の彼岸にあり、法も道徳も投げ捨てて、すべての人間が叫び、殺し、歓喜に耽る」) — 同上 ↩
- [14] “The secret priests would take great Cthulhu from His tomb to revive His subjects and resume His rule of earth.”(訳: 「秘密の司祭たちが偉大なるクトゥルフをその墓所から連れ出し、その眷属を蘇らせ、地上の支配を再開させるだろう」) — 同上 ↩
- [15] “Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn.” / “In his house at R’lyeh dead Cthulhu waits dreaming.”(訳: 「ルルイエの館にて、死せるクトゥルフは夢見ながら待つ」——教団の呪文と、作中に置かれたその英訳) — 同上 ↩
- [16] Chaosium Inc.公式ブログ「Chris Lackey on Cults of Cthulhu」(2026年9月9日取得)。”The idea of looking at why people would willingly become cultists is something that always intrigued me.”、”The more I thought about each cultist being a real person, the ideas and the stories just started pouring out.”の記載を確認。https://www.chaosium.com/blogchris-lackey-on-cults-of-cthulhu/ ↩

