概要
Weird House Pressが、Peter RawlikとSal Ciano編による短編集『In The Shadow of the Eldritch and Other Lovecraftian Horrors』を刊行し、現在発送中(in stock and shipping)としている[1]。全14編収録で、「vast majority of which have never been published before(その大半がこれまで未発表)」の書き下ろし作品集だ。署名・レター入りの豪華ハードカバー(スリップケース付き)は残り2部のみとされ、著者署名入りハードカバーは在庫があり発送中とされている[1]。
版元Weird House Pressについて
版元のWeird House Pressは、公式サイトの自己紹介によれば「exceptional works of literary horror, dark fantasy, and imaginative poetry(文学的ホラー、ダークファンタジー、想像力豊かな詩集の優れた作品)」の出版に専念する専門出版社で、ホラー・ファンタジー・SF・ダークポエトリーを中心に扱う[3]。エレガントなハードカバーから署名入りの貿易ペーパーバック版、電子書籍まで幅広い形態で刊行し、多くの書籍に「Victorian aesthetics(ヴィクトリア朝的な美意識)」からインスピレーションを得たオリジナルアートを添えることを特徴としている[3]。今回の『In The Shadow of the Eldritch』が署名・レター入りの限定豪華ハードカバーを用意しているのも、この版元の一貫した方針に沿ったものだと言える。
舞台とキャラクター
公式の紹介文によれば、舞台は「the reservoir outside Arkham and deep beneath that witch-haunted city’s streets(アーカム郊外の貯水池、そして魔女の呪いに覆われたその街の路地の遥か地下)」を中心とする[1]。そして「Familiar faces, including Randolph Carter and Herbert West – well, his handiwork at least(見覚えのある顔ぶれ――ランドルフ・カーターや、ハーバート・ウェスト。もっとも後者については、彼の仕事の産物だが)」が登場するとされている[1]。
この「his handiwork at least(彼の仕事の産物だが)」という限定は、原作を踏まえると正確な言い回しだ。当サイトが扱う「ハーバート・ウェスト―死体蘇生者」の原典は、ウェスト自身が生み出した「不完全な蘇生体」たちが、蝋の首をつけた指揮官に率いられてウェストを八つ裂きにし、地下墓所へ引きずり去るという結末で幕を閉じる。原作の時点でウェスト本人はすでに死亡している。したがって今回の新作にウェスト本人が再登場することはあり得ず、登場できるのは彼が生み出した「仕事の産物」――かつての蘇生体たちに限られる。この一節は、原作の結末との整合性を保ったまま、往年のキャラクターを別の形で呼び戻す書き方を選んでいることを示している。既存キャラクターをそのまま蘇らせるのではなく、原典が閉じた結末を尊重したうえで、その痕跡だけを新作へ引き継ぐという選択は、雑に人気キャラクターを再登場させる安易な続編とは一線を画す。
ランドルフ・カーターという選択
もう一人の常連キャラクター、ランドルフ・カーターの起用も理由のあるものだ。当サイトの「ランドルフ・カーター」記事によれば、カーターは「ランドルフ・カーターの陳述」(1919年執筆)を皮切りに、「銀の鍵」「銀の鍵の門を越えて」「未知なるカダスを夢に求めて」と、少なくとも4作品に連続して登場する、ラヴクラフト作品世界で最も重要な再登場人物だとされている。しかも後年の作品では、個人としての人格の枠を超えた宇宙的存在へと変容していく人物として描かれる。つまりカーターは、ラヴクラフト自身がすでに複数作品をまたいで書き継いでいた、原典内で最も「シリーズキャラクター」的な扱いを受けていた人物であり、後世の作家が新作の中で再登場させるにあたって最も自然な選択の一つだと言える。ハーバート・ウェストが原作の結末で命を落とし、その「仕事の産物」でしか再登場できないのとは対照的に、カーターは原典の中ですでに個人の枠を超えた存在へと変容している。この違いが、今回の短編集で二人の扱われ方がどう異なるのかを考える手がかりになる。
表題作について
表題作「In The Shadow of the Eldritch」は、「an exploration of an apocalyptic landscape, wrapped in cosmicism, and driven by humanity’s unstoppable need to understand the universe(終末後の風景を、宇宙的恐怖(コズミシズム)の衣をまとわせながら描く、人類の『宇宙を理解せずにはいられない』という止められない欲求に突き動かされた物語)」と説明されている[1]。既存キャラクターの再登場を扱う他の収録作とは異なり、表題作は完全新規の終末世界を舞台にした中編と位置づけられる。
Peter Rawlikという作家——ハーバート・ウェストを書き継いできた書き手
編者の一人Peter Rawlikは、今回が初めてハーバート・ウェストを扱うわけではない。2014年9月、Night Shade/Skyhorseより刊行された長編小説『Reanimators』は、ラヴクラフトの原作「ハーバート・ウェスト―死体蘇生者」から着想を得た作品で、両親をハーバート・ウェストの蘇生実験の犠牲(ミスカトニック大学医学部長ハルジー博士が死後に蘇生させられた個体に殺害される)によって失った青年医師スチュアート・ハートウェルが、ウェストへの復讐を志し、自らも蘇生技術者となっていく物語だった[2]。ラヴクラフトが原作で「ウェストの仕事の犠牲者」として描いたハルジー博士殺害の場面を長編の起点に据えていたことからも分かる通り、Rawlikはハーバート・ウェスト関連の設定を継続的に掘り下げてきた作家である。今回の短編集で「ウェスト本人ではなくその仕事の産物」を扱っているのも、この作家の一貫した関心の延長線上にあると見てよい。
神話の三層で見るとどこに位置するか
当サイトが整理している原典/ダーレス系拡張/TRPG設定という三層に照らせば、この短編集はダーレスの体系化やTRPGのルール化とは異なる、もう一つの拡張のされ方――原典の登場人物・舞台をそのまま引き継いで、後世の作家が新しい物語を書き足すという形の拡張にあたる。ランドルフ・カーターや、ハーバート・ウェストの「仕事の産物」は、ダーレスが体系化した神格の勢力図とは別の、キャラクターと舞台そのものを受け継ぐ系譜として存在している。
関連して読むなら
- ハーバート・ウェスト―死体蘇生者 — ウェスト自身の最期を描く原典。今回の新作で「本人ではなく仕事の産物」しか登場できない理由がここにある
- ランドルフ・カーター — 今回の短編集にも登場する、ラヴクラフト作品の常連キャラクター
- インスマスの影に潜む影 — ランドルフ・カーターが初登場する原典短編
- 原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話 — キャラクター・舞台を引き継ぐ拡張のされ方を整理する読み方
出典
- [1] 編者Peter Rawlik・Sal Ciano、全14編収録、「vast majority of which have never been published before」、舞台「the reservoir outside Arkham and deep beneath that witch-haunted city’s streets」、登場キャラクター「Familiar faces, including Randolph Carter and Herbert West – well, his handiwork at least」、表題作あらすじ「an exploration of an apocalyptic landscape, wrapped in cosmicism, and driven by humanity’s unstoppable need to understand the universe」、在庫状況「There are only 2 signed and lettered deluxe hardcover w/slipcases left! The signed and double lettered deluxe hardcover, and the Authors’ signed hardcover is in stock and shipping!」の記載がある — Weird House Press公式ストアページ, weirdhousepress.com ↩
- [2] 『Reanimators』がNight Shade/Skyhorseより2014年9月に刊行されたこと、ラヴクラフトの「ハーバート・ウェスト―死体蘇生者」から着想を得たものであること、主人公スチュアート・ハートウェルの両親が、ハーバート・ウェストにより死後蘇生させられたミスカトニック大学医学部長アラン・ハルジー博士に殺害されたことから物語が始まることが記載されている — Publishers Weekly「Reanimators by Pete Rawlik」, publishersweekly.com ↩
- [3] Weird House Pressが「exceptional works of literary horror, dark fantasy, and imaginative poetry」の出版に専念する出版社であること、ホラー・ファンタジー・SF・ダークポエトリーを扱うこと、エレガントなハードカバーから署名入り版・電子書籍まで幅広く刊行すること、「Victorian aesthetics」からインスピレーションを得たオリジナルアートを特徴とすることが記載されている — Weird House Press公式サイト「About」, weirdhousepress.com ↩


