概要
近代化から見捨てられ、環状列石や奇妙な夜の地鳴り(ウィップアーウィル鳥の群れ)で知られる孤立した集落。退廃した古い家系が残り、ヨグ=ソトースが人間の女性ラヴィニア・ウェイトリーに産ませた落とし子をめぐる恐怖を描く短編「ダニッチの怪」の主要舞台となった。物語は道中の風景を「道の曲がり角から深い森の上に山々が視界に入ると、奇妙な不安の感覚が強まる」[1]と描写し、訪れる者を落ち着かせない土地であることを繰り返し強調する。
原典での描写
町へ至る道と地形
村へ入るには「陰鬱な橋のトンネル」を渡らねばならず、そこを避ける道はない。渡り終えたあとも、村の通りには「何世紀分ものかび臭さと腐敗が積み重なったような、かすかで悪意を帯びた匂い」が漂う気配が消えないと描写される[6]。
「ある恐怖の季節」以降、村を指し示す道標はすべて取り払われ、外部の者がこの地を訪れることはめったにない。景観そのものは「並みの美的基準に照らしても尋常でなく美しい」とされながら、画家や避暑客が押し寄せることはないとも記されている[7]。
住民と衰退
1692年当時の水準を辛うじて保つ家系もあり、ウェイトリー家やビショップ家の中には長男をハーバードやミスカトニック大学へ送り出す者もいるが、その子らが祖先の生まれた古い切妻屋根の家へ戻ることはめったにないとされる。事件の真相を知る者でさえダニッチに何が起きているのかを説明できず、丘から禍々しい影の形を呼び出したという先住民の秘儀の伝承だけが残っていると付け加えられる。1747年に赴任した会衆派教会の牧師アビジャ・ホードリーが、悪魔とその手先の存在を説く説教を行ったとも記録されている[8]。
ダニッチは「近隣三十マイル以内のどの集落よりもはるかに古い」土地である。村の南には1700年以前に建てられたビショップ家の地下室跡と煙突が残り、産業はこの地に根付かず、19世紀の工場化の波も長くは続かなかった[9]。
1917年の徴兵に際しては、地域ぐるみの「退廃」を懸念した政府が調査官と医師を派遣し、その騒ぎがボストン・グローブ紙やアーカム・アドバタイザー紙の記者をウェイトリー一族の記事へ向かわせたとも記されている[10]。
丘と環状列石
丘の頂に並ぶ粗く削られた石柱の環は、入植者よりもインディアンによるものと見る向きが強いとされる。環の内側やセンチネル・ヒルの大岩の周囲で見つかる頭蓋骨や骨は、ポクムタック族の埋葬地だったとする俗説を支えているが、多くの民族学者はその不合理さを退け、遺骨を白色人種のものと見なしていると付け加えられている[11]。
物語の終盤、アーミテージらがダニッチへ向かう道中でも、丸みを帯びた丘とその陰に沈む峡谷の上には、晴れた日差しの下でさえ静かな不吉さが漂い、山頂には石の環が空を背景に見え隠れしたと描かれる。センチネル・ヒルの山頂にある祭壇のような岩を、アーミテージが長く見つめる場面もある[12]。
決着の直前には、紫がかった暗さが轟く丘の上に垂れ込め、稲光がセンチネル・ヒルの祭壇石のまわりに一種の靄を映し出したとされる。人間の喉からは出ようのないしわがれた低い声が響いたものの、その源はまぎれもなくこの祭壇石であったと記されている[13]。
怪異の後の町
フライ家の農場が全壊した現場では、「生きているものも死んでいるものも何一つ見つからなかった」といい、「エルマー・フライ一家はダニッチから消し去られた」とだけ記される[14]。
日が暮れると村人たちは家路につき、木をへし折り家を押し潰す力の前では人間の錠も閂も役に立たないと知りながら、それでも戸口を固く閉ざして閉じこもったとされる[15]。
基本プロフィール
- 分類: 地名
- 欧文表記: DUNWICH
- 初出・出典: 「ダニッチの怪」(1928年執筆/1929年『ウィアード・テイルズ』4月号発表)
- 住民の特徴: 近親婚と退廃により「彼らは独自の一つの種族を形成するに至り、退廃と近親交配のはっきりとした精神的・身体的特徴を備えている」[2]と描写される
- 象徴的地物: センチネル・ヒル(祭壇石のある聖地)、ウィップアーウィル(夜鷹)の大群
由来・モデル
舞台のモデルについては、ラヴクラフトの記述からマサチューセッツ州中北部のアソル(Athol)周辺の地域が有力視されている。作中に登場するビショップ、フライ、ソーヤー、ライス、モーガンといった姓は、アソルで実際に有力だった姓、または同地の歴史と縁のある姓とされる。「センチネル・ヒル」という名称自体はアソルにある実在の農場「センチネル・エルム・ファーム」が由来と考えられる一方、丘そのものの物理的モデルとしてはウィルブラハム近郊のウィルブラハム・マウンテンが有力視されており、名称の由来地と地形上のモデルが一致しない点は、複数の実在地の要素を合成して村が構築されたことを示している。また作中の洞窟「ベアーズ・デン」は、ラヴクラフトがアソル南西のノース・ニュー・セイラムで実際に訪れた同名の洞窟に類似しているとされる。
研究者ロバート・M・プライスによれば、「ダニッチの怪」はウェールズのホラー作家アーサー・マッケンへのオマージュであり、目に見えぬ神と人間の女性の間に生まれた子が死の間際に半人半神の正体を現すという構成は、マッケンの「パンの大神」「黒い印の物語」からほぼパスティーシュと言えるほど直接的に引用されている。
歴史・年表
村を見下ろす丘の頂には「センチネル・ヒル(Sentinel Hill)」と呼ばれる祭壇石のある聖地があり、ウェイトリー家の異形の怪物が呼び出した神を降臨させる儀式が最終的にこの丘で行われる。物語終盤、アーミテージ博士ら3人の学者がこの丘で呪文を唱えると、怪物は「イグナイー・イグナイー・スフルスクンガ・ヨグ=ソトース」と虚空へ向かって忌まわしく鳴き叫び[3]、姿を消していく。決着の瞬間、床の上には「ねばついた白っぽい塊」だけが残り、あの怪異な臭気もほぼ消え去ったと描写される[4]。1928年、ラマス(8月1日)から秋分にかけて起きたこの事件は、ダニッチの歴史における最大の出来事として記録されている[16]。
性質・特徴
田園地帯の美しい自然の背後にある、崩壊した遺伝的モラルと、不可視の怪物による環境侵食の恐怖を描き出す。街を離れる場面では「その場所を離れるのはいつも安堵であり、丘の裾を回ってその先の平坦な土地へと続く狭い道をたどる」[5]と、訪問者にとって解放的な瞬間として描かれ、村自体が終始「居心地の悪い場所」として一貫して描写される。オーガスト・ダーレスが体系化した「クトゥルフ神話」においては、「クトゥルフの呼び声」「インスマウスの影」と並ぶ決定的な中核作品、「ヨグ=ソトース物語」の代表作とされる(評論家・東雅夫はこの系統の「大いなる原点」と評している)。
関連する人物・存在・出来事
ウィルバー・ウェイトリーとその双子の兄弟(姿を見せない方の怪物)、母ラヴィニア・ウェイトリー、祖父「古老ウェイトリー」といったウェイトリー一族が中心。事件解決に赴くヘンリー・アーミテージ博士はアーカム・ミスカトニック大学から来訪する形で両地を結びつける。父にあたるヨグ=ソトースとの関係が物語全体の核となる。
主要登場作と読みどころ
- 「ダニッチの怪」(1928年執筆/1929年発表): 唯一無二の舞台作品。ウィルバー・ウェイトリーの成長と大学図書館侵入死亡事件、双子の兄弟の解放と暴走、センチネル・ヒルでの最終決戦までを描く
- 後続の派生作品における参照: 公式ライセンスのカードゲーム『アーカム・ホラー:ザ・カードゲーム』の拡張キャンペーン「ザ・ダンウィッチ・レガシー」の舞台となったほか、ゲーム『Fallout 3』の「ダンウィッチ・ビルディング」も本作を明確に参照した施設として知られる
- 翻案作品: 日本では1962年に水木しげるが舞台を島根県に置き換えて『地底の足音』としてコミカライズし、1970年には監督ダニエル・ハラーにより実写映画化された
よくある誤解・設定の食い違い
Q. ダニッチとアーカムの距離は原典で正確に定まっていますか?
A. いいえ。ラヴクラフト自身の記述とオーガスト・ダーレスの後年の記述には食い違いがあり、ダーレスは原作よりも両地を近接させて描いています。単一の確定設定として扱うべきではありません。
Q. 「ダニッチの怪」はラヴクラフトの完全なオリジナル構想ですか?
A. 研究者の指摘によれば、アーサー・マッケンの「パンの大神」「黒い印の物語」の構成(見えざる神と人間の女性の間に生まれた子が死の間際に正体を現す)からの影響が非常に強く、パスティーシュに近いとされています。
出典
- [1] “When a rise in the road brings the mountains in view above the deep woods, the feeling of strange uneasiness is increased.”(訳: 「道の曲がり角から深い森の上に山々が視界に入ると、奇妙な不安の感覚が強まる」) — H. P. Lovecraft, “The Dunwich Horror”(1928年執筆/1929年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “They have come to form a race by themselves, with the well-defined mental and physical stigmata of degeneracy and inbreeding.”(訳: 「彼らは独自の一つの種族を形成するに至り、退廃と近親交配のはっきりとした精神的・身体的特徴を備えている」) — 同上 ↩
- [3] “‘Ygnaiih . . . ygnaiih . . . thflthkh’ngha . . . Yog-Sothoth . . .’ rang the hideous croaking out of space.”(訳: 「イグナイー・イグナイー・スフルスクンガ・ヨグ=ソトース、と虚空から忌まわしい鳴き声が響いた」) — 同上 ↩
- [4] “there was only a sticky whitish mass on the painted boards, and the monstrous odour had nearly disappeared.”(訳: 「塗装された床板の上にはねばついた白っぽい塊だけが残り、あの怪異な臭気もほぼ消え去っていた」) — 同上 ↩
- [5] “It is always a relief to get clear of the place, and to follow the narrow road around the base of the hills and across the level country beyond.”(訳: 「その場所を離れるのはいつも安堵であり、丘の裾を回ってその先の平坦な土地へと続く狭い道をたどる」) — 同上 ↩
- [6] “One dreads to trust the tenebrous tunnel of the bridge, yet there is no way to avoid it. Once across, it is hard to prevent the impression of a faint, malign odour about the village street, as of the massed mould and decay of centuries.”(訳: 「橋の陰鬱なトンネルを渡るのは気が進まないが、それを避ける道はない。渡り終えたあとも、村の通りには何世紀分ものかび臭さと腐敗が積み重なったような、かすかで悪意を帯びた匂いが漂う気配が拭えない」) — 同上 ↩
- [7] “Outsiders visit Dunwich as seldom as possible, and since a certain season of horror all the signboards pointing toward it have been taken down. The scenery, judged by any ordinary aesthetic canon, is more than commonly beautiful; yet there is no influx of artists or summer tourists.”(訳: 「外部の者がダニッチを訪れることはめったになく、ある恐怖の季節以降、そこを指し示す道標はすべて取り払われた。景観は並みの美的基準に照らしても尋常でなく美しいが、画家や避暑客の流入はない」) — 同上 ↩
- [8] “No one, even those who have the facts concerning the recent horror, can say just what is the matter with Dunwich; though old legends speak of unhallowed rites and conclaves of the Indians, amidst which they called forbidden shapes of shadow out of the great rounded hills, and made wild orgiastic prayers that were answered by loud crackings and rumblings from the ground below.”(訳: 「近年の事件の事実を知る者でさえ、ダニッチに何が起きているのかを言い当てることはできない。もっとも古い伝承は、インディアンたちの禁じられた儀式と集会について語っており、彼らは丸みを帯びた大きな丘から禍々しい影の形を呼び出し、地中から響く轟音と地鳴りに応えられる乱痴気じみた祈りを捧げたという」) — 同上 ↩
- [9] “Dunwich is indeed ridiculously old—older by far than any of the communities within thirty miles of it. … Industry did not flourish here, and the nineteenth-century factory movement proved short-lived.”(訳: 「ダニッチは実に馬鹿げているほど古く、近隣三十マイル以内のどの集落よりもはるかに古い。……この地に産業は根付かず、19世紀の工場化の波も長続きしなかった」) — 同上 ↩
- [10] “The government, alarmed at such signs of wholesale regional decadence, sent several officers and medical experts to investigate… It was the publicity attending this investigation which set reporters on the track of the Whateleys, and caused the Boston Globe and Arkham Advertiser to print flamboyant Sunday stories…”(訳: 「地域ぐるみの退廃を示すこうした兆候に狼狽した政府は、調査のために数名の担当官と医師を派遣した。……この調査をめぐる報道によって記者たちはウェイトリー一族に目を付け、ボストン・グローブ紙やアーカム・アドバタイザー紙が扇情的な日曜特集記事を掲載するに至った」) — 同上 ↩
- [11] “these are more generally attributed to the Indians than to the settlers. Deposits of skulls and bones, found within these circles and around the sizeable table-like rock on Sentinel Hill, sustain the popular belief that such spots were once the burial-places of the Pocumtucks; even though many ethnologists, disregarding the absurd improbability of such a theory, persist in believing the remains Caucasian.”(訳: 「これらは入植者よりもインディアンによるものとされることが多い。環の内側やセンチネル・ヒルの大きな台状の岩の周囲で見つかる頭蓋骨や骨の堆積は、そうした場所がかつてポクムタック族の埋葬地であったという俗説を支えているが、多くの民族学者はその説の不合理さを退けつつも、遺骨を白色人種のものと見なし続けている」) — 同上 ↩
- [12] “The day was pleasant, but even in the brightest sunlight a kind of quiet dread and portent seemed to hover about the strangely domed hills and the deep, shadowy ravines of the stricken region. Now and then on some mountain-top a gaunt circle of stones could be glimpsed against the sky. … The trail up and down Sentinel Hill seemed to Armitage of almost cataclysmic significance, and he looked long at the sinister altar-like stone on the summit.”(訳: 「その日は晴れていたが、最も明るい日射しの下でさえ、奇妙にドーム状の丘と、被災地域の深く陰った峡谷の上には、一種の静かな不吉さと予兆が漂っているようだった。時折、いずれかの山頂に、空を背景にした荒涼とした石の環が見え隠れした。……センチネル・ヒルを上り下りする小道は、アーミテージにはほとんど破局的な意味を持つように思われ、彼は山頂の不吉な祭壇のような岩を長く見つめた」) — 同上 ↩
- [13] “A purplish darkness, born of nothing more than a spectral deepening of the sky’s blue, pressed down upon the rumbling hills. Then the lightning flashed again, somewhat brighter than before, and the crowd fancied that it had shewed a certain mistiness around the altar-stone on the distant height. … Rather would one have said they came from the pit itself, had not their source been so unmistakably the altar-stone on the peak.”(訳: 「空の青みが幽霊のように深まっただけの紫がかった暗さが、轟く丘の上に垂れ込めた。やがて稲光が先ほどよりもやや明るく閃き、群衆にはそれが遠い高みの祭壇石のまわりに一種の靄を映し出したように思われた。……その源がまぎれもなくあの峰の祭壇石であると分からなければ、それは奈落そのものから来た声だと言われたかもしれない」) — 同上 ↩
- [14] “There were more swaths and monstrous prints, but there was no longer any house. It had caved in like an egg-shell, and amongst the ruins nothing living or dead could be discovered. Only a stench and a tarry stickiness. The Elmer Fryes had been erased from Dunwich.”(訳: 「なぎ倒された跡と怪異な足跡はさらに増えていたが、そこにもう家はなかった。それは卵の殻のように押し潰れており、瓦礫の中からは生きているものも死んでいるものも何一つ見つからなかった。あるのは悪臭とタール状の粘つきだけだった。エルマー・フライ一家はダニッチから消し去られたのだ」) — 同上 ↩
- [15] “As the shadows gathered, the natives commenced to disperse homeward, anxious to bar themselves indoors despite the present evidence that all human locks and bolts were useless before a force that could bend trees and crush houses when it chose.”(訳: 「影が集まりだすと、村人たちは家路につきはじめた。木をへし折り家を押し潰す力の前では人間の錠や閂など役に立たないという証拠を目の当たりにしていながら、それでも彼らは戸口を固く閉ざそうと気をもんでいた」) — 同上 ↩
- [16] “The Dunwich horror itself came between Lammas and the equinox in 1928, and Dr. Armitage was among those who witnessed its monstrous prologue.”(訳: 「ダニッチの怪そのものは、1928年のラマスから秋分にかけて起こった。アーミテージ博士は、その怪異な序幕を目撃した者たちの一人だった」) — 同上 ↩




