ブラウン・ジェンキンは、H・P・ラヴクラフトの短編「魔女の家の夢」(1932年執筆/1933年発表)に登場する、17世紀セイラムの魔女キージア・メイスンに仕える使い魔です。鼠ほどの大きさの体に、髭を蓄えた鋭い歯の人間じみた顔と、人間の小さな手のような前脚を持つという、動物とも人間ともつかない姿で描かれます。
概要
物語の主人公である学生ウォルター・ギルマンは、下宿先アーカムの通称「魔女屋敷」に住み着いてから、300年近く前に失踪した魔女キージア・メイスンと、その使い魔ブラウン・ジェンキンが夢の中に現れるようになります。ブラウン・ジェンキンは人語を解し、複数の言語を操るとされ、キージアとギルマンの間を取り持つ役回りとして、次元を超えた領域を自在に行き来する存在として描かれます。
基本プロフィール
- 初出作品(年): 「魔女の家の夢」(1932年執筆、Weird Tales誌1933年7月号発表)
- 創造者: H・P・ラヴクラフト
- 区分: 使い魔(17世紀の魔女キージア・メイスンに仕える)
- 主な居住域: アーカムの「魔女屋敷」およびそれと接続する非ユークリッド的な夢幻領域
- canon層: 原典(オリジナル正典)
別名・呼称
英名 Brown Jenkin。原典中では固有名として一貫してこの通称のみが使われ、他の呼び名は与えられていません。
形態と特徴
原典は目撃証言という体裁でその姿を伝えます。「証人たちの語るところでは、それは長い毛を持ち鼠の形をしていたが、その鋭い歯を持つ髭面は邪悪なまでに人間じみており、前脚は人間の小さな手のようであった」[1]。さらに「地獄めいた長く鋭い犬歯」を持つとも描写され、鼠と人間の特徴が異様な形で同居する外見が繰り返し強調されます。
性質・生態
ブラウン・ジェンキンはキージアと悪魔との間で「メッセージを取り次ぎ、魔女の血を吸血鬼のように吸って育てられていた」とされます[2]。その声は「忌まわしい忍び笑いのような」ものでありながら、あらゆる言語を話せるとされ、単なる動物ではなく知性を備えた存在として扱われます。物語終盤、ギルマンは何者かに心臓を食い破られて死亡し、現場には四本指ではなく「人間の小さな手四つ分の跡としか思えない」足跡が残されていました[3]。
実在か、集団幻覚か——原典自身の曖昧さ
「魔女の家の夢」の重要な特徴は、ブラウン・ジェンキンという存在そのものの実在性を、物語が最後まで確定させない点にあります。原典は、町の住民たちの間で語られてきたこの怪物の噂について「注目すべき共感的な集団幻覚の実例の産物であったように思われた」と述べており、超自然的な実在なのか、複数人が共有した幻覚に過ぎないのかという解釈の余地を意図的に残しています。ただしギルマンの死体に残された物証(心臓を食い破られた傷と、人間の小さな手の跡)は、単なる集団幻覚では説明のつかない結末として描かれており、この両義性は理性で説明しきれない体験を扱うラヴクラフト作品に繰り返し現れる手法です。
他の存在との関係
ブラウン・ジェンキンとキージア・メイスンは、作中で「黒衣の男」ことナイアルラトホテップおよび、無心の魔王アザトースが統べる究極の混沌の玉座と結びつけられており、ギルマンをその陣営へ引き入れようとする存在として機能します。キージアの死後300年近くを経てもなお主に仕え続けるブラウン・ジェンキンの忠誠は、通常の動物の使い魔とは一線を画す執念深さとして描かれます。
主要登場作と読みどころ
- 「魔女の家の夢」(1932年執筆/1933年発表): 唯一の初出作。非ユークリッド幾何学に傾倒する学生ギルマンが、下宿の傾いだ天井裏部屋を通じて次元の狭間へ引きずり込まれていく構成で、ブラウン・ジェンキンは夢と覚醒の境界が崩れていく過程の案内役として繰り返し現れます
- 結末の衝撃: 赤ん坊の誘拐事件をめぐる終盤の展開と、ギルマンの死体が「心臓を食い破られていた」という直接的な描写は、ラヴクラフト作品の中でも直截的なグロテスクさで知られ、それまでの心理的・幾何学的恐怖から一転する読みどころとなっています
よくある誤解
Q. ブラウン・ジェンキンは本当に実在する怪物なのですか、それとも幻覚なのですか?
A. 原典自身がこの問いに明確な答えを出していません。「集団幻覚の産物であったように思われた」という記述がある一方、ギルマンの死体に残された物証は幻覚では説明のつかない形で描かれており、断定は読者の解釈に委ねられています。
出典
- [1] “Witnesses said it had long hair and the shape of a rat, but that its sharp-toothed, bearded face was evilly human while its paws were like tiny human hands.”(訳: 「証人たちの語るところでは、それは長い毛を持ち鼠の形をしていたが、その鋭い歯を持つ髭面は邪悪なまでに人間じみており、前脚は人間の小さな手のようであった」) — H. P. Lovecraft, “The Dreams in the Witch House”(1932年執筆/1933年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “It took messages betwixt old Keziah and the devil, and was nursed on the witch’s blood—which it sucked like a vampire.”(訳: 「それは老キージアと悪魔との間でメッセージを取り次ぎ、魔女の血を吸血鬼のように吸って育てられていた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “There had been virtually a tunnel through his body—something had eaten his heart out.” / “…would not admit that they were like the prints of four tiny human hands.”(訳: 「彼の体にはほとんど一本のトンネルが通っていた——何かが彼の心臓を食い破っていたのだ」/「それが人間の小さな手四つ分の跡に似ているとは、誰も認めようとしなかった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
用語集にもブラウン・ジェンキン(概略)として簡潔な解説があります。





