概要
鋭角であるはずの場所が鈍角に見え[1]、奥に進むほど空間が縮小するなど、視覚情報と重力・距離の感覚が一致しない[2]歪んだ次元の建築を表現する手法[3]。
原典での描写
クトゥルフの呼び声(1926年執筆/1928年発表)
『クトゥルフの呼び声』終盤、上陸した都市(ルルイエ)について、漂着したヨハンセンは定まった建物や構造を語らず、ただ漠然とした角度と石の表面の印象だけを語った。それは「途方もない角度と石の表面――地上のいかなるものにもふさわしくないほど巨大な表面」であり、忌まわしい図像や象形文字に満ちていたという。語り手はこれを、ウィルコックスが夢の中で見た場所の幾何学が異常で非ユークリッド的だったと語っていたことに重ね合わせている[4]。
魔女の家の夢(1932年1月-2月執筆)
『魔女の家の夢』のアーカムの学院に進んだウォルター・ギルマンは、非ユークリッド微積分と量子物理学を民間伝承と結びつけて研究する。地の文は「非ユークリッド微積分と量子物理学は、どんな頭脳にも負担をかけるに十分だ」と評し、そこに魔女伝承の多次元的実在という背景まで重ねれば精神の緊張から自由ではいられまいと続ける。ギルマンが借りた部屋はかつてケジア・メイスンを宿した部屋でもあり、1692年に彼女がセイラムの牢を脱走した際、看守は正気を失い、灰色の石壁に赤い粘液で描かれた曲線と角を誰も説明できなかったと語り継がれている[5]。
その後ギルマンの数学は上達し、リーマン方程式を直感的に解く才を示して、四次元やその他の難問への理解でアップハム教授を驚かせた。彼は、既知の三次元球体から一旦外に出て別の一点へ戻ることで、生命を失わずに宇宙のどこへでも到達できるという理論も語っている。当時のギルマンは「彼の数式が告げる、我々の知る三次元の彼方に横たわるに違いない漠然とした領域」について考えすぎており、老いたケジア・メイスンが何らかの導きによって実際にその領域への扉を見出していた可能性についても思いを巡らせていた[6]。
狂気の山脈にて(1931年2月-3月執筆)
『狂気の山脈にて』で氷床の下に姿を見せた太古の都市(狂気山脈の太古都市遺跡)を目にした一行は、写真に撮ってもなお信じ難いほどの規模と異様さに言葉を失う。「幾何学的な形状は、ユークリッドでさえ名付けかねるものだった」――あらゆる不規則さと切断を示す円錐、不釣り合いなテラス、いびつに膨らんだ塔、奇妙にまとまった折れた柱、五芒星や五稜の配置が、狂気じみた不気味さで連なっていたという。整然とした街路は見当たらず、かつて川が町を貫いて山へ流れ込んでいたとおぼしき一本の広い切れ目が、左手に見えるだけだったと記されている[7]。
罠(1931年末執筆、ヘンリー・S・ホワイトヘッドとの共作)
語り手は、ロバート・グランディソンが姿を消した朝に覚えていた鏡への違和感を、夢の中で聞いた声によってようやく言葉にできたと振り返る。その鏡は人間の経験のあらゆる先例と、我々の正気な三次元の古来の法則のすべてに反する、異様な吸引力を持っていたという。鏡は一箇所への扉であり罠であり、この世に見える宇宙の住人のためには作られていない空間の奥へ通じる回路であって、「最も込み入った非ユークリッド数学の言葉によってのみ実現しうる」ものだったと語られる。グランディソンはこの経緯を経て鏡の中へ消え、そこに閉じ込められたまま解放を待っている、と語り手は確信していた[8]。
基本プロフィール
- 分類: 概念
- 欧文表記: NON-EUCLIDEAN GEOMETRY
- 初出・出典: クトゥルフの呼び声(1926年執筆/1928年発表)
由来と歴史 / 詳細設定
19世紀から20世紀初頭にかけて数学界で確立された非ユークリッド幾何学やアインシュタインの相対性理論など、当時の「新しい科学概念」をラヴクラフトがいち早くホラーのガジェットとして取り入れた。「見慣れた現実の消失」を数理的に表現した言葉である。
性質と影響
建築の描写だけで視覚的なめまいや理性の揺らぎを発生させ、人間が住む三次元宇宙の安定性が局所的に崩壊しているという物理的恐怖を演出する。
関連する用語
出典
- [1] “twisted menace and suspense lurked leeringly in those crazily elusive angles of carven rock where a second glance shewed concavity after the first shewed convexity.”(訳: 「彫り込まれた岩の、狂おしいほど捉えどころのない角度の中には、ねじれた脅威とサスペンスがいやらしく潜んでいた。最初は凸に見えたものが、二度見すると凹に見えるのだ」) — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表), hplovecraft.com ↩
- [2] “One could not be sure that the sea and the ground were horizontal, hence the relative position of everything else seemed phantasmally variable.”(訳: 「海と地面が水平であるという確信すら持てず、それゆえ他の全てのものの相対的な位置関係が、幻のように定まらないものに見えた」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [3] “the geometry of the dream-place he saw was abnormal, non-Euclidean, and loathsomely redolent of spheres and dimensions apart from ours.”(訳: 「彼が目にした夢の場所の幾何学は異常で、非ユークリッド的であり、我々のものとは異なる球体や次元を忌まわしくも思わせるものだった」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [4] “vast angles and stone surfaces—surfaces too great to belong to any thing right or proper for this earth”(訳: 「途方もない角度と石の表面――地上のいかなるものにもふさわしくないほど巨大な表面」) — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表), hplovecraft.com ↩
- [5] “Non-Euclidean calculus and quantum physics are enough to stretch any brain”(訳: 「非ユークリッド微積分と量子物理学は、どんな頭脳にも負担をかけるに十分だ」) — H. P. Lovecraft, “The Dreams in the Witch House”(1932年1月-2月執筆), hplovecraft.com ↩
- [6] “the vague regions which his formulae told him must lie beyond the three dimensions we know”(訳: 「彼の数式が告げる、我々の知る三次元の彼方に横たわるに違いない漠然とした領域」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [7] “There were geometrical forms for which an Euclid could scarcely find a name”(訳: 「幾何学的な形状は、ユークリッドでさえ名付けかねるものだった」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”(1931年2月-3月執筆), hplovecraft.com ↩
- [8] “realizable only in terms of the most intricate non-Euclidean mathematics”(訳: 「最も込み入った非ユークリッド数学の言葉によってのみ実現しうる」) — H. P. Lovecraft with Henry S. Whitehead, “The Trap”(1931年末執筆), hplovecraft.com ↩





