現実の人物 — Ambrose Bierce

アンブローズ・ビアス

「カルコサの住人」「羊飼いハイタ」でカルコサ・ハスター・ハリを生み出した米国の風刺作家・従軍記者。クトゥルフ神話系譜、最初の環。

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アンブローズ・ビアス

概要

アンブローズ・ビアス(Ambrose Gwinnett Bierce, 1842年6月24日 – 1913年12月26日以降消息不明、1914年前半に死亡したとみられる)は、南北戦争を戦い抜いた元陸軍将校であり、後半生をサンフランシスコの新聞界で辛辣な社会風刺記者として過ごしたアメリカの作家である。今日では「クトゥルフ神話」の熱心な読者にとって、その体系の最も奥にある礎石を無自覚のうちに置いた人物として知られている。1886年の短編「カルコサの住人」と1891年の「羊飼いハイタ」において、ビアスは「カルコサ」という滅びた都市の名と「ハスター」という神格名、そして哲学者「ハリ」の名を初めて文字にした。これらの固有名詞はビアス自身の作品世界では単発の道具立てにすぎなかったが、後にロバート・W・チェンバースが借用し、さらにH・P・ラヴクラフトが再借用し、最後にオーガスト・ダーレスが神格として完成させるという、実に半世紀にわたる名前の旅の出発点となった。ビアス→チェンバース→ラヴクラフト→ダーレスという系譜の最初の一人として、彼は本サイトが扱う神話体系の隠れた起点である。

基本情報

  • 氏名:アンブローズ・グウィネット・ビアス(Ambrose Gwinnett Bierce)
  • 生年月日:1842年6月24日
  • 没年:1913年12月26日以降消息不明(1914年前半、メキシコ革命下で死亡したと推定される。正確な日付・場所は未確定)
  • 出生地:アメリカ合衆国オハイオ州メイグス郡ホースケイブクリークの丸太小屋
  • 国籍:アメリカ合衆国
  • 主要職業:ジャーナリスト、コラムニスト、風刺作家、短編小説家、編集者、元陸軍将校

生涯

ビアスはオハイオ州の農家の十番目の子として生まれ、幼少期にインディアナ州コシュースコ郡に一家で移り住んだ。1861年、南北戦争が始まると北軍第9インディアナ歩兵連隊に入隊し、測量技師としての技能を評価されて士官に取り立てられる。シャイロの戦いなど激戦を経験し、1864年6月のケネソー山の戦いで頭部に重傷を負った。この従軍体験は後年、作品集「兵士と市民の物語」(Tales of Soldiers and Civilians, 1891年。後の版では In the Midst of Life と改題)に結実し、戦争の非情さと死を凝視する文体を確立する土台となった。

戦後、ビアスはサンフランシスコに移り、ジャーナリズムの世界に足場を得る。1868年には週刊紙「ニューズ・レター」の編集者となり、辛辣な筆致で知られるようになった。1872年から1875年にかけては渡英し、ロンドンの風刺誌「Fun」などに”Dod Grile”の筆名で寄稿している。帰国後はサンフランシスコの新聞界に戻り、1887年からはウィリアム・ランドルフ・ハーストが所有する「サンフランシスコ・エグザミナー」紙で名物コラム”Prattle”を担当、皮肉と冷笑に満ちた文体で「西海岸で最も恐れられる批評家」と評された。

同時期、ビアスは小説家としても旺盛に活動する。1891年に週刊誌 The Wave で発表した「羊飼いハイタ」は、1893年刊行の怪奇色の強い短編集「Can Such Things Be?」に収められた。また辛辣な警句・定義を集めた「悪魔の辞典」(The Devil’s Dictionary)は1906年に “The Cynic’s Word Book” として部分的に、1911年に完全版として刊行され、アメリカ風刺文学の代表作となっている。

1913年、71歳のビアスはメキシコ革命の内乱を取材するため単身メキシコへ渡り、パンチョ・ビリャ軍に従軍記者として同行した。同年12月26日にチワワ州から知人に送った書簡が最後の確実な記録であり、以後の消息は完全に途絶える。翌1914年1月に行われたオヒナガの戦いで落命したとする説が有力視されているが、遺体も墓も発見されておらず、彼の最期は今なお解明されていない文学史上の謎として語り継がれている。

クトゥルフ神話への貢献

ビアスがクトゥルフ神話の系譜において果たした役割は、体系の構築者としてではなく、後続の作家たちが繰り返し掘り返した「名前の採石場」としてのそれである。

第一の環は1886年の短編「カルコサの住人」である。語り手が荒野で目覚め、やがて自分が滅びた都市カルコサの廃墟に立つ幽霊であったと悟る幻想小説であり、ここで「カルコサ」という都市名と哲学者「ハリ」の名が初めて文字として現れた。第二の環は1891年発表の「羊飼いハイタ」であり、ここでビアスは牧人たちの穏和な守護神として「ハスター」の名を創造した。この時点でのハスターは、後年の宇宙的恐怖とは無縁の、牧歌的で慈悲深い神である。

これらの固有名詞を大きく転生させたのがロバート・W・チェンバースである。1895年の連作短編集「黄衣の王」、とりわけ「名誉修理者」において、チェンバースはカルコサ・ハスター・ハリをビアスの原意から切り離し、双子の太陽の下に朽ちる都市カルコサ、湖の名としての「ハリ」、そして人物とも場所とも判別しがたい謎の存在「ハスター」として再構築した。さらに「黄の印」「黄衣の王」という架空の劇そのものへと結びつけ、読む者を狂気に導く禁断の書物というモチーフを付け加えている。

この連鎖に第三の環をもたらしたのがH・P・ラヴクラフトである。1927年頃にチェンバースの「黄衣の王」を読んで強く魅了されたラヴクラフトは、1931年の中編「囁くもの」の中で、ハスターの名と「ハリ湖」「黄の印」への言及を自らの神話体系に組み込んだ。ここでハスターは、彼が育てつつあった宇宙的恐怖の宇宙誌――ネクロノミコンの断章やクトゥルフを頂点とする体系――の一部として位置づけられることになる。

そして最後の環を閉じたのがオーガスト・ダーレスである。ダーレスは「ハスターの帰還」などの一連の作品で、ビアスの牧神・チェンバースの怪異・ラヴクラフトの断片的言及にすぎなかったハスターを、正式に「言うに言われぬ者」の名を持つ大いなる古きものへと格上げし、クトゥルフと対立(あるいは異父兄弟)関係にある風・大気の神格として体系内に確定させた。今日私たちが「ハスター」という項目で読む神格の骨格は、ビアスが蒔いた名前の種を三人の後継者が半世紀かけて育てた結果なのである。

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後世への影響

ビアス本人は生涯を通じて怪奇幻想の専業作家というより風刺記者であり続けたが、彼が何気なく創った固有名詞は、彼自身の与り知らぬところで20世紀最大級の想像力の系譜を生み落とした。「悪魔の辞典」に代表される乾いた諦観と冷笑のまなざしは、後のアメリカ怪奇文学、とりわけラヴクラフト以降の宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)における「人間の営みの小ささ」という主題にも通底する精神的な先祖と見ることができる。ビアス、チェンバース、ラヴクラフト、ダーレスという四世代の連鎖は、一つの名前がいかに作者の意図を離れて増殖し、体系化されていくかを示す文学史上稀有な実例であり、本サイトが「作品史・年表」で追跡する神話成立史の起点として、ビアスは欠くことのできない存在である。

参考資料

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