概要
アーカムの旧家に生まれた早熟の詩人。7歳で家庭教師たちを驚嘆させる詩を書き、18歳で詩集『アザトースその他の恐怖』を出して評判を呼んだ一方、過保護な両親のもとで自立や実務面の発達が著しく遅れていた[1]。老魔術師の娘アセナス・ウェイトとの結婚を機に人格が次第に不安定化し、最終的には亡き岳父エフレイム・ウェイトによる精神の乗っ取りの犠牲となる。幼馴染にして語り手のダニエル・アプトンが、療養所で「エドワード・ダービー」を名乗る何かを射殺したことを告白する形で物語は幕を閉じる[2]。
基本プロフィール
- 分類: 人物
- 欧文表記: EDWARD PICKMAN DERBY
- 初出・出典: 「戸口にあらわれたもの」(1933年8月執筆/1937年1月『ウィアード・テイルズ』誌発表)
- 職業: 詩人(詩集『アザトースその他の恐怖』の著者)
- 末路(作中): アーカム療養所の独房で幼馴染ダニエル・アプトンに射殺される。没年・享年は原文に記載がなく、当サイトでは確認していない。
原典での描写
早熟な詩人としての少年時代
語り手ダニエル・アプトンは、ダービーより八歳年上の幼馴染であり、「彼は私より八歳年下だが、非常に早熟だったため、彼が八歳、私が十六歳の頃からすでに多くの共通点があった」と回想している[7]。神童としての詩作や十八歳での詩集刊行も、この幼い頃からの付き合いのなかでアプトンが間近に見てきた出来事として語られる。
アセナス・ウェイトとの結婚と変化
ダービーが老魔術師の娘アセナス・ウェイトと出会ったのは三十八歳の年で、アプトンによれば当時のアセナスは「おそらく二十三歳ほどで、ミスカトニック大学で中世形而上学の特別課程を取っていた」という[8]。結婚は一月ほど後、治安判事の手で執り行われ、夫妻はアーカムのクラウニンシールド屋敷に居を構えた。
新婚旅行から戻って再会した際、アプトンはダービーの様子について「少し変わったように思った」と述べ、「子供っぽい反抗のふくれっ面が、ほとんど本物の悲しみと呼べる表情に取って代わられていた」ことに気づいて、この変化を喜ぶべきか判じかねている[9]。
人格の入れ替わりの訴えとメイン州での発見
結婚から三年余りが過ぎたある八月、アプトンはメイン州から届いた電報で、森から錯乱状態で現れたダービーがチェサンクックの町役場の留置場に保護されていることを知った[10]。
駆けつけたアプトンに、ダービーは要領を得ない譫言のなかで「もしあいつがまた私をあそこへ送り込むなら、あいつを殺してやる……この手で殺してやる」と繰り返し訴えた[11]。
その後アーカムへ戻る車中でダービーの声が不意に一段低く落ち着いたものへと変わり、アプトンは「隣にあった顔は一瞬ほとんど見分けがつかないほど歪み、その間、体全体に震えるような動きが走った——まるで骨も臓器も筋肉も神経も腺も、まったく異なる姿勢と緊張の配置、そして人格全体に合わせて調整し直されているかのようだった」と友人の変化を目撃した[12]。
療養所と戸口に現れたもの
その後アプトンのもとに、ダービー本人を名乗る書き手から手紙が届く。そこには「ダン——療養所へ行って、あれを殺してくれ……あれが私を奪った——あれはアセナスだ。アセナスは三箇月半前から死んでいる」と記されていた[13]。
その手紙を運んできた何かは、アプトンの家の戸口で崩れ落ちて動かなくなった。「エドワードの奇妙に不揃いな衣服の中から最終的に見つかったのは、大半が液状化した恐ろしいものだった……ある歯科治療の跡から、その頭骨はアセナスのものと確認された」[14]。この場面が、作品名「戸口に現れたもの」の由来になっている。
別名・呼称
作中で別名は与えられていない。ミドルネームの「ピックマン」については、同じくラヴクラフト作品世界に登場する画家リチャード・アプトン・ピックマンとの直接的な血縁関係を明言する記述は確認できておらず、家名としての重なり以上のことは言えない。
人物像・性格
7歳にして「陰鬱で幻想的な、ほとんど病的とも言える詩」を書き、周囲の家庭教師を驚嘆させた神童であった[1]。18歳の年に、こうした悪夢のような詩をまとめた詩集『アザトースその他の恐怖』を出版し、大きな評判を呼んだ[3]。同時期、『石柱の民』の作者で1926年にハンガリーの村を訪れた後に発狂して絶叫しながら死んだ悪名高きボードレール風詩人ジャスティン・ジェフリーと親しく文通していた[4]。
その早熟さとは裏腹に、過保護な両親のもとで甘やかされて育ったため、自立や実務面の発達は著しく遅れていた。一人旅も独立した決断も、責任を負うことも経験したことがなく[5]、この人格的な弱さが、後にアセナスの結婚という策略に取り込まれていく遠因になったとされる。
生涯・経歴
ミスカトニック大学在学中、地下的な魔術文献にのめり込み、『エイボンの書』、フォン・ユンツトの『無名祭祀書』、狂えるアラビア人アブドゥル・アルハザードの禁断の『ネクロノミコン』などを読んでいたが、両親にはそのことを話さなかった[6]。
やがてダービーは、老魔術師エフレイム・ウェイトの娘アセナスと結婚する。アセナスはインスマスの血を引く不穏な家系の出であった。結婚後、ダービーの人格は次第に不安定になり、時折「別人のような」振る舞いを見せるようになる。幼馴染のダニエル・アプトンは、やがてエフレイム自身が娘アセナスの肉体に精神を移し、さらに結婚を通じてダービーの肉体をも乗っ取ろうとしていたことに気づく。ダービーから届いた助けを求める狂気の手紙を受け、アプトンは彼を訪ねるが、そこにいたのはもはやダービーの人格ではなかった。
物語の結びで、語り手アプトンは「私はエドワード・ダービーを殺してはいない。むしろ彼の仇を討ったのだ」と述べ、翌日、療養所へ行き「エドワードと世界のために」その独房にいた者を撃ち殺したと告白する[2]。物語全体が、この告白そのものの形で語られている。
他の人物・存在との関係
幼馴染にして語り手のダニエル・アプトンとは、ダービーの家族ぐるみの旧い友人関係にあり、最終的にアプトンの手による射殺という結末を迎える。妻アセナス・ウェイトとその亡き父エフレイム・ウェイトは、ダービーの人格を乗っ取る精神転移の主体であり、この物語の恐怖の核心をなす。悪名高きボードレール風詩人ジャスティン・ジェフリーとは、若き日に文通を交わした間柄であった[4]。
主要登場作と読みどころ
- 「戸口にあらわれたもの」(1933年執筆/1937年発表): ダービーの唯一の登場作。神童詩人としての幼少期から、結婚を機にした人格の崩壊、そして幼馴染による射殺という結末までを、アプトンの一人称告白体で描く
よくある誤解
Q. ダービーはラヴクラフト自身がモデルなのですか?A. 幼少期の描写は大部分が自伝的なものと見なされているが、神童・若き文壇の寵児として描かれた点については、典型的に自己卑下的なラヴクラフト自身をモデルにしたとは考えにくいとされる。詩人クラーク・アシュトン・スミスや、友人アルフレッド・ガルピンなど、複数のモデル候補が指摘されているが、いずれも二次資料による指摘であり確定した対応関係ではない。
Q. ダービーを撃ったアプトンは、本当にダービー本人を殺したのですか?A. 物語の結末で、アプトン自身がそれを完全には断定していない。療養所にいた「エドワード・ダービー」を名乗る存在が、実際には誰(あるいは何)であったのかという不確かさそのものが、この物語の恐怖の核心になっている。
出典
- [1] “He was the most phenomenal child scholar I have ever known, and at seven was writing verse of a sombre, fantastic, almost morbid cast which astonished the tutors surrounding him.”(訳: 「彼は私が知る限り最も驚異的な神童であり、7歳にして陰鬱で幻想的な、ほとんど病的とも言える詩を書き、周囲の家庭教師を驚嘆させた」) — H. P. Lovecraft, “The Thing on the Doorstep”(1933年執筆/1937年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “So I say that I have not murdered Edward Derby. Rather have I avenged him… The next day…I went to the madhouse and shot him dead for Edward’s and the world’s sake, but can I be sure till he is cremated?”(訳: 「私はエドワード・ダービーを殺してはいない。むしろ彼の仇を討ったのだ……翌日……療養所へ行き、エドワードと世界のために彼を撃ち殺した。だが彼が火葬されるまで、それが確かだと言えるだろうか」) — 同上 ↩
- [3] “Young Derby’s odd genius developed remarkably, and in his eighteenth year his collected nightmare-lyrics made a real sensation when issued under the title Azathoth and Other Horrors.”(訳: 「若きダービーの奇妙な才気は著しく発達し、18歳の年、その悪夢のような詩を集めたものが『アザトースその他の恐怖』の題で出版されると、大きな評判を呼んだ」) — 同上 ↩
- [4] “He was a close correspondent of the notorious Baudelairean poet Justin Geoffrey, who wrote The People of the Monolith and died screaming in a madhouse in 1926 after a visit to a sinister, ill-regarded village in Hungary.”(訳: 「彼は『石柱の民』の作者で、1926年にハンガリーの陰惨な村を訪れた後に発狂して絶叫しながら死んだ、悪名高きボードレール風詩人ジャスティン・ジェフリーと親しく文通していた」) — 同上 ↩
- [5] “In self-reliance and practical affairs, however, Derby was greatly retarded because of his coddled existence. His health had improved, but his habits of childish dependence were fostered by overcareful parents; so that he never travelled alone, made independent decisions, or assumed responsibilities.”(訳: 「しかし自立や実務面において、ダービーは過保護な生活のため著しく遅れていた。健康は改善していたものの、過剰に気を配る両親によって幼児的な依存の習慣が助長され、彼は一人旅も独立した決断も、責任を負うことも一度もしたことがなかった」) — 同上 ↩
- [6] “he became an almost fanatical devotee of subterranean magical lore, for which Miskatonic’s library was and is famous…He read things like the frightful Book of Eibon, the Unaussprechlichen Kulten of von Junzt, and the forbidden Necronomicon of the mad Arab Abdul Alhazred, though he did not tell his parents he had seen them.”(訳: 「彼はほとんど狂信的なまでに地下的な魔術文献に傾倒するようになった。ミスカトニック大学の図書館はそれで有名であった……彼は恐るべき『エイボンの書』、フォン・ユンツトの『無名祭祀書』、狂えるアラビア人アブドゥル・アルハザードの禁断の『ネクロノミコン』などを読んだが、それを見たことを両親には話さなかった」) — 同上 ↩
- [7] “Eight years my junior, he was so precocious that we had much in common from the time he was eight and I sixteen.”(訳: 「彼は私より八歳年下だが、非常に早熟だったため、彼が八歳、私が十六歳の頃からすでに多くの共通点があった」) — H. P. Lovecraft, “The Thing on the Doorstep”(1933年執筆/1937年発表), 公式アーカイブ ↩
- [8] “Edward was thirty-eight when he met Asenath Waite. She was, I judge, about twenty-three at the time; and was taking a special course in mediaeval metaphysics at Miskatonic.”(訳: 「エドワードがアセナス・ウェイトに出会ったのは三十八歳のときだった。彼女はその頃おそらく二十三歳ほどで、ミスカトニック大学で中世形而上学の特別課程を取っていた」) — 同上 ↩
- [9] “When Edward called on me after the honeymoon I thought he looked slightly changed.…his habitual pout of childish rebelliousness being exchanged for a look almost of genuine sadness.”(訳: 「新婚旅行から戻ってエドワードが訪ねてきたとき、私は彼の様子が少し変わったように思った……子供っぽい反抗のふくれっ面が、ほとんど本物の悲しみと呼べる表情に取って代わられていた」) — 同上 ↩
- [10] “Derby had been married more than three years on that August day when I got the telegram from Maine.…It was Edward—and he had been just able to recall his own name and my name and address.”(訳: 「私がメイン州からの電報を受け取ったその八月の日、ダービーは結婚してすでに三年以上が経っていた……それはエドワードだった。彼はかろうじて自分の名前と私の名前・住所だけを思い出せる状態だった」) — 同上 ↩
- [11] “I’ll kill her if she ever sends me there again.…I’ll kill it with my own hands!”(訳: 「もしあいつがまた私をあそこへ送り込むなら、あいつを殺してやる……この手で殺してやる」) — 同上 ↩
- [12] “The face beside me was twisted almost unrecognisably for a moment, while through the whole body there passed a shivering motion—as if all the bones, organs, muscles, nerves, and glands were readjusting themselves to a radically different posture, set of stresses, and general personality.”(訳: 「隣にあった顔は一瞬ほとんど見分けがつかないほど歪み、その間、体全体に震えるような動きが走った——まるで骨も臓器も筋肉も神経も腺も、まったく異なる姿勢と緊張の配置、そして人格全体に合わせて調整し直されているかのようだった」) — 同上 ↩
- [13] “Dan—go to the sanitarium and kill it.…She got me—it’s Asenath—and she has been dead three months and a half.”(訳: 「ダン——療養所へ行って、あれを殺してくれ……あれが私を奪った——あれはアセナスだ。アセナスは三箇月半前から死んでいる」) — 同上 ↩
- [14] “What they finally found inside Edward’s oddly assorted clothes was mostly liquescent horror.…Some dental work positively identified the skull as Asenath’s.”(訳: 「エドワードの奇妙に不揃いな衣服の中から最終的に見つかったのは、大半が液状化した恐ろしいものだった……ある歯科治療の跡から、その頭骨はアセナスのものと確認された」) — 同上 ↩





