概要
ラヴクラフト「セレファイス」に登場する、夢の国(ドリームランド)のタナリアン丘陵の彼方、ウース=ナルガイの谷にある都市[3]。現実世界で家系・財産・地位のすべてを失った英国人クラネスが、幼少期の記憶と分かちがたく結びついた黄金の都として夢の中に見出す。現実からの逃避と、夢を通じた真実の探求というラヴクラフトの夢の国連作に通底するテーマを、最も純度高く体現する一編とされる。
基本プロフィール
- 分類: 地名(夢の国の都市)
- 欧文表記: CELEPHAÏS
- 初出・出典: 「セレファイス」(1920年11月初頭執筆/1922年5月、アマチュア誌『The Rainbow』にて発表)
- 地理設定: タナリアン丘陵の彼方、ウース=ナルガイの谷
由来・モデル
セレファイスは夢の国(Dreamlands)に属する都市であり、現実の地球地理上のどこにも対応しない。物語の主人公クラネス(現実世界での姓は明かされない没落貴族)は、幼少期に過ごした生家の庭から続く丘の道の記憶を起点に、夢の中でこの都市へたどり着く——すなわちセレファイスは、現実の特定の実在都市がモデルというより、クラネス自身の失われた幼少期・帰属意識の象徴として構築された都市である。物語冒頭でラヴクラフトは、現実で得られる栄達より夢の中の一瞬の美こそが真実の価値を持つ、という主題を明示している。
歴史・年表
物語で語られるクラネスの経緯は以下の通り。
- 没落: クラネスは家系最後の一人となり、金も土地も失う。周囲の人々の生き方に馴染めず、夢を見ては書き記すことに没頭するようになる[1]。
- 最初の夢: ある夜、闇の中に裂け目が開くような感覚とともに、はるか下方に海と空を背景として煌めく谷間の都市を目にする[2]。
- 都市の同定: 目覚めた瞬間、その都市がタナリアン丘陵の彼方、ウース=ナルガイの谷にあるセレファイスに他ならないと直感する[3]。かつて崖の上でまどろんだ夏の午後、一瞬だけ心がそこに住まっていたと感じた都市であった。
- 都市への到達と統治: その後の夢でクラネスはついにセレファイスへ実際に降り立ち、四十年前と寸分違わぬ都市の姿——変色していない大理石の壁、色褪せない磨かれたブロンズ像——を目の当たりにする[4]。彼はやがてこの都市とその周辺の王として迎え入れられる。
- 現実世界での終幕: 物語の結末では、現実世界でのクラネスの肉体は崖から落ちて発見されるが、彼の意識(あるいは魂)はセレファイスの永遠の王として夢の国に留まり続けたことが示唆される。
性質・特徴
セレファイスは、失われた幼少期の記憶・美・帰属意識の象徴として描かれる都市であり、宇宙的恐怖を主眼とする後年のラヴクラフト作品群とは対照的に、郷愁と美への渇望を主題とする点で際立つ。雪を頂く山を背景にした港町という牧歌的な描写が繰り返され、暴力や怪物的存在への言及がほとんどない、夢の国連作の中でも特に穏やかな作品である。
関連する人物・存在
- ウルタール: 同じ夢の国に属する町。作中で直接の交流関係は描かれないが、深淵書架では夢の国の地誌を成す姉妹記事として相互参照している。
- ランドルフ・カーター: 別作品「未知なるカダスを夢に求めて」の主人公。夢の国を巡る旅の途上でセレファイスに立ち寄る場面があり、夢の国の地誌上の重要拠点としてセレファイスが再登場する。
主要登場作と読みどころ
- 「セレファイス」(1920年): 本作そのもの。中心となる原典。現実世界での没落と夢の国での栄達という対比構造、そして最後にクラネスの肉体的な死と夢の国での永遠の統治が重なり合う結末の解釈の余地が読みどころ。
- 「未知なるカダスを夢に求めて」: 長編でランドルフ・カーターが夢の国を巡る旅の中でセレファイスを訪れ、その統治者となったクラネスその人と再会する場面が描かれ、両作品の世界観が地続きであることが示される。
よくある誤解
Q. セレファイスは実在するどこかの都市がモデルなのですか?
A. いいえ。セレファイスは夢の国(ドリームランド)に属する都市として描かれ、現実の地球地理上の特定の場所との対応関係は原典に明記されていません。クラネス自身の幼少期の記憶・郷愁が投影された、内面世界の産物として理解するのが妥当です。
Q. クラネスは物語の中で実際に死んだのですか?
A. 原典では、現実世界でのクラネスの肉体が崖の下で発見されたことが示唆される一方、彼の意識はセレファイスで永遠の王として君臨し続けるという、現実の死と夢の国での永続が並行する形で描かれます。どちらが「真実」かを明確に裁定する記述はなく、解釈は読者に委ねられています。
出典
- [1] “His money and lands were gone, and he did not care for the ways of people about him, but preferred to dream and write of his dreams.”(訳: 「彼の金も土地も失われ、周囲の人々の生き方には関心を持てなくなっていたが、夢を見ることと、その夢を書き記すことを好んだ」) — H. P. Lovecraft, “Celephaïs”(1922年), 公式アーカイブ ↩
- [2] “Then a rift seemed to open in the darkness before him, and he saw the city of the valley, glistening radiantly far, far below, with a background of sea and sky.”(訳: 「その時、目の前の闇に裂け目が開いたようで、彼ははるか下方に、海と空を背景として燦然と煌めく谷間の都市を目にした」) — 同上 ↩
- [3] “He knew from his brief glance that it was none other than Celephaïs, in the Valley of Ooth-Nargai beyond the Tanarian Hills.”(訳: 「一瞥しただけで、それがタナリアン丘陵の彼方、ウース=ナルガイの谷にあるセレファイスに他ならないと彼にはわかった」) — 同上 ↩
- [4] “All was as of old, nor were the marble walls discoloured, nor the polished bronze statues upon them tarnished.”(訳: 「すべては昔のままで、大理石の壁は変色しておらず、その上に立つ磨かれたブロンズ像も曇っていなかった」) — 同上 ↩





