地名(夢の国の港湾都市) — DYLATH-LEEN

ディラス=リーン

原典

夢の国南方海岸に建つ玄武岩の港湾都市。黒い三段櫂船に乗った正体不明の商人たちが紅玉と奴隷を運んでくる、繁栄の裏に不穏さを抱えた交易都市。

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ディラス=リーン

「ディラス=リーンは、その細く角張った塔々とともに、遠くから見るとジャイアンツ・コーズウェイの一部のように見え、その通りは暗く、人を寄せ付けない」

— H・P・ラヴクラフト「未知なるカダスを夢に求めて」(執筆1926-27年/1943年発表)
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概要

夢の国の南方海岸に位置する、主に玄武岩で建てられた港湾都市。遠くから見ると「ジャイアンツ・コーズウェイ」の一部のように見える細く角ばった塔並みで知られ[1]、街路は薄暗く陰鬱な雰囲気に包まれている。世界中(そして地上にはないとされる場所からも)の奇妙な船乗りたちが行き交う交易都市である。

原典での描写

玄武岩の塔の街の姿

物語の後半、ンガラネクの手がかりを求めてオリアブ島から一度ディラス=リーンへ舞い戻ったランドルフ・カーターは、玄武岩の新市街とは別の顔にも触れている。旧市街の一角には煉瓦造りの古い宿があり、その建物は「ヤスの対岸に残る廃墟を思わせる」つくりだったという[6]。街の景観が、遠望される玄武岩の塔並みだけでは語り尽くせないことを示す一節である。

黒いガレー船と紅玉の商人

ウルタールを発つ前から、この街の噂はすでにカーターの耳に入っていた。老アタルによれば、ディラス=リーンは「正体の知れぬ岸から紅玉を運んでくる黒い三段櫂船」のために評判が悪く、取引に来る商人こそ人間に近い姿をしているものの、漕ぎ手の姿を見た者はいないという。漕ぎ手を人前に出せない船と取引すること自体、ウルタールでは不健全とみなされていた[7]。

実際に着いてみると、住人たちがその正体不明の商人を手放せない理由も見えてくる。商人たちは黄金と奴隷しか買わず、地元の食料品店や肉屋には一片の恵みも落とさない。船から漂う臭気は凄まじく、古参の酒場の主人でさえ強い葉タバコを絶えず吹かし続けなければ耐えられないほどだったが、それでも街がこの船団を追い払わずにいたのは、夢の国のどこを探しても、これほどの紅玉を産する鉱山が他になかったためである[8]。

酒場で聞く噂と船出

ンガラネクへ渡る船を待つ間、カーターは酒場で情報を集めようとするが、思うようにいかない。ディラス=リーンの酒場に集う商人や船乗りたちは、聞かれてもいないのに黒い三段櫂船の噂ばかりをささやきたがった。折しも一隻が一週間後に紅玉を積んで入港する予定で、街の人々はその接岸を恐れながら待っていたという[9]。

待ちわびた船がようやく入港し、カーターはこれに乗ってオリアブへ向かう。出港の朝、潮が変わるのを待って街を離れる彼の目に映ったのは、朝日を浴びて浮かび上がる、あの陰鬱な玄武岩の町の細く角ばった塔並みだった[10]。

後日、ディラス=リーンへ再び立ち寄った折には、旧市街の宿に部屋を取り、そこでンガラネク登頂の計画を練っている。宿の主人は非常に高齢で、数々の伝承を耳にしてきたため、カーターにとって大きな助けとなった[11]。

再訪と最後の言及

月の都から食屍鬼と猫の大軍に救われたカーターが、地上へ戻る跳躍の行き先に選んだのもディラス=リーンだった。オリアブへ渡って彫刻の施されたンガラネクの山頂を目指すためであり、また、うまく穏便に断ち切れるものならば、街の人々に黒い三段櫂船とのこれ以上の取引をやめるよう説くためでもあった[12]。

宿の自室に戻ったカーターは、捕らわれてから一週間が経っていたことを知る。オリアブ行きの船をおよそ二週間待つ間、彼は黒い三段櫂船の悪行について語れるだけのことを語った。町の住人の多くは彼の言葉を信じたが、大きな紅玉をこよなく愛する宝石商たちは、あの口の大きな商人たちとの取引を完全にやめるとまでは誰一人約束しようとしなかった[13]。

物語終盤、レン高原の秘密が明らかになる場面で、黒い三段櫂船の商人たちの正体もついに氷解する。レンの怪しい住民たちは、ディラス=リーンで紅玉を商っていたあの居心地の悪い商人たちと同じ種族であり、いずれも怪物じみたムーンビーストの奴隷だった。彼らこそ、かつて船でカーターを拉致し、月の都まで連れ去った当の一味である[14]。

基本プロフィール

  • 分類: 地名(夢の国の港湾都市)
  • 欧文表記: DYLATH-LEEN
  • 初出・出典: 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926–1927年執筆/1943年発表)
  • 地理設定: 夢の国南方海岸、ウルタールから隊商で6日の距離。河向こうにパルグの地がある

由来・モデル

ラヴクラフトは本作でディラス=リーンを地球上の実在地名と直接対応させてはいないが、街の外観描写「ジャイアンツ・コーズウェイの一部のよう」という比喩は、北アイルランドの実在する玄武岩の柱状節理群(ジャイアンツ・コーズウェイ)を明示的に引き合いに出したものである[1]。作品全体が「夢の国」という現実と地続きでない舞台を意図的に採用しているため、地理的な実在対応そのものよりも、玄武岩の柱状景観という視覚的イメージの借用として理解するのが適切である。

歴史・年表

作中で明確な年代は示されないが、物語内の出来事は以下のように進行する。

  • ランドルフ・カーターがウルタールから隊商に加わり6日かけてディラス=リーンに到達、ンガラネク山の所在を尋ね歩く
  • 街で専らささやかれるのは「黒い三段櫂船」の噂。その船は正体不明の産地から紅玉を運んでくるが、船員の口はやけに大きく、ターバンの結び方も異様である[2]
  • 三段の櫂は不自然なほど機敏かつ正確に、力強く動き、船が何週間も入港して商人たちが取引する間も、乗組員の姿を一度も見せない[3]
  • 商人たちは黄金と、河向こうのパルグから買い取った屈強な黒人奴隷だけを積んで去っていく[4]
  • カーターが黒い三段櫂船に拉致されて月の都の埠頭に至った際、その正体——目のない蟇蛙のような姿に伸縮自在に変形する灰白色の粘つく怪物——を目撃する[5][14]
  • 物語終盤、カーターは猫の大軍に守られて再びディラス=リーンへ戻り、街の人々に黒い三段櫂船との取引をやめるよう訴えるが、紅玉の魅力に抗えない宝石商たちを説得しきれなかった

性質・特徴

夢の国の交易都市でありながら、その繁栄が異形の存在との危うい取引に支えられているという不穏さを体現する場所である。玄武岩の陰鬱な景観と、姿を見せない漕ぎ手たちの謎は、夢の国の牧歌的な地誌の中に異質な恐怖を差し込む役割を果たしている。カーターが黒い三段櫂船の正体を知った後も、街の住人たちがなお利益を優先して取引を続けようとする描写は、恐怖よりも実利を選ぶ人間の性質への皮肉としても読める。

関連する人物・存在・出来事

主人公ランドルフ・カーターが物語序盤と終盤の二度訪れる中継地であり、月の都の怪物(灰白色の蟇蛙状の存在)、それに使役される奴隷たちとの関わりを通じて、夢の国における「見えない脅威」というテーマを担う。ウルタールやレン高原など周辺の地名とも隊商路で結ばれている。

主要登場作と読みどころ

  • 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926–1927年執筆/1943年発表): 唯一の登場作。カーターが最初にこの街を訪れる場面での黒い三段櫂船をめぐる不穏な噂と、物語終盤で怪物の正体を知った上で再訪する場面の対比が読みどころ。姿を見せない乗組員という謎が、終盤で明かされる衝撃と結びつく構成になっている。

よくある誤解・設定の食い違い

Q. ディラス=リーンは地球上のどこかにある実在の港町がモデルなのですか?A. いいえ。夢の国という、現実の地球とは地続きでない舞台に位置する架空の都市です。街並みの比喩として実在するジャイアンツ・コーズウェイ(北アイルランドの玄武岩地形)が引用されていますが、地理的に対応する実在都市があるわけではありません。

Q. 黒い三段櫂船の乗組員の正体は最初から明かされているのですか?A. いいえ。物語序盤では「口が大きい」「ターバンの結び方が異様」といった人間離れした特徴が示唆されるのみで、実際に目のない蟇蛙状の怪物であることが判明するのは、カーターが月の都に辿り着いてからです。物語はその後もレン高原やインガノクを経て進み、終盤に至って彼らがレンの住民と同じ種族であることまで明かされます。

出典

  • [1] “Dylath-Leen with its thin angular towers looks in the distance like a bit of the Giants’ Causeway, and its streets are dark and uninviting.”(訳: 「その細く角ばった塔並みのため、ディラス=リーンは遠くから見るとジャイアンツ・コーズウェイの一部のように見え、街路は薄暗く陰鬱である」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926–1927年執筆/1943年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [2] “The mouths of the men who came from it to trade were too wide, and the way their turbans were humped up in two points above their foreheads was in especially bad taste.”(訳: 「取引にやって来る者たちの口はあまりに大きく、額の上でターバンが二つの尖った瘤のように結ばれている様は、とりわけ悪趣味であった」) — 同上 ↩
  • [3] “Those three banks of oars moved too briskly and accurately and vigorously to be comfortable, and it was not right for a ship to stay in port for weeks while the merchants traded, yet to give no glimpse of its crew.”(訳: 「その三段の櫂は、心地よいとは言えぬほど機敏かつ正確に、力強く動いた。そして商人たちが取引する間、船が何週間も港に留まりながら乗組員の姿を一度も見せないというのは、尋常なことではなかった」) — 同上 ↩
  • [4] “The merchants took only gold and stout black slaves from Parg across the river.”(訳: 「商人たちは黄金と、河向こうのパルグから来た屈強な黒人奴隷だけを引き取った」) — 同上 ↩
  • [5] “For they were not men at all, or even approximately men, but great greyish-white slippery things which could expand and contract at will, and whose principal shape—though it often changed—was that of a sort of toad without any eyes, but with a curiously vibrating mass of short pink tentacles on the end of its blunt, vague snout.”(訳: 「彼らは人間ではなく、人間に近い何かですらなかった。伸縮自在の巨大な灰白色の粘つく物体であり、その主たる姿——しばしば変化するものの——は、目を持たぬ蟇蛙のようなもので、鈍く曖昧な鼻先には奇妙に震える桃色の触手の房がついていた」) — 同上 ↩
  • [6] “When the captain sailed back to Dylath-Leen Carter took quarters in an ancient tavern opening on an alley of steps in the original part of the town, which is built of brick and resembles the ruins of Yath’s farther shore.”(訳: 「船長がディラス=リーンへ戻ると、カーターは町の旧市街——階段の並ぶ路地に面し、煉瓦造りでヤスの対岸に残る廃墟を思わせるつくりの一角——にある古い宿に部屋を取った」) — 同上 ↩
  • [7] “There is a great city there, Dylath-Leen, but in Ulthar its reputation is bad because of the black three-banked galleys that sail to it with rubies from no clearly named shore. The traders that come from those galleys to deal with the jewellers are human, or nearly so, but the rowers are never beheld; and it is not thought wholesome in Ulthar that merchants should trade with black ships from unknown places whose rowers cannot be exhibited.”(訳: 「そこには大きな都市があり、名をディラス=リーンという。だが正体の知れぬ岸から紅玉を運んでくる黒い三段櫂船のために、ウルタールでの評判は悪い。その船から取引に来る商人こそ人間か、それに近い姿をしているが、漕ぎ手の姿は誰も目にしたことがなく、漕ぎ手を人前に出せない未知の地からの黒い船と取引することを、ウルタールでは健全と見なさない」) — 同上 ↩
  • [8] “Only by constantly smoking strong thagweed could even the hardiest denizen of the old sea-taverns bear them. Dylath-Leen would never have tolerated the black galleys had such rubies been obtainable elsewhere, but no mine in all earth’s dreamland was known to produce their like.”(訳: 「古参の酒場の主人でさえ、強い葉タバコを絶えず吹かし続けることでしか、その臭気に耐えられなかった。それでもディラス=リーンがこの黒い船団を容認し続けたのは、地上の夢の国のどこを探しても、これほどの紅玉を産する鉱山が他になかったためである」) — 同上 ↩
  • [9] “It was hard to get this information from the traders and sailors in Dylath-Leen’s sea-taverns, because they mostly preferred to whisper of the black galleys. One of them was due in a week with rubies from its unknown shore, and the townsfolk dreaded to see it dock.”(訳: 「ディラス=リーンの酒場に集う商人や船乗りたちから、この情報を聞き出すのは容易ではなかった。彼らはむしろ黒い三段櫂船の噂ばかりをささやきたがったからである。そのうちの一隻が一週間後には未知の岸から紅玉を積んで入港する予定で、街の人々はその接岸を恐れていた」) — 同上 ↩
  • [10] “Carter sailed out of Dylath-Leen one early morning when the tide turned, and saw the first rays of sunrise on the thin angular towers of that dismal basalt town.”(訳: 「ある早朝、潮が変わるのを待ってディラス=リーンを船出したカーターは、朝日の最初の光が、あの陰鬱な玄武岩の町の細く角ばった塔並みを照らすのを見た」) — 同上 ↩
  • [11] “The keeper of the tavern was a very old man, and had heard so many legends that he was a great help.”(訳: 「宿の主人は非常に高齢で、数々の伝承を耳にしてきたため、大きな助けとなった」) — 同上 ↩
  • [12] “…Carter decided on the city of Dylath-Leen whence the black galley had set out; for he wished to sail thence for Oriab and the carven crest of Ngranek, and also to warn the people of the city to have no more traffick with black galleys, if indeed that traffick could be tactfully and judiciously broken off.”(訳: 「……カーターは、あの黒い三段櫂船が出航していった街、ディラス=リーンを行き先に選んだ。オリアブへ渡って彫刻の施されたンガラネクの山頂を目指すためであり、また、うまく穏便に断ち切れるものならば、街の人々に黒い三段櫂船とのこれ以上の取引をやめるよう説くためでもあった」) — 同上 ↩
  • [13] “Most of the townsfolk believed him; yet so fond were the jewellers of great rubies that none would wholly promise to cease trafficking with the wide-mouthed merchants. If aught of evil ever befalls Dylath-Leen through such traffick, it will not be his fault.”(訳: 「町の住人の多くは彼の言葉を信じたが、大きな紅玉をこよなく愛する宝石商たちは、あの口の大きな商人たちとの取引を完全にやめるとまでは、誰一人として約束しようとしなかった。この取引によっていつかディラス=リーンに災いが降りかかったとしても、それは自分の責任ではない」) — 同上 ↩
  • [14] “For the cryptic folk of Leng were of one race with the uncomfortable merchants of the black galleys that traded rubies at Dylath-Leen; those not quite human merchants who are the slaves of the monstrous moon-things! They were indeed the same dark folk who had shanghaied Carter on their noisome galley so long ago, and whose kith he had seen driven in herds about the unclean wharves of that accursed lunar city, with the leaner ones toiling and the fatter ones taken away in crates for other needs of their polypous and amorphous masters.”(訳: 「レンの怪しい住民たちは、ディラス=リーンで紅玉を商っていた、あの居心地の悪い商人たち——人間とは言いきれず、怪物じみた月の存在どもの奴隷である者たち——と同じ種族だったのである。彼らはまさしく、かつてその薄気味悪い船でカーターを拉致した当の一味であり、カーターは彼らの同族が、あの忌まわしい月の都の波止場で群れをなして追われるさまも目にしていた。痩せた者たちは働かされ、太った者たちは木箱に詰められ、あの触手だらけの無定形の主たちの別の用途のために連れ去られていったのである」) — 同上 ↩
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