概要
夢の国の南方海岸に位置する、主に玄武岩で建てられた港湾都市。遠くから見ると「ジャイアンツ・コーズウェイ」の一部のように見える細く角ばった塔並みで知られ[1]、街路は薄暗く陰鬱な雰囲気に包まれている。世界中(そして地上にはないとされる場所からも)の奇妙な船乗りたちが行き交う交易都市である。
基本プロフィール
- 分類: 地名(夢の国の港湾都市)
- 欧文表記: DYLATH-LEEN
- 初出・出典: 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926–1927年執筆/1943年発表)
- 地理設定: 夢の国南方海岸、ウルタールから隊商で6日の距離。河向こうにパルグの地がある
由来・モデル
ラヴクラフトは本作でディラス=リーンを地球上の実在地名と直接対応させてはいないが、街の外観描写「ジャイアンツ・コーズウェイの一部のよう」という比喩は、北アイルランドの実在する玄武岩の柱状節理群(ジャイアンツ・コーズウェイ)を明示的に引き合いに出したものである[1]。作品全体が「夢の国」という現実と地続きでない舞台を意図的に採用しているため、地理的な実在対応そのものよりも、玄武岩の柱状景観という視覚的イメージの借用として理解するのが適切である。
歴史・年表
作中で明確な年代は示されないが、物語内の出来事は以下のように進行する。
- ランドルフ・カーターがウルタールから隊商に加わり6日かけてディラス=リーンに到達、ンガラネク山の所在を尋ね歩く
- 街で専らささやかれるのは「黒い三段櫂船」の噂。その船は正体不明の産地から紅玉を運んでくるが、船員の口はやけに大きく、ターバンの結び方も異様である[2]
- 三段の櫂は不自然なほど機敏かつ正確に、力強く動き、船が何週間も入港して商人たちが取引する間も、乗組員の姿を一度も見せない[3]
- 商人たちは黄金と、河向こうのパルグから買い取った屈強な黒人奴隷だけを積んで去っていく[4]
- カーターが食屍鬼の手引きで月の都の埠頭に至った際、その正体——目のない蟇蛙のような姿に伸縮自在に変形する灰白色の粘つく怪物——を目撃する[5]
- 物語終盤、カーターは猫の大軍に守られて再びディラス=リーンへ戻り、街の人々に黒い三段櫂船との取引をやめるよう訴えるが、紅玉の魅力に抗えない宝石商たちを説得しきれなかった
性質・特徴
夢の国の交易都市でありながら、その繁栄が異形の存在との危うい取引に支えられているという不穏さを体現する場所である。玄武岩の陰鬱な景観と、姿を見せない漕ぎ手たちの謎は、夢の国の牧歌的な地誌の中に異質な恐怖を差し込む役割を果たしている。カーターが黒い三段櫂船の正体を知った後も、街の住人たちがなお利益を優先して取引を続けようとする描写は、恐怖よりも実利を選ぶ人間の性質への皮肉としても読める。
関連する人物・存在・出来事
主人公ランドルフ・カーターが物語序盤と終盤の二度訪れる中継地であり、月の都の怪物(灰白色の蟇蛙状の存在)、それに使役される奴隷たちとの関わりを通じて、夢の国における「見えない脅威」というテーマを担う。ウルタールやレング高原など周辺の地名とも隊商路で結ばれている。
主要登場作と読みどころ
- 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926–1927年執筆/1943年発表): 唯一の登場作。カーターが最初にこの街を訪れる場面での黒い三段櫂船をめぐる不穏な噂と、物語終盤で怪物の正体を知った上で再訪する場面の対比が読みどころ。姿を見せない乗組員という謎が、終盤で明かされる衝撃と結びつく構成になっている。
よくある誤解・設定の食い違い
Q. ディラス=リーンは地球上のどこかにある実在の港町がモデルなのですか?
A. いいえ。夢の国という、現実の地球とは地続きでない舞台に位置する架空の都市です。街並みの比喩として実在するジャイアンツ・コーズウェイ(北アイルランドの玄武岩地形)が引用されていますが、地理的に対応する実在都市があるわけではありません。
Q. 黒い三段櫂船の乗組員の正体は最初から明かされているのですか?
A. いいえ。物語序盤では「口が大きい」「ターバンの結び方が異様」といった人間離れした特徴が示唆されるのみで、実際に目のない蟇蛙状の怪物であることが判明するのは、カーターが月の都に辿り着く物語終盤になってからです。
出典
- [1] “Dylath-Leen with its thin angular towers looks in the distance like a bit of the Giants’ Causeway, and its streets are dark and uninviting.”(訳: 「その細く角ばった塔並みのため、ディラス=リーンは遠くから見るとジャイアンツ・コーズウェイの一部のように見え、街路は薄暗く陰鬱である」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926–1927年執筆/1943年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “The mouths of the men who came from it to trade were too wide, and the way their turbans were humped up in two points above their foreheads was in especially bad taste.”(訳: 「取引にやって来る者たちの口はあまりに大きく、額の上でターバンが二つの尖った瘤のように結ばれている様は、とりわけ悪趣味であった」) — 同上 ↩
- [3] “Those three banks of oars moved too briskly and accurately and vigorously to be comfortable, and it was not right for a ship to stay in port for weeks while the merchants traded, yet to give no glimpse of its crew.”(訳: 「その三段の櫂は、心地よいとは言えぬほど機敏かつ正確に、力強く動いた。そして商人たちが取引する間、船が何週間も港に留まりながら乗組員の姿を一度も見せないというのは、尋常なことではなかった」) — 同上 ↩
- [4] “The merchants took only gold and stout black slaves from Parg across the river.”(訳: 「商人たちは黄金と、河向こうのパルグから来た屈強な黒人奴隷だけを引き取った」) — 同上 ↩
- [5] “For they were not men at all, or even approximately men, but great greyish-white slippery things which could expand and contract at will, and whose principal shape—though it often changed—was that of a sort of toad without any eyes, but with a curiously vibrating mass of short pink tentacles on the end of its blunt, vague snout.”(訳: 「彼らは人間ではなく、人間に近い何かですらなかった。伸縮自在の巨大な灰白色の粘つく物体であり、その主たる姿——しばしば変化するものの——は、目を持たぬ蟇蛙のようなもので、鈍く曖昧な鼻先には奇妙に震える桃色の触手の房がついていた」) — 同上 ↩






