概要
クラーク・アシュトン・スミス(Clark Ashton Smith, 1893-1961)は、ラヴクラフト、ロバート・E・ハワードと並んで「Weird Talesの三大巨匠」と称される作家です。しかしスミスの出発点は小説ではなく詩でした。カリフォルニアの田舎町オーバーンでほぼ独学で言葉を磨き、若くして詩人として認められた後、ラヴクラフトとの文通を機に怪奇・幻想小説へと転じます。豪奢で装飾的な文体と、ツァトゥーグアやエイボンといった神話的存在の創造によって、クトゥルフ神話に独特の色彩を加えました。
生涯と創作の年表
1893年1月13日
- カリフォルニア州プレイサー郡ロングバレーに生まれる
- 生涯の大半を、両親が建てた小さな山小屋のある同州オーバーン(Auburn)で過ごす
少年期
- 学校教育をほとんど受けず、驚異的な記憶力を武器に独学で読書に没頭
- 『ロビンソン・クルーソー』『ガリバー旅行記』、アンデルセンの童話、『アラビアン・ナイト』、そしてエドガー・アラン・ポーの詩などを愛読
1912年
- 詩集『The Star-Treader and Other Poems』を刊行し、19歳の若さで詩人として注目を集める
- カリフォルニアの詩人ジョージ・スターリング(George Sterling)の後押しを受け、伝統的な韻文の書き手として評価される
- 「最後の偉大なるロマン派」「オーバーンの吟遊詩人」などと呼ばれた
1918年-1925年
- この時期に詩集の多くを刊行。『Odes and Sonnets』(1918年)、『Ebony and Crystal』(1922年)、『Sandalwood』(1925年)
- 1920年には長編の無韻詩『The Hashish-Eater(阿片吸引者、あるいは悪の黙示録)』を執筆し、『Ebony and Crystal』(1922年)に収録
1922年
- ラヴクラフトからのファンレターを受け取る。これが、ラヴクラフトの死までおよそ15年間続く文通と友情の始まりとなった
- 二人は生涯一度も直接会うことはなかったが、書簡を通じて深い文学的交流を育んだ
1920年代後半-1930年代前半:小説家への転身
- 35歳を過ぎた頃から、収入を得る手段として本格的に短編小説の執筆を開始
- Weird Tales誌に「The End of the Story」(1930年)を発表し、散文作家として頭角を現す
- 以後、数年間で膨大な数の怪奇・幻想短編を量産した
創作世界の諸サイクル
- スミスの作品は、舞台となる架空の土地ごとにいくつかの連作を成す
- ハイパーボリア(Hyperborea):太古の北方大陸
- ゾシーク(Zothique):はるか未来、地球最後の大陸
- アヴェロワーニュ(Averoigne):中世フランスを思わせる地方
- ポセイドニス(Poseidonis):沈みゆくアトランティスの残滓
- 火星、シッカルフ(Xiccarph)など
- ツァトゥーグア(Tsathoggua)、魔道士エイボン(Eibon)、モルディッガン、ルリム・シャイコースなど、後にクトゥルフ神話へ取り込まれる存在を創造した
1937年前後:創作の減退
- 父の死などが重なり失意に沈み、およそ3年間は小説をほとんど書かなくなる
- ラヴクラフトの死(1937年)もこの時期にあたり、以後の25年間で書いた小説は十数編にとどまった
- 晩年は彫刻や絵画など、造形的な創作にも力を注いだ
1953年
- 心臓発作に見舞われるなど、1950年代に入って健康が衰えはじめる
1961年8月14日
- 数度の脳卒中を経て、眠るように死去。68歳
影響・意義
クラーク・アシュトン・スミスは、ラヴクラフトの「宇宙恐怖」ともハワードの「剣と魔法」とも異なる、退廃的で装飾過多な美意識をクトゥルフ神話にもたらしました。詩から出発した彼の文章は、恐怖よりもむしろ絢爛たる幻想と皮肉なユーモアに満ちており、神話の色彩を大きく広げました。ツァトゥーグアやエイボンの魔道書といった彼の創造物は、ラヴクラフト自身の作品にも逆輸入され、サークル内での相互借用がいかに神話を豊かにしたかを示す好例となっています。生前は詩人としても小説家としても大衆的な成功に恵まれませんでしたが、今日ではファンタジー・怪奇文学の隠れた巨匠として再評価が進んでいます。

