概要
「夜の王たち」は、ロバート・E・ハワードが1930年11月号の『ウィアード・テイルズ』誌に発表した中編である[1]。ピクト族の王ブラン・マク・モーンを主人公とする連作に、別系列の主人公であるヴァルーシア王クルが時を超えて呼び出されるという、ハワード作品どうしのクロスオーバーにあたる。
同号の目次に添えられた紹介文が、その趣向をそのまま述べている。
Kull, king of Valusia, came from out of the mists of his Shadow Kingdom to lead the fight against the Roman legionaries
本作は米国でパブリックドメインである。1930年の発表から95年が経過しており、本記事では初出誌の本文から直接引用する[1]。
作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原題 | Kings of the Night |
| 著者 | ロバート・E・ハワード |
| 初出 | 『ウィアード・テイルズ』第16巻第5号(1930年11月)[1] |
| 本文のページ | 誌面のページ標は613〜629ページにわたる[1] |
| 連作 | ブラン・マク・モーンもの + ヴァルーシア王クルもの(交差) |
| 著作権 | 米国でパブリックドメイン(1930年発表)。本記事は原文を引用している |
| 電子テキスト | Project Gutenberg でも公開されている[2] |
登場神格・用語
- ブラン・マク・モーン(Bran Mak Morn) — ピクト族の王。宝玉を身に着ける[1]
- クル(Kull) — ヴァルーシアの王。「影の王国」「トゥズーン・スーンの鏡」の主人公
- コーマック(Cormac) — ゲール人の戦士。物語の視点人物のひとり[1]
- ゴナー(Gonar) — ピクトの老神官。「影の高僧(high priest of the Shadows)」と呼ばれる[1]
- ウルフヘレ(Wulfhere) — 北方人の一団を率いる男[1]
- ブルール(Brule) — 槍殺し。本作ではブランの血統の祖として名が出る[1]
当サイトが扱う神格は登場しない。ハワード独自の先史・古代世界を舞台とする一編である。
ただし「アトランティス」「レムリア」という語は、宝玉の由来を語る場面で使われている[1]。どちらも神智学などを通じて当時の怪奇小説へ広く流れ込んでいた語で、ハワードの先史世界もその語彙を共有している。クトゥルフ神話の側でもクラーク・アシュトン・スミスのハイパーボリアやムーが同じ水脈から出ており、神話が違っても部品は共通していることが分かる。
あらすじ
物語は、ローマ軍団との決戦を前にしたピクトの陣営から始まる。老神官ゴナーが捕虜としたローマ兵の心臓を抉り出し、その脈打つ臓物を睨んで戦の吉凶を占う——視点人物のゲール人コーマックは、その光景に身震いする[1]。
やりとりの後で、ブランはコーマックにこう明かす。
“Do you think that I put faith in such mummery? … I must hearten my people; it was for Gron and Bocah that I let old Gonar read the portents. The warriors will fight better.”
(そのような子供だましを私が信じているとでも? ……民を奮い立たせねばならぬのだ。ゴナー爺に前兆を読ませたのは、グロンとボカーのためだ。戦士たちはよく戦うようになる)[1]
王自身は占いを信じていない。信じさせるために行わせている、と言う。ブラン・マク・モーンという人物の造形が、この一言でほぼ決まる。
ゴナーについても説明が加わる。ブランいわく「ゴナーは年を取りすぎて、もう何も信じていない」。彼は自分が生まれる二十年も前から影の高僧であり、槍殺しのブルールの時代の魔道士ゴナーの直系を名乗っているという。誰も彼の歳を知らない[1]。そしてそのブルールこそ、ブランの血統の最初の者だとされる[1]。
軍勢は一枚岩ではない。北方人のウルフヘレらは、王として認めた相手にしか従わないと言い張る。ローマ軍団と戦うのであれば王の下に付く、だが自分たちを縛っていた誓いは主が死んだときに解けた——という理屈である[1]。ケルト諸部族もまた、古い遺恨を忘れられずにいる[1]。
この寄せ集めをひとつにまとめるために呼び出されるのが、時を超えたクルである。
召喚の鍵になるのが、ブランが身に着ける宝玉である。ゴナーに促されたブランは、苛立ちながらその由来を語る。
“It is older than this world. It was old when Atlantis and Lemuria sank into the sea. It was given to Brule, the Spear-slayer, first of my line, by the Atlantean Kull, king of Valusia, in the days when the world was young.”
(これはこの世界より古い。アトランティスとレムリアが海に沈んだときすでに古かった。世界が若かったころ、アトランティス人にしてヴァルーシアの王クルが、我が血統の最初の者である槍殺しのブルールに与えたものだ)[1]
二つの連作を結ぶのは、この一個の宝玉である。「影の王国」で誓いを交わした王と戦士の関係が、物として現在まで残っている。ゴナーはこう続ける——時も空も存在しない、過去はなく未来もない、いまがすべてだと[1]。
呼び出されたクルの側の受け止め方も印象深い。彼はこれを夢だと思っている。
“By Valka,” said he, laughing uncertainly, “sometimes I forget this is a dream! All seems so real. … Well, then, if I die I will but awaken as I have done in times past.”
(「ヴァルカにかけて」と彼は心もとなげに笑った。「これが夢だということを、ときどき忘れてしまう! すべてがあまりに現実らしい。……まあよい、死んだところで、これまでと同じように目が覚めるだけだ」)[1]
死を恐れない理由が「これは夢だから」という一点にある。読者はクルが実在の王だと知っているぶん、この台詞の宙づり具合がよく効く。
北方人の長ウルフヘレとの一騎討ちでも、時代のずれが形になって現れる。クルの剣は鱗鎧を断ち、盾を真っ二つにしながら刃こぼれ一つしない。コーマックは驚く——この刃は、別の民が別の時代に鍛えたものに違いない、と[1]。
読みどころと注目テーマ
信じていない王が、信じさせる。本作のブランは、超自然を利用する側に立っている。占いは方便であり、戦力を高めるための手段である。ところがその王が、最終的には本物の超自然——太古の王の召喚——に頼ることになる。方便と本物の境目が物語の中で溶ける構成になっている。
占いという道具立ての扱い方。冒頭の心臓占いは、読者を古代の異界へ引き込むための装置として置かれている。ところがブランの台詞が、その装置をすぐに裏返す。超自然の演出を、王自身が「効き目のある嘘」として説明してしまうわけである。怪奇小説誌の一編としては大胆な作りで、読者はこの物語の超自然をどこまで信じてよいのか、早々に足場を失う。
この不安定さは最後まで回収されない。実際にクルが現れたあとも、それが召喚なのか幻なのかは、ゴナーの言葉と当人の「夢だ」という認識のあいだで揺れ続ける[1]。
同盟の脆さ。ピクト、ゲール、北方人。互いに恨みを抱えた勢力を、ローマという共通の敵だけで束ねようとする。ブランが「彼らは古い遺恨を忘れられない」と嘆く場面があり[1]、軍事的な緊張以上に、この人間関係の緊張が前半を動かしている。王が求めたのは援軍ではなく、全員が従える一人の王だったわけである。
夢として立ち上げる仕掛け。クルが「これは夢だ」と思い込んでいることは、作劇上うまく働いている。異なる時代の英雄を並べるという大胆な趣向に、当人の主観という逃げ道が用意されているからである。読者は超自然として読むこともできるし、ブランの側が見た幻として読むこともできる。ゴナーの「時も空も存在しない」という言葉は、その両方を許す位置に置かれている[1]。
二つの連作をつなぐ結び目。クルは「影の王国」(1929年)と「トゥズーン・スーンの鏡」(1929年)の主人公である。その彼が、はるか後の時代のブランの物語へ現れる。しかも本作は、ブルールをブランの祖として位置づけることで、二つの連作を血統の線でも結んでいる[1]。第1作でクルと誓いを交わしたあの盟友が、ここでは王家の始祖として言及される。
執筆背景と影響
題の使われ方。目次の紹介文が、クルの出身を「his Shadow Kingdom(彼の影の王国)」と呼んでいる点は見逃せない[1]。1929年の第1作の題が、主人公の世界そのものを指す語として通用するようになっていた。連作を1年あまり続けた結果、題名が固有名詞の働きを得たことになる。
三作を続けて読むと。クル連作の三編は、同じ主人公を毎回まったく違う位置に置いている。「影の王国」(1929年8月)では宮廷に潜む異形を暴く王、「トゥズーン・スーンの鏡」(1929年9月)では鏡の前で自我を失いかける王、そして本作では他人の物語に招かれる客人である。一年あまりで、主役から脇へ、現実から夢へと立ち位置が移っていく。
とりわけ本作のクルは、物語の主導権を持たない。呼ぶのはブランであり、戦いの設計もブランのものである。クルは強力な助っ人として現れ、剣を振るい、そして去る。連作の主人公が、別連作の道具として使われている——ハワードが自作の資産をどう運用したかが、ここに表れている。
同号の顔ぶれ。本作と同じ号には、クラーク・アシュトン・スミスの「The Uncharted Isle」、エドモンド・ハミルトンの「The Cosmic Cloud」、シーベリー・クインの「Stealthy Death」が並んでいる[1]。のちにクトゥルフ神話の主要な書き手となるスミスと、ハワードが同じ目次に載っている——1930年の『ウィアード・テイルズ』誌が、どのような場だったかが分かる。
クトゥルフ神話との距離。本作に当サイトが扱う神格・用語は登場しない。ハワードの神話への関与は「黒の碑」(1931年)などの系列で行われており、ブラン・マク・モーンもクルも、それとは別の創作圏に属する。ハワードとラヴクラフトの関係、および神話への貢献の範囲についてはハワードの記事にまとめた。
本記事での引用について。本作は1930年の発表で、米国では発表から95年を経てパブリックドメインとなっている。当サイトは著作権の存続する作品では原文引用を行わない方針だが、本作にはその制約がかからない。上の引用はすべて初出誌のスキャンで直接確認したものである[1]。なお同じハワードでも1931年以降の作品は当サイトの引用方針の外にあり、発表年の一線で扱いが変わる。
出典
- [1] Robert E. Howard「Kings of the Night」『Weird Tales』第16巻第5号(1930年11月)。初出誌のスキャン(archive.org、識別子 Weird_Tales_v16n05_1930-11_sas)の全文テキストで、目次の編集部紹介文、誌面のページ標(613〜629ページ)、ゴナーによる占いの場面、ブランがそれを方便と認める台詞、ゴナーが「影の高僧」であり槍殺しのブルールの時代の魔道士の直系を名乗ること、ブルールがブランの血統の最初の者とされること、ウルフヘレら北方人が王にしか従わないと述べる場面、ケルト諸部族の遺恨についてのブランの嘆き、および同号に並ぶクラーク・アシュトン・スミス「The Uncharted Isle」、エドモンド・ハミルトン「The Cosmic Cloud」、シーベリー・クイン「Stealthy Death」を確認した(2026年9月15日確認)。本作は1930年の発表で米国ではパブリックドメインにあたるため、原文からの引用を行っている。 ↩
- [2] Project Gutenberg「Kings of the Night」電子テキスト(該当ページ)。パブリックドメイン作品の電子化テキストとして公開されている。 ↩


