文学祭の特集シリーズ(イタリア・マントヴァ、2026年9月9日〜13日) — I miti oscuri di H.P. Lovecraft

I miti oscuri di H.P. Lovecraft(Festivaletteratura 2026)

イタリア・マントヴァの文学祭Festivaletteratura(第30回、2026年9月9〜13日)が組んだ特集シリーズ。映画上映・音響インスタレーション・作家対談・アジア圏との接続という異なる5件の催しでラヴクラフトを扱う公式プログラムの内容を、当サイトが直接確認した範囲で整理する。

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新潮文庫『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』(南條竹則訳)。上映作の原作「クトゥルーの呼び声」と音響作品の原作「ダンウィッチの怪」をともに収録。

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概要

イタリア北部の都市マントヴァで毎年9月に開かれる文学祭「Festivaletteratura」が、2026年に第30回を迎えた。会期は9月9日(水)から13日(日)までの5日間で、世界各地から300人を超える作家が招かれている[1]。公式サイトが6月25日に公開した開催ガイド記事は、この節目の年を象徴する二人の書き手として、イタリアの作家イッポリト・ニエーヴォと並べてH・P・ラヴクラフトの名を挙げた。「Ippolito Nievo e H.P Lovecraft saranno i numi tutelari di questa trentesima edizione per la passione letteraria onnivora e per la fascinazione oscura per l’ignoto.(イッポリト・ニエーヴォとH・P・ラヴクラフトが、この第30回の”守護神”となる。その飽くなき文学への情熱と、未知なるものへの暗い魅惑のゆえに)」[1]。

同じ記事は、今年のテーマの一つ「I colori del buio(闇の色彩)」を説明する段落でもラヴクラフトの名を再び挙げている。「H.P. Lovecraft lo aveva capito meglio di chiunque altro: gli abissi che ci inquietano non sono soltanto quelli che si aprono sotto i nostri piedi, ma anche quelli che abitano la mente, la storia e il futuro.(H・P・ラヴクラフトは、誰よりもそのことを理解していた。我々を不安にさせる深淵は、足元に開くものだけではない。精神の中に、歴史の中に、そして未来の中にも住んでいる)」[1]。この段落に続けて記事は、映画上映と音響インスタレーションを「due appuntamenti speciali(二つの特別な催し)」と呼び、それ以外にもラヴクラフトに捧げられた複数の催しがあることを予告している[1]。

この予告に対応する形で、公式サイトのプログラムには「I miti oscuri di H.P. Lovecraft(H・P・ラヴクラフトの暗黒神話)」という独立したシリーズが立てられ、9日から13日までの会期全体にわたって5件の催しが登録されている[2]。

どんな作品か

シリーズページの紹介文は次の通りだ。「Dalle colonne di riviste popolari come Weird Tales, in pochi anni lo scrittore statunitense H.P. Lovecraft (1890-1937) mise a dimora una mitologia dell’ignoto e della paura che ancora oggi si riverbera in una vasta ed eterogenea produzione artistica. Insieme a due maestri di cerimonie – Luca Scarlini e Luca Crovi – e altrettanti ospiti, nel 2026 Festivaletteratura celebra l’eredità dell’opera lovecraftiana in spazi, spasmi e momenti diversi, ricostruendo i mostruosi fili che portano agli abissi di Providence con incontri, film e agghiaccianti installazioni sonore. Le porte degli Antichi si spalancano: siate incoscienti, lasciateli entrare!(『ウィアード・テイルズ』のような大衆誌の誌面から、米国の作家H・P・ラヴクラフト(1890-1937)はわずか数年のうちに、未知と恐怖の神話を打ち立てた。それは今日もなお、幅広く多様な芸術作品の中に反響し続けている。2026年、Festivaletteraturaは二人の”儀式の司会者”――ルカ・スカルリーニとルカ・クロヴィ――と、それぞれのゲストとともに、ラヴクラフト作品の遺産を、異なる空間・痙攣・瞬間の中で祝う。出会いと映画とぞっとするような音響インスタレーションを通じて、プロヴィデンスの深淵へと至る怪物じみた糸を編み直す。旧支配者たちの扉が開く――正気を捨てて、彼らを招き入れよ!)」[2]。

登録されている5件の催しは次の通り。いずれも入場料7,50ユーロで、会場はすべてマントヴァ市内にある[2][3][4][5][6]。

  • 9月9日(水) 21:00 Cinema Oberdan — 映画上映『THE CALL OF CTHULHU』(監督ショーン・ブランニー、アンドリュー・レマン)。上映前にルカ・スカルリーニが解説を務める[3]。
  • 9月10日(木)・11日(金)・12日(土) 各日19:30〜 Sotterranei del Castello di San Giorgio(サン・ジョルジョ城の地下室) — 音響インスタレーション『IL RICHIAMO DELL’ABISSO: DA “L’ORRORE DI DUNWICH”(深淵の呼び声——「ダニッチの怪」より)』。声の出演はLa Compagnia della Lettura、脚色はルカ・スカルリーニ、音楽・音響はスパルタコ・コルテージが担当する[4]。
  • 9月11日(金) 21:30 Aula Magna dell’Università(大学講堂) — ルカ・クロヴィ、トゥッリオ・アヴォレード、ダニエレ・セラによる対談『NON È MORTO CIÒ CHE IN ETERNO RIPOSA』[5]。
  • 9月13日(日) 17:30 Aula Magna dell’Università — 韓国の作家キム・ボヨンとルカ・クロヴィによる対談『MARI INFETTI, TERRORI SPAZIALI(感染した海、宇宙の恐怖)』。韓国文学翻訳院(LTI Korea)との協力による企画で、著者は韓国語で語り、逐次通訳がイタリア語で入る[6]。

映画・音響劇・対談・異文化接続——五つの催しの内訳

公式の解説文を読み比べると、5件の催しは性格の異なる4つの型に分かれる。

第一は、原典の直接的な映画化だ。9日の上映作品『The Call of Cthulhu』は、当サイトの既存記事で確認した通り、H.P. Lovecraft Historical Society(HPLHS)が2005年に製作した47分の作品で、ラヴクラフトが短編を執筆した1920年代の様式に合わせてサイレント映画として撮られている。Festivaletteratura公式の紹介文もこの点を強調する。「ha riportato in vita l’incubo di Cthulhu attraverso un piccolo ma geniale escamotage degno delle migliori fandom: quello di girare un mediometraggio come nel 1926, in pieno trionfo del film muto, con tanto di partitura sinfonica e mimiche trasognate ma senza rinunciare a un’ibridazione fra tecnologie moderne ed effetti artigianali.(クトゥルフの悪夢を、あらゆる優れたファンダムに値する小さくも見事な仕掛けを通じて蘇らせた。1926年当時さながらに、サイレント映画が全盛だったその時代のように中編を撮り、交響楽的なスコアと夢見るような演技を伴わせながらも、現代の技術と手作りの効果とのハイブリッド化を手放さない、という仕掛けである)」[3]。上映に先立ってルカ・スカルリーニが解説を行う形式で、作品そのものへの新しい脚色や翻案は加えられていない[3]。

第二は、原典を別の媒体へ移し替える翻案だ。10日から12日にかけての音響インスタレーション『IL RICHIAMO DELL’ABISSO』は、当サイトが「ダニッチの怪」記事で確認した中編小説を土台に、声の演技と音楽で再構成した企画である。公式紹介文はこう説明する。「Qui si racconta ciò che accadde agli abitanti di un misero villaggio del Massachusetts, quando gli uomini di una famiglia blasfema divorarono i formulari del Necronomicon, il Maledetto tra i libri maledetti, spalancando una porta su abissi senza fondo.(ここでは、マサチューセッツの貧しい村の住民たちに起きた出来事が語られる。冒涜的な一族の男たちが、呪われた書物の中でも呪われたネクロノミコンの呪文を貪り読み、底なしの深淵へと通じる扉を開け放ったときのことだ)」[4]。会場のサン・ジョルジョ城の地下室そのものを演出に使う点も、原典にはない体験の設計だ。運営面の詳細も公式ページに明記されている。「Orari di accesso: 19:30; 20:10; 21:00; 21:40; 22:20; 23:00.(入場時刻: 19時30分、20時10分、21時、21時40分、22時20分、23時)」の6回に分け、1回40分、定員は各回30人に絞られている[4]。

第三は、原典が後世に及ぼした影響を語る対談だ。11日の『NON È MORTO CIÒ CHE IN ETERNO RIPOSA』というタイトルは、当サイトが「ネクロノミコン」記事で確認した二行連句の英文「That is not dead which can eternal lie(永劫に横たわりて死せざるものあり)」の前半を、イタリア語に置き換えたものと読める。公式紹介文は、ラヴクラフトの創作を「una meteora giunta dallo spazio profondo per sconvolgere la letteratura del Novecento(20世紀文学を揺るがすために深宇宙からやって来た隕石)」と呼び、そこから生まれた「Ciclo dei Grandi Antichi(旧支配者の系譜)」が「centinaia di scrittori(何百人もの作家)」だけでなく、映画・漫画・ヘヴィメタルにまで影響を及ぼしてきたと述べる[5]。ここで語られるのは、ラヴクラフト作品が後世の複数のジャンルに残した足跡そのものである。

第四は、地域を越えた受容のありようを扱う対談だ。13日の『MARI INFETTI, TERRORI SPAZIALI』は、韓国の作家キム・ボヨンを招き、ラヴクラフト的な美学がアジア圏でどう受け止められてきたかを語る。公式紹介文は「l’estetica di H.P. Lovecraft ha fatto breccia su narratori, registi, artisti e disegnatori molto più rapidamente che in Occidente(H・P・ラヴクラフトの美学は、西欧よりもずっと速く、アジアの作家・監督・美術家・画家たちの間に浸透した)」と述べ、キム・ボヨンの著作『Il mare infetto(感染した海)』『Odissea stellare(星の彼方への旅)』を、weird・SF・哲学小説を融合させた仕事として紹介する[6]。この対談は韓国文学翻訳院(LTI Korea)との協力によるもので、著者は韓国語で語り、イタリア語への逐次通訳が入る[6]。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

5件の催しが扱う対象は、いずれも原典(第1層)にとどまる。映画『The Call of Cthulhu』は短編「クトゥルフの呼び声」の直接的な映像化であり、音響インスタレーション『IL RICHIAMO DELL’ABISSO』も中編「ダニッチの怪」を土台にした翻案である。いずれも原典の物語構造に新しい神格や設定を書き足すものではない。対談『NON È MORTO CIÒ CHE IN ETERNO RIPOSA』と『MARI INFETTI, TERRORI SPAZIALI』にいたっては翻案ですらなく、原典が後世の文学・映像・音楽やアジア圏の作家にどう影響を与えたかを語る批評的な催しだ。5件のうち、旧支配者や外なる神に類する後世の体系(第2層・第3層)を新たに書き加える企画は、公式紹介文の範囲では確認できない。

同じ2026年9月には、イギリスで「ダニッチの怪」を題材にしたオペラ『The Dunwich Horror: An Opera』の上演も予定されている。同じ中編小説が、同じ月に、音響インスタレーションとオペラという異なる形式でそれぞれ翻案されていることになる。両者に制作上の関連があるかどうかは、本稿で参照した公式資料の範囲では確認できていない。

この5件の催しが立つ位置は、当サイトがLAcon V 2026のパネル記事やNecronomiCon Providence 2026記事で確認してきた英語圏の議論とも重なる。LAcon Vのパネル「Bring Me the Head of Howard Phillips Lovecraft」が「本人への信頼を失った後もLovecraftianな雰囲気を愛し続ける理由」を問うたように、Festivaletteraturaの対談枠もまた、彼が遺した神話体系が後世でどう扱われ、どこまで広がったかを主題にしている。原典を映像・音響で味わう場と、その影響を論じる場が、一つの文学祭の中に並んで置かれている構図である。

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出典

  • [1] Festivaletteratura公式サイト ニュース記事「Guida a Festivaletteratura 2026」(2026年6月25日公開、2026年9月9日取得)。第30回が2026年9月9日(水)から13日(日)まで開催されること、300人を超える作家が参加すること、「Ippolito Nievo e H.P Lovecraft saranno i numi tutelari di questa trentesima edizione per la passione letteraria onnivora e per la fascinazione oscura per l’ignoto.」、テーマ「I colori del buio」の段落中の「H.P. Lovecraft lo aveva capito meglio di chiunque altro: gli abissi che ci inquietano non sono soltanto quelli che si aprono sotto i nostri piedi, ma anche quelli che abitano la mente, la storia e il futuro.」、映画上映と音響インスタレーションを「due appuntamenti speciali」と呼ぶ記述を確認。https://www.festivaletteratura.it/it/news/guida-a-festivaletteratura-2026/ ↩
  • [2] Festivaletteratura公式サイト シリーズページ「I miti oscuri di H.P. Lovecraft」(2026年9月9日取得)。シリーズ紹介文全文と、5件の催しの日付・時刻・会場・料金(いずれも7,50ユーロ)の一覧。https://www.festivaletteratura.it/it/2026/serie/i-miti-oscuri-di-hp-lovecraft/ ↩
  • [3] Festivaletteratura公式サイト イベントページ「THE CALL OF CTHULHU」(2026年9月9日取得)。9月9日21:00・Cinema Oberdan・7,50ユーロ、監督Sean Branney・Andrew Leman、解説Luca Scarlini、紹介文全文を確認した。https://www.festivaletteratura.it/it/2026/eventi/13-the-call-of-cthulhu-5192 ↩
  • [4] Festivaletteratura公式サイト イベントページ「IL RICHIAMO DELL’ABISSO: DA “L’ORRORE DI DUNWICH”」(2026年9月9日取得)。9月10・11・12日各19:30・Sotterranei del Castello di San Giorgio・7,50ユーロ、声の出演La Compagnia della Lettura、脚色Luca Scarlini、音楽Spartaco Cortesi、紹介文全文のほか、1日6回・各回40分・定員30人・入場時刻(19:30/20:10/21:00/21:40/22:20/23:00)という運営詳細も掲載されている。https://www.festivaletteratura.it/it/2026/eventi/60-il-richiamo-dell-abisso-da-l-orrore-di-dunwich-5131 ↩
  • [5] Festivaletteratura公式サイト イベントページ「NON È MORTO CIÒ CHE IN ETERNO RIPOSA」(2026年9月9日取得)。9月11日21:30・Aula Magna dell’Università・7,50ユーロ、登壇者Luca Crovi・Tullio Avoledo・Daniele Serra、紹介文全文を確認。https://www.festivaletteratura.it/it/2026/eventi/134-non-e-morto-cio-che-in-eterno-riposa-5158 ↩
  • [6] Festivaletteratura公式サイト イベントページ「MARI INFETTI, TERRORI SPAZIALI」(2026年9月9日取得)。9月13日17:30・Aula Magna dell’Università・7,50ユーロ、登壇者Kim Bo-young・Luca Crovi、LTI Korea協力、韓国語による発言と逐次通訳の記載、紹介文全文を確認できた。https://www.festivaletteratura.it/it/2026/eventi/247-mari-infetti-terrori-spaziali-5167 ↩

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