地名(幻夢境地下世界の総称) — THE GREAT ABYSS

大深淵

原典

幻夢境の地表よりさらに下に広がる、食屍鬼・グーグ族・ガスト・ボールら「闇の住人」の領域。サルコマンドの獅子が守る階段はそこへ通じる門の一つに過ぎず、この深淵全体を統べるのは「大深淵の主」ノーデンスである。

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大深淵

「それらは大深淵の変わらぬ守護者であり、この暗い廃墟こそが原初のサルコマンドだった。」

— H・P・ラヴクラフト「未知なるカダスを夢に求めて」(1926-1927年執筆)、カーターがサルコマンドの広場で獅子像を仰ぎ見る場面
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概要(2〜3行)

大深淵は、幻夢境の地表よりさらに下に横たわる地下世界の総称である[1]。サルコマンドの中央広場で有翼の獅子が守る黒い井戸は、そこへ下る道の一つにすぎず、原典は「深淵への他の門」の存在も示唆している[2]。夜鬼はこの深淵の「心なき守護者」であり、その主は言い表せない大司祭でもニャルラトホテプでもなく、古く太古のノーデンスだとされる[3][4]。内部には食屍鬼・グーグ族・ガスト・ボールといった「闇の住人」が層をなして暮らし、捕らえられた者はこの深淵へ運ばれ、彼らのあいだへ分け隔てなく分配される[5]。

基本プロフィール(表で可)

項目内容
分類地名(幻夢境地下世界の総称。単一の都市や部屋ではない)
欧文表記THE GREAT ABYSS
初出「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋?〜1927年1月22日執筆[20]/1943年、アーカム・ハウスの作品集『Beyond the Wall of Sleep』で刊行[21])
原典での言及回数本文中 “Great Abyss”(大文字の固有名詞)6回、大文字化されていない “abyss”/”abysses” 計15回、合わせて “abyss” を含む語形21回(当サイトが hplovecraft.com の本文を機械的に検索し、大文字小文字を無視して実測)
既知の入口(門)(1) サルコマンドの中央広場、獅子のあいだの黒い井戸[6][19]。(2) 魔法の森と「地の食屍鬼の深淵」をつなぐ、鉄の輪の付いた石の落とし戸(グーグ族が呪いを恐れて開けない)[7]。原典はこのほかにも「深淵への他の門」がありうると書いている[2]
主(支配者)ノーデンス。「大深淵の主(Lord of the Great Abyss)」と明示される[4]
守護者夜鬼。「大いなるものたちでさえ恐れる、大深淵の心なき守護者」[3]
住人食屍鬼・グーグ族・ガスト・ボール、その他「闇の住人」[5]
内部の既知の地名グーグの都(王国全体と同じ広さ)、ジンの穴倉、コスの塔、ソックの峰(ボールが徘徊する谷を擁する)[8][9]
明るさ「深淵の灰色の薄明」[10]。ガストは本物の光の下では生きられないが、この薄明には耐えられる[10]

原典での描写

大深淵が登場するラヴクラフト作品は「未知なるカダスを夢に求めて」一作に限られる。当サイトは hplovecraft.com が公開するラヴクラフト本人および代作・共作を含む本文を機械的に検索し、この語が現れるのが同作だけであることを確認している。

修道院の壁画 ── 「大深淵」の名が初めて記される場所

読者が「大深淵(Great Abyss)」という固有名詞に最初に触れるのは、レンの石造修道院に飾られた太古の壁画のなかである。サルコマンドを描いた壁の一枚には、双子の巨獅子が「幻夢境から大深淵へ下る階段を永遠に守っている」と記されていた[1]。物語のこの時点で、カーターはまだ自分がその都市へ降り立つことを知らない。大深淵はまず、廃墟の伝説の一部として、地上の物語の側から名指される。

同じ壁画の連作は、夜鬼の姿も繰り返し描いていた。カーターはそこで、自分が以前すでに出会っていた生き物たちの正体を悟る。「大いなるものたちでさえ恐れる、大深淵の心なき守護者たち」であり、彼らが仰ぐ主はニャルラトホテプではなく、古く白髪のノーデンスだという[3]。壁画はさらに、夜鬼が「プナースの谷と外界への通路とのあいだを、暗闇のなか際限なく羽ばたいている」とも語る[11]。この段階で原典は、大深淵そのものの姿ではなく、それを守る者たちの主従関係を先に読者へ示している。

サルコマンドの広場 ── 獅子は「大深淵」の守護者

修道院から逃れたカーターが実際にサルコマンドの廃墟へ降り立ち、閃緑岩の巨獅子と対面する場面で、大深淵という語は二度目に現れる。「それらは大深淵の変わらぬ守護者であり、この暗い廃墟こそが原初のサルコマンドだった」[6]。壁画で先に示された関係――獅子が守るのはサルコマンドという都市そのものではなく、その足下に口を開く深淵である――が、ここで実地として確認される。

このあとカーターは、獅子のあいだのタイル敷きの中庭にある黒い井戸まで這い進む。「その空間の中ほどに黒い井戸が口を開けており、カーターはまもなく、地殻と黴に覆われた石段が悪夢の納骨所へ下っていく、あの大きく口を開けた深淵に自分が辿り着いたのだと知った」[19]。この石段こそが、サルコマンドから大深淵へ実際に通じる経路である。降りた先で彼を待っていたのは夜鬼であり、食屍鬼の合言葉によって、彼はそのまま食屍鬼の平原まで運ばれることになる。

深淵の内部 ── 「上の深淵」と、閉ざされたもう一つの門

大深淵は一枚岩の空間ではなく、複数の領域に分かれて語られる。食屍鬼のかつての知人ピックマンを探してこの世界へ入ったカーターに、ある食屍鬼は道案内としてこう説明する。グーグ族の都(その王国そのものと同じ広さを持つ)を抜け、ジンの穴倉の近くにある墓地から出るのが最短だが、ジンの穴倉にはガストが潜み、「上の深淵の住人――彼らを狩り餌食にする者たち」を絶えず見張っている[9]。ここで「上の深淵の住人」と呼ばれているのは食屍鬼自身であり、大深淵の内部にも上下・遠近の位置関係があることが分かる。

大深淵にはもう一つ、原典が名を挙げる入口がある。魔法の森とこの深淵とをつなぐのは、「鉄の輪の付いた石の大きな落とし戸ただ一つ」であり、呪いを恐れてグーグ族はこれを開けようとしない[7]。この一文は、グーグ族がかつて地上の魔法の森で大いなるものたちへの生贄を捧げていたが、その所業が地の神々の耳に届いて地下へ追放された経緯の直後に置かれている。つまりこの落とし戸は、グーグ族を地上から閉め出すための門でもある。

サルコマンドの広場で井戸へ這い進んだカーターは、自分がこれから通る入口についてもこう考える。「その入口も、深淵への他の門と同じく、夜鬼の群れに守られているかもしれない」[2]。この一文は、原典がサルコマンドの井戸を大深淵への唯一の門とは考えていないことを示している。

環境についても短い描写がある。ガストは本物の光の下では生きられないが、「深淵の灰色の薄明」になら何時間でも耐えられるという[10]。大深淵の内部は完全な暗黒ではなく、薄明るい場所として書かれている。

月の獣の捕虜 ── 大深淵へ「分配」される

サルコマンドへ駆けつけた食屍鬼と夜鬼の軍勢は、月の獣とその奴隷を音も立てずに制圧する。捕らえられた者たちの末路を、原典はこう記す。「まもなく哀れな生き物たちは音もなく大深淵へ運び去られ、ボール、グーグ族、ガスト、その他の闇の住人たちのあいだへ分け隔てなく分配されることになった。その糧の得かたは、選ばれた犠牲者にとって苦しみのないものではなかった」[5]。大深淵は通過するための道であると同時に、闇の住人たちが獲物を分け合う場としても機能している。

海中の岩を掃討したのちも、夜鬼たちは同じ行き先へ向かう。「夜鬼がことごとく、その破滅を定められた荷を携えてサルコマンドと大深淵へ発ったと食屍鬼たちが納得したとき」、一行は港へ引き返した[12]。ここでも大深淵は、サルコマンドと並べて名指される最終的な行き先として書かれている。

ノーデンス ── 大深淵の主

海中の岩からサルコマンドへ帰還したカーターは、野営する食屍鬼たちに、これまで見聞きしたことを語る。そのなかで彼は、夜鬼について次のように伝える。「彼らの支配者が這い寄る混沌ニャルラトホテプではまったくなく、古く太古のノーデンス、大深淵の主であること」[4]。修道院の壁画で暗示されていたノーデンスと夜鬼の主従関係が、ここで初めて称号つきで確定する。原典が「大深淵の主」という称号を明示するのは、この一箇所だけである。

夜鬼がカーターを運ぶ二つの場面

原典で夜鬼がカーターを運ぶ場面は二度あり、大深淵との位置関係が正反対になっている。

一度目は、ンガラネク山の断崖でのことである。彫像の顔を確かめようと絶壁に張りついていたカーターは、警告もなく夜鬼に襲われ、洞窟の奥へ引きずり込まれる。「まもなく彼らは、想像を絶する深淵をおぞましく降下し始めた。じめじめとした墓場じみた空気のなか、目もくらむ胸の悪くなるような速さで渦を巻きながら」[13]。この直後、原典は行く手に「ソックの峰」と、その谷を徘徊するボールを置いている[8]。ボールは大深淵の住人として後の場面にも名が挙がる存在であり[5]、この地下世界がのちにサルコマンドの獅子が守るとされる大深淵と同じ領域を指すと読み取れる。この時点のカーターにとって、夜鬼は道案内ではなく捕獲者であり、深淵は目的地ではなく落とし込まれる先である。

二度目は、サルコマンドでの奇襲に先立ち、食屍鬼の軍が編成されたときである。夜鬼は食屍鬼の「前衛であり軍馬」として召集され、カーターと食屍鬼の族長たちを抱え上げる。「果てしなく上へ、上へ、上へ――有翼の獅子の門と、原初のサルコマンドの幽鬼めいた廃墟へ」[14]。一度目とは向きが逆で、大深淵の奥からサルコマンドの地上へ、夜鬼が味方として運び上げる場面である。同じ生き物による同じ「運搬」という行為が、物語の進行につれて捕獲から輸送へと役割を変えている。

大文字の「大深淵」と、地の文の「深淵」

当サイトが確認した限り、原典で “abyss” ないし “abysses” という語形は21回現れる。うち6回は “Great Abyss” と大文字で表記され、いずれも守護者・支配者・行き先を定義づける文脈で使われている(獅子の守るもの[1][6]、夜鬼の守るもの[3]、ノーデンスの治めるもの[4]、捕虜の送られる先[5][12])。

残る15回は大文字化されておらず、用法も一様ではない。多くは同じ地下世界を指す一般名詞的な言い回しで、「地の食屍鬼の深淵」[7]、「上の深淵の住人」[9]、「深淵の灰色の薄明」[10]、「深淵への他の門」[2]といった形で使われる。一方で、まったく別の場所を指す用例もある。ンガラネク山の頂を越える際にカーターが見下ろす「不毛な溶岩の深淵」は、大いなるものたちの怒りが刻んだ山肌の裂け目であり[15]、猫の背に乗って空間を跳躍する場面で言及される「深淵に潜み跳ねまわりもがく、あの巨大な黒い無定形のもの」は、夜空そのものを指している[16]。物語の終盤、シャンタク鳥に乗せられたカーターが底知れぬ虚空を突き進む場面の「最も外なる深淵」も、アザトースの座す宇宙の果てを指しており、地下世界の大深淵とは別の空間である[17]。

つまり原典は、大文字の「大深淵」を特定の地下世界を指す固有名詞として一貫させる一方、小文字の「深淵」はその同じ地下世界の言い換えとしても、まったく無関係な虚空や裂け目を指す普通名詞としても使い分けている。読む際にこの二つを混同すると、月面や宇宙の描写までもが大深淵の一部であるかのように読めてしまうため、当サイトはこの区別を分けて記載する。

由来・モデル

「大深淵(Great Abyss)」という呼称の由来を直接説明する記述は、原典本文にも、当サイトが確認した hplovecraft.com の作品資料にも見当たらない。未確認のまま残す。

原典が与えているのは、この地下世界が「大いなるものたち」からも恐れられ、ニャルラトホテプではなくノーデンスに属するという位置づけだけである[3][4]。地名としての成り立ちよりも、誰が守り、誰が治め、誰が恐れるかという関係性を通じて存在が定義されている点は、単独の廃都として壁画や実景で具体的に描かれるサルコマンドとは対照的である。

歴史・年表

原典は大深淵そのものの成立過程を語らない。年代を伴って語られるのは、グーグ族が地上を追われた経緯だけである。

  • 年代不詳: グーグ族が魔法の森で大いなるものたちとニャルラトホテプに生贄を捧げていたが、その所業が地の神々の耳に届き、地下の洞窟へ追放される[18]。これを機に、魔法の森と地下とをつなぐ落とし戸が設けられ、呪いによって封じられた[7]。
  • カーターの旅より前: サルコマンドの獅子は、大深淵へ下る階段を「永遠に」守っているとされる[1]。守護の起点となる年代は示されない。
  • カーターの旅の途上: ンガラネク山で夜鬼に捕らえられ、深淵の奥へ運び落とされる[13]。
  • のちの場面: サルコマンドの獅子のあいだの井戸から、自らの意思で大深淵へ下る[6]。
  • 同じ夜: 食屍鬼と夜鬼の軍勢が編成され、夜鬼に運ばれて大深淵からサルコマンドへ上る[14]。月の獣が制圧され、捕虜が大深淵へ運び去られる[5]。
  • 数日後: 海中の岩の掃討を終えた夜鬼たちが、捕虜を携えてサルコマンドと大深淵へ帰還する[12]。

性質・特徴

  • 範囲: 単一の部屋や広場ではなく、複数の領域からなる地下世界の総称。グーグの都(その王国全体と同じ広さ)[8]、ジンの穴倉[9]、コスの塔[8]、ソックの峰とその谷[13]などが、原典中に名を挙げて登場する。
  • 入口: 確認できるものは二つ。サルコマンドの獅子のあいだの黒い井戸[6][19]と、魔法の森と「地の食屍鬼の深淵」をつなぐ鉄の輪付きの石の落とし戸[7]。原典はこのほかにも門がありうると示唆する[2]。
  • 明るさ: 「深淵の灰色の薄明」[10]。完全な暗黒ではなく、ガストが長時間耐えられる程度の薄明かりとして描かれる。
  • 守護者と主: 夜鬼が守護者[3]、ノーデンスが主[4]。この主従関係は修道院の壁画で暗示され、サルコマンドでの野営の場面でノーデンスの称号とともに確定する。
  • 住人: 食屍鬼・グーグ族・ガスト・ボール[5][9]。上下の位置関係があり、食屍鬼は「上の深淵の住人」と呼ばれる[9]。
  • 機能: 通路であると同時に、捕虜が「分配」される場でもある[5]。月の獣とその奴隷は、この深淵の住人たちのあいだへ分け与えられた。

関連する人物・存在(関係図)

  • ノーデンス: 大深淵の主[4]。夜鬼の支配者であり、ニャルラトホテプではない存在として明示的に対比される[3][4]。
  • 夜鬼: 大深淵の守護者[3]。ンガラネク山ではカーターの捕獲者として、サルコマンドでは食屍鬼の軍馬として、正反対の役割で登場する[13][14]。
  • 食屍鬼: 大深淵の住人であり、「上の深淵」に暮らすとガストから見なされる[9]。ピックマンをはじめ、カーターの道案内や後見役を務める。
  • グーグ族: 大深淵の住人。かつて地上の魔法の森を追われ、地下へ封じられた経緯を持つ[7]。
  • ガスト: ジンの穴倉に潜み、食屍鬼を待ち伏せる大深淵の住人[9]。本物の光を避け、深淵の薄明を好む[10]。
  • ボール: ソックの峰の谷を徘徊し、捕虜の分配先としても名が挙がる大深淵の住人[5][13]。当サイトに単独記事は無い。
  • サルコマンド: 大深淵へ下る既知の入口の一つを擁する廃都。当サイトの該当記事は、この獅子と井戸を都市の側から詳述している。
  • ンガラネク山: カーターが夜鬼に初めて捕らえられ、大深淵の奥へ連れ去られた山[13]。
  • ランドルフ・カーター: 大深淵を、捕獲された先として、また自らの意思で下る門として、二度通過する人物。
  • リチャード・アプトン・ピックマン: 大深淵の食屍鬼としてカーターを迎え、道案内と軍の編成を担う。

主要登場作と読みどころ

  • 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋?〜1927年1月22日執筆[20]/1943年刊行[21]): 大深淵が登場する唯一の原典。読みどころは、この地下世界が一度も一望されないまま、複数の場面の積み重ねによって輪郭を与えられていく構成にある。壁画のなかで守護者と主の関係が先に示され[1][3]、実地でその関係が確認され[6]、内部の地理が道案内の説明を通じて断片的に語られ[7][9]、最後に捕虜の行き先として機能が示される[5]。読者は大深淵の全体図を一度も見せられないまま、六つの場面をつなぎ合わせて輪郭を組み立てることになる。
  • あわせて読む記事として、この深淵への既知の入口を都市の側から描くサルコマンド、守護者である夜鬼、主であるノーデンス、最初の捕獲場所となるンガラネク山、作品全体を扱う「未知なるカダスを夢に求めて」がある。

よくある誤解(Q&A)

Q. 大深淵とサルコマンドは同じ場所ですか? A. 違います。サルコマンドは地上(幻夢境)にある廃都で、その中央広場の獅子のあいだの井戸が、大深淵へ下る階段の入口にあたります[6][19]。大深淵はその階段の先に広がる地下世界そのものです。原典は、サルコマンドの井戸を大深淵への唯一の入口とは書いておらず、「深淵への他の門」の存在も示唆しています[2]。

Q. 大深淵への入口はサルコマンドの他にもありますか? A. 原典が具体的に示すものがもう一つあります。魔法の森と「地の食屍鬼の深淵」をつなぐ、鉄の輪付きの石の落とし戸です[7]。ただしグーグ族が呪いを恐れて開けようとしないため、実際に使われる場面はありません。カーター自身も、サルコマンドの井戸について「深淵への他の門と同じく」夜鬼に守られているかもしれないと考えており、原典はこれ以上の入口の詳細を書いていません[2]。

Q. 大深淵を支配しているのは誰ですか? A. ノーデンスです。カーターが食屍鬼たちに語る場面で、「彼らの支配者が這い寄る混沌ニャルラトホテプではまったくなく、古く太古のノーデンス、大深淵の主であること」と明示されています[4]。

Q. 夜鬼は大深淵で何をしているのですか? A. 原典での立場は一つではありません。壁画とサルコマンドの場面では「大深淵の守護者」として描かれますが[3]、ンガラネク山ではカーターを無警告で捕らえて深淵へ運び落とす捕獲者として、サルコマンドの奇襲ではカーターと食屍鬼の族長を乗せて深淵から地上へ運ぶ軍馬として登場します[13][14]。同じ生き物が、場面ごとに異なる役割を担っています。

Q. “abyss” という語が出てきたら、それはすべて大深淵のことですか? A. いいえ。原典で “abyss”/”abysses” は21回現れますが、大文字の固有名詞 “Great Abyss” は6回にとどまります[1][3][4][5][6][12]。残りは小文字で、同じ地下世界を指す言い換えとして使われる場合[7][9][10]もあれば、ンガラネク山の溶岩の裂け目[15]や、夜空の比喩[16]、物語終盤の宇宙的な虚空[17]など、大深淵とは無関係な場所を指す場合もあります。

Q. ダーレス以降の作品やTRPGでは、どう扱われていますか? A. 本記事は一次資料(hplovecraft.com の本文と作品資料)に限って調べており、後世の作家の作品や供給元の公式資料は確認していません。確認できる資料が無いため、ここには書きません。

出典

  • [1] “Indubitably that primal city was no less a place than storied Sarkomand, whose ruins had bleached for a million years before the first true human saw the light, and whose twin titan lions guard eternally the steps that lead down from dreamland to the Great Abyss.” (訳: 疑いなく、その太古の都は伝説のサルコマンドにほかならなかった。最初の真の人間が光を見るより百万年も前からその廃墟は白く朽ちており、その双子の巨獅子は、幻夢境から大深淵へ下る階段を永遠に守っている。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [2] “It occurred to him that the portal, like other gates to the abyss, might be guarded by flocks of night-gaunts” (訳: その入口も、深淵への他の門と同じく、夜鬼の群れに守られているかもしれないとカーターは思い至った。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [3] “He had met those silent, flitting, and clutching creatures before; those mindless guardians of the Great Abyss whom even the Great Ones fear, and who own not Nyarlathotep but hoary Nodens as their lord.” (訳: 彼はあの音もなく飛び回り掴みかかる生き物たちに、以前にも出会っていた――大いなるものたちでさえ恐れる、大深淵の心なき守護者たちであり、彼らが仰ぐ主はニャルラトホテプではなく、古く白髪のノーデンスだった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [4] “how even the Great Ones fear them, and how their ruler is not the crawling chaos Nyarlathotep at all, but hoary and immemorial Nodens, Lord of the Great Abyss.” (訳: 大いなるものたちでさえ彼らを恐れること、そして彼らの支配者が這い寄る混沌ニャルラトホテプではまったくなく、古く太古のノーデンス、大深淵の主であること。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [5] “soon the hapless creatures were borne silently away into the Great Abyss, to be distributed impartially amongst the bholes, gugs, ghasts, and other dwellers in darkness whose modes of nourishment are not painless to their chosen victims.” (訳: まもなく哀れな生き物たちは音もなく大深淵へ運び去られ、ボール、グーグ族、ガスト、その他の闇の住人たちのあいだへ分け隔てなく分配されることになった。その糧の得かたは、選ばれた犠牲者にとって苦しみのないものではなかった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [6] “They were the changeless guardians of the Great Abyss, and these dark ruins were in truth primordial Sarkomand.” (訳: それらは大深淵の変わらぬ守護者であり、この暗い廃墟こそが原初のサルコマンドだった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [7] “Only a great trap-door of stone with an iron ring connects the abyss of the earth-ghouls with the enchanted wood, and this the gugs are afraid to open because of a curse.” (訳: 地の食屍鬼の深淵と魔法の森とをつなぐのは、鉄の輪の付いた石の大きな落とし戸ただ一つであり、呪いを恐れてグーグ族はこれを開けようとしない。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [8] “They would reach the city of the gugs—which is coterminous with the whole kingdom—through the proper burrows, emerging in a cemetery not far from the stair-containing Tower of Koth.” (訳: 適切な穴を通ってグーグの都――それは王国全体と同じ広さを持つ――へ至り、階段を擁するコスの塔からほど遠くない墓地へ出るだろう。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [9] “for this is the mouth of the vaults of Zin, and the vindictive ghasts are always on watch there murderously for those denizens of the upper abyss who hunt and prey on them.” (訳: そこはジンの穴倉の入口であり、執念深いガストは、上の深淵の住人――彼らを狩り餌食にする者たち――を、殺意を込めて絶えず見張っていた。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [10] “Though ghasts cannot live in real light, they can endure the grey twilight of the abyss for hours.” (訳: ガストは本物の光のもとでは生きられないが、深淵の灰色の薄明ならば何時間でも耐えられる。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [11] “For they were the dreaded night-gaunts, who never laugh or smile because they have no faces, and who flop unendingly in the dark betwixt the Vale of Pnath and the passes to the outer world.” (訳: 彼らこそ恐るべき夜鬼であり、顔が無いために決して笑うことのない者たちで、プナースの谷と外界への通路とのあいだを、暗闇のなか際限なく羽ばたいていた。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [12] “At length, when the ghouls were satisfied that all the night-gaunts had left for Sarkomand and the Great Abyss with their doomed burdens, the galley put back into the harbour betwixt the grey headlands; and all the hideous company landed and roamed curiously over the denuded rock with its towers and eyries and fortresses chiselled from the solid stone.” (訳: やがて、夜鬼がことごとく、その破滅を定められた荷を携えてサルコマンドと大深淵へ発ったと食屍鬼たちが納得したとき、ガレー船は灰色の岬のあいだの港へ引き返した。そして忌まわしい一行はことごとく上陸し、塔と巣と要塞とが硬い岩から刻み出された、その裸の岩場を物珍しげに歩き回った。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [13] “Soon they were plunging hideously downward through inconceivable abysses in a whirling, giddying, sickening rush of dank, tomb-like air; and Carter felt they were shooting into the ultimate vortex of shrieking and daemonic madness.” … “At last far below him he saw faint lines of grey and ominous pinnacles which he knew must be the fabled Peaks of Thok. Awful and sinister they stand in the haunted dusk of sunless and eternal depths; higher than man may reckon, and guarding terrible valleys where the bholes crawl and burrow nastily.” (訳: まもなく彼らは、想像を絶する深淵をおぞましく降下し始めた。じめじめとした墓場じみた空気のなか、目もくらむ胸の悪くなるような速さで渦を巻きながら。カーターは自分たちが、絶叫し狂乱する究極の渦の中へ撃ち込まれていくのを感じた。……はるか下方に、伝説のソックの峰に違いない、灰色の不吉な尖峰の淡い線が見えた。……ボールが忌まわしく這い巡り穴を掘る恐ろしい谷を守っている。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [14] “Another moment and all were whirling in wind and darkness; endlessly up, up, up to the gate of the winged lions and the spectral ruins of primal Sarkomand.” (訳: 次の瞬間には全員が風と闇のなかを渦巻いて運ばれていた。果てしなく上へ、上へ、上へ――有翼の獅子の門と、原初のサルコマンドの幽鬼めいた廃墟へ。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [15] “he came round fully to the hidden side of Ngranek and saw in infinite gulfs below him the lesser crags and sterile abysses of lava which marked the olden wrath of the Great Ones.” (訳: 彼はンガラネクの隠された側へ完全に回り込み、眼下の無限の裂け目に、大いなるものたちの太古の怒りを刻む、小さな岩壁と不毛な溶岩の深淵を見た。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [16] “Carter did not see this time the great black shapelessnesses that lurk and caper and flounder in the abyss.” (訳: 今回カーターは、深淵に潜み跳ねまわりもがく、あの巨大な黒い無定形のものたちを目にすることはなかった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [17] “hurtling and shooting, cleaving the uttermost rim and spanning the outermost abysses; leaving behind the stars and the realms of matter, and darting meteor-like through stark formlessness toward those inconceivable, unlighted chambers beyond Time wherein black Azathoth gnaws shapeless and ravenous amidst the muffled, maddening beat of vile drums and the thin, monotonous whine of accursed flutes.” (訳: 疾走し飛び翔け、最果ての縁を切り裂き、最も外なる深淵を股にかけて――星々と物質の領域を背後に残し、時の彼方、黒きアザトースが無定形のまま貪り喰らう、あの想像を絶する光なき部屋へ向かって、流星のように形なきものを貫いていった。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [18] “Only a great trap-door of stone with an iron ring connects the abyss of the earth-ghouls with the enchanted wood, and this the gugs are afraid to open because of a curse.” (訳: 地の食屍鬼の深淵と魔法の森とをつなぐのは、鉄の輪の付いた石の大きな落とし戸ただ一つであり……ある夜、彼らの冒瀆的行為が地の神々の耳に届き、彼らは地下の洞窟へ追放された。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [19] “Betwixt them was a tiled court with a central space which had once been railed with balusters of onyx. Midway in this space a black well opened, and Carter soon saw that he had indeed reached the yawning gulf whose crusted and mouldy stone steps lead down to the crypts of nightmare.” (訳: そのあいだにはタイル敷きの中庭があり、その中央の区画にはかつて縞瑪瑙の手すりが巡らされていた。区画の中ほどに黒い井戸が口を開けており、カーターはまもなく、自分が本当にあの大きく口を開けた深淵――地殻と黴に覆われた石段が悪夢の納骨所へ下っていく深淵――に辿り着いたのだと知った。) — 「未知なるカダスを夢に求めて」(1943年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [20] “The Dream-Quest of Unknown Kadath (Autumn? 1926–22 January 1927)” (訳: 「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋?〜1927年1月22日)) — H. P. Lovecraft’s Fiction, Alphabetical Order, The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [21] “1943: The Dream-Quest of Unknown Kadath ( Beyond the Wall of Sleep , Arkham House)” (訳: 1943年:「未知なるカダスを夢に求めて」(作品集『Beyond the Wall of Sleep』、アーカム・ハウス)) — H. P. Lovecraft’s Fiction, Publication Order, The H. P. Lovecraft Archive ↩
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