書籍(イタリア語版ラヴクラフト2冊、2026年9月22日刊) — Feltrinelli "Universale economica Oscura" — Gli abissi di Cthulhu / La letteratura dell'horror soprannaturale

Feltrinelli「Oscura」叢書のラヴクラフト2冊

イタリアの大手出版社Feltrinelliが、新叢書「Oscura」の第一陣としてラヴクラフトを2冊並べた。1冊は「ダゴン」「クトゥルフの呼び声」「インスマスの影」を収めた選集『Gli abissi di Cthulhu』、もう1冊は本人の評論『La letteratura dell'horror soprannaturale』(「文学における超自然の恐怖」)である。3編を「海」で束ねたのは編者の構成で、原典の側にそうした題はない。評論は神話の設定集ではなく、ラヴクラフト自身が書いた怪奇文学史だ。書誌と価格は公式ページで確認できた範囲だけを載せる。

公開

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概要

ラヴクラフトの小説が1本の映画や1つのゲームに化ける話は珍しくないが、老舗の文芸出版社が叢書の看板に据えるとなると事情が違う。イタリアのGiangiacomo Feltrinelli Editoreは2026年9月22日、文庫叢書「Universale economica Oscura」から、ラヴクラフトの本を2冊同時に出した[1][2]。『Gli abissi di Cthulhu』と『La letteratura dell’horror soprannaturale』である。

叢書の特集ページによれば、「Oscura」は怪奇・ゴシック・ホラーの古典を扱う新しい叢書で、編者マッシモ・スコルソーネ(Massimo Scorsone)が選ぶ。公式は叢書の狙いを、H.P. Lovecraftが1世紀前に描いた正典に立ち返ることだと説明している[3]。つまりラヴクラフトは、この叢書が参照する起点の書き手として最初から名指しされている。

2冊の性格ははっきり違う。1冊目は小説3編の選集で、収録作はいずれもラヴクラフト本人が書いた原典だが、「海」を軸に3編を組む発想は編者の仕事である。2冊目は小説ではなく、ラヴクラフトが1925年から27年に書き、その後も改訂を続けた怪奇文学論だ[2]。どちらも神話の設定を整理した本ではないので、当サイトの「神話の三層」で言えば、両方とも原典の層に立つ。

本稿では公式ページで確認できた書誌を先に示し、そのうえで、収録作と評論を当サイトの既存記事と原文に照らして読む。

2冊の書誌

公式書誌ページの記載を並べる[1][2]。

項目Gli abissi di CthulhuLa letteratura dell’horror soprannaturale
著者Howard Phillips LovecraftHoward Phillips Lovecraft
編者Massimo ScorsoneMassimo Scorsone
訳者Sergio Altieri公式ページに記載なし
叢書Universale economica OscuraUniversale economica Oscura
刊行日2026年9月22日2026年9月22日
ページ数192192
形態ペーパーバック、電子版ペーパーバック、電子版
ISBN97888079053609788807905353
定価12ユーロ12ユーロ
公式通販価格11.40ユーロ(5%引き)11.40ユーロ(5%引き)
電子版6.99ユーロ6.99ユーロ

評論のほうは、訳者名が公式ページに出ていない[2]。翻訳の出自は確かめられないので、訳者を推測で書くことはしない。

ページ数は、書店によって表記が揺れる。イタリアの書店La Scatola Lillaの商品ページは評論を190ページと記載している[4]。公式は192ページで、本稿は公式に従う。2ページの差の理由は、公式のどちらのページからも読み取れない。

『Gli abissi di Cthulhu』——「海」で束ねた3編

書名は直訳すれば「クトゥルフの深淵」となる。ラヴクラフトにこの題の作品はなく、選集のために付けられた名前だ。収録されるのは、公式ページに挙がる次の3編である[1]。

公式の紹介文は、船を失って独り漂流する男の話から書き出している。海が黒く染まり、深みの生き物に囲まれ、やがて浮上した暗い陸地で、理性の及ばない何かの痕跡に出会う。続けて、太古の教団と人ならざる共同体を描いた物語群で、「人類より古い恐怖」が明かされると説く。海は人間と「他なるもの」を隔てる形而上の境界として働き、人類は宇宙の暗がりに舞う取るに足らない塵にすぎない、というのが紹介文の結びである[1]。

この紹介は3編の順にも重なる。漂流の男は「ダゴン」の語り手にあたり、太古の教団は「クトゥルフの呼び声」の世界規模のカルト、人ならざる共同体は「インスマスの影」の港町の住民に対応する。3編を執筆年の順に読むと、小さな漂流談から海底都市の浮上、さらに血筋にまで及ぶ物語へと、恐怖の規模が広がっていく。公式ページの抜粋は収録順を示していないので、この読み筋は執筆年に基づく本稿の整理である。

「ダゴン」——1917年の漂流記

3編のうち最も古い。当サイトの「ダゴン(小説)」の記事によれば、執筆は1917年7月、発表は1919年11月の雑誌『The Vagrant』第11号で、約2,200語の短い手記である[5]。大戦初期にドイツの通商破壊艦に拿捕された貨物船から小舟で逃れた語り手が、太平洋を漂流したのち、火山活動で隆起したとみられる泥の荒野に打ち上げられる。渓谷で巨石(モノリス)を見つけ、そこに現れた巨大な生物を目撃し、救助後もその幻影に苦しんでモルヒネに頼る。

題名のダゴンは、語り手が終盤に民族学者へ尋ねる古代フィリスティア人の魚神として名前が出るだけで、渓谷で見た生物とダゴンの関係を本文は明言しない[5]。選集の題は「クトゥルフの深淵」だが、この作品にクトゥルフの名は出てこない。名が現れるのは次の作品からだ。

「クトゥルフの呼び声」——断片を突き合わせる物語

1926年夏の執筆、1928年『ウィアード・テイルズ』誌(vol.11 no.2)発表で、クトゥルフが初めて名を与えられた作品である[6]。語り手は亡き大叔父の遺した手記、新聞の切り抜き、警察の尋問記録といった断片を照合していき、世界規模のカルトと、南太平洋の海底都市ルルイエの浮上、そしてクトゥルフの目覚めに行き着く。当サイトの作品記事は、この「断片を突き合わせて真相に近づく構造」をラヴクラフトの骨格として押さえている。

冒頭の一節は、原文でこう始まる。「The most merciful thing in the world, I think, is the inability of the human mind to correlate all its contents.(この世で最も慈悲深いことは、人間の心があらゆる内容を関連づける能力を持たないという事実だと私は思う)」[6]。断片を集めて全体像を組み立てる物語が、組み立てられないことを慈悲と呼ぶ言葉で始まっている。

「インスマスの影」——港町に届く海の血筋

3編で最も長い。約26,700語、全5章の中編で、1931年11月?〜12月3日に執筆され、1936年にVisionary Publishing Co.(ペンシルベニア州エヴァレット)から単行本として出た[7]。当サイトの作品記事が伝えるとおり、連邦政府によるマサチューセッツの港町インスマスの強制捜査から語り始め、21歳の語り手が町で見聞きしたことと、老人ゼイドック・アレンの語る秘史、ギルマン・ホテルからの逃走、そして自分自身の家系に返ってくる結末を描く。

住民の正体は深きものどもと呼ばれる種族である。海に暮らす種族との血のつながりが、町の外から来た語り手自身の問題に転じる。「ダゴン」で海は遠い太平洋の沖にあり、「クトゥルフの呼び声」では船乗りが向かう先にあったが、「インスマスの影」では、ニューイングランドの港町の人間の身体へ入り込んでくる。3編を並べて読むと、海の恐怖が遠くから近くへ、地図の上から血筋の中へ移ってくる。

『La letteratura dell’horror soprannaturale』——ラヴクラフトが書いた怪奇文学史

2冊目の原題は、英語の Supernatural Horror in Literature、日本語で言う「文学における超自然の恐怖」にあたる。公式ページはこれを、1925年から27年にかけて書かれ、生涯にわたって改訂された評論と紹介し、西洋文学における「weird」な物語の広大な系譜をたどるものだとしている[2]。公式が論じられる書き手として挙げるのは、ポー、ブラックウッド、ロード・ダンセイニ、マッケン、ル・ファニュ、ホーソーンである[2]。

公式ページが引く冒頭の一文は、イタリア語で「L’emozione più antica e più forte dell’umanità è la paura」と始まる[2]。原文は次のとおりだ。「The oldest and strongest emotion of mankind is fear, and the oldest and strongest kind of fear is fear of the unknown.(人類最古にして最強の感情は恐怖であり、最古にして最強の恐怖は未知への恐怖である)」[8]。当サイトの宇宙的恐怖の由来を扱った記事は、この一文から「宇宙的恐怖の文学」という系譜が導かれる筋道を追っている。

評論が求める怪奇の条件も、原文で確かめられる。「A certain atmosphere of breathless and unexplainable dread of outer, unknown forces must be present; and there must be a hint, expressed with a seriousness and portentousness becoming its subject, of that most terrible conception of the human brain—a malign and particular suspension or defeat of those fixed laws of Nature which are our only safeguard against the assaults of chaos and the daemons of unplumbed space.」[8]。息詰まる説明のつかない恐れの空気と、自然法則の停止あるいは敗北を示す気配。怪物の造形ではなく、法則が破れることへの恐れを条件に置いている。公式ページの「lo schiudersi dell’abisso cosmico(宇宙の深淵が口を開くこと)」という要約[2]は、この方向を指していると読める。

この評論は、ラヴクラフトが小説で何をしていたかを本人の言葉で説明する資料でもある。執筆期(1925〜27年)は、「クトゥルフの呼び声」を書いた1926年と重なる。小説の側で「知ってはならない断片」を描いていた同じ時期に、彼は評論の側で、ポーからブラックウッドやダンセイニまでの先行作家を並べて読んでいた。ポーを論じた第7章では、現代のホラー小説が最終的で完成された形になったのはポーのおかげだと述べ、続く第8章「The Weird Tradition in America」ではブラウン、アーヴィング、ホーソーンら、自分より前のアメリカの書き手を順に取り上げる[8]。

ブラックウッドの中編「ウェンディゴ」への評は、原文にこうある。「Another amazingly potent though less artistically finished tale is ‘The Wendigo’, where we are confronted by horrible evidences of a vast forest daemon about which North Woods lumbermen whisper at evening.」[8]。「芸術的な完成度ではやや劣る」と欠点を隠さず、それでも迫力を認める書き方に、批評家としての目が出ている。この評論を通すと、ラヴクラフトは怪物の名を並べた作家である前に、先行する怪奇小説を読み込んだ読者であったことがわかる。

三層のどこに立つか

当サイトは、クトゥルフ神話の記述を「三層」、すなわちラヴクラフト原典(1917〜1937年)、ダーレス以降の拡張(1939年〜)、TRPGによる拡張(1981年〜)に分けて記録している。この2冊を当てはめると、次のとおりになる。

収録内容執筆・発表層
「ダゴン」1917年執筆、1919年発表原典
「クトゥルフの呼び声」1926年執筆、1928年発表原典
「インスマスの影」1931年執筆、1936年刊原典
「文学における超自然の恐怖」1925〜27年執筆、以後改訂原典(ラヴクラフト本人の評論)

4編はどれもラヴクラフトの存命中に書かれたので、ダーレス以降の拡張やTRPGの設定は本の内容に入っていない。とはいえ、読み手の側では層が混ざりやすい。たとえば「ダゴン」の魚神について、本文はあの巨大な生物との関係を語っていない[5]。両者を結び付ける説明は後の作品や解説が加えたもので、この選集で読める範囲の外にある。

編者の構成そのものも、層を分けて見る対象になる。『Gli abissi di Cthulhu』という書名と、海を主題にした束ね方は、2026年の編者の判断だ。原典の3編は1917〜1936年の作品で、その配列と題を選んだのは現代の編集である。原典を読むことと、編集された選集を読むことは、同じ作品を対象にしながら、別の層の話になる。

叢書「Oscura」の位置

特集ページは、叢書が統一感のある装丁を持ち、確立した作家と再発見される作家の両方を含み、軽快な批評的apparatus(注釈や解説などの付録)を備えると述べる。想定する読者は、愛好家と、初めてホラー文学に触れる人の双方である[3]。

ラヴクラフトを最初の2冊に選んだ理由は、特集ページの言葉から推し量れる。叢書の基準が、ラヴクラフトの描いた正典だとされているからだ。その正典を作った本人の小説と、正典の見取り図にあたる評論が並べば、叢書の目印として機能する。小説3編は「ラヴクラフトが何を書いたか」を、評論は「ラヴクラフトが何を系譜と考えたか」を、それぞれ示す。

この構成は、日本の読者が原典に入る道にも参考になる。当サイトの入門ガイドが紹介するように、神話の入口としては「クトゥルフの呼び声」が定番だが、評論を先に読めば、ラヴクラフトが自分をどの系譜に置いていたかが見えて、小説の読み方が変わる。

Feltrinelli公式の購入案内

購入するなら、公式ページからが確実である。Feltrinelli公式のオンライン書店は、書籍の定価12ユーロに対して5%引きの11.40ユーロで販売し、電子版は6.99ユーロとしている[1][2]。それぞれの公式ページのURLは、出典欄に載せた。

イタリア語版の書誌と購入条件は、ここまで書いたとおり、すべてイタリア国内の版元による表示である。価格や割引率は変わることがあり、日本から注文する場合の送料や配送可否は、購入前に公式ページで確認してほしい。

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出典

  • [1] 『Gli abissi di Cthulhu』の書誌ページ。著者Howard Phillips Lovecraft、訳者Sergio Altieri、編者Massimo Scorsone、叢書Universale economica Oscura、刊行日2026年9月22日、192ページ、ペーパーバックと電子版、ISBN 9788807905360、11.40ユーロ(12ユーロの5%引き)、電子版6.99ユーロ、収録作「Dagon」「The Call of Cthulhu」「The Shadow over Innsmouth」、紹介文 — Feltrinelli Editore公式サイト(2026-09-29確認), feltrinellieditore.it ↩
  • [2] 『La letteratura dell’horror soprannaturale』の書誌ページ。編者Massimo Scorsone、叢書Universale economica Oscura、刊行日2026年9月22日、192ページ、ISBN 9788807905353、価格は上に同じ、訳者の記載なし、1925〜27年に書かれ改訂された評論との紹介、論じる書き手(Poe、Blackwood、Lord Dunsany、Machen、Le Fanu、Hawthorne)、冒頭の一文の引用 — Feltrinelli Editore公式サイト(2026-09-29確認), feltrinellieditore.it ↩
  • [3] 叢書「Oscura」の特集記事(2026年9月21日付)。怪奇・ゴシック・ホラーの古典を扱う新叢書、編者Massimo Scorsone、H.P. Lovecraftが1世紀前に描いた正典への言及、統一された装丁と軽快な批評的apparatus、ラヴクラフト2冊の紹介 — Feltrinelli Editore公式サイト(2026-09-29確認), feltrinellieditore.it ↩
  • [4] 『La letteratura dell’horror soprannaturale』の商品ページ。ISBN 9788807905353、刊行日2026年9月22日、ページ数190、価格12ユーロ、訳者の記載なし — La Scatola Lilla(2026-09-29確認), lascatolalilla.it ↩
  • [5] 「ダゴン」の執筆(1917年7月)、初出(『The Vagrant』第11号、1919年11月)、約2,200語、魚神ダゴンの名の登場箇所は、当サイトの作品記事の記載による。原典本文 — H. P. Lovecraft, “Dagon”, hplovecraft.com ↩
  • [6] 「クトゥルフの呼び声」の執筆(1926年夏)と初出(『ウィアード・テイルズ』誌 vol.11 no.2、1928年)は、当サイトの作品記事の記載による。冒頭の “The most merciful thing in the world, I think, is the inability of the human mind to correlate all its contents.” — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”, hplovecraft.com ↩
  • [7] 「インスマスの影」の執筆(1931年11月?〜12月3日)、初出(Visionary Publishing Co., 1936年)、約26,700語、全5章は、当サイトの作品記事の記載による。原典本文 — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth”, hplovecraft.com ↩
  • [8] “The oldest and strongest emotion of mankind is fear, and the oldest and strongest kind of fear is fear of the unknown.” / “A certain atmosphere of breathless and unexplainable dread of outer, unknown forces must be present; … a malign and particular suspension or defeat of those fixed laws of Nature …” / “Another amazingly potent though less artistically finished tale is ‘The Wendigo’, …”。第7章がポー、第8章「The Weird Tradition in America」がアメリカの系譜を扱う点は、当サイトの記事「宇宙的恐怖の由来」の記載による — H. P. Lovecraft, “Supernatural Horror in Literature”, hplovecraft.com ↩

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