概要
『クトゥルフの呼び声フラックス』は、ルールがゲーム中に変わり続けるカードゲームである。日本語版を出しているホビージャパンの公式商品ページによれば、デザインは Keith Baker、版元は Looney Labs、日本語版の発売は2014年1月[1]。
公式の紹介文は、こう始まる[1]。
SAN値が下がる!? 頭がやわらかくなるカードゲーム!
そして本体の『フラックス』についてこう説明する[1]。
『Fluxx』は、ルール(ゲームのプレイ方法)が30秒で覚えられ、誰でもすぐにプレイ可能な手軽に遊べるパーティー向けカードゲーム。この人気作に、怪奇・ホラーのジャンルにその名も轟く「クトゥルフ」を組み合わせた姉妹作が登場。
基本情報
ホビージャパン公式の記載による[1]。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| デザイン | Keith Baker |
| 版元 | Looney Labs |
| 販売 | ホビージャパン |
| 発売日 | 2014年1月 |
| 希望小売価格 | 2,200円(税込) |
| プレイ人数 | 2〜6人 |
| プレイ時間 | 約10〜40分 |
| 対象年齢 | 13歳以上 |
| 難易度(公式表示) | ★☆☆☆☆ |
| 内容物 | ルール1部、カード100枚(87×66mm) |
2,200円、カード100枚。当サイトが扱う神話系ボードゲームの中で、もっとも安く、もっとも小さい[2][3]。対象年齢13歳も、他作品(14歳以上)より1歳低い[2][3]。
公式は難易度を ★☆☆☆☆ と表示している[1]。これも同社が扱う神話ゲームの中で最も低い[2]。
「フラックス」とは何か
『フラックス』(Fluxx)というゲームの特徴は、ルールそのものがカードとして場に出る点にある。公式の説明にある「ルールが30秒で覚えられ」という文句は、開始時のルールが極端に単純であることを指す[1]。
そのうえで、プレイ中に出されるカードによって「1ターンに引く枚数」「出せる枚数」「勝利条件」までが書き換わっていく。始まったときのゲームと、終わるときのゲームが違う。
公式はこの性格を、クトゥルフと組み合わせた効果としてこう書く[1]。
フラックスの楽しさはそのままに、クトゥルフ神話の名を聞いたことがあるだけの人からSAN値を心配するファンまで、”ニヤリ”とできるネタ満載。30秒で覚えられるゲームシステムで、狂気の境を垣間見よ!
紹介文は最後に、原典の一節で締めくくられる[1]。
“いあ るるいえ くとぅるう ふたぐん いあ いあ!”
クトゥルフ神話との関係
ルールが変わることと、狂気
遊びの仕組みと題材が噛み合っている。
『フラックス』の核は「前提が崩れ続ける」ことにある。さっきまで有効だった勝利条件が、次の瞬間には別のものに置き換わっている。何が起きるか分からないまま手を進めるしかない。
これは宇宙的恐怖が扱ってきた事態と、構造としては同じである。世界の仕組みが自分の理解の外側で変わっていく——公式が「狂気の境を垣間見よ」と書いているのは[1]、その一致を踏まえたものと読める。
ただし本作の扱いは深刻ではない。公式が「”ニヤリ”とできるネタ満載」と書くとおり[1]、笑って遊ぶための製品である。
「いあ るるいえ くとぅるう ふたぐん」
紹介文の末尾に置かれた一句は、ラヴクラフト「クトゥルフの呼び声」(1928年)に出てくる祭文の断片である[4]。
“Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn.”
(作中では「In his house at R’lyeh dead Cthulhu waits dreaming.(ルルイエの館にて死せるクトゥルフ夢見るままに待ちいたり)」と訳されている)
同作は1928年の発表で、米国の著作権保護期間(発表から95年)を過ぎてパブリックドメインに入っているため、当サイトは原文を引用している。
ホビージャパンの紹介文が使う「いあ るるいえ くとぅるう ふたぐん いあ いあ!」は、この祭文を日本語の音で崩した形である[1]。
原文の側の事情も、作中に書かれている[4]。
…the word-divisions being guessed at from traditional breaks in the phrase as chanted aloud
((前略)語の区切りは、声に出して唱えられるときの伝統的な切れ目から推測されたものである)
そもそも原典の中で、この呪文は「正しい書き方が分からないもの」として提示されている。唱えられた音から区切りを推測した、と作中の記録は断っている[4]。
だとすれば、日本語の音で崩した形が流通していることは、原典の扱い方から外れてはいない。原典の呪文が、カードゲームの宣伝文句として機能している——受容の広がり方を示す一例といえる。
層としてはどこか
当サイトの神話の三層でいえば、本作は第3層——ゲームによる拡張——にあたる。ただし本作が扱うのは設定ではなく、神話が持つ「お約束」のほうである。SAN値、いあいあ、旧支配者——広く知られた記号を並べて笑いにする作りになっている。
シリーズの中での位置
『フラックス』には多くの姉妹作がある。ホビージャパンの商品ページは関連作として ネイチャーフラックス(大自然の掟)、ケミストリーフラックス(化学)、フラックス v5.0、フラックス を挙げている[1]。
自然科学や化学と同じ棚に、クトゥルフ神話が並んでいる。題材として交換可能な位置に置かれていることが、この並びから分かる。
日本語で手に入る神話系ボードゲームの中では、本作は入口にあたる[1][2][3]。
| 作品 | 人数 | 時間 | 価格 | 対象年齢 |
|---|---|---|---|---|
| クトゥルフの呼び声フラックス | 2〜6人 | 10〜40分 | 2,200円 | 13歳以上 |
| パンデミック:クトゥルフの呼び声 | 2〜4人 | 約40分 | 5,500円 | 14歳以上 |
| エルドリッチホラー | 1〜8人 | 120〜240分 | 7,480円 | 14歳以上 |
| アーカムホラー 第3版 | 1〜6人 | 120〜180分 | 8,580円 | 14歳以上 |
| クトゥルフ 〜死もまた死すべし〜 | 1〜5人 | 90〜120分 | 13,200円 | 14歳以上 |
| マンション・オブ・マッドネス 第2版 | 1〜5人 | 120〜180分 | 14,850円 | 14歳以上 |
価格でも時間でも最も軽い。神話ゲームを初めて買うなら、ここから始める選択がありうる。
版元は神話をどう紹介しているか
日本語版を出す各社の紹介文を並べると、同じ神話が売り方によってどう変わるかが見える[1][2][3]。
| 製品(販売元) | 紹介文の書き出し |
|---|---|
| クトゥルフの呼び声フラックス(ホビージャパン) | 「SAN値が下がる!? 頭がやわらかくなるカードゲーム!」[1] |
| パンデミック:クトゥルフの呼び声(ホビージャパン) | 「増え続ける邪教の信徒<カルティスト>たちを撃退し、旧支配者<オールド・ワン>の復活を阻止せよ!」[2] |
| エルドリッチホラー(アークライト) | 「これが全世界版「アーカムホラー」だ!」[3] |
| アーカムホラー 第3版(アークライト) | 「世界の終わりは近い!」[3] |
| クトゥルフ 〜死もまた死すべし〜(アークライト) | 「きっと生きては帰れないでしょう。でも、その覚悟はありますよね?」[3] |
| マンション・オブ・マッドネス 第2版(アークライト) | 「大邸宅に潜む狂気に立ち向かうため、閉ざされた扉が今、開かれる…!」[3] |
軽いものほど「SAN値」という記号を前に出し、重いものほど文章で情景を描く。価格と所要時間の差が、そのまま紹介文の書きぶりに出ている。
どの製品も共通して使っているのが 「旧支配者/オールド・ワン/エンシェントワン」 という語である[1][2][3]。呼称は揃っていないが、指しているものは同じである。当サイトの旧支配者の記事を参照してほしい。
「30秒で覚えられる」ということ
公式が繰り返し使う「30秒で覚えられる」という文句[1]は、このシリーズ全体の売り文句である。同社が挙げる姉妹作の紹介文にも、同じ言い回しが並ぶ[1]。
- ネイチャーフラックス — 「「大自然の掟」を学べ!30秒でルールが覚えられ、頭が柔らかくなる傑作パーティーゲームの姉妹作!」
- ケミストリーフラックス — 「今度は「化学」で頭をやわらかくしよう!30秒でルールが覚えられる傑作パーティーゲームの姉妹作!」
- フラックス v5.0 — 「頭がやわらかくなるカードゲームの改訂新版!30秒でルールが覚えられて展開が読めないパーティカードゲーム!」
神話ゲームとしては異例の敷居の低さである。当サイトが扱う他の神話系ボードゲームは、いずれもルールブックとリファレンスガイドを備える[3]。本作の内容物は「ルール1部、カード100枚」だけである[1]。
この差は、神話をどこまで説明するかの差でもある。重量級の作品は設定を語るための紙幅を持つが、本作は「SAN値」「いあいあ」といった既に知られている記号だけを使う。説明しないで済ませられるだけの知名度が、日本のクトゥルフ神話にはある——本作が成立していること自体が、その証拠になっている。
注意点
公式は注意事項として 「※現行版はヘッダなしです」 と記している[1]。中古や旧版を探す場合、外見が異なる可能性がある。
また日本語版の発売は2014年1月であり[1]、すでに10年以上が経過している。入手性については販売元の情報を確認してほしい。
どんな人に向くか
- 神話ゲームを初めて買う人。価格・時間・難易度のいずれも最も低い[1]
- 短時間で盛り上がるカードゲームを探している人
- クトゥルフ神話の「お約束」を知っている人ほど、ネタが効く[1]
- 逆に、腰を据えた探索や物語を求めるなら向かない
じっくり遊ぶものは『アーカムホラー 第3版』や『マンション・オブ・マッドネス 第2版』にある[3]。全体の見取り図はクトゥルフ神話ゲーム総覧にまとめてある。
関連記事
- 正気度(SAN) — 公式が宣伝文句に使う「SAN値」の出どころ
- 「クトゥルフの呼び声」 — 「いあ るるいえ くとぅるう ふたぐん」の出どころ
- パンデミック:クトゥルフの呼び声 — 同じホビージャパンが出す神話ゲーム
- クトゥルフ神話ゲーム総覧
出典
- [1] ホビージャパン公式の商品ページ「クトゥルフの呼び声フラックス」(該当ページ)。デザイン Keith Baker、版元 Looney Labs、販売 ホビージャパン、発売日2014年1月、希望小売価格2,200円(税込)、プレイ時間約10〜40分、プレイ人数2〜6人、対象年齢13歳以上、難易度表示★☆☆☆☆、内容物(ルール1部、カード100枚・87×66mm)。紹介文の「SAN値が下がる!? 頭がやわらかくなるカードゲーム!」「『Fluxx』は、ルール(ゲームのプレイ方法)が30秒で覚えられ、誰でもすぐにプレイ可能な手軽に遊べるパーティー向けカードゲーム」「フラックスの楽しさはそのままに、クトゥルフ神話の名を聞いたことがあるだけの人からSAN値を心配するファンまで、”ニヤリ”とできるネタ満載」「30秒で覚えられるゲームシステムで、狂気の境を垣間見よ!」「”いあ るるいえ くとぅるう ふたぐん いあ いあ!”」、注意事項「※現行版はヘッダなしです」、および関連作としてネイチャーフラックス・ケミストリーフラックス・フラックス v5.0・フラックスが挙げられていること(2026年9月16日確認)。 ↩
- [2] ホビージャパン公式の商品ページ「パンデミック:クトゥルフの呼び声」(該当ページ)。プレイ人数2〜4人、プレイ時間約40分、価格5,500円(税込)、対象年齢14歳以上、難易度表示★★☆☆☆、2016年8月発売(2026年9月16日確認)。 ↩
- [3] アークライト公式の商品ページ。「エルドリッチホラー 完全日本語版」(該当ページ、1〜8人、120〜240分、7,480円、14歳以上)、「アーカムホラー 第3版 完全日本語版」(該当ページ、1〜6人、120〜180分、8,580円、14歳以上)、「クトゥルフ ~死もまた死すべし~ 完全日本語版」(該当ページ、1〜5人、90〜120分、13,200円、14歳以上)、「マンション・オブ・マッドネス 第2版 完全日本語版」(該当ページ、1〜5人、120〜180分、14,850円、14歳以上)(2026年9月16日確認)。 ↩
- [4] H・P・ラヴクラフト「The Call of Cthulhu」の本文(該当ページ)。同作は1928年2月の『ウィアード・テイルズ』誌に発表されたもので、米国の著作権保護期間(発表から95年)を過ぎてパブリックドメインに入っているため原文を引用した。引用箇所は祭文「Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn.」、作中でその訳として示される「In his house at R’lyeh dead Cthulhu waits dreaming.」、および語の区切りについての記述「the word-divisions being guessed at from traditional breaks in the phrase as chanted aloud」(2026年9月16日確認)。 ↩



