TRPGキャンペーン(ハードカバー・368ページ) — Delta Green: Impossible Landscapes

Delta Green: Impossible Landscapes

原題は『Delta Green: Impossible Landscapes』(読み:デルタグリーン・インポッシブル・ランドスケープス)。日本語版は本稿執筆時点で確認できていない。Arc Dream Publishingが刊行する現代コズミックホラーTRPG「Delta Green」初のキャンペーンブック。デニス・デットウィラーが執筆し、ロバート・W・チェンバース『黄衣の王』とカルコサの神話を正面から題材に据えた四部構成の作戦は、2022年ENnie賞のレイアウト・デザイン部門で金賞を受賞している。

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概要

『Delta Green: Impossible Landscapes』(読み:デルタグリーン・インポッシブル・ランドスケープス。当サイトの試訳では「あり得ない風景」ほどの意味。日本語版は本稿執筆時点(2026年9月)で確認できていない)は、Arc Dream Publishing(アーク・ドリーム・パブリッシング。カタカナ表記は当サイトによる読み)が刊行するTRPG『Delta Green: The Role-Playing Game』向けの、シリーズ初のキャンペーンブックである。公式ストアページによれば、著者はデニス・デットウィラー、価格64.99ドル、商品コードAPU8145、ハードカバー版には無料のPDF版と100点のデジタルハンドアウトが付属する[1]。Arc Dreamの卸販売元であるStudio 2 Publishingの商品ページでも、本書が「368ページ・フルカラーのハードカバー・キャンペーンブック」であることが確認できる[2]。

公式ページの商品説明は、次のような一文で始まる。「そして君の世界は嘘だ。古びた一冊の本から解き放たれた恐怖が現実を震わせ、物事を並べ替え、蝋のように溶かしていく」1。この一冊が扱う「古びた本」とは、劇中劇として狂気を呼ぶ戯曲『黄衣の王』を指す。同じ説明文はさらに「王が我々を待っている。世界の朽ちた見せかけの向こう、人の想像力の曲がりくねった通路の先、正気の果てを越えたところに、王はカルコサの国で待っている」と続け、本作が黄衣の王(戯曲)とカルコサを作品の中心に据えていることを明言している[1]。

キャンペーンは「数十年の時間と、悪夢のように果てしない広がりにまたがる四つの作戦」で構成され、新しい存在・アーティファクト・魔導書、多数のNPC、「シュールな恐怖」を演出するための専用ルールが追加されるという[1]。当サイトには既に『Delta Green: Agent’s Handbook』(基本ルールブック)を扱った記事があるが[3]、そちらは現代の政府機関を舞台にした基本システムの紹介であり、本稿が扱う『Impossible Landscapes』はそのシステムを使って遊ぶ、独立したキャンペーンシナリオである。両者は同じ製品ラインの別の階層に位置し、内容は重複しない。

どんな作品か

編集体制を持つTRPGメディアEN Worldのレビュー(2021年9月16日、Charles Dunwoody名義)によれば、本作は「1990年代」、つまりDelta Greenというゲーム自体が現実の同人誌シーンで産声を上げた時代から幕を開け、四つの連作のうち次の作戦は2015年まで時代を飛ばすという[4]。同レビューはこの時点で本作を「(PDFのみ)」と注記しており、少なくとも2021年9月の時点ではPDF版のみが流通し、ハードカバー版はまだ店頭に並んでいなかったことがうかがえる[4]。

同レビューはまた、作中で説明される「シュールな恐怖(surreal horror)」という概念を、「エージェントたちは、太陽の周りを楕円軌道で回る惑星のようなもので、シュールな要素という太陽に近づくときもあれば、遠ざかるときもある。恐怖とは、死んだ友人が蘇ってよろめき歩く姿を見ることだ。シュールな恐怖とは、その死んだ友人が食卓に着き、周りの誰もがそれを当然のことのように振る舞うことだ」という一文で紹介している4。ネタバレを避けるため筋書きの結末には触れないが、同レビューは「時間旅行、異世界への渡航、現実の歪み、汚染、禁忌の儀式、そして72体の悪魔」が盛り込まれていると記している[4]。

編集体制を持つTTRPG専門メディアRascal News(2025年6月6日、Thomas Manuel名義)は、本作を「デットウィラーによる、ロバート・チェンバース『黄衣の王』へのオマージュ」と位置づけている[5]。同記事はさらに、評論家リン・カーターが『黄衣の王』を「ポーの死からラヴクラフトの台頭までの間にこの国で書かれた、奇想文学として最も傑出した唯一の書物」と評したという逸話を紹介し、本作のもう一つの参照元として、ケイオシアム社の看板キャンペーン『マスクス・オブ・ナイアーラトテップ』の名も挙げている[5]。同記事によれば、物語は行方不明になった若い女性アビゲイルをめぐる、ごく平凡な捜査から始まり、そこから徐々に暗がりへと沈み込んでいく構成を取る。捜査員たちは当初、警察小説のようにデルタグリーンのエージェントとして理性と論理の道具を頼りに調べを進めるが、やがて世界そのものに何かがおかしいと気づき、自らの意思で「黄の王」の異界カルコサの論理に沿って考え、行動し始める、とRascal Newsは記している[5]。それ以上の展開は同記事も有料会員限定として伏せており、当サイトもここでは踏み込まない。

公式ページによれば、四つの作戦のうち最初の一本は「The Night Floors」という題で、店舗ページに掲載された実況プレイ配信のタイトルや、ファンが同作戦に登場する「Macallistarビル」を『The Sims』で再現した投稿を通じて確認できる[1]。残り三作戦の正式な英語タイトルは、当サイトが確認できた出典の範囲では特定できなかった。

評価と受賞歴

Delta Green公式サイト(delta-green.com)のブログ記事(2022年8月5日付、Wayback Machineの2022年9月11日保存分で確認)は、「Impossible Landscapesは、デニス・デットウィラーが執筆しジェン・マクレアリーがデザインを手がけ、レイアウト・デザイン部門の金賞を受賞した。これによりDelta Greenが獲得したENnie賞は通算13回目となる」と記している[6]。同記事はDelta Greenシリーズがこれまでに受けた受賞歴も列挙しており、1996年のOrigins賞(最優秀ロールプレイングサプリメント)以来、シリーズ全体で3つのOrigins賞と13のENnie賞を積み重ねてきたという[6]。

ENnie Awards公式サイトの「2022 Nominees and Winners」ページでも、この記載は裏付けられる。「Best Layout and Design」部門の金賞欄に『Delta Green: Impossible Landscapes』(Arc Dream Publishing)の名があり、クレジットとして「Dennis Detwiller, Stephen Buck, Shane Ivey」の3名が記載されている[7]。Delta Green公式ブログの「デットウィラーが執筆、マクレアリーがデザイン」という説明と、ENnie公式サイトの受賞クレジット「デットウィラー、ステファン・バック、シェイン・アイヴィー」の間では、誰の名が挙がっているかが完全には一致していない。この食い違いを当サイトでは解消できていない。

作品の評価面では、EN Worldのレビューが「五本の粘液触手中五本」という満点評価を与え、「Delta Greenは、標準的なRPG書籍の中で私が見た中で最高のレイアウトとアートを持っているかもしれない」と評している[4]。公式ストアページ自身も、YouTubeレビュー番組Quinns Questによる評を「史上最高のRPGキャンペーン」という言葉で、批評家Paul St John Mackintoshの評を「即座に必要不可欠な、古典的作品」という言葉で紹介しているが、これらは版元自身が選んで掲載した販促用の引用であり、当サイトが両記事の全文を検証したものではない[1]。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

本作が題材とする戯曲『黄衣の王』は、当サイトの既存記事で確認した通り、ロバート・W・チェンバースが1895年に発表した同名短編集の中に登場する架空の書物で、読んだ者を狂気に導くという設定を持つ[8]。この短編集からは、黄の印、ハスター、そして滅びた都市カルコサという固有名詞が生まれた。

ここで押さえておきたいのは、ラヴクラフト自身がこれらの固有名詞をどこまで自作に取り込んだか、という点である。当サイトの[ハスター]記事・[カルコサ]記事によれば、ラヴクラフトが「闇に囁くもの」(1930年執筆/1931年発表)でこれらに触れた際に言及したのは「湖ハリ」「黄の印」「ハスター」の名であり、「カルコサ」という地名そのものはこの作品に登場しない[9][10]。つまりカルコサという固有名詞は、チェンバースからラヴクラフトへ直接受け継がれたのではなく、チェンバースの原典そのものから、後続の作品が繰り返し参照してきたことになる。

Rascal Newsが本作を「チェンバース『黄衣の王』へのオマージュ」と評していたことは前述の通りだが[5]、これは本作がラヴクラフトのわずかな言及を経由してではなく、チェンバースの原典そのものへ立ち返って題材を汲んでいることを示唆している。当サイトが整理する神話の三層の区分に沿えば[11]、本作はケイオシアム社ではなくArc Dream Publishingという別の版元が手がける、独立した公式ライセンスTRPGの作品であり、第3層(TRPG設定)に位置づけられる。だが同時に、その第3層の内容は、第2層(ダーレス以降の拡張)を経由せず、チェンバースという、ラヴクラフト自身の神話よりも古い原典に直接立ち返っている点で、他の多くのTRPG拡張とは異なる系譜を持つ。

そもそもDelta Greenという設定自体、当サイトの既存記事で確認した通り、1992年にジョン・スコット・タインズが同人誌『The Unspeakable Oath』に発表したシナリオ「Convergence」に始まり、デットウィラーらの手で独立したゲームへと育っていった経緯を持つ[12]。その生みの親の一人であるデットウィラー自身が、約30年後に自ら執筆したキャンペーンで、ラヴクラフトの神話体系ではなくチェンバースの原典に直接向き合ったという点は、この作品の位置づけを考えるうえで見過ごせない。

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出典

  • [1] Arc Dream Publishing公式ストアページ「Delta Green: Impossible Landscapes (hardback)」(2026年9月13日確認)。著者デニス・デットウィラー、価格64.99ドル、商品コードAPU8145であること、ハードカバーに無料PDF版と100点のデジタルハンドアウトが付属すること、本作がDelta Green: The Role-Playing Game初のキャンペーンであり「数十年にまたがる四つの作戦」で構成されること、新しい存在・アーティファクト・魔導書・NPC・シュールな恐怖のルールが追加されること、商品説明の冒頭に「and your world is a lie. A horror freed from an antique book reverberates through reality, shaking things, reordering them and making them run like wax.」「the King waits in the country of Carcosa」という文言があること、Quinns QuestとPaul St John Mackintoshの評が販促文として引用されていること、実況配信タイトルおよびファン投稿を通じて第一作戦が「The Night Floors」と呼ばれていることを確認。https://shop.arcdream.com/products/delta-green-impossible-landscapes ↩
  • [2] Studio 2 Publishing(Arc Dream作品を扱う卸販売代理店)商品ページ「Delta Green: Impossible Landscapes」(商品コードAPU8145、2026年9月13日確認)。本書が「368ページ・フルカラーのハードカバー・キャンペーンブック」であることの記載を確認。https://studio2publishing.com/products/delta-green-impossible-landscapes ↩
  • [3] 当サイト「Delta Green: Agent’s Handbook」記事(https://shinenshoka.com/reviews/delta-green/)。現代アメリカの非公式な政府機関「デルタグリーン」を舞台にした基本ルールブックであることの記載を確認。 ↩
  • [4] EN World「Campaign Kickoff: Impossible Landscapes」(Charles Dunwoody、2021年9月16日、2026年9月13日確認)。本作が「(PDFのみ)」の状態で流通していたこと、四つの連作の最初が1990年代から始まり次が2015年まで時代を飛ばすこと、「シュールな恐怖」の概念、「五本の粘液触手中五本」の評価、「Delta Greenは標準的なRPG書籍の中で最高のレイアウトとアートを持っているかもしれない」という評、時間旅行・異世界渡航・現実の歪み・72体の悪魔などの要素が含まれるという記載を確認。https://www.enworld.org/threads/campaign-kickoff-impossible-landscapes.682527/ ↩
  • [5] Rascal News「You, Me, and The King in Yellow」(Thomas Manuel、2025年6月6日、2026年9月13日確認)。本作が「デットウィラーによるロバート・チェンバース『黄衣の王』へのオマージュ」と評されていること、評論家リン・カーターによる『黄衣の王』評、本作のもう一つの参照元として『マスクス・オブ・ナイアーラトテップ』が挙げられていること、行方不明の女性アビゲイルをめぐる捜査から始まり、捜査員たちが徐々にカルコサの論理に沿って考え始めるという展開の記載を確認(この先の展開は同記事も有料会員限定として伏せている)。https://www.rascal.news/you-me-and-the-king-in-yellow/ ↩
  • [6] Delta Green公式サイト(delta-green.com)ブログ記事「’Impossible Landscapes’ Wins Delta Green’s 13th ENnie Award」(2022年8月5日公開、現URLは404のためWayback Machineの2022年9月11日保存分で確認)。デニス・デットウィラーが執筆しジェン・マクレアリーがデザインを手がけたこと、レイアウト・デザイン部門の金賞を受賞したこと、これがDelta Greenシリーズ通算13回目のENnie賞であり、1996年のOrigins賞以来シリーズ全体で3つのOrigins賞を獲得してきたことの記載を確認。https://web.archive.org/web/20220911114036/https://www.delta-green.com/2022/08/impossible-landscapes-wins-delta-greens-13th-ennie-award/ ↩
  • [7] ENnie Awards公式サイト「2022 Nominees and Winners」(2026年9月13日確認)。「Best Layout and Design」部門の金賞に『Delta Green: Impossible Landscapes』(Arc Dream Publishing)があり、クレジットとして「Dennis Detwiller, Stephen Buck, Shane Ivey」の3名が記載されていることを確認。https://ennie-awards.com/portfolio-item/2022-nominees-and-winners/ ↩
  • [8] 当サイト「黄衣の王(戯曲)」記事(https://shinenshoka.com/tomes/king-in-yellow-play/)。ロバート・W・チェンバースが1895年に発表した同名短編集に登場する架空の戯曲であり、読んだ者を狂気に導く書物として描かれることの記載を確認。 ↩
  • [9] 当サイト「ハスター」記事(https://shinenshoka.com/deities/hastur/)。ラヴクラフト「闇に囁くもの」(1930年執筆/1931年発表)が、教団と黄の印に結びつく短い言及としてハスターの名を神話に編入したことの記載を確認。 ↩
  • [10] 当サイト「カルコサ」記事(https://shinenshoka.com/locations/carcosa/)。「闇に囁くもの」でラヴクラフトが「湖ハリ」「黄の印」「ハスター」の名に触れる一方、カルコサの名そのものは同作に登場しないことの記載を確認。 ↩
  • [11] 当サイト「原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話」記事(https://shinenshoka.com/trpg/mythos-three-layers/)。原典・ダーレス系拡張・TRPG設定という3層の区分と、それぞれの成立事情の記載を確認。 ↩
  • [12] 当サイト「デルタグリーン入門」記事(https://shinenshoka.com/trpg/delta-green-intro/)。Delta Greenの設定が、ジョン・スコット・タインズが1992年に同人誌『The Unspeakable Oath』へ発表したシナリオ「Convergence」に始まり、デニス・デットウィラーらの手で作り上げられていったことの記載を確認。 ↩

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