小説 — The Black Stone

黒の碑

ハンガリーの寒村に伝わる黒い石碑を訪ねた学者が、夏至の夜に異形の儀式を目撃する。ハワードのクトゥルフ神話作品を代表する一編。

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黒の碑

「古き時代の穢れしものどもは、今なお/世界の暗く忘れられた片隅に潜んでいるという。/そしていくつかの夜には、いまも門が開き/地獄に閉じ込められしものどもを解き放つのだ。」

— ロバート・E・ハワード「黒の碑」(Weird Tales、1931年11月号)巻頭、劇中詩人ジャスティン・ジェフリーの詩からのエピグラフ

編集部注(著作権について): 本記事が扱う『黒の碑』(1931年「ウィアード・テイルズ」誌11月号掲載)は、英語版ウィキソースが「米国において2027年まで著作権継続(更新登録番号R230427)」と明記しており、パブリックドメインとは断定できません。本記事は原文からの引用を行わず、あらすじ・論評のみで構成しています。

概要

ハンガリーの寒村に伝わる不気味な黒い石碑を訪ねた学者が、夏至の夜に目撃する異形の儀式を描く一編。ハワード単独名義の作品の中で最も直接的にクトゥルフ神話へ接続するとされ、禁書『無名祭祀』とその著者フォン・ユンツトを本格的に描写した記念碑的作品。

作品情報

  • 原題: The Black Stone
  • 執筆・発表年: 1931年発表(「ウィアード・テイルズ」誌11月号)
  • 主題タグ: 禁断の書『無名祭祀』、夏至の夜の禁忌儀式、蟇蛙状の怪物

登場神格・用語

あらすじ

無名の学者である語り手は、フリードリッヒ・フォン・ユンツトの禁断の書『無名祭祀』の中でハンガリーの寒村ストレゴイカヴァルに伝わる奇怪な黒い石碑の記述を目にし、現地へ赴く。夏至の夜、石碑の周りで異形の踊り手たちが人身供犠を捧げ、蟇蛙に似た怪物を呼び出す禁忌の儀式を目撃する。後にトルコ人役人の記録から、その正体が悪霊崇拝と結びついた古い信仰であったことを知り、恐怖のうちに現地を去る。S・T・ジョシイはこの蟇蛙状の怪物をツァトゥグァである可能性が高いと指摘している。ジョシイはさらに、本作を「ハワードが唯一明示的にクトゥルフ神話へ踏み込んだ作品」と評しており、ハワードの他の怪奇小説群とは一線を画す位置づけを与えている。

読みどころと注目テーマ

禁書『無名祭祀』とその著者フォン・ユンツトの本格的な描写、夏至の夜に繰り広げられる禁忌の儀式、学者による現地調査という枠組みが本作の読みどころである。とりわけ『無名祭祀』は、本作と同年発表の「夜の末裔」において英題「Nameless Cults(名も無き祭祀)」として初めて登場した架空の魔導書であり、本作でハンガリー語の題名として結晶化した後、ラヴクラフト自身の手によってドイツ語題『Unaussprechlichen Kulten』へと磨き上げられていくという成立の経緯そのものが興味深い読みどころとなっている。荒野の一軒家で禁書と対峙する孤独な学者、月明かりの下で繰り広げられる集団儀式、そして異形の存在が召喚される瞬間の緊張感は、ハワードが得意とした剣戟活劇とはまったく異なる、静かで陰惨な恐怖の描き方を示している。

執筆背景と影響

ハワード単独名義の作品の中で最も直接的にクトゥルフ神話へ接続するとされ、批評家ワインバーグとバーグランドからは「ラヴクラフト以外の作者による最良の神話作品」と評されることもある。フォン・ユンツトと『無名祭祀』はこの後、「屋根の上に」「夜の末裔」など複数のハワード作品を貫く共通の装置として繰り返し登場する。この架空の魔導書は元来ハワードの英語題『Nameless Cults(名も無き祭祀)』として着想されたが、ドイツ人という設定の著者フォン・ユンツトに似つかわしいドイツ語の題名が必要だと考えたラヴクラフトが、ドイツ語を解さなかったため弟子格のオーガスト・ダーレスに翻訳を依頼し、ダーレスが提案した『Unaussprechlichen Kulten(言語に絶する祭祀)』という題名が定着した、という成立過程が知られている。以後ダーレスをはじめとするラヴクラフト・サークルの作家たちが、この書物と著者フォン・ユンツトの双方を自作に取り込み、共有神話内の設定として拡張していった。作中では物語内の架空の書誌情報として、1839年にデュッセルドルフで刊行されたドイツ語初版(千部未満)、1845年にロンドンのブライドウォール社から出た誤訳の多い英語版、1909年にニューヨークのゴールデン・ゴブリン社から刊行された高価な削除版という三段階の刊行史が語り継がれており、架空の書物に架空の出版史を与えるというラヴクラフト・サークル特有の遊び心が本作の系譜からも見て取れる。著者ロバート・E・ハワードは1930年にラヴクラフトへ賞賛の手紙を送ったことをきっかけに終生続く文通を始めたが、1936年6月11日、末期の病に伏した母親が意識を取り戻さないと知らされた直後に自ら命を絶ち、30歳で世を去った。

出典

本作は米国において2027年まで著作権が継続しており、パブリックドメインであるとは断定できないため、原文からの引用は行っていません。以下は書誌的事実についての出典です。

  • [1] 本作の初出は「ウィアード・テイルズ」誌1931年11月号(ISFDB Title Record #65105、「Cthulhu Mythos Tales」シリーズに分類)。— 出典: ISFDB「The Black Stone」title record, 該当ページ
  • [2] S・T・ジョシイは本作を「ハワードが唯一明示的にクトゥルフ神話へ踏み込んだ作品」と評しており、蟇蛙状の怪物はクラーク・アシュトン・スミス創造のツァトゥグァである可能性が高いと指摘している。ワインバーグとバーグランドは本作を「ラヴクラフト以外の作者による最良の神話作品」と評した。— 出典: Wikipedia「The Black Stone」, 該当ページ
  • [3] 『無名祭祀』は元来ハワードの英語題『Nameless Cults』として1931年の「夜の末裔」と本作に初出し、ドイツ語を解さないラヴクラフトがオーガスト・ダーレスに翻訳を依頼して『Unaussprechlichen Kulten』の題が定着した。ダーレスら後続作家がこの書物と著者フォン・ユンツトを自作へ取り込み拡張した。— 出典: Wikipedia「Unaussprechlichen Kulten」, 該当ページ
  • [4] ロバート・E・ハワード(1906年1月22日-1936年6月11日)は、1930年にラヴクラフトへ送った賞賛の手紙をきっかけに終生続く文通を始め、「ラヴクラフト・サークル」の一員となった。1936年6月11日、末期のがんで意識を取り戻すことのなかった母の枕元で自ら命を絶ち、母は翌日死去、二人の合同葬儀が同月14日に営まれた。— 出典: Wikipedia「Robert E. Howard」, 該当ページ
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