映画祭(上映作品発表) — 31st Annual H. P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon

第31回 H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon

2026年10月2日から4日、ポートランドで開催される第31回H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuConの上映ラインナップが公式サイトで公開された。長編『Frogman Returns』に加え、原典と同題材の短編『The Hound』、公式が原典クレジットを明記する『Dormant』、チェンバーズ由来の「黄衣の王」を扱う『Favela Amarela』など、原典への向き合い方が異なる短編が並ぶ。

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概要

H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuConの公式サイトが、2026年開催回の上映作品リストを公開した[1]。会期は2026年10月2日(金)19:00から10月4日(日)11:00まで、会場は例年通りポートランド(オレゴン州)のハリウッド・シアター(Hollywood Theatre)[1]。公式サイトのイベント表記によれば、これは「31st Annual H. P. Lovecraft Film Festival」、すなわち第31回にあたる[2]。リストは開催まで随時更新される予定で、現時点で長編1本、短編20本前後が掲載されている[1]。

開催概要

長編作品には、Anthony Cousins監督『Frogman Returns』(2026年・アメリカ・76分)が挙がっている。公式あらすじは「There’s unfinished business in Loveland. Dallas, Amy and Frogman are back to settle the score.(ラヴランドにはまだ片付いていない因縁がある。ダラス、エイミー、フロッグマンが決着をつけに戻ってくる)」というもので、2023年の前作『Frogman』の続編にあたる[1]。短編部門は世界各国からの応募作で構成されており、その中でも原作との距離の取り方が対照的な3本――セルビアの『The Hound』、ロシアの『Dormant』、ブラジルの『Favela Amarela』――に注目したい。

短編『The Hound』——原典と同題、のちに公式が翻案と明記

Mihajlo Dragas監督(セルビア)の『The Hound』は13分、2026年制作、今回が米国プレミア(US Premiere)にあたる[1]。公式あらすじは次の通り。「Two decadent grave robbers, obsessed with death and forbidden relics, steal an amulet from an ancient tomb. Haunted by nightmares, guilt, and the distant howling of an unseen beast, the men find themselves pursued by a terror that refuses to remain buried.(死と禁じられた遺物に取り憑かれた二人の墓荒らしが、古代の墓から護符を盗み出す。悪夢と罪悪感、そして姿の見えない獣の遠吠えに苛まれながら、二人は葬られたはずの恐怖に追われることになる)」[1]。

ラヴクラフトには1922年発表の同題の短編「猟犬」(The Hound)がある。当サイトでも扱っているこの原作は、退廃した二人の盗掘者が墓を暴いて護符を持ち帰った結果、正体不明の獣の遠吠えに追い詰められていく物語であり(「猟犬」原典)、映画版のあらすじと骨格が驚くほど一致する。上映作品リストが公開された時点の作品紹介には、”Lovecraft”や”based on”、”adaptation”といった原作関係を示す語は登場しなかった。当サイトも当初は「原典と同題・同題材」という事実だけを述べるにとどめていた。その後、2026年9月に公式の上映スケジュールが掲載されると、作品ページには「literary adaptation(文学作品の翻案)」のタグが付き、上映枠の紹介文も本作を「animated Lovecraft adaptations(ラヴクラフト作品のアニメ翻案)」の1本と明記した[4][5]。公式の記載に合わせ、当サイトは本作を「猟犬」の翻案として扱う。上映枠と配信版の詳細は上映スケジュールの記事にまとめた。

短編『Dormant』——公式が原典クレジットを明記する数少ない例

Cris Gavrilova監督(ロシア)の『Dormant』は5分、2026年制作。公式あらすじには、他の作品には見られない明確な一文がある。「What if reality is not what it seems? On a winter night, a taxi driver picks up a silent stranger and drives her along an empty road. Accompanied by H. P. Lovecraft’s Beyond the Wall of Sleep, the familiar world begins to fracture — and something ancient surfaces through its fabric.(もし現実が見た目通りではないとしたら? 冬の夜、あるタクシー運転手が無言の見知らぬ女を乗せ、人けのない道を走る。H・P・ラヴクラフトの「眠りの壁の彼方」を伴いながら、見慣れた世界に亀裂が入り始め、太古の何かがその隙間から姿を現す)」[1]。

「Accompanied by(〜を伴って)」という言い回しは婉曲だが、原作のタイトルを明記している以上、これは公式が認めた形での原典参照と扱ってよい。当サイトが扱う原作「眠りの壁の彼方」は、粗野な山間の男が見知らぬ夢の中で宇宙的な知性と接触する物語で(「眠りの壁の彼方」原典)、タクシーという密室で「見知らぬ他者」と対峙する今回の翻案は、原作の核にある「他者の意識に触れることで日常が崩れる」という構図を、乗り物という別の密室に置き換えたものと読める。

短編『Favela Amarela』——チェンバーズが生み「黄衣の王」、ラヴクラフトが後から取り込んだ設定

Nícolas Lobato・Thiago Tuchu両監督(ブラジル)の『Favela Amarela(黄色いスラム)』は20分、2026年制作。あらすじは、大学の学費のためリオデジャネイロのファヴェーラでギャングに加わった青年ダミオンが、夜勤中に森へ向かうフード姿の集団を目撃し、有力政治家と結びついたNGOが「黄衣の王(King in Yellow)」への儀式を隠していることを突き止める、というものだ[1]。

ここで注意したいのは、「黄衣の王」はラヴクラフトの創造物ではないという点だ。この設定はアメリカの作家ロバート・W・チェンバーズが1895年に発表した短編集『The King in Yellow』が初出であり、当時はラヴクラフトの神話体系とは無関係に存在していた[3]。ラヴクラフトは1927年に発表した自身のエッセイ「文学における超自然の恐怖」(“Supernatural Horror in Literature”)の中でこの短編集を論じ、収録作「The Yellow Sign」に登場する黄色い印が「Hastur」の教団や「Carcosa」に由来するものとして紹介している[3]。つまり「黄衣の王」は、チェンバーズという別の作家が生んだ設定を、ラヴクラフトが自分の神話へ引用したものであり、最初からクトゥルフ神話の一部だったわけではない。

しかもこの系譜はもう一段さかのぼる。チェンバーズが「カルコサ」「ハリ」「ハスター」という名を作った本人でもない。ラヴクラフトは前述のエッセイの中で、チェンバーズについて「the author derives most of the names and allusions connected with his eldritch land of primal memory from the tales of Ambrose Bierce(その太古の記憶の地にまつわる名称・言及の大半を、著者はアンブローズ・ビアスの作品から得ている)」と記しており、同時代の書き手であるラヴクラフト自身がこの借用関係を認識していたことがわかる[3]。「Hali」を含めたこれらの固有名詞がビアスからチェンバーズを経てラヴクラフトの神話体系へ取り込まれた経緯は、英語圏のSF専門事典にも記載がある[3]。整理すると、ビアスが生んだ固有名詞をチェンバーズが「黄衣の王」の世界観へ組み込み、その本をラヴクラフトが読んで自分の神話へさらに引用し、今回の映画が2026年のブラジルからそれを取り上げている。複数の書き手をまたいで積み重なってきた設定だという事実は、「クトゥルフ神話」という括りを一枚岩の創作物として見てしまうと見えなくなる。

神話の三層に置くなら

当サイトは、原典・ダーレス系拡張・TRPG設定という三層でクトゥルフ神話を整理している(原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話)。今回の3本を並べると、原典への向き合い方がそれぞれ異なることがわかる。『Dormant』は公式クレジット付きで原典を参照しており、第1層(原典)の翻案として扱える。『Favela Amarela』が扱う「黄衣の王」は、そもそもの出自がラヴクラフト以前のチェンバーズにあり、ラヴクラフト自身が1927年以降に自作へ引き込んだ経緯を持つ、いわば「原典に取り込まれた外部設定」にあたる。『The Hound』は当初、原作と題名・筋書きが酷似していながら公式に原作関係の明記がなかったが、のちに公式が翻案と明記したため、『Dormant』と同じく第1層(原典)の翻案として扱う。3本が同じ映画祭に並ぶことで、「ラヴクラフト的である」という一言では片付けられない、由来の違う3種類の恐怖が見えてくる。

このラインナップが重要な理由

「ラヴクラフト映画祭」という括りだけを見ると、上映作品はどれも似たような雰囲気のホラーに思える。しかし今回の3短編は、原作を名指しする作品(Dormant)、公式が翻案と明記した作品(The Hound)、原作そのものではなく原作が取り込んだ別作家の設定を使う作品(Favela Amarela)と、「ラヴクラフトとの距離」がそれぞれ異なる。この違いを区別せずに「原作ラヴクラフトの短編集を映像化」のように一括して紹介する報道は少なくないが、当サイトでは公式サイトの記述に基づいて、どこまでが確認できる事実で、どこからが観客の連想なのかを分けて記録しておきたい。

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出典

  • [1] 2026年開催回の上映作品ラインナップ。会期(2026年10月2日19:00~10月4日11:00)、会場(Hollywood Theatre, Portland, OR)、長編『Frogman Returns』(Anthony Cousins監督・76分・2026年・アメリカ)のあらすじ、短編『The Hound』(Mihajlo Dragas監督・セルビア・13分・2026年・US Premiere)のあらすじ、短編『Dormant』(Cris Gavrilova監督・ロシア・5分・2026年、”Accompanied by H. P. Lovecraft’s Beyond the Wall of Sleep”の記載)のあらすじ、短編『Favela Amarela』(Nícolas Lobato・Thiago Tuchu監督・ブラジル・20分・2026年、”rituals devoted to the King in Yellow”の記載)のあらすじが掲載されている — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon公式サイト, hplfilmfestival.com ↩
  • [2] 2026年開催回が「31st Annual H. P. Lovecraft Film Festival」であること、会期が”Fri, Oct 2 2026 to Sun, Oct 4 2026″であることが記載されている — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon公式サイト, hplfilmfestival.com ↩
  • [3] ラヴクラフトが自身のエッセイ「文学における超自然の恐怖」(“Supernatural Horror in Literature”, 1927年, The Recluse誌初出)の中で、チェンバーズの短編集『The King in Yellow』(1895年)、収録作「The Yellow Sign」に登場する「Hastur」の教団と「Carcosa」について論じ、「the author derives most of the names and allusions connected with his eldritch land of primal memory from the tales of Ambrose Bierce」(チェンバーズはこれらの名称・言及の大半をアンブローズ・ビアスの作品から得ている)と記していることを、本文で確認した — H. P. Lovecraft, “Supernatural Horror in Literature”, hplovecraft.com。「Carcosa」「Hali」「Hastur」がアンブローズ・ビアスからロバート・W・チェンバーズの『The King in Yellow』(1895年)を経てラヴクラフトの神話体系(Cthulhu Mythos)へ借用されたことが記載されている — “Cthulhu Mythos”, The Encyclopedia of Science Fiction, sf-encyclopedia.com ↩
  • [4] 『The Hound』作品ページ。Tags: animated, literary adaptation、US Premiere、Directed by Mihajlo Dragas、13 mins、2026、Serbia — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon公式サイト, hplfilmfestival.com ↩
  • [5] 「Animated Adaptations: The Hound & Beast in the Cave」の上映枠。「Feast your eyes on TWO animated Lovecraft adaptations in two different styles! First, “The Hound,” from Serbia」 — 同公式サイト, hplfilmfestival.com ↩

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