概要
『祭り』は、H・P・ラヴクラフトが1923年に執筆し、1925年に『Weird Tales』誌に発表した短編です。舞台となる架空の町キングスポートは、後の作品にも繰り返し登場するラヴクラフトのニューイングランド系都市の一つとして、本作でも重要な役割を果たします(初出は別作品「恐ろしい老人」1921年発表)。物語は一人称の語り手による報告体で綴られ、「先祖の血が呼ぶ」という一族の因縁と、雪に閉ざされた古都の静けさが徐々に恐怖へと反転していく構成をとる。冒頭でラクタンティウスの言葉が引用され[1]、悪魔が実在しないものをあたかも実在するかのように人の目に見せるという主題が、物語全体を貫く不安定な現実感の伏線になっている。
登場神格・用語
- ネクロノミコン(初出典)
あらすじと構成
語り手は、一族の言い伝えに従い、クリスマスの夜に先祖の故郷キングスポートを訪れる。人々がクリスマスと呼びながらも心の底ではベツレヘムやバビロンよりも古いものと知っているこの祭りは[2]、一世紀に一度、一族の末裔が立ち会うよう定められた秘密の儀式だった。雪に覆われたキングスポートの町並みと、そこに住む寡黙な人々の異様な静けさに違和感を覚えながらも、語り手は先祖代々の家を訪ね、言葉を発しない老人に迎えられる。老人は蝋のように動かない顔で歓迎の意を筆談で伝え、語り手を古めかしい部屋に通す。そこには『ネクロノミコン』を含む禁断の書物が積まれており、老モリスターの『科学の驚異』、1681年刊のジョゼフ・グランヴィル『勝ち誇るサドカイ主義』、1595年リヨン刊のレミギウスの『魔女弾劾論』といった、いずれも実在する近世の魔女学・悪魔学文献とともに置かれている。語り手はその中でも「狂気の学者アブドゥル・アルハズラード」による『ネクロノミコン』の一節に読みふけるうち、正気を保てないほどの恐ろしい思考と伝承に触れ、名状しがたい不安に取り憑かれていく。
深夜、老人と老婦人に導かれ、語り手はフードを被った無言の群衆とともに丘の上の白い教会へ向かう。行列は教会の地下納骨堂から、さらに山の奥深くへと続く螺旋階段を延々と下っていく。たどり着いた先には、毒々しい緑色の炎を噴き上げる柱と油じみた地下河川が広がる巨大な洞窟があり、集った者たちはその周りで太古のユール祭を執り行っていた。やがて洞窟の闇から、翼を持つ雑種の生物の群れが河をさかのぼって現れ、参加者たちはそれにまたがって暗黒の奥へと乗り去っていく。語り手が乗ることを拒むと、老人は自分こそ一族の正統な代理人であると筆談で告げ、語り手の家紋が刻まれた印章指輪と懐中時計を証拠として示すが、その時計は1698年に語り手の高祖父とともに埋葬されたはずのものだった。老人が動物を止めようと身を翻した拍子に、蝋の仮面が本来頭であるはずの場所からずれ落ちる[3]。逃げ場を失った語り手は、悲鳴を上げながら地下を流れる油じみた川へ身を投げる。
語り手は翌朝、キングスポート港で凍えかけているところを漂流物にすがった状態で発見される。病院で語り手が目にしたのは、五軒に一軒ほどしか古びておらず、路面電車と自動車の走る音が聞こえる、まったく別の「現代の」キングスポートだった[4]。医師たちはこれを「精神症」と呼び、語り手をアーカムのセント・メアリー病院へ移す。そこで語り手は改めてミスカトニック大学所蔵の『ネクロノミコン』を読み、自分が見た光景がその書物の記述と符合することに気づき、二度と忘れられない恐怖として胸に刻む。
作品としての位置づけ
本作はラヴクラフト自身が後に「ネクロノミコン」という架空の魔道書に言及する最初期の作品の一つでもあり、クトゥルフ神話の世界観形成において重要な位置を占めている。雪に閉ざされた町の静寂と、地下祭祀のグロテスクな対比が生む恐怖演出は、後年の『ダニッチの怪』や『インスマスを覆う影』にも通じる手法である。語り手が最後に目撃するものが幻覚だったのか、それとも「現代のキングスポート」の方こそ何らかの錯覚だったのかを明言しない構成は、後年ラヴクラフトが多用する「信頼できない語り手」の技法の先駆けともいえる。1930年以前の初出であるため、米国・日本双方で著作権保護期間が満了したパブリックドメイン作品である。
出典
- [1] “Efficiunt Daemones, ut quae non sunt, sic tamen quasi sint, conspicienda hominibus exhibeant.”(訳: 「悪魔たちは、実在しないものを、あたかも実在するかのように人間の目に見せる」) — Lactantius(ラクタンティウス、本作冒頭の題辞として引用), H. P. Lovecraft, “The Festival”(1923年執筆/1925年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “It was the Yuletide, that men call Christmas though they know in their hearts it is older than Bethlehem and Babylon, older than Memphis and mankind.”(訳: 「それはユールタイドであった。人々はそれをクリスマスと呼ぶが、心の底では、それがベツレヘムやバビロンよりも、メンフィスや人類そのものよりも古いものであることを知っている」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “…so that the suddenness of his motion dislodged the waxen mask from what should have been his head.”(訳: 「その動きがあまりに急だったため、本来頭であるはずの場所から蝋の仮面がずれ落ちた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] “Everything was wrong, with the broad window shewing a sea of roofs in which only about one in five was ancient, and the sound of trolleys and motors in the streets below.”(訳: 「何もかもが違っていた。広い窓から見える屋根の海は、五軒に一軒ほどしか古びておらず、下の通りからは路面電車と自動車の音が聞こえてきた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩



