概要
ロバート・W・チェンバースの短編集『黄衣の王』(The King in Yellow, 1895)所収の一編「黄の印」に登場する不吉な象徴。作中では、正体不明の不気味な教会守の男の出現と結びつき、画家である語り手とモデルの女性テシーを精神的に追い詰めていく標として描かれる。
原典での描写
「名誉修理者」(The Repairer of Reputations、1895年発表)
陰謀の黒幕であるワイルド氏は、すでに一万人の男たちと連絡を取り、四十八時間で州全体が決起すると語り手ヒルドレッドに告げ、従わない地域には「黄の印を送らない」と言い切る。名簿に載った者は皆すでに黄の印を受け取っており、生きている人間で誰もそれを無視できないものとして描かれる。ヒルドレッドは路上で出会った物乞いに黄の印を刷った紙切れを手渡し、従兄弟ルイスには黄の印の記された巻物を突きつけて忠誠を迫る。物語の結末では、黄の印を刺繍した白絹の衣をまとい、宝冠をかぶった彼が「私は王だ」と宣言する場面で幕を閉じる[1]。
「黄の印」(The Yellow Sign、1895年発表)
画家である語り手は、教会の墓地に立つ、蒼白く膨れた顔の教会守を繰り返し目にする。ある晩、その男の声が窓の外から三度「黄の印を見出したか」と問う夢にうなされる。モデルのテシーは、語り手が身につける黒瑪瑙の留め金——「黄の印だと知れた」意匠が象嵌された品——を火に投げ込むよう懇願するが、語り手はそれができない。結末部、教会守はどんな鍵も閂も拒まずに部屋へ入り込み、テシーを死なせ、留め金を語り手から引き剥がして立ち去る[1]。
印と戯曲『黄衣の王』の関係
「黄の印」の終盤、瑪瑙の留め金を挟んで語り手とテシーが語り合う話題は、王と蒼白の仮面、ハスターとカシルダ、ヒアデスの神秘、ハリの湖の波にまで及ぶ。「名誉修理者」でも、衣と冠を身につけたヒルドレッドは自らを「ハスターにおける我が権利によって王」「ヒアデスの神秘を知るがゆえに王」と語る。印を手にする、あるいは受け取る場面は、いずれも戯曲『黄衣の王』の世界を彩る固有名詞と地続きに置かれている[1]。
「闇に囁くもの」(1930年2月24日~9月26日執筆)
本作(闇に囁くもの)で黄の印の名が現れるのは2箇所で、独立した描写は伴わない。1箇所目は、語り手が読む記録の中で、ユゴス、大いなるクトゥルフ、ツァトゥグァ、ヨグ=ソトース、ルルイエ、ニャルラトホテプ、アザトース、ハスター、ハリの湖などと並ぶ、禁忌の名の列挙に含まれる形で挙げられるにとどまる。2箇所目は、正体不明の存在が「神秘の学に通じたあなたのような人物になら、彼らをハスターと黄の印に結びつけて言えば分かるはずだ」と告げ、アウター・ワンズを追う秘密結社に言及する場面で、印そのものの姿や機能は説明されない[2]。
基本プロフィール
- 分類: 象徴・標
- 欧文表記: THE YELLOW SIGN
- 初出・出典: 「黄の印」(The Yellow Sign)、短編集『黄衣の王』所収(1895年発表)
由来と歴史 / 詳細設定
語り手は、蛆虫を思わせる不快な印象を与える教会守の男の姿を繰り返し見かけるようになる。同じ頃、彼は戯曲『黄衣の王』の禁断の一冊を自室に見出すが、その恐ろしさを知る彼は決してこれを開くまいと固く心に決めていた。作中で交わされる「黄の印を見出したか(Have you found the Yellow Sign?)」という問いかけが、繰り返し不吉な調子で物語に響く。
性質と影響
「黄の印」は、同じ短編集に収められた戯曲『黄衣の王』本体、都市カルコサ、湖ハリ、そして王ハスターといった固有名詞群とともに、後世のクトゥルフ神話に取り込まれた代表的な要素の一つとなった。ラヴクラフト自身の『闇に囁くもの』(1931年)には「湖ハリ」「黄の印」「ハスター」への言及があり、両者の世界観が接続される契機となっている。
関連する用語
出典
- [1] Robert W. Chambers, “The King in Yellow”(1895年)。Project Gutenberg 公開テキスト(eBook #8492)による。「黄の印を送らない」「生きている人間で、それを無視して構わないと思う者はいない」「ハスターにおける我が権利によって王」「ヒアデスの神秘を知るがゆえに王」(「名誉修理者」)、「黄の印を見出したか」「黄の印だと知れた」(「黄の印」)の各記述はいずれも同テキストによる https://www.gutenberg.org/ebooks/8492
- [2] H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”(1930年2月24日~9月26日執筆)。The H. P. Lovecraft Archive の公開テキストによる https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/wid.aspx
次に読むなら
- 初出作品を読む → 「黄の印」
- 黄の印と結びつく神格を知る → ハスター
- 物語の舞台カルコサを知る → カルコサ
- 『黄衣の王』の作者を知る → ロバート・W・チェンバース



