概要
イタカは、H・P・ラヴクラフトの存命中にオーガスト・ダーレスが創造した旧支配者である。名の初出とされる「イタカ」という綴りそのものは1933年の短編「風に乗りて歩むもの」(The Thing That Walked on the Wind)の本文には現れず、作中でこの存在は終始「ウィンド・ウォーカー(Wind-Walker)」「風の王(Lord of the Winds)」と呼ばれている[2][3]。「イタカ」の綴りが実際に使われる作品としては1941年発表とされる短編「イタカ」(“Ithaqua”、Strange Stories誌掲載)が挙げられることが多いが、当サイトではこの作品の本文を入手できておらず、確認していない。
単なる怪物としてではなく、極限の寒冷地が人間の精神に及ぼす作用そのものを体現する存在として設定されている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 旧支配者(ケイオシアム社のTRPG設定による) |
| 欧文表記 | ITHAQUA |
| 初出 | オーガスト・ダーレス「風に乗りて歩むもの」(1933年)。ただし本文中の呼称は「ウィンド・ウォーカー」[2][3] |
| 元になった作品 | アルジャーノン・ブラックウッド「ウェンディゴ」(1910年)。ラヴクラフト自身が評論で言及している[1] |
| 象徴するテーマ | 冷気、極北、追放、変容 |
| 支配領域とされる場所 | 北アメリカ極北地帯、シベリア、北極圏周辺 |
| 崇拝者とされる存在 | エスキモー民族、狂信者、隔絶された部落 |
初出作品
「イタカ」という名前は、クトゥルフ神話の外にある怪奇小説の系譜と関わりがあるとされる。
H・P・ラヴクラフトは評論「文学における超自然の恐怖」の中で、アルジャーノン・ブラックウッドの中編「ウェンディゴ」に触れ、「北の森の木こりたちが夜ごとささやき合う、巨大な森の魔物についての恐ろしい証跡に直面させられる」作品であり、「ある種の足跡が語る、ある種の信じがたい事柄の描き方はまさに技巧の勝利である」と評している[1]。ブラックウッドの原作本文そのものは、当サイトでは公式に閲覧できる一次資料の範囲では確認していない。
「イタカ」という神格そのものの初出は、オーガスト・ダーレスの短編「風に乗りて歩むもの」(1933年)である。ただし本文中でこの存在は「ウィンド・ウォーカー」「風の王」とだけ呼ばれ、「イタカ」という綴りは一度も現れない。作中では、この存在は失われた「レン高原(Leng)」から生まれた「古きもの」「精霊(elemental)」の一種とされ、登場人物の一人が譫言の中で「ブラックウッドはこうしたことを書いている」と口にする場面もある[2]。ラヴクラフト自身はこの創造に関わっていない。
原典での描写
H・P・ラヴクラフト自身の作品に、イタカが登場する箇所は無い。
イタカはラヴクラフトの存命中にオーガスト・ダーレスが創造した神格であり、ラヴクラフト本人の原典コーパスには含まれない。原典に基づく描写は存在しないため、この見出しで示せる内容は無い。
ダーレス以降の変化
見出しの都合上「ダーレス以降の変化」としているが、イタカの設定はほぼすべてダーレス自身による創作である(前項の通り、ラヴクラフト自身の原典にイタカは登場しない)。
「風に乗りて歩むもの」の作中、この存在(ウィンド・ウォーカー)は、夜空の星々を覆い隠す巨大な人間の輪郭をした影として目撃され、その頭にあたる位置には星のように輝く二つの光が「まるで眼のように」見えたと語られる[4]。現場には、人間の足に似ているが水かきがあり、明らかに巨人のものと分かる大きさの足跡が残されていたという[5]。物語の終盤、失踪者の遺品から見つかった黄金の飾り板には「風の上を歩む地獄の怪物」の姿が刻まれていたと描写される[6]。
活動域は物語ではカナダ奥地(マニトバ州)や北極圏に近い荒野で、村人たちがこの存在に人身御供を捧げる信仰を持っていたと描かれる。作中の村スティルウォーターでは、宿屋の娘がこの存在への生贄に選ばれたとして逃げ出そうとする場面がある[3]。連れ去られた巡査は3月に姿を消し、10月に雪の中で遺体となって発見されるという展開になっている[7]。医師の一人は、長くこの存在のもとで極寒に順応した体になっていたため、常人にとっての暖かさが逆に命取りになったのではないかと推測する。だが正式な検死報告は単に「寒さへの曝露」を死因としており、作中の説明は一つに定まらない。
連れ去る相手を選ぶ基準や、生還した者のその後の詳しい扱いについては、今回参照した範囲の本文では確認できていない。
ダーレスの狙いは、自然そのものを人格を持つ脅威として描くことにあったと考えられるが、これは本稿の推測であり、作中に明記された制作意図ではない。ダーレスはイタカを、クトゥルフ=水、ハスター=風というように神々を四大元素へ配する体系にも位置づけているが、その体系化がいつ・どの作品で行われたのかは、1933年の本作の本文の扱う範囲を超える話である。
TRPGでの扱い
クトゥルフ神話TRPGの設定でも、イタカは独立した旧支配者として扱われており、北極圏を舞台とする調査シナリオでしばしば言及される対象になっている。
化身の姿、具体的な能力値、崇拝組織の名称といった個別の設定資料については、本稿で参照した範囲では確認できていない。
TRPG層が神話全体に何をしたのかは三層で読み解くクトゥルフ神話にまとめてある。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | この作品が足したもの |
|---|---|---|---|
| ウェンディゴ(The Wendigo) | 1910 | アルジャーノン・ブラックウッド | ラヴクラフト自身が評論で「巨大な森の魔物」を描いた作品として言及。当サイトでは原作本文は未確認[1] |
| 風に乗りて歩むもの(The Thing That Walked on the Wind) | 1933 | オーガスト・ダーレス | 「ウィンド・ウォーカー」としてこの存在を創造。「イタカ」の綴りは本文に登場しない[2][3] |
| 闇に棲むもの(The Dweller in Darkness) | 1944 | オーガスト・ダーレス | 登場人物のメモの中で、正体不明の存在の候補として「イタカ、だろうか?」と一度だけ名が挙がる(推測のまま終わり、確定的な登場ではない)[8] |
関連神格・地域・書物
神格
- ハスター — ダーレスの四大元素体系で同じく「風」に位置づけられる旧支配者。設定上イタカはハスターの系譜に連なるとされるが、両者の具体的な上下関係・系譜については本稿で参照した資料の範囲では確認できていない。ダーレスの体系では、ハスターが心理的・観念的な侵食をもたらす存在として描かれるのに対し、イタカは吹雪と極寒という物理的な脅威として直接人間に作用する点で対比される
- クトゥルフ — 同じ四大元素体系で「水」に位置づけられる旧支配者。イタカ(冷気)との対比でしばしば言及される
地域
- 北アメリカ極北地帯、シベリア、北極圏周辺の針葉樹林帯・荒野 — 気候が異常となり、絶え間ない吹雪に見舞われるとされる支配領域
関連する作品
- アルジャーノン・ブラックウッド『ウェンディゴ』(1910年) — ラヴクラフトが評論「文学における超自然の恐怖」で高く評価した作品[1]。「風に乗りて歩むもの」の作中でも登場人物が「ブラックウッドはこうしたことを書いている」と口にする[2]。ただし当サイトではブラックウッドの原作本文そのものは確認していない
分類の考え方
参考文献
- [1] “Another amazingly potent though less artistically finished tale is ‘The Wendigo’, where we are confronted by horrible evidences of a vast forest daemon about which North Woods lumbermen whisper at evening. The manner in which certain footprints tell certain unbelievable things is really a marked triumph in craftsmanship.”(訳: 「もう一つ、驚くほど迫力がありながら芸術的な完成度ではやや劣る作品が『ウェンディゴ』である。そこでは、北の森の木こりたちが夜ごとささやき合う、巨大な森の魔物についての恐ろしい証跡に直面させられる。ある種の足跡が、ある種の信じがたい事柄を物語るその描き方は、まさに技巧の勝利と言える」) — H. P. Lovecraft, “Supernatural Horror in Literature”, hplovecraft.com
- [2] “Black-wood has written of these things . . . and there are others . . . the old ones, elementals . . . and back to Leng, lost Leng, hidden Leng, whence sprung Wind-Walker.”(訳: 「ブラックウッドはこうしたことを書いている……ほかにもいるのだ……古きもの、精霊たち……そして失われたレン、隠されたレンへと戻る、そこからウィンド・ウォーカーは生まれた」) — August Derleth, “The Thing That Walked on the Wind”, Strange Tales vol. 3, no. 1, 1933年1月, archive.org
- [3] “She had been chosen … to be sacrificed to Wind-Walker, the elemental which the Stillwater people are said to have worshipped.”(訳: 「彼女は……ウィンド・ウォーカーへの生贄に選ばれたのだった。スティルウォーターの人々が崇めていたと言われる精霊である」) — 同上
- [4] “I thought that the ‘cloud’ which had obscured the sky looked curiously like the outline of a great man. And I remember, too, that where the top of the ‘cloud’ must have been … there were two gleaming stars, visible despite the shadow … burning bright — like eyes!”(訳: 「空を覆い隠したその『雲』は、奇妙にも巨大な人間の輪郭のように見えたと思う。そして、その『雲』の頭にあたる位置には……影の中でもなお見える、二つの輝く星があったのを覚えている……まるで眼のように、明るく燃えていた」) — 同上
- [5] “A huge imprint, closely resembling the foot of a man — but certainly a giant — … the foot, though like that of a man, must have been webbed!”(訳: 「人間の足によく似た、しかし明らかに巨人のものと分かる巨大な足跡……その足は人間のもののようでありながら、水かきがあったに違いない」) — 同上
- [6] “The revolting and bestial stone miniature of a hellish monstrosity walking on the winds above the earth!”(訳: 「地上のはるか上、風の上を歩む地獄の怪物を象った、あの忌まわしく獣じみた石の小像だ」) — 同上
- [7] “On the 7th of the following month, Robert Norris vanished without leaving a trace. On the 17th of this October, his body was found deep in a snow bank four miles north of here.”(訳: 「翌月の7日、ロバート・ノリスは痕跡を残さず姿を消した。この10月17日、彼の遺体はここから北へ4マイルの雪だまりの奥深くで発見された」) — 同上
- [8] “It could possibly be more than one, of which only the earth being is occasionally visible. Ithaqua, perhaps?”(訳: 「それは一体だけでなく複数かもしれず、そのうち地の眷属だけが時折目に見えるのかもしれない。イタカ、だろうか?」) — August Derleth, “The Dweller in Darkness”, Weird Tales vol. 38, no. 2, 1944年11月, archive.org
FAQ
Q. イタカはラヴクラフトが生み出した神格ですか。A. 違います。イタカはH・P・ラヴクラフトの存命中にオーガスト・ダーレスが創造した神格で、ラヴクラフト自身の作品にイタカは一度も登場しません。
Q. イタカの元ネタはありますか。A. アルジャーノン・ブラックウッドの中編『ウェンディゴ』(1910年)がしばしば挙げられます。ラヴクラフト自身、評論の中でこの作品を「巨大な森の魔物についての恐ろしい証跡に直面させられる」作品として高く評価しており[1]、ダーレスの「風に乗りて歩むもの」でも登場人物がブラックウッドの名を口にする場面があります[2]。ただし当サイトではブラックウッドの原作本文そのものは確認していません。
Q. イタカという名前は最初の作品から使われていたのですか。A. いいえ。「イタカ」という神格の初出とされる1933年の「風に乗りて歩むもの」の本文では、この存在は終始「ウィンド・ウォーカー」「風の王」と呼ばれ、「イタカ」という綴りは一度も現れません[2][3]。「イタカ」の綴りが実際に使われる作品としては1941年発表とされる短編「イタカ」が挙げられることが多いですが、当サイトではこの作品の本文を確認できていません。
Q. イタカに連れ去られた人間はどうなりますか。A. 「風に乗りて歩むもの」の作中では、連れ去られた巡査が数ヶ月後に雪の中で遺体となって発見される展開が描かれます[7]。医師の一人は、極寒に順応した体になっていたことが死因ではないかと推測しますが、正式な検死報告は単に「寒さへの曝露」としており、作中でも説明は一つに定まっていません。
Q. イタカとハスターはどういう関係ですか。A. ダーレスが神々を四大元素に配した体系の中で、両者はともに「風」に位置づけられています。ただし系譜上の上下関係など詳細な設定は、本稿で参照した資料の範囲では確認できていません。
Q. TRPGでのイタカの扱いは。A. クトゥルフ神話TRPGでは独立した旧支配者として扱われ、北極圏を舞台とする調査シナリオでしばしば言及されます。ただし化身や能力値といった個別の設定資料は、本稿では確認できていません。




