編集部注(層の区分と裏づけの範囲): イダ=ヤーは、H・P・ラヴクラフト本人の作品には登場しない。ラヴクラフト公式サイトが公開する作品一覧にも、この名は見当たらない[3]。当サイトの三層区分はラヴクラフトの死(1937年)より前の発表か後かで分けており、初出は1975年なので、本記事は拡張神話(ダーレス以降)として扱う[1]。以前の版はこの記事を原典(original)に分類していたが、発表年から見て誤りだったため改めた。
裏づけの範囲も先に書く。カーター作品の本文を当サイトは照合していない。著作権の存続する作品で、公開されたスキャンも見つからなかった。誰がいつどこに発表したかという書誌事実は書誌データベースの記録で確認して断定的に記し[1][2]、姿・系譜・信仰といった設定は「とされる」と断って区別する。原文からの引用は行わない。
概要
イダ=ヤーは、クトゥルフの配偶神として位置づけられる存在である。「強大なる母(The Mighty Mother)」「クム=ヤー(Quum-yaa)」とも呼ばれる[4]。リン・カーターが1970年代の連作「ゾス神話群(The Xothic Legend Cycle)」の中で組み立てた、後付けの神格である。
この神格の役どころは、物語の前面に立つことではない。血統の起点である。カーターの体系では、クトゥルフと交わって三柱の子をもうけ、子らが地球へ向かった後もゾス星系に留まったとされる[4]。自ら動くのではなく、他の神格の出自を説明するために置かれた存在——それがイダ=ヤーの構造上の位置である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 旧支配者(カーターによる後年の体系化。当サイトの神格分類で整理した) |
| 欧文表記 | IDH-YAA(異表記: Quum-yaa) |
| 初出 | 「Out of the Ages」(リン・カーター、中編、1975年、アンソロジー『Nameless Places』所収)[1] |
| 三層区分 | 拡張神話(ダーレス以降)。基準は1937年より後の発表であること |
| 別名 | 強大なる母(The Mighty Mother)、クム=ヤー(Quum-yaa)[4] |
| 象徴するテーマ | 母性、外宇宙の双子星、封印された血統 |
| 信仰圏 | 地球上には存在せず、ゾス星系の土着知性体のみが崇拝するとされる[4] |
初出作品
初出は中編「Out of the Ages」で、発表は1975年。収録されたのはアーカム・ハウスのアンソロジー『Nameless Places』で、編者はジェラルド・W・ペイジである[1]。ラヴクラフト作品を世に残すために作られた版元から、その神話を書き継ぐ側の作品が出た形になる。イソグタの初出書『Dark Things』(1971年、ダーレス編)と同じ構図である。
『Nameless Places』は本文viii+279ページのハードカバーで、定価7ドル50セント、ISBNは0-87054-073-4。目次上、「Out of the Ages」は182ページから始まる[5]。
この一冊の顔ぶれは、拡張神話がどう広がっていたかを一目で示している。カーターのほかに、アイホートを生んだラムジー・キャンベル、地を穿つ魔を生んだブライアン・ラムレイ、イドラーを生んだウォルター・C・デビル・ジュニア、そしてゲイリー・マイヤーズやジョゼフ・ペイン・ブレナンらが同じ巻に並んでいる[5]。当サイトがこの数日で出典を付け直してきた神格の作者たちが、1975年のアーカム・ハウスの一冊にほぼ揃っていることになる。神格ごとに別々の話に見えて、書き手の層としては同じ場所にいた。
同作はのちに、ロバート・M・プライスが編んだ決定版『The Xothic Legend Cycle: The Complete Mythos Fiction of Lin Carter』(Chaosium、Cthulhu Cycle叢書第13番、1997年、ISBN 1-56882-078-X、本文xiv+272ページ)に収められた[1][2]。ドイツ語版『Die Xothic-Legenden』(Festa、2004年10月)、および『The Xothic Cycle』(Gateway / Orion、2021年8月)にも入っている[1]。
連作「ゾス神話群」は5編で構成される。当サイトが書誌データベースで確認できた発表順は次のとおりである。
| 原題 | 発表 |
|---|---|
| The Dweller in the Tomb | 1971年 |
| Out of the Ages | 1975年[1] |
| Zoth-Ommog | 1976年 |
| The Thing in the Pit | 1980年8月 |
| The Winfield Heritance | 1981年 |
3番目の作品について、以前の版の本記事は「The Horror in the Gallery(1976年)が後にZoth-Ommogの題で再録された」と書いていたが、順序が逆である。1976年発表時の題が「Zoth-Ommog」で、「The Horror in the Gallery」は後年の収録時の題にあたる。書誌データベース上、後者の記録は1997年付である。詳しくはイソグタの記事に整理した。
ラヴクラフト公式サイトの作品一覧に、イダ=ヤーの名も上記の各作品も含まれない[3]。
原典での描写
原典に、イダ=ヤーの記述は存在しない。ラヴクラフト本人の作品にこの名が登場したことはなく、姿・権能・系譜のいずれについても、ラヴクラフトが書き残したものはない[3]。現在流通しているイダ=ヤー像は、すべてラヴクラフトの死後にリン・カーターが付け加えた層に属する。
ダーレス以降の変化
創造したのはオーガスト・ダーレスではなく、リン・カーターである。以下の設定は、いずれも当サイトが本文を照合していない[4]。
- 系譜。双子星ゾス付近の惑星でクトゥルフと交わり、「悪魔の三位一体」と呼ばれるガタノトーア・イソグタ・ゾス=オムモグ、および娘クティーラを産んだとされる
- 役割の比較。シュブ=ニグラスと「怪物じみた子らの母」という役割を共有する存在として比較されることがあるが、これは類似性の指摘であって、両者を同一視する確立した設定ではない
- 別の配偶神説。クトゥルフに「カソグサ」と呼ばれる別の配偶神が存在するという言及が日本語圏の資料にあるが、典拠は確認できていない。ガタノトーアの記事でも同じく未照合として扱っている
- 姿に関する言及。ゾス星系の緑色の惑星の地下に棲む、青白い巨大な蛆状の姿として描写されることがある。同じ資料によれば、クトゥルフと子らが地球へ旅立った後もイダ=ヤーはゾス星系に留まり続けたという。いずれもカーター自身の本文で確認された記述ではない
血統の起点という役どころは、連作の構造そのものと結びついている。ゾス神話群は、ラヴクラフトが個別に書いた神格——クトゥルフ、そして「永劫より」のガタノトーア——を、ひとつの家系図の下へまとめ直す試みでもあった[4]。イダ=ヤーは、その家系図を成立させるために必要になった存在だといえる。
カーターがこの家系図を組んだ土台には、ラヴクラフト自身の短編がある。クトゥルフの出自を語る「クトゥルフの呼び声」と、ガタノトーアの初出であるヘイゼル・ヒールド名義の「永劫より」である[4]。ただし両作にイダ=ヤーは登場しない[3]。既にある神格の間を、後から加えた一柱でつなぎ直す——拡張神話の書き手がしばしば選ぶやり方が、ここにも表れている。
TRPGでの扱い
クトゥルフ神話TRPGの資料にイダ=ヤーへ触れた設定があるとされるが、当サイトでは確認していない。上表の「旧支配者」という区分も、当サイトの神格分類による整理である。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | 確認の状態 |
|---|---|---|---|
| Out of the Ages | 1975 | リン・カーター | 初出。書誌は確認済み、本文は未照合[1] |
| ゾス神話群(全5編) | 1971〜1981 | リン・カーター | 血統設定の体系化。個々の作品での扱いは未照合[1][4] |
| The Xothic Legend Cycle(決定版作品集) | 1997 | リン・カーター著/ロバート・M・プライス編 | 連作をまとめた1冊。書誌は確認済み[2] |
関連神格・地域・書物
神格・種族
- クトゥルフ — 配偶神とされる。原典に両者の関係の記述はない[3]
- ガタノトーア — 息子(「悪魔の三位一体」の長兄)とされる
- イソグタ — 息子とされる
- ゾス=オムモグ — 息子とされる
- クティーラ — 娘とされる
- シュブ=ニグラス — 「怪物じみた子らの母」という役割を共有する存在として比較される。同一視する設定ではない
人物
- リン・カーター — 創造者
参考文献
- [1] 書誌データベースISFDB「Out of the Ages」Title Record #79226(該当ページ)。著者リン・カーター、1975年、中編。同記録の収録一覧で、初出書が『Nameless Places』(編Gerald W. Page、Arkham House、1975年)であること、および『The Xothic Legend Cycle』(Chaosium、1997年)・『Die Xothic-Legenden』(Festa、2004年10月)・『The Xothic Cycle』(Gateway / Orion、2021年8月)への収録を確認した。ISFDBは利用者が編集する書誌データベースであり、当サイトでは刊行年・版元といった書誌事実に限って用いる。作中の描写の裏づけには使っていない。
- [2] 書誌データベースISFDB『The Xothic Legend Cycle: The Complete Mythos Fiction of Lin Carter』Publication Record #55648(該当ページ)。著者リン・カーター、1997年、発行Chaosium、叢書Cthulhu Cycle第13番、ISBN 1-56882-078-X、定価10ドル95セント、本文xiv+272ページ。
- [3] ラヴクラフト公式サイト hplovecraft.com の作品一覧(該当ページ)。イダ=ヤーの名も、上記の各作品も含まれないことを確認した(2026年9月15日確認)。
- [4] 姿・系譜・別名・信仰圏についての記述は、当サイトが収集した二次的な要約に基づく。カーター作品の本文は照合していない。著作権の存続する作品で、公開されたスキャンは見つからなかった。本文を照合できる資料が得られた時点で書き直す。
- [5] 書誌データベースISFDB『Nameless Places』Publication Record #23385(該当ページ)。編者Gerald W. Page、1975年、発行Arkham House、ISBN 0-87054-073-4、定価7ドル50セント、本文viii+279ページ、ハードカバー。目次上「Out of the Ages」は182ページから始まる。同書の寄稿者として、Walter C. DeBill, Jr.、Ramsey Campbell、Brian Lumley、Gary Myers、Joseph Payne Brennan、Robert Aickman らの名を確認した。
FAQ
Q. イダ=ヤーはラヴクラフトが生み出した神格ですか。 A. いいえ。1975年にリン・カーターが「Out of the Ages」で登場させた存在です[1]。ラヴクラフト公式サイトの作品一覧にも、神格名・作品名とも含まれていません[3]。
Q. 以前この記事は「原典」に分類されていませんでしたか。 A. されていました。誤りです。当サイトの区分はラヴクラフトの没年(1937年)より前の発表かどうかで決まり、初出は1975年なので拡張神話(ダーレス以降)が正しい分類です[1]。今回あらためました。
Q. クトゥルフの配偶神はイダ=ヤーで確定していますか。 A. 確定していません。カーターの設定ではそう位置づけられますが、これは一系譜にすぎません。「カソグサ」という別の配偶神への言及も見かけますが、典拠は確認できていません[4]。
Q. イダ=ヤーは地球に来ているのですか。 A. 来ていないとされます。クトゥルフと子らが地球へ旅立った後もゾス星系に留まり続け、崇拝しているのもその星系の土着知性体だけだと伝えられます[4]。ただしこれはカーターの本文で当サイトが確認した記述ではありません。
Q. シュブ=ニグラスとの違いは何ですか。 A. どちらも「怪物じみた子らの母」という役どころで語られますが、両者を同一視する確立した設定はありません[4]。シュブ=ニグラスがラヴクラフト自身の作品に名を残しているのに対し、イダ=ヤーは1975年に後続作家が加えた存在だという点が、まず大きく違います[1][3]。





