概要
チャウグナー・フォーンは、H・P・ラヴクラフト本人ではなく、その友人フランク・ベルナップ・ロングが単独で生み出した神格である[1]。石像として静止し、ある夜突然生命を得て動き出すという古典的な恐怖を神話に持ち込んだ点が特徴で、「博物館や秘境に安置された『彫像』が、実は数万年にわたって息を潜めて待つ生ける神である」という設定は、後続作家が繰り返し用いる「静止と覚醒」というモチーフの先駆けとされる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 欧文表記 | CHAUGNAR FAUGN |
| 創造者 | フランク・ベルナップ・ロング |
| 初出 | 「恐怖の山」(1931年)[1] |
| 不活性時の姿 | 黒い結晶体の石像。彫刻家の手による古代の工芸品と見分けがつかない |
| 活動サイクル | 数万年に一度 |
「旧支配者」という分類や、ツァトゥグァ・クトゥルフと並ぶ古代の地球支配権を持つという位置づけについては、原典に基づくものか後世の体系化によるものか、旧稿内で記述が割れていた。本改稿では原典の記述と切り分け、後段の「TRPGでの扱い」にまとめている(未照合。詳細は末尾の報告を参照)。
初出作品
チャウグナー・フォーンが登場するのは、フランク・ベルナップ・ロングの中編「恐怖の山」(The Horror from the Hills、1931年、Weird Tales誌1月号および2-3月合併号に分割掲載)一作のみである[1]。物語は、チベット寄りの「ツァンの高原」の洞窟から石像としてアメリカへ持ち帰られたチャウグナー・フォーンが、博物館から姿を消して夜のマンハッタンを彷徨い、人を襲って回る事件を描く。作中人物はこれを「ツァンの象神(elephant-god of Tsang)」とも呼んでいる[2]。物語の終盤、登場人物の一人が発明した「エントロピー反転装置」によって、チャウグナー・フォーンは時間の彼方へ送り返される[7]。
原典での描写
歪なゾウの頭部、吸盤のついた長い鼻、水かきのある四肢、そして全身が網状の触手で覆われた人型の巨体を持つ。顕現していない間は完全に不活性な黒い結晶体の石像に見え、彫刻家の手による古代の工芸品と見分けがつかない。この擬態が最大の武器であり、博物館の学芸員や考古学者は、自分たちが展示している「石像」が実は生きた神であるとは思いもしない。なお、この段落の細部(結晶体という材質・網状の触手という表現)は、今回参照した本文の範囲では確認できていない。
作中の伝承によれば、チャウグナー・フォーンはかつて東方にではなく、西ヨーロッパのピレネー山脈の洞窟に「兄弟たち」とともに棲んでいた。そこで蟇蛙の肉から人間に似た姿の、言葉を話せない小さな下僕の一族を作り出し、彼らに意のままの思考を吹き込んでいたと語られる[3]。半年ごとにその下僕たちは麓の村々へ遣わされ、選ばれた若者たちを香料で保存してはチャウグナー・フォーンの糧として洞窟へ運び込んだという[3]。
物語の「現在」では、チャウグナー・フォーンはツァンの高原の洞窟に移り、顔のない番人たちと高僧チュン・ガーに守られている。この地に伝わる予言では、チャウグナー・フォーンを大切に運び、「昇る太陽の彼方まで無事に運べば」世界を我がものにできるとされ、その暁にはこの世のすべてを喰らい尽くし、最後には自らの「兄弟たち」さえも喰らうと語られる[4]。信奉者の一人は、赤い血を「チャウグナー・フォーンの支え」であり、それが無ければ神は倒れ、言語を絶する苦しみに見舞われると語る[5]。
博物館から消えたチャウグナー・フォーンは、ニューヨークの街路や公園に潜んで人々を襲い、警察には手に負えない脅威として描かれる[6]。最終的にこれを打ち払ったのは、時間の秩序(エントロピー)を反転させる科学装置だった[7]。
ダーレス以降の変化
チャウグナー・フォーンを創造したのはオーガスト・ダーレスではなくフランク・ベルナップ・ロングであり、原典より後に付け加えられた設定としてここにまとめる。
原典である「恐怖の山」にダーレスが直接関与した記述は、旧稿には無い。なお、下僕となる小さな生物たちの存在自体は、前段の「原典での描写」で示したとおりロング自身の原作にすでに書かれている[3]。旧稿はこれを「後続の設定」として扱っていたが、本改稿で原文を確認した限り、この部分は後世の追加ではなく原典に基づく。彼らが独自の生態系や一つの「静かな文明」を成すという、原作の記述を超えた拡張がいつ・誰によって加えられたかについては、本改稿でも出典を確認できていない。
TRPGでの扱い
後続のクトゥルフ神話体系(TRPG等の二次設定)では、チャウグナー・フォーンは「旧支配者」の一柱として分類上の位置づけを与えられ、彼に仕える眷属の生態や、山岳信仰との関連が肉付けされていった。地球の先史時代から存在し、ツァトゥグァやクトゥルフと並ぶ古代の地球支配権を持っていたとされる位置づけも、この系統の記述と見られる。
ただし、これらの体系化はロングの原典が直接描いたものではなく、後世のファン・作家コミュニティによる拡張である点に留意したい。三層の全体像は三層で読み解くクトゥルフ神話にまとめてある。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | この作品が足したもの |
|---|---|---|---|
| 恐怖の山 | 1931 | フランク・ベルナップ・ロング | チャウグナー・フォーンという神格そのもの[1] |
原典に基づく一次資料はこの一作のみである。他のラヴクラフト作品に比べ、日本語での紹介・翻訳機会は少ない。
関連神格・地域・書物
神格
人物
- フランク・ベルナップ・ロング — チャウグナー・フォーンの創造者。ラヴクラフトの友人で、同じくロングの創造による「ハウンド・オブ・ティンダロス」にも「静止と待ち伏せ」に通じる作風が見られる
分類の考え方
参考文献
- [1] Frank Belknap Long, “The Horror from the Hills”, Weird Tales vol. 17, no. 1(1931年1月号,archive.org)および no. 2(1931年2-3月合併号, archive.org)に分割掲載
- [2] “‘The elephant-god of Tsang!’ he muttered to himself.”(訳: 「『ツァンの象神か!』と彼は独りごちた」) — 同上(1月号)
- [3] “Chaugnar Faugn … did not always dwell in the East. Many thousands of years ago itabode with its Brothers in a cave in Western Europe, and made from the flesh of toads a raceof small dark shapes to serve it.”(訳: 「チャウグナー・フォーンは……常に東方に棲んでいたわけではない。幾千年も昔、それは西ヨーロッパの洞窟に『兄弟たち』とともに棲み、蟇蛙の肉から己に仕える小さな黒い姿の一族を作り出していた」) — 同上(1月号)
- [4] “If it is nursed and carried safely beyond the rising sun it will possess the world…. Even its Brothers it will devour, its Brothers who will come down from the mountainsravening for ecstasy when it calls to them.”(訳: 「それを大切に運び、昇る太陽の彼方まで無事に運べば、世界を我がものにするだろう……それは自らの『兄弟たち』さえも喰らうであろう。呼ばれれば歓喜に飢えて山から下りてくるその兄弟たちさえも」) — 同上(1月号)
- [5] “Red blood — red blood is Chaugnar’s staff. Without it my god would swoon, would suffertortures unspeakable.”(訳: 「赤い血――赤い血こそチャウグナー・フォーンの支えだ。それが無ければ我が神は倒れ、言語を絶する苦しみに見舞われよう」) — 同上(1月号)
- [6] “It is loose over there … It is crouching in the shadows on dark streets andshambling across the lawns of deserted parks and leering triumphantly upon its prey.”(訳:「奴はあそこで放たれている……暗い通りの陰にうずくまり、人気のない公園の芝生をのしのし横切り、獲物を前に勝ち誇った目でうかがっているのだ」) — Frank Belknap Long, “The Horror from theHills”, Weird Tales vol. 17, no. 2(1931年2-3月合併号), archive.org
- [7] “That light will send Chaugnar Faugn back through time. It will reverse its decadentrandomness — disincarnate and disembody it, and send it back for ever.”(訳: 「あの光がチャウグナー・フォーンを時間の彼方へ送り返すのだ。奴の堕落した無秩序を逆転させ――実体を解き、肉体を失わせて、永遠に送り返す」) — 同上(2-3月合併号)
FAQ
Q. チャウグナー・フォーンはラヴクラフトが生み出した神格ですか。A. 違います。ラヴクラフトの友人フランク・ベルナップ・ロングが、中編「恐怖の山」(1931年)で単独で創造した神格です[1]。
Q. どんな姿をしているのですか。A. 不活性時は黒い結晶体の石像にしか見えませんが、目覚めると歪なゾウの頭部、吸盤のついた長い鼻、水かきのある四肢、網状の触手に覆われた人型の巨体という姿を現すとされます。作中では「ツァンの象神」とも呼ばれます[2]。ただし結晶体・網状の触手といった細部は、今回参照した本文の範囲では確認できていません。
Q. チャウグナー・フォーンはもともとどこにいたのですか。A. 作中の伝承では、かつて西ヨーロッパのピレネー山脈の洞窟に「兄弟たち」とともに棲んでいたと語られます[3]。物語の「現在」では、東方のツァンの高原の洞窟に移り、そこから博物館経由でアメリカへ持ち出されます。
Q. チャウグナー・フォーンはどうやって倒されるのですか。A. 登場人物の一人が発明した「エントロピー反転装置」によって、時間の彼方へ送り返されます[7]。
Q. 「旧支配者」という分類は原典の設定ですか。A. 断定できません。旧稿ではこの分類の由来がはっきりしない書き方をされていました。本改稿では後続のTRPG等による体系化の可能性が高いと判断し、「TRPGでの扱い」節に位置づけましたが、確定した出典では確認できていません。
Q. どの作品を読めばチャウグナー・フォーンを知れますか。A. 一次資料は「恐怖の山」(The Horror from the Hills、1931年)一作のみです。


