編集部注(拡張神話): 本記事が扱う「サイモン・ネクロノミコン」は、H・P・ラヴクラフトが創造した架空の禁書「ネクロノミコン」そのものではなく、その名を借りて1977年に実際に出版された現実の書籍です。ラヴクラフト存命期のパブリックドメイン原典には一切登場せず、現時点でパブリックドメインでもないため、本記事は原文からの引用を行わず、公知の出版史情報の要約のみで構成しています。
概要
「サイモン(Simon)」という筆名で1977年に出版された、シュメール神話の要素とラヴクラフトの神格名を組み合わせた実在の書籍。ラヴクラフト自身のフィクション内に登場する架空の禁書「ネクロノミコン」とは著者も内容も無関係だが、同じ書名を掲げたことで長年混同・誤解の対象となってきた。
出版の経緯
1977年、ニューヨークの出版社シュラーンゲクラフト(Schlangekraft, Inc.)から限定版ハードカバーとして発行され、後にAvon Books、さらにBantam Booksからペーパーバック版が発売された。序文では、盗まれた古写本を巡る逸話や「サイモン」自身の来歴が語られるが、それを裏付ける実在の原典写本は一度も提示されていない。
著者をめぐる議論
「サイモン」の正体は公式には明かされていないが、複数の関係者の証言や版権登録の記録から、オカルト研究家ピーター・レヴェンダ(Peter Levenda)がその著者(またはその一人)であるとする見方が有力視されている。レヴェンダ本人はこれを否定している。同書のイラストレーターや当時のオカルトシーンの関係者は、地元では早くから「実質的な創作物」として知られていたと証言している。
内容の性質
研究者ダニエル・ハームズとジョン・ウィズダム・ゴンス3世による調査書『The Necronomicon Files』などによれば、同書の記述の多くは、R・C・トンプソンの『The Devils and Evil Spirits of Babylonia』をはじめとするシュメール・アッカド学の既存文献からの引用・翻案であり、独自の一次資料に基づくものではないとされる。ラヴクラフトの神格名(ヨグ=ソトース等)やアレイスター・クロウリー由来の魔術体系の要素も織り込まれているが、ラヴクラフト自身やその同時代作家たちが作中で言及した「ネクロノミコン」の内容とは、設定上ほとんど接点がない。
読みどころと注目テーマ
架空の書物が現実の出版物として実体化するという、フィクションと現実の境界が溶け合う稀有な事例。1996年の「ヴァンパイア・クラン」殺人事件の裁判資料として言及されるなど、フィクション由来の書物が現実の事件と結びつけられた点でも、メディア文化史上しばしば取り上げられる。
執筆背景と影響
ラヴクラフトの「ネクロノミコン」自体は1924年の短編「犬」で初めて言及され、以後多くの作家がその内容を書き足していった架空の存在である。「実在する禁書としてのネクロノミコン」という都市伝説は1930年代から囁かれていたが、サイモン版はその最も商業的に成功した具現化例として、以後のオカルトサブカルチャーに大きな影響を残した。
入手ガイド——「現実のネクロノミコン」を読むには
サイモン版は、英語原書が現在もペーパーバックで流通している。一方でサイモン版の公式な日本語訳は確認されておらず(2026年7月時点)、日本語で読める「実在のネクロノミコン」としては、これとは別系統にあたるジョージ・ヘイ版の翻訳『魔道書ネクロノミコン』(学研)が定番となっている。同じ「ネクロノミコン」を名乗っていても両者はまったく別の書物である点に注意してほしい。
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Necronomicon(サイモン版・英語原書)洋書・英語
本記事で扱ってきた1977年刊のサイモン版そのもの。Avon Booksのペーパーバック版が現在も入手しやすい。シュメール風の呪文と印章図版を収めた「儀式書」の体裁で、ヨグ=ソトースなどラヴクラフト由来の神格名が随所に織り込まれている。オカルト出版史の一次資料として手元に置く価値がある一冊。
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魔道書ネクロノミコン〈完全版〉(ジョージ・ヘイ版・日本語訳)日本語
1978年に英国で刊行された、サイモン版とは別系統の「実在のネクロノミコン」。実在の学者ジョン・ディーが遺した暗号文書を解読したという体裁を取り、コリン・ウィルソンが序文を寄せたことでも知られる。日本語版はジョージ・ヘイ編・大瀧啓裕訳で学研から刊行されており、増補された〈完全版〉は2007年刊。日本語でこの種の「現実のネクロノミコン」を体験できるほぼ唯一の書籍。
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