禁書 — THE ZANTHU TABLETS

ザントゥの石板

ダーレス以降

失われた大陸ムーの魔道士ザントゥが遺したとされる石板群の翻訳。イソグサへの言及を含む、太平洋圏の神話体系を伝える資料。

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編集部注(拡張神話): 本記事が扱う『ザントゥの石板』は、H・P・ラヴクラフト存命期のパブリックドメイン原典には登場しません。アメリカの作家リン・カーターが1971年に発表した短編で創造された禁書で、後年の拡張神話に属します。同作は現時点でパブリックドメインではないため、本記事は原文からの引用を行わず、版元の公式資料と書誌情報で確認できる事実で構成しています。

概要

『ザントゥの石板(The Zanthu Tablets)』は、失われた大陸ムーの魔道士ザントゥが遺した石板群を翻訳したもの、という設定の架空の資料である。リン・カーター(Lin Carter、1930-1988)が創造した。

『ポナペ経典』と対をなす位置にあり、どちらもカーターの「ゾシック伝説群(Xothic Legend Cycle)」という一連の作品群に属する。太平洋とムーへ神話の地図を広げるために置かれた資料、という役割も共通している。

基本プロフィール

  • 分類: 禁書(石板群)
  • 欧文表記: THE ZANTHU TABLETS
  • 創造した作家: リン・カーター。東京創元社の著者紹介によれば、1930年アメリカ合衆国フロリダ州生まれ、多くのファンジンに小説と評論を寄せたのち1957年に作家デビュー、1988年歿[1]
  • 初出: 短編「The Dweller in the Tomb(墓に潜む者)」、1971年[2]
  • 属する作品群: ゾシック伝説群
  • 所属する層: 拡張神話(ラヴクラフト原典には登場しない)

初出作品での描かれ方

1971年「The Dweller in the Tomb」

ISFDBの書誌によれば、リン・カーターの短編「The Dweller in the Tomb」は1971年の作品である[2]。同書誌に付されたタグには Cthulhu Mythos / Mu(ムー) / archeologic expedition(考古学の探検) / diary format(日記形式) / madness(狂気) が並ぶ[2]。

日記形式で書かれた考古学の探検譚という形式が、石板という道具立てとよく噛み合っている。発掘された文書を読み解いた記録、という枠が物語の外側にもう一枚あることになる。

なお同じ題名の短編が、ヘンリー・カットナーにもある(1937年2月)[2]。別の作品なので、書誌をたどるときは著者名で区別する必要がある。

石板という形式

神話の禁書は、たいてい書物である。『ネクロノミコン』も『エイボンの書』も、写本として伝わり、版や言語の違いを持つ。

これに対して『ザントゥの石板』は 石板 である。写本は書き写されて広がるが、石板は動かない。ムーという沈んだ大陸の遺物として置くには、書物より石板のほうが理屈が通る。カーターがこの形式を選んだことには、舞台設定との整合がある。

ラヴクラフト作品での言及

言及は一切ない。 ラヴクラフト(1890-1937)のどの作品にも、この名は現れない。

ゾシック伝説群全体の層構成は、『ポナペ経典』の記事でも整理しているとおりである。起点にあるガタノソアだけがラヴクラフト(の代作)による原典の存在で、それ以外はカーターの創作にあたる。

要素 層
ガタノソア 原典(第1層)。ラヴクラフト/ヒールド「永劫より」(1935年)
イソグタ・ゾス=オムモグ 拡張(第2層)。カーターの創造
『ポナペ経典』 拡張(第2層)
『ザントゥの石板』 拡張(第2層)

判定の基準は著者ではなく、発表がラヴクラフトの没年1937年より後かどうかである。1971年の本作は第2層にあたる。詳しくは神話の三層を参照してほしい。

性質と影響

ムーはカーターの発明ではない

『ザントゥの石板』が立つ土台、失われた大陸ムーは、カーターが考え出したものではない。この大陸を広めたのはイギリス生まれの著述家 ジェームズ・チャーチワード(James Churchward、1852-1936) で、その主著は日本語でも『失われたムー大陸』として読まれてきた[6]。

国立国会図書館の書誌によれば、大陸書房が1968年3月に『失われたムー大陸——太平洋に沈んだ幻の大帝国』(小泉源太郎訳)を刊行し、以後1969年・1976年・1986年11月と版を重ねている[6]。日本でムー大陸の名が広く知られるようになった経路が、この訳書である。

ここで年代を並べると、神話とムーの関係が見えてくる。

年 出来事
1852-1936年 チャーチワードの生没年[6]
1935年 ラヴクラフト/ヒールド「永劫より」。ムーとガタノソアが登場する
1968年 日本語版『失われたムー大陸』(大陸書房)[6]
1971年 カーター「The Dweller in the Tomb」。『ザントゥの石板』が登場[2]

ラヴクラフト自身が既にムーを使っていた。カーターがやったのは、その土地に魔道士の名と石板を足すことだった。原典の空白を埋めるという、ゾシック伝説群の一貫したやり方がここにも現れている。

TRPGでの扱い

ケイオシアムの『クトゥルフの呼び声』第7版では、ルールブック本体に収録されている。同社が公開している公式索引に「Zanthu Tablets …… 234」の項目がある[3]。

索引上の並びを見ると、この禁書の位置づけが分かる。

ページ 索引の項目
233 Pnakotic Manuscripts / Ponape Scripture / Revelations of Gla’aki / R’lyeh Text
234 Zanthu Tablets

Ponape Scripture の1ページ後に Zanthu Tablets が来る[3]。アルファベット順の索引で、対になる二つの禁書が近接して並ぶ。カーターが作った太平洋圏の資料が、どちらもルールブックに残っていることになる。

同じ索引で、カーターが創造した神格のほうも確認できる。「Zoth-Ommog …… 332」の項目があり、ラヴクラフト(の代作)由来の「Ghatanothoa …… 318」と同じ神格の章に並んでいる[3]。

禁書だけでなく、後発の神格もルールブックに残った。カーターがゾシック伝説群で足した要素は、書物・神格の両面でTRPGに定着したことになる。

日本語で読む

ゾシック伝説群は、KADOKAWAが2014年8月30日に刊行した 『クトゥルーの子供たち』 で日本語で読める[4]。

項目 内容
書名 クトゥルーの子供たち(THE TERROR OF TIME and OTHERS)
著者 リン・カーター、ロバート・M・プライス
訳 森瀬繚、立花圭一
刊行 2014年8月30日
判型・ページ 四六変形判・512ページ
ISBN 978-4-04-729811-8

版元の紹介文は「クトゥルー神の三柱の子供たちを巡る恐怖に満ちた探索物語、詳細の用語解説を付してついに日本語訳!」[4]。「ついに日本語訳」という言い方が示すとおり、この作品群がまとまった形で日本語になったのは、原作から40年以上あとのことだった。

カーターが神話に残したもの

カーターは、神話に禁書を足しただけの書き手ではない。SF Encyclopediaによれば、彼の仕事の大半はヒロイック・ファンタジーの分野にあり、その技法を論じた『Imaginary Worlds』(1973年)を書いた[5]。神話については 『Lovecraft: A Look Behind the “Cthulhu Mythos”』(1972年) という研究書がある[5]。

編集者としても、1969年から1972年ごろにバランタイン・ブックスの顧問としてアダルト・ファンタジー叢書を立ち上げ、ロード・ダンセイニやクラーク・アシュトン・スミスらをペーパーバック市場へ送り出している[5]。

1971年の「The Dweller in the Tomb」は、その最も忙しかった時期の作品である。同じ数年のあいだに、古典を復刊し、研究書を書き、自分でも神話作品を書いていたことになる。

1972年の研究書は、東京創元社から 『クトゥルー神話全書』(2011年1月31日、四六判並製290ページ、ISBN 978-4-488-01529-9、朝松健監訳・竹岡啓訳)として日本語版が出ている[1]。目次には「旧支配者の落とし子」「旧神」といった章が並び、巻末に「クトゥルー神話固有名詞表記比較表」「クトゥルー神話作品目録」が付く[1]。

関連する用語

出典

  • [1] 東京創元社の商品ページ『クトゥルー神話全書』(該当ページ)。リン・カーター著、朝松健監訳、竹岡啓訳。キイ・ライブラリー、四六判並製290ページ、初版2011年1月31日、ISBN 978-4-488-01529-9。目次に「8 旧支配者の落とし子」「9 旧神」等が並び、巻末に「クトゥルー神話固有名詞表記比較表」「クトゥルー神話作品目録」が付くこと。著者紹介「1930年アメリカ合衆国フロリダ州生まれ。(中略)57年に作家デビュー。アメリカの伝説的なペーパーバック叢書《バランタイン・アダルト・ファンタジー》シリーズの編集コンサルタントを務めた。1988年歿」を確認した(2026年9月15日確認)。 ↩
  • [2] ISFDB(Internet Speculative Fiction Database)の書誌検索結果「The Dweller in the Tomb」(検索結果)。リン・カーターの短編として1971年の記録があり、タグに Cthulhu Mythos・Mu・archeologic expedition・diary format・madness 等が付いていること。また同題の短編がヘンリー・カットナーにも1937年2月の記録として存在すること。ISFDBは利用者が編集する書誌データベースのため、当サイトでは書誌的事実(刊行年・著者・収録先)の確認にのみ使用している(2026年9月15日確認)。 ↩
  • [3] Chaosium公式の無料配布資料『Call of Cthulhu 7th Edition Index for Keepers and Investigators』(該当PDF)。索引に「Zanthu Tablets 234」「Ponape Scripture 233」「Pnakotic Manuscripts 233」「R’lyeh Text 233」「Revelations of Gla’aki 233」が並ぶことを確認した(2026年9月15日確認)。 ↩
  • [4] KADOKAWA公式の商品ページ『クトゥルーの子供たち』(該当ページ)。著者 リン・カーター、ロバート・M・プライス、訳 森瀬繚・立花圭一。発売日2014年8月30日、四六変形判512ページ、ISBN 978-4-04-729811-8、定価2,200円(本体2,000円+税)。紹介文「クトゥルー神の三柱の子供たちを巡る恐怖に満ちた探索物語、詳細の用語解説を付してついに日本語訳!」を確認した。原題表記「THE TERROR OF TIME and OTHERS」は国立国会図書館サーチの書誌による(2026年9月15日確認)。 ↩
  • [5] SF Encyclopedia「Carter, Lin」(2026年5月11日更新、該当ページ)。本名 Linwood Vrooman Carter(1930-1988)、仕事の大半がヒロイック・ファンタジーの分野にあり『Imaginary Worlds』(1973年)でその技法を論じたこと。評論に『Lovecraft: A Look Behind the “Cthulhu Mythos”』(1972年)があること。1969年から1972年ごろにバランタイン・ブックスの顧問としてアダルト・ファンタジー叢書を構想し、Lord Dunsany、Clark Ashton Smith らを紹介したこと(2026年9月15日確認)。 ↩
  • [6] 国立国会図書館サーチの書誌。ジェームズ・チャーチワード(James Churchward、1852-1936)著・小泉源太郎訳『失われたムー大陸』は大陸書房から刊行され、1968年3月の『失われたムー大陸 : 太平洋に沈んだ幻の大帝国』(該当ページ)のほか、1968年・1969年・1976年・1986年11月(ISBN 4-8033-1032-7、該当ページ)の書誌が登録されている(2026年9月15日確認)。 ↩

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