書籍(英語・アンソロジー、ハードカバー版・2026年8月18日発売予定) — The Necronomicon: Tales of Eldritch Horror from the Masters of the Genre

The Necronomicon: Tales of Eldritch Horror from the Masters of the Genre

Sirius(Arcturus Publishing)が2026年8月18日に米国で発売する928ページのアンソロジー。表題は『ネクロノミコン』だが、中身はラヴクラフトと4人の書き手を束ねた作品集で、架空の魔道書を再現した本ではない。5人の名前を横並びにする紹介文と、ラヴクラフト自身の評論が誰を論じ誰を論じなかったかを突き合わせる。

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東雅夫『クトゥルー神話大事典』(新紀元社)。本書の題名にある「ネクロノミコン」や収録作家の神話への影響を項目で引ける。

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概要

Simon & Schusterの公式商品ページによれば、英国の出版社アーカタラス・パブリッシング(Arcturus Publishing Limited)は、傘下のインプリントSiriusから『The Necronomicon: Tales of Eldritch Horror from the Masters of the Genre』を2026年8月18日に発売する[1]。ハードカバー、928ページ、米国での定価24.99ドル、ISBN13は9781398869608である[1]。米国とカナダでの流通は、2026年4月1日からSimon & Schusterが担っている[3]。表紙には金のエンボス加工が施され、小口には印刷が入るという[1]。

なお同じ公式ページの中でも記載に揺れがある。パンくずリストと本文見出しは本作を「Arcturus Gilded Classics」の1冊として表示する一方、ページ末尾の「ABOUT THE SERIES」の説明文は「Arcturus Pulp Classics」シリーズの紹介文(銀のカバー装飾と全面カラーの小口が特徴、とある)を掲げている[1]。表紙自体は金のエンボス加工と説明されているため、シリーズ名・装丁の説明・表紙の実際の仕様が、この1ページの中で互いに食い違っている。どちらが実際の仕様かは、当サイトが参照した範囲の公式情報からは判断できない。

タイトルは『The Necronomicon』だが、これは作中に登場する架空の魔道書そのものを再現した書物でも、クトゥルフ神話の設定資料集でもない。当サイトの既存記事で確認済みの通り、ネクロノミコンはラヴクラフトが自作のために創作した架空の禁書であり、現実に対応する古写本は存在しない[7]。今回の書籍は、その架空の書名を冠した、実在する5人の作家によるホラー短編アンソロジーである。

どんな作品か

公式の紹介文は次のように始まる。「This striking hardback edition brings together over 40 terrifying tales from the masters of cosmic horror, presented with gold cover embossing and printed edges.」(訳: 「この印象的なハードカバー版は、コズミックホラーの巨匠たちによる40篇を超える恐怖の物語を、金のカバーエンボス加工と印刷された小口とともに一冊にまとめている」)[1]。続けて、収録作の例として「クトゥルフの呼び声」における触手を持つクトゥルフの出現と、「大いなる牧神」における太古の異教神の顕現が挙げられている[1]。

収録作家として名前が挙がっているのは次の5人である[1]。

公式ページで確認できるのはここまでで、40篇を超えるという収録作のうち、どの作品を誰が書き、何篇ずつ収めているかという内訳、すなわち目次そのものは、当サイトが参照したSimon & Schusterのページには掲載されていない。

手がかりになるのは、同じ出版社が2025年9月1日に刊行した姉妹版である。Arcturus Publishing公式の商品ページによれば、同じ書名・同じ5人の著者組み合わせを持つ『The Necronomicon』(Arcturus Gilded Classicsシリーズ、ISBN 9781398849679)は304ページ・10篇構成で、収録作として「ネクロノミコンの歴史」(H・P・ラヴクラフト)、「The Haunter of the Ring」(ロバート・E・ハワード)、「Nightmare-Touch」(ラフカディオ・ハーン)、「The Mask」(ロバート・W・チェンバース)の4作が明記されている[2]。ただしこれは別のISBN・別のページ数を持つ別のSKUであり、今回発売される928ページ版(9781398869608)がこの4作を同じ形で収めているかどうかは確認できていない。

目次に並ぶ5つの名前、その距離は一様ではない

この2025年版の公式ページには、もう一つ手がかりがある。「Author Bio」の節が、5人の関係を次のようにまとめている。「This collection includes stories from H. P. Lovecraft (1890-1937) and four writers who influenced him – Arthur Machen (1863-1947), Robert W. Chambers (1865-1933), Lafcadio Hearn (1850-1904), and Robert E. Howard (1906-1936).」(訳: 「この作品集には、H・P・ラヴクラフト(1890-1937)と、彼に影響を与えた4人の作家――アーサー・マッケン(1863-1947)、ロバート・W・チェンバース(1865-1933)、ラフカディオ・ハーン(1850-1904)、ロバート・E・ハワード(1906-1936)――の作品が収められている」)[2]。

生没年をそのまま並べてみると、この「4人がラヴクラフトに影響を与えた」という一括りの中に、性質の異なる関係が同居していることが分かる。マッケンは1863年生まれでラヴクラフトより27歳年上、チェンバースは1865年生まれで25歳年上、ハーンは1850年生まれで40歳年上であり、いずれもラヴクラフト(1890年生まれ)が生まれる前、あるいは幼少期にはすでに作家として活動していた世代である。ハーンにいたっては1904年に没しており、ラヴクラフトが14歳のときにはこの世を去っている[2]。

一方のハワードは1906年生まれで、ラヴクラフトより16歳年下だ。当サイトの年表記事で確認した通り、ハワードとラヴクラフトの文通が始まったのは1930年8月のことで、これはラヴクラフト自身がすでに作家としてキャリアを重ねたのちの出来事である[6]。ハワードは1936年6月11日に30歳で死去しており、これはラヴクラフト自身の死(1937年3月)のわずか9か月前にあたる[6]。年長の先行世代として名前が挙がる3人と、年少の文通仲間であるハワードを、同じ「影響を与えた4人」という一語で括るのは、少なくとも年代の並びから見れば粗い括り方だと言える。

ラヴクラフト自身の評論は、4人のうち3人しか論じていない

この粗さは、ラヴクラフト自身の批評からも裏付けられる。彼が書いた評論「文学における超自然の恐怖」(Supernatural Horror in Literature)は、マッケン・チェンバース・ハーンの3人について、それぞれ独立した章でまとまった評価を残している。

チェンバースについては、第8章「The Weird Tradition in America」でこう書く。「Very genuine, though not without the typical mannered extravagance of the eighteen-nineties, is the strain of horror in the early work of Robert W. Chambers, since renowned for products of a very different quality.」(訳: 「1890年代特有の気取った誇張がないわけではないが、ロバート・W・チェンバースの初期作品に見られる恐怖の筋道は、まことに本物である。彼はのちに、まったく異なる質の作品で名を馳せることになる」)[4]。続けてラヴクラフトは『黄衣の王』(1895年)を「宇宙的恐怖の注目すべき高みに達している」と評している[4][5]。

ハーンについては、第9章「The Weird Tradition in the British Isles」でこう評する。「Lafcadio Hearn, strange, wandering, and exotic, departs still farther from the realm of the real; and with the supreme artistry of a sensitive poet weaves phantasies impossible to an author of the solid roast-beef type.」(訳: 「ラフカディオ・ハーンは、奇妙で放浪的、そして異国的な人物であり、現実の領域からさらに遠く離れ、感受性豊かな詩人としての至高の技巧をもって、無骨な”ローストビーフ型”の作家には織り得ない幻想を紡ぐ」)[4]。

マッケンについては、第10章「The Modern Masters」で最も長い評価が与えられている。「Of living creators of cosmic fear raised to its most artistic pitch, few if any can hope to equal the versatile Arthur Machen…But the fact remains that his powerful horror-material of the ‘nineties and earlier nineteen-hundreds stands alone in its class, and marks a distinct epoch in the history of this literary form.」(訳: 「宇宙的恐怖を最も芸術的な高みへ引き上げた、存命の作り手たちの中で、多才なアーサー・マッケンに肩を並べうる者はほとんどいない……しかし彼の強力な恐怖の素材――1890年代からその後の1900年代初頭にかけての――が、その部類において孤高の位置を占め、この文学形式の歴史に一つの画期を刻んでいることに変わりはない」)[4]。マッケンの代表作については「Of Mr. Machen’s horror-tales the most famous is perhaps “The Great God Pan” (1894)」(訳: 「マッケン氏の恐怖小説のうち、おそらく最も有名なのは『大いなる牧神』(1894年)である」)と、公式紹介文にも例として挙がる作品の発表年を1894年と明記している[1][4]。

ところがこの評論の全文を検索しても、ロバート・E・ハワードの名は一度も出てこない[4]。ラヴクラフトが自らの手で書いた恐怖文学史の系譜図の中に、ハワードの居場所は無い。ハワードとラヴクラフトの関係が語られるのは、文芸批評の文脈を離れた、当サイトの年表記事にまとめた通り、1930年に始まった私信のやり取りと、Weird Tales誌という同じ発表媒体を共有した同時代人としての交流の中でである[6]。

つまり、この作品集が5人をまとめて扱う根拠には、実際には二つの異なる関係が混ざっている。マッケン・チェンバース・ハーンの3人は、ラヴクラフト自身が評論家として読み込み、系譜の中に位置づけた先行世代の書き手であり、この点は原文で確認できる。ハワードは、ラヴクラフトが評論の対象として論じたことのない、文通を通じた同時代の作家仲間である。「4人がラヴクラフトに影響を与えた」という紹介文の一文は、この二つを一つの言葉に押し込めている。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

この作品集に収められているのは、いずれも実在の作家が実際に書いた小説であり、ラヴクラフト自身の作品(1917-1937年)を含め、当サイトの区分で言えば第1層(原典)に属する書き手たちの仕事である。ダーレス以降の体系化(第2層)やTRPGによる拡張(第3層)の要素は、公式ページで確認できる範囲には含まれていない。

ただし「第1層に属する」という一点でくくれるのは、あくまで各作品が実在の作家による一次的な創作だという意味に限られる。マッケンの『大いなる牧神』(1894年)[1][4]、チェンバースの『黄衣の王』(1895年)[4][5]は、いずれもラヴクラフトが専業作家としてWeird Tales誌に作品を発表し始める1923年より30年近く前に世に出た作品で、当サイトの「黄衣の王(戯曲)」の記事で確認した通り、その中の固有名詞(カルコサ、ハリ、ハスター)自体もチェンバース自身の発明ではなく、さらに前の世代のアンブローズ・ビアスの短編――当サイトの「カルコサの住人」で確認できる――から借用されたものである。ラヴクラフトが手にしたとき、名前はすでに複数の作家の手を経ていた。ハワードの参加はこれとは異なる回路をたどっている。当サイトの年表記事で確認した通り、彼が神話に持ち込んだ『無名祭祀書』とその著者フリードリヒ・フォン・ユンツトは、1930年代前半、ラヴクラフトとの文通の中で生まれた同時代の共作的産物であり、19世紀の先行作からの継承ではない[6]。

表題の『The Necronomicon』についても、当サイトの「ネクロノミコンは実在するのか」で確認した通り、この書物自体は730年頃のダマスカス、アブドゥル・アルハザードという著者名から現存写本の所在まで、すべてラヴクラフトが自作のために書いた架空の書誌である[7]。今回のアンソロジーはこの書名を借りているが、書誌そのものを解説する資料集でも、書物の実物を模した造本企画でもなく、5人の作家による独立した短編を一冊に束ねた、実在の出版物としてのアンソロジーである。

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出典

  • [1] タイトル「The Necronomicon」、副題「Tales of Eldritch Horror from the Masters of the Genre」、著者H. P. Lovecraft・Arthur Machen・Robert Ervin Howard・Robert W. Chambers・Lafcadio Hearn、出版はSirius・distributed by Simon & Schuster、ハードカバー、定価24.99ドル(米国)、Product Details欄の「Publisher: Sirius (August 18, 2026)」「Length: 928 pages」「ISBN13: 9781398869608」、紹介文「This striking hardback edition brings together over 40 terrifying tales from the masters of cosmic horror, presented with gold cover embossing and printed edges.」、「The Call of Cthulhu」「The Great God Pan」への言及、「ABOUT THE SERIES: The Arcturus Pulp Classics series brings together classic short story collections…with silver cover accents and full-color page edges.」の記載、およびパンくずリスト・見出しが「Arcturus Gilded Classics」を表示している点を確認 — Simon & Schuster公式商品ページ「The Necronomicon」(2026年9月9日取得), https://www.simonandschuster.com/books/The-Necronomicon/H-P-Lovecraft/Arcturus-Pulp-Classics/9781398869608 ↩
  • [2] ISBN 9781398849679、Publication Date「1st September 2025」、Pages「304」、Series「Arcturus Gilded Classics」、収録作「The History of the Necronomicon by H. P. Lovecraft」「The Haunter of the Ring by Robert E. Howard」「Nightmare-Touch by Lafcadio Hearn」「The Mask by Robert W. Chambers」の記載、Author Bio欄「This collection includes stories from H. P. Lovecraft (1890-1937) and four writers who influenced him – Arthur Machen (1863-1947), Robert W. Chambers (1865-1933), Lafcadio Hearn (1850-1904), and Robert E. Howard (1906-1936).」を確認 — Arcturus Publishing公式商品ページ「The Necronomicon」(2026年9月9日取得), https://arcturuspublishing.com/products/9781398849679 ↩
  • [3] 「Arcturus print books will, from April 1st 2026, be distributed in the US and Canada by Simon & Schuster.」の記載を確認 — Arcturus Publishing公式サイト トップページ「North America Distribution Announcement」(2026年9月9日取得), https://arcturuspublishing.com/ ↩
  • [4] 第8章「The Weird Tradition in America」のチェンバース評「Very genuine, though not without the typical mannered extravagance of the eighteen-nineties, is the strain of horror in the early work of Robert W. Chambers, since renowned for products of a very different quality.」、第9章「The Weird Tradition in the British Isles」のハーン評「Lafcadio Hearn, strange, wandering, and exotic, departs still farther from the realm of the real; and with the supreme artistry of a sensitive poet weaves phantasies impossible to an author of the solid roast-beef type.」、第10章「The Modern Masters」のマッケン評「Of living creators of cosmic fear raised to its most artistic pitch, few if any can hope to equal the versatile Arthur Machen…But the fact remains that his powerful horror-material of the ‘nineties and earlier nineteen-hundreds stands alone in its class, and marks a distinct epoch in the history of this literary form.」および「Of Mr. Machen’s horror-tales the most famous is perhaps “The Great God Pan” (1894)」、本文全体を検索してもRobert E. Howardの名が一度も出現しないことを確認(2026年9月9日確認) — H. P. Lovecraft, “Supernatural Horror in Literature”, https://www.hplovecraft.com/writings/texts/essays/shil.aspx ↩
  • [5] 『黄衣の王』が1895年刊のチェンバースの短編集であること、収録作の固有名詞(カルコサ・ハリ・ハスター)がアンブローズ・ビアスの短編から借用されたものであることを、当サイト「黄衣の王(戯曲)」記事(原典Project Gutenberg版・H. P. Lovecraft “Supernatural Horror in Literature”に基づく)で確認 — https://shinenshoka.com/tomes/king-in-yellow-play/ ↩
  • [6] ロバート・E・ハワードの生年月日(1906年1月22日)・没年月日(1936年6月11日)、ラヴクラフトとの文通が1930年8月に始まったことを、当サイト「ロバート・E・ハワードの生涯と創作」記事(出典: REH Foundation)で確認 — https://shinenshoka.com/history/robert-e-howard-timeline/ ↩
  • [7] ネクロノミコンがラヴクラフトの創作した架空の禁書であり、アブドゥル・アルハザードによる730年頃ダマスカスでの執筆という設定を含め現実には対応する古写本が存在しないことを、当サイト「ネクロノミコンは実在するのか」記事(出典: H. P. Lovecraft “History of the Necronomicon”)で確認 — https://shinenshoka.com/guide/is-necronomicon-real/ ↩

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