編集部注(著作権について): 出典の『狂気の山脈にて』は、Astounding Stories誌掲載号の著作権が更新されているため(Catalog of Copyright Entries登録番号R309944)、2032年まで米国で著作権が継続しています(パブリックドメインではありません)。本記事中の引用は論評・紹介目的の短い範囲に限定しています。
地球上に生命が芽生えるよりも遥か以前、宇宙から飛来して南極に文明を築いた樽型の知性体である。原典『狂気の山脈にて』において、その正体は最初は忌まわしい怪物として登場するが、壁画に刻まれた歴史をたどるにつれて、読者の意識は恐怖から哀惜へと反転していく。
概要
「古のもの」は、H・P・ラヴクラフトの中編『狂気の山脈にて』に登場する太古の知的生命体で、原典中では「Old Ones」及び「Elder Things」の両方で呼ばれる。枝分かれした5本の腕状の肢、折り畳み式の膜翼、五芒星状の頭部を持つ樽型の胴体で、植物と動物の両方の性質を備える。地球最古の複雑な生命でありながら、地球上のあらゆる生物を含む遠い起源にも関わると示唆される。無性生殖(胞子)によって増え、極めて高い耐久力を持つが、氷河期の到来と、自ら創造した奴隷生命ショゴスの反乱によって、かつての繁栄を失っていった。
基本プロフィール
- 分類: 知的種族(原典表記は「Old Ones」/「Elder Things」)
- 欧文表記: ELDER THINGS / OLD ONES
- 初出・出典: 『狂気の山脈にて』(1931年執筆/1936年発表)
- 区分: 独立種族(地球外飛来種、奴隷生命ショゴスの創造主)
- 主な居住域: 南極大陸(海底都市→陸上都市)
- canon層: 原典
別名・呼称
原典内では「Old Ones」(古のもの)、「Elder Things」の両呼称が用いられる。彼ら自身を指す固有の自称は明示されない一方で、彼らが創造した奴隷生命については『ネクロノミコン』著者アブドゥル・アルハザードが「shoggoths」という名を残していると作中で言及される[1]。日本語では「古のもの」の訳が定着しているが、同じ「Old Ones」という語は他の神話存在を指す場合もあり、文脈によって区別が必要とされる。
形態と特徴
ラヴクラフトが探検隊員レイクの発掘記録という体裁で書いた原典の描写は、生物学的な正確さを装った異様な精密さで知られる。全長は約8フィート(約2.4メートル)で、樽型の胴体は五つの稜を持つ[2]。胴体の上部には鰓のような形跡をもつやや薄い灰色の太い首があり、その先には黄色を帯びた五芒星状の頭部がつき、様々な色に光るプリズム状の三インチの細い繊毛に覆われている[3]。頭部の先端には眼とされる器官が並び、胴体下部には別の星状器官群があり、その先に付いた膜状の三角形の膜がヒレや擬足のパドルとして機能する。陸上では擬足を、移動や飛行時には膜翼を使う。極めて丈夫でしなやかでありながらも、極地の氷圧や長年の年月にも耐え得る、革のような強靭さを併せ持つ。
性質・生態
植物のように無機物から直接栄養を得ることもできるが、実際には有機物、とりわけ動物性の食事を好むとされる。海中では生の獲物を、陸上では火を通した食事を取った。政府形態は複雑で社会主義的だったと推定され、五芒星形に刻まれた平たい石の計算具を貨幣として用いる、商業・農業・鉱業を備えた都市文明を築いていた。石彫と文字による記録を重んじ、自らの歴史を建造物の壁面に刻んで遠い未来へ伝えようとした。石化した肉体はほとんど摩耗せず、極めて長寿でありながら、死の直前には未来の知的存在へ精神を逃がす個体もあったとされ、イースの大いなる種族と共通する精神転移の発想を併せ持っていた可能性が示唆されている。
地球最初の都市は南極海で発達したとされ、やがて一部は陸上へと進出した。地球上での最大の危機は、クトゥルフの落し子との戦争だったとされる。南太平洋に新たな陸地が隆起した際、タコ状の新兵団が地球外から飛来して戦争を引き起こし、古のものは一時海中への後退を余儀なくされた。やがて講和が成立し、新大陸はクトゥルフの落し子に譲られた。さらにジュラ紀には、冥王星ユゴスより飛来したミ=ゴの侵攻を受け、彼らは地球外への飛行手段を失っていたため反撃できず、北方の全土から駆逐された。こうした度重なる戦争と、進行する氷河期が、彼らを徐々に南極へと追いやったと原典は語る。
他の存在との関係
自らの手で創造した奴隷生命ショゴスとの関係は、古のものの物語の中心をなす。当初は完全な制御下にあったショゴスも、長い年月のうちに自己の意志を発達させ、ペルム紀には反乱を起こすに至った。クトゥルフの落し子とは領土を巡って争った敵対関係にあり、ミ=ゴとはジュラ紀の侵攻戦争で敵対した。また、彼らが植物・動物の原型細胞を無制御に発展させた結果として、後の哺乳類や人類の遠い先祖が生まれたとも示唆されており、隠された壁画には食用や見世物のサルに似た原始的な哺乳類も描かれていたという。
主要登場作と読みどころ
- 『狂気の山脈にて』(1931年執筆/1936年発表): 本種の唯一の登場作であり、全ての設定の出典でもある。探検隊員レイクの電報文体の記録から始まり、壁画の解読を通じて彼らの文明史全体が明かされていく構成が読みどころである
- 終盤、語り手ダイヤーが「たとえ彼らが何であったとしても、彼らは人間だったのだ」と心中で叫ぶ場面は[4]、恐怖の対象だった存在に対する知的生命同士の共感と哀情を描く、本作最大の読みどころである。
よくある誤解
Q. 人類は古のものの子孫なのですか?
A. 原典はそこまで明言していません。古のものが地球上の生命を広く創造したという記述や、人類に似た原始的な哺乳類が既に登場していたという示唆はありますが、人類との直接的な血縁関係を断定する記述はありません。
出典
- [1] “the “shoggoths” in his frightful Necronomicon”(訳: 「彼の恐ろしい『ネクロノミコン』において「shoggoths」として」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”, 公式アーカイブ ↩
- [2] “Objects are eight feet long all over. Six-foot five-ridged barrel torso 3.5 feet central diameter, 1 foot end diameters.”(訳: 「物体は全長で8フィート。五つの稜を持つ6フィートの樽型の胴体は、中心部の直径3.5フィート、両端の直径1フィート。」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”, 公式アーカイブ ↩
- [3] “At top of torso blunt bulbous neck of lighter grey with gill-like suggestions holds yellowish five-pointed starfish-shaped apparent head covered with three-inch wiry cilia of various prismatic colours.”(訳: 「胴体の上部には、鰓のような形跡をもつやや薄い灰色の太い首があり、その先には黄色を帯びた五芒星状の頭部がつき、様々な色に光るプリズム状の三インチの細い繊毛に覆われている。」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”, 公式アーカイブ ↩
- [4] “Radiates, vegetables, monstrosities, star-spawn—whatever they had been, they were men!”(訳: 「放射形動物だろうと、植物だろうと、怪物だろうと、星の落し子だろうとも——たとえ彼らが何であったとしても、彼らは人間だったのだ!」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”, 公式アーカイブ ↩
用語集にも古のもの(概略)として簡潔な解説があります。





