概要
ロバート・ウィリアム・チェンバース(Robert William Chambers, 1865年5月26日 – 1933年12月16日)は、生前は主に大衆向けのロマンス小説・歴史小説の売れっ子作家として知られたアメリカの作家である。しかし今日クトゥルフ神話の読者にとって重要なのは、彼が画業から文筆へ転じた初期に著した連作短編集「黄衣の王」(The King in Yellow, 1895年)である。この作品でチェンバースは、アンブローズ・ビアスが「カルコサの住人」「羊飼いハイタ」で生み出した「カルコサ」「ハスター」「ハリ」という固有名詞を借用し、それらをビアスの原意からまったく異なる、狂気を誘う禁断の戯曲というモチーフに結びつけて再構築した。さらに「黄の印」という新たな意匠を加えたことで、彼はビアスからH・P・ラヴクラフトへと続く系譜の、決定的な第二の環となった。ラヴクラフトは1927年頃に本作を読んで深く魅了され、「囁くもの」の中でハスター・ハリ湖・黄の印をそのまま自身の神話体系に組み込んでいる。
基本情報
- 氏名:ロバート・ウィリアム・チェンバース(Robert William Chambers)
- 生年月日:1865年5月26日
- 没年月日:1933年12月16日(腸の手術後3日で死去、享年68)
- 出生地:アメリカ合衆国ニューヨーク州ブルックリン
- 国籍:アメリカ合衆国
- 主要職業:画家(イラストレーター)、小説家(怪奇小説・ロマンス小説・歴史小説)
生涯
チェンバースは弁護士ウィリアム・P・チェンバースとキャロライン・スミス・ボートンの子としてブルックリンに生まれた。当初は画家を志し、ブルックリン工業専門学校で学んだ後、アート・スチューデンツ・リーグに進学する。ここで後に著名な挿絵画家となるチャールズ・ダナ・ギブソンと同窓であった。さらに1886年から1893年にかけてパリに渡り、エコール・デ・ボザールとアカデミー・ジュリアンで絵画を学んだ。1889年にはサロン(官展)に作品が展示されるなど、画家としても一定の評価を得ている。
帰国後、チェンバースは雑誌「Life」「Truth」「Vogue」などに挿絵を売り込み、イラストレーターとして生計を立てた。しかし1890年代半ばから小説執筆に転じ、1895年に連作短編集「黄衣の王」を刊行する。これは同名の架空の戯曲を読んだ者が例外なく狂気に陥るという設定でつながれた怪奇短編集であり、当時のアメリカ怪奇文学の中でも異色の完成度を誇った。1898年7月12日にはエルザ(エルシー)・ヴォーン・モラーと結婚し、息子ロバート・エドワード・スチュアート・チェンバースをもうけている。
しかしチェンバース自身は「黄衣の王」の成功を怪奇小説家としての方向性に結びつけることなく、以後は歴史小説やロマンス小説へと軸足を移していく。「The Common Law」をはじめとする大衆向け長編小説群は当時のベストセラーリストの常連となり、20世紀初頭のアメリカにおいて最も商業的に成功した作家の一人となった。存命当時の評価はもっぱらこれらのロマンス作家としてのものであり、「黄衣の王」はむしろ後年、怪奇幻想文学の系譜の中で再発見され、その価値を高めていくことになる。
なお、チェンバースは「黄衣の王」以降も「The Maker of Moons」(1896年)や「In Search of the Unknown」(1904年)など、怪奇・幻想味を残した短編集をいくつか刊行しており、完全に筆を絶ったわけではない。だが第一次世界大戦前後からは歴史ロマンスの大量生産作家としての活動が主となり、批評家からの評価は次第に下降していった。それでも「黄衣の王」一冊が持つ独自の陰影は、彼の存命中から少数の目の利く読者――ラヴクラフトを含む――の間で密かに語り継がれていた。1933年12月16日、チェンバースは腸の手術から3日後にニューヨークで死去した。
クトゥルフ神話への貢献
チェンバースの神話史における位置づけは、単なる後継者ではなく「変容の作家」としてのそれである。彼が1895年に刊行した「黄衣の王」、とりわけ表題作を模した戯曲のモチーフを軸とする連作の中で、「名誉修理者」、「黄の印」、「仮面」、「竜の路地にて」といった諸作が展開される。
チェンバースはアンブローズ・ビアスの「カルコサの住人」「羊飼いハイタ」から「カルコサ」「ハスター」「ハリ」という三つの固有名詞を借用したが、その扱いはビアスの原意から大きく踏み越えたものであった。ビアスにおいて牧人の慈悲深い神であったハスターは、チェンバースの筆下では人物か場所か判然としない、不気味な暗示に満ちた存在へと変貌する。単なる哲学者の名であった「ハリ」は「ハリ湖」という地名に転生し、滅びた都市カルコサは双子の太陽の下に朽ちる、より濃密な終末的イメージを帯びた舞台として描き直された。そして何よりチェンバース自身の創造物として、読む者を確実に狂気へ導く戯曲「黄衣の王」そのものと、その象徴たる「黄の印」という意匠が加えられた。禁断の書物(あるいは戯曲)に触れることで理性を失うというこの構図は、後にラヴクラフトが「ネクロノミコン」を中心に据えて洗練させる「禁書モチーフ」の直接の先駆けである。
H・P・ラヴクラフトは自らのエッセイ「文学における超自然の恐怖」でチェンバースの「黄衣の王」を高く評価し、1927年前後にこれを読んで強く感化された。その成果は1931年の中編「囁くもの」に結実し、ハスターの名、ハリ湖、黄の印への言及がクトゥルフを頂点とする神話体系の中に正式に組み込まれることになった。ここからさらにオーガスト・ダーレスが「ハスターの帰還」でハスターを神格として完成させ、ビアス→チェンバース→ラヴクラフト→ダーレスの系譜は閉じる。チェンバースは、この鎖の中で名前の意味を根本から書き換えた、いわば「変換装置」としての役割を担った作家なのである。
主要作品と本サイトの関連記事
- 連作短編集「黄衣の王」(The King in Yellow, 1895年)——劇中劇の戯曲そのものの解説は黄衣の王(戯曲)を参照
- 名誉修理者
- 黄の印
- 仮面
- 竜の路地にて
- 大衆長編小説「The Common Law」など(ロマンス小説、本サイト対象外)
- 関連する神話項目:黄衣の王(戯曲)、カルコサ、ハリ、ハスター、黄の印(用語)、クトゥルフ
- 系譜の前後:カルコサの住人(ビアス)、囁くもの(ラヴクラフト)
後世への影響
チェンバース自身は生涯の大半を怪奇小説から離れたロマンス作家として過ごしたが、「黄衣の王」一冊が後世に与えた影響は測りがたい。彼が創造した「黄の印」「ハリ湖」という意匠、そして「読むと発狂する書物・戯曲」というモチーフは、ラヴクラフトの神話体系の中核的な発想装置となり、さらに現代のポップカルチャーにも及んでいる(HBOドラマ「トゥルー・ディテクティブ」第1シーズンでの「黄衣の王」への言及はその代表例である)。ビアスが蒔いた種を、チェンバースは意味を組み替えて育て、ラヴクラフトへ橋渡しした。系譜における彼の役割を抜きにして、ハスターやカルコサが今日の神話体系で占める位置を語ることはできない。



