実在の人物(作家) — CLARK ASHTON SMITH

クラーク・アシュトン・スミス

H・P・ラヴクラフト、ロバート・E・ハワードと並ぶ「ウィアード・テイルズの御三家」の一人。詩人として出発し、蟇蛙神ツァトゥグァをはじめとする神格を生み出した小説家であり、晩年は彫刻家としても活動した。

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クラーク・アシュトン・スミス
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概要

クラーク・アシュトン・スミス(Clark Ashton Smith, 1893年1月13日 – 1961年8月14日)は、H・P・ラヴクラフト、ロバート・E・ハワードと共に「ウィアード・テイルズの御三家」の一人に数えられるアメリカの詩人・小説家である。1922年から、ラヴクラフトが死去する1937年まで15年にわたり文通を続けた「ラヴクラフト・サークル」の一員であり、自身のハイパーボリア連作で創造した蟇蛙神ツァトゥグァをはじめとする神格や地名が、ラヴクラフト自身の作品に参照というかたちで取り込まれたことで知られる。詩人として出発し、1929年以降の数年間に旺盛な短編小説の執筆期を迎えた後、1937年を境に活動の重心を彫刻へと移していったという、生涯を通じた作風・活動領域の変遷が大きな特徴である。

基本情報

  • 氏名:クラーク・アシュトン・スミス(Clark Ashton Smith)
  • 生年月日:1893年1月13日[4]
  • 没年月日:1961年8月14日(享年68、一連の脳卒中による衰弱の末、睡眠中に死去)[1][4]
  • 出生地:アメリカ合衆国カリフォルニア州プレイサー郡ロングバレー[1][4]
  • 国籍:アメリカ合衆国
  • 主要職業:詩人、小説家、彫刻家

生涯

スミスはカリフォルニア州プレイサー郡ロングバレーで、Timeus SmithとMary Frances Smithの子として生まれた。父はホテルの夜間係を務めており、その薄給もあって、スミスは家計を助けるため14歳で学校を退学したと伝えられる[1]。1923年から1926年にかけては地元紙Auburn Journalにコラムを持ち、主に自作の短詩やエピグラムを寄稿し、一時は同紙の夜間編集者も務めたという[1]。詩集『Ebony and Crystal』(1922年執筆、印刷は1925年10月)、『Sandalwood』(1925年)、短編集『The Double Shadow and Other Fantasies』(1933年)は、いずれもこのオーバーンの地元紙印刷所(Auburn Journal Press)から自費出版された[1]。

1929年9月からの4か月間には、アトランティス(ポセイドニス)連作の第一作『最後の呪文』、アヴェロワーニュ連作の第一作「物語の結末」、ハイパーボリア連作の第一作『サタムプラ・ゼイロスの物語』が立て続けに書かれ、以後スミスは超未来の大陸ゾティーク(16編)、超古代の大陸ハイパーボリア(10編)、中世フランスを舞台とするアヴェロワーニュ(11編)という代表的な連作を精力的に発表していく[2]。しかし1937年、父とラヴクラフトが相次いで死去した頃を境に小説の執筆量は大きく減少し、代わって1934年頃から始めていた彫刻に力を入れるようになり、生涯で約200点の彫刻作品を制作したとされる[1]。実際、1937年から死去する1961年までの25年間に新たに書いた小説はわずか十数編にとどまり、それ以前の旺盛な執筆量とは対照的だったと伝えられる[1]。

1954年にCarolyn(Carol) Jones Dormanと結婚した後はパシフィック・グローブに移り、生計のため近隣住民の庭師として働いたという。1961年に一連の脳卒中を発症し、同年8月14日、睡眠中に静かに死去した。享年68。遺灰は1957年の火災で焼失した生家跡の近くの岩のそばに埋葬され、墓標は設けられなかったが、1985年にオーバーンのプレイサー郡立図書館、2003年にはオーバーンのBicentennial Parkにスミスを顕彰する銘板が設置されたという[1]。

クトゥルフ神話への貢献

スミスがハイパーボリア連作で作り出した蟇蛙神ツァトゥグァ、地底世界ンカイ、『エイボンの書』といった要素は、H・P・ラヴクラフトのクトゥルフ神話に参照というかたちで取り込まれたとされる。スミス自身、この神格への愛着が深かったとみられ、1934年のリチャード・シーライト宛書簡では「ツァトゥグァは私の得意分野の一つだ(Tsathoggua is one of my specialties!)」と記しているという[2]。当サイトは書簡の原文を照合していない。ラヴクラフトの側もこれに応え、自作「The Whisperer in Darkness」と(R・H・バーロウとの共作)「The Battle That Ended the Century」の中で、アトランティスの大神官を「Klarkash-Ton」と呼び、友への敬意を示したという[2]。

ツァトゥグァのほか、ウボ=サスラ、アブホース、アトラク=ナクア、モルディギアン、ヴルトゥーム、アフォーゴモン、リム・シャイコースなど、スミス自身の短編小説を初出とする神格が複数存在し、ラヴクラフトが友人・後継作家たちに自らの創造物を自由に使わせたのと同じ構図で、これらの神格も本サイトの他の記事にたびたび登場する。H・P・ラヴクラフトはスミスの作品について「純然たる悪魔的な奇怪さと着想の豊饒さにおいて、クラーク・アシュトン・スミスはおそらく並ぶ者がいない」と評したと伝えられる[1]。当サイトは原文を照合していない。

SF側からの評価。SF百科事典(SFE)は、スミスを「アメリカの彫刻家・作家」と紹介したうえで、その関心の中心を科学幻想(Science Fantasy)と恐怖小説に置く[5]。注目すべきは、SFEがスミスの功績をジャンル史の中に位置づけている点である。豊かな文体と華麗な着想が、20世紀初頭の惑星間ロマンスを、戦後のリー・ブラケットらが磨き上げる本格的な惑星冒険譚(Planetary Romance)へ変える働きをしたという[5]。さらにSFEは、SFの舞台としての「遥かな未来」を成立させた立役者としてスミスを挙げ、その「滅びゆく地球(Dying Earth)」ものがジャック・ヴァンスらに受け継がれたと書く[5]。

つまりスミスは、クトゥルフ神話の側から見ればツァトゥグァの作者だが、SFの側から見れば別の系譜の起点でもある。当サイトが神格記事で繰り返し参照してきた「ハイパーボリア連作」も、SFEの視点では滅びゆく世界を描く一群の一部として扱われている[5]。一人の作家が二つの歴史に別々の名前で記録されている、と言い換えてもよい。

当サイトがこの数日で確かめたこと。神格記事の出典を付け直す作業の中で、スミスの作品にはいくつかの実地の確認ができた。「土星への扉」は初出誌『Strange Tales』1932年1月号のスキャンが公開されており、当サイトは本文を検索してフジウルクォイグムンズハーとイホウンデーの描かれ方を確認した。1932年という発表年はラヴクラフトの生前にあたるため、当サイトの三層区分ではこの2柱を原典(オリジナル正典)として扱っている。

一方、「白蛆の襲来」(1941年)は没後の発表で拡張神話の側に入り、系譜文書「From the Parchments of Pnom」に由来するとされるズヴィルポググーアは、読める形になったのが1997年以降だった。同じ作家の手から出ていても、発表の時期によって層が分かれる。スミスはその分岐点をまたいで書き続けた数少ない書き手である。

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後世への影響

スミスに関する最新かつ権威ある書誌は、S. T. Joshi、David E. Schultz、Scott Connorsによる『Clark Ashton Smith: A Comprehensive Bibliography』(Hippocampus Press、2020年)であり、Donald Sidney-Fryerによる1978年の書誌『Emperor of Dreams』を書誌学的に全面的に置き換えるものとされる[3]。Hippocampus Pressからはこのほか、スミスの書簡集として『Dawnward Spire, Lonely Hill: The Letters of H. P. Lovecraft and Clark Ashton Smith』(2017年)、『Eccentric, Impractical Devils: The Letters of August Derleth and Clark Ashton Smith』(2020年)、『Born Under Saturn: The Letters of Samuel Loveman and Clark Ashton Smith』(2021年)、『To Worlds Unknown: The Letters of Clark Ashton Smith, Donald Wandrei, Howard Wandrei, and R. H. Barlow』(2023年)が順次刊行されている[3]。

日本語訳は2009年から2011年にかけて東京創元社の創元推理文庫から、大瀧啓裕の翻訳で代表的な3連作『ゾティーク幻妖怪異譚』『ヒュペルボレオス極北神怪譚』『アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚』が刊行されたほか、2017年には書苑新社・アトリエサードより安田均編訳の『魔術師の帝国』シリーズも刊行されている。レイ・ブラッドベリはスミスの作品について「私の心を、信じがたいほどの世界、途方もなく美しい都市、そしてさらに幻想的な生き物たちで満たしてくれた」と述べたと伝えられ(当サイトは原文を照合していない)[1]、ラヴクラフトの死後もその幻想文学は世代を超えて読み継がれている。

当サイトでの扱い

スミスの作品は現時点でパブリックドメインかどうかを当サイトが判定できる立場になく、神格記事では原文からの直接引用を行わない方針を取っている。初出誌のスキャンが公開されている作品については本文を検索・照合したうえで、場面の要約として記述している。書簡や遺稿に由来するとされる設定は、原文を確認できていないため「通説では」と断って区別している。

出典

  • [1] EBSCO Research Starters「Clark Ashton Smith」(該当ページ)。生没年、出生地、父の職業と14歳での退学、Auburn Journalでのコラム執筆と夜間編集者の職、自費出版の経緯、彫刻作品およそ200点、晩年と没後の顕彰について確認した(2026年9月15日確認)。ラヴクラフト評・ブラッドベリ評は同記事の記載によるもので、当サイトは原文を照合していない。 ↩
  • [2] Black Gate「The Fantasy Cycles of Clark Ashton Smith PART II」(該当ページ)。連作ごとの編数、1934年のリチャード・シーライト宛書簡の一節、ラヴクラフトが用いた「Klarkash-Ton」の呼称についての記述を確認した。書簡の原文は当サイトで照合していない。 ↩
  • [3] Hippocampus Press「Clark Ashton Smith: A Comprehensive Bibliography」紹介ページ(該当ページ)。S. T. Joshi、David E. Schultz、Scott Connors編、2020年刊。同社が刊行する書簡集の一覧もここで確認した。 ↩
  • [4] 書誌データベースISFDB、著者記録「Clark Ashton Smith」Author Record #819(該当ページ)。法定名Smith, Clark Ashton、出生地カリフォルニア州ロングバレー、生年月日1893年1月13日、没年月日1961年8月14日。ISFDBは利用者が編集する書誌データベースであり、当サイトでは生没年などの基礎データと刊行事実に限って用いる。 ↩
  • [5] The Encyclopedia of Science Fiction(SFE)「Smith, Clark Ashton」(該当ページ)。生没年(1893-1961)、彫刻家・作家としての紹介、惑星冒険譚の成立への寄与、「遥かな未来」および「滅びゆく地球」ものの系譜における位置づけ、ジャック・ヴァンスらへの影響についての記述を確認した(2026年9月15日確認)。SFEは編集体制のある事典である。 ↩
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