導入
2026年8月19日、『The Mound: Omen of Cthulhu』の公式Xが「50万人プレイヤー! なんという節目だ」と投稿しました。あわせて、チリの開発チームからの謝辞と、最初のコンテンツアップデートの予告が添えられていました[1]。予告どおり2026年8月31日に「Patch 1.04 – Content Update」として配信され、開発元は「今回の更新は新しいコンテンツを加えることに絞った」と述べています[8]。発売は7月15日、PC・PlayStation 5・Xbox Series X|S向け、開発はチリ・サンティアゴのACE Team、販売はNaconです[2]。Steamのユーザーレビューは8月21日時点で3,761件中2,582件が好評、評価は「賛否両論(Mixed)」となっています[3]。
50万人という数字そのものより、この記事で追いたいのは題名のほうです。「The Mound(墳丘)」は、ラヴクラフトがゼリア・ビショップの依頼を受けて代作した中編の題でもあります。ゲームの副題は「Omen of Cthulhu」、つまりクトゥルフの前兆。では、2026年の協力型ホラーと1929年の中編は、どこまで繋がっているのでしょうか。
なお筆者は本作をプレイしていません。以下で扱えるのは公式ストアの文言と開発元の発言までで、ゲーム内で実際に何が語られるかは未確認のまま扱います。
公式は何を名指ししているか
まず確認しておきたいのは、「原典との関係」がどこで語られているかです。
Nacon公式の商品ページとSteamのストアページは、「The Mound is inspired by Lovecraft’s tales(『The Mound』はラヴクラフトの物語群に着想を得ている)」という言い方にとどめており、特定の作品名を出していません[2][4]。ラヴクラフトの名前は出しても、どの作品かは書いていないわけです。
一方、開発元のACE Teamはインタビューではっきり答えています。「新作はH・P・ラヴクラフトのより知られていない設定群——具体的にはSFホラー中編『The Mound』——に強く着想を得ている」[5]。中編の題名をはっきり口にしているのは、いまのところ開発元のこの発言だけです。
同じインタビューで、ACE Teamは狂気システムについて「『エターナルダークネス』に着想を得たが、その概念をさらに進める必要があった」と述べ、開発上もっとも難しかった機能だったと語っています。また舞台となる森について「バルディビアの森を本物らしく描画すること」が技術的・美術的な難題だったとも述べています[5]。バルディビア温帯雨林はチリ南部の森林で、熱帯のジャングルではありません。開発陣が自国の森を舞台に選んでいる、という事実がここから読み取れます。
原典の「墳丘」はどんな話か
原典の中編は、1929年12月から1930年1月にかけて書かれました。ゼリア・ビショップが持ち込んだ原案は「近くにインディアンの墳丘があり、首のない幽霊が出る。時に女性の姿をとる」という一文だけで、ラヴクラフトはそこから約29,560語の物語を組み上げています。生前は未発表で、オーガスト・ダーレスが大幅に短縮した版が1940年11月号の《ウィアード・テイルズ》に載り、無削除の完全版が出たのは1989年でした。
物語の語り手は1928年にオクラホマ州ビンガーを訪れた民族学者です。墳丘を掘って金属製の円筒を見つけ、その中から、パンフィロ・デ・サマコナ・イ・ヌーニェスという人物が1545年付でスペイン語で記した手記が出てきます。手記に書かれているのは、墳丘の下に広がる地底世界クン=ヤンの地誌・社会・信仰と、そこから脱出しようとして失敗したサマコナ自身の顛末です。手引きをしたクン=ヤン人の女性トゥラ=ユブは拷問と切断刑を受け、首のない死体奴隷として出入口の歩哨に立たされます。冒頭で語り手が聞かされた「夜に出る首のない女」の正体がそれでした。
つまり原典は二重構造です。20世紀の調査者が、16世紀のスペイン人探検家の書き物を読む。読者が読むのは、ほぼ全編が引用された手記のほうです。
受け継がれているもの
こうして並べると、ゲームが原典から取ったものは、表面的な題名以上のところにあります。
16世紀のスペイン人探検家という視点。 公式ストアは「ガレオン船から次の遠征の準備をする。船長と契約を交わし、持ち帰った財宝と引き換えに装備を受け取る」と説明します[4]。ガレオン船と船長との契約、そして財宝を求めて未知の陸地へ上がるという構図は、大航海時代の探検隊です。原典で手記を書いたサマコナと同じ立場に、プレイヤーが置かれているわけです。原典の読者は20世紀の民族学者の肩越しに手記を読みますが、ゲームは手記を書いた側そのものを操作させます。
文書を回収して先へ進むという手順。 ストアページはこう書いています。「遠征中に打ち捨てられた砦を発見し、その航海日誌を回収して、次の遠征の新たな出発地点として解放する」[4]。書かれた記録を見つけることが進行の条件になっている。原典で語り手が円筒から手記を取り出したのと、動機の作りが同じです。ラヴクラフト作品でくり返される「文書を集めて真相へ近づく」構造が、進行システムとして翻訳されていると言えます。
財宝を目当てに潜るという動機。 手記のサマコナはコロナード隊の一員でしたが、自分の取り分を誰とも分けずに済むという計算から隊を離れ、単独で富と名声を求めて地底へ降りていきます。そして黄金でできた神殿にたどり着く。ゲームは、船長と契約を交わし、持ち帰った財宝と引き換えに装備を受け取るという形で、この動機をそのまま遊びの目的に据えました[4][6]。宝探しと恐怖が同じ行動の裏表になっている点は、原典から素直に引き継がれています。違いは結末のほうで、サマコナは富を持ち帰るどころか地上へ戻ること自体を許されませんでした。
入れ替わっているもの
場所。 原典の墳丘はオクラホマ州カドー郡ビンガーの近郊にあります。ゲームが描く森について開発元が挙げるのは、チリ南部のバルディビアの森です[5]。北米の草原からラテンアメリカの雨林へ、丸ごと移されています。原典が抱えていた先住民描写の問題——オクラホマ大学関連の研究者が「現代の基準からすれば著しく配慮を欠く」と評した点は原典の記事で触れました——を、開発陣が自分たちの土地の話として引き受け直した、という読み方もできます。
墳丘の位置づけ。 ここが最も大きい違いです。原典で墳丘は入口でした。語り手は物語の序盤で墳丘を掘り、円筒を取り出します。以後の本体は地下世界の話です。ところがゲームでは、ストアページの見出しがそのまま「IN SEARCH OF THE MOUND(墳丘を求めて)」であり、「呪われた密林の奥へと進み、想像を絶する財宝を隠すと噂される墳丘を探せ」と書かれています[4]。入口だったものが、到達点に変わっている。
戻ってこられるかどうか。 原典のサマコナは地上へ戻れませんでした。手引きをした女性は見せしめにされ、手記だけが円筒に収められて残ります。一度入ったら出られない、という前提が物語の重みを作っています。対してゲームはエクストラクション型、つまり「潜って、持ち帰り、また潜る」を反復する設計です[4]。帰還が前提になった時点で、原典が置いていた不可逆性は別のものに置き換わります。
クトゥルフの近さ。 ここは原典のほうが踏み込んでいます。「墳丘」でクトゥルフは「トゥルー(Tulu)」の名で呼ばれ、蛸頭の姿で地底の民を星から連れてきた神とされます。クン=ヤンの神殿には暗い金属でできたその偶像が据えられ、蛇の父イグとともに、かつては人身供犠まで捧げられていました。もっともサマコナが見た時代には信仰そのものは薄れており、手記は、いまや彼らがトゥルーを敬うのは美的な理由からだ、という趣旨を記します。そして20世紀の語り手は、円筒に刻まれた蛸頭の意匠と手記の伝承を、後になって新しく知られるようになったクトゥルフの伝承と結びつけて考えるようになる、と書きます[6]。対してゲームは副題が「Omen(前兆)」で、Nacon公式とSteamの紹介文にクトゥルフ本体は現れません[2][4]。神殿と偶像を持つ神だった原典より、ゲームのほうがクトゥルフを遠くに置いていることになります。
恐怖の在りか。 ゲームの狂気システムは、プレイヤーごとに知覚を歪め、見えているものが仲間と食い違うようにします。「もはや自分が見たもの、聞いたものを信じられなくなる」と公式は説明します[4]。恐怖の源は、記録が信用できないことです。ところが原典の恐怖は逆で、手記に書かれていることが全部本当だった、というところにあります。疑うべきは記録ではなく、記録が事実だと認めてしまった自分の理解のほうでした。
それでも「墳丘」だった理由
ここまで並べると入れ替えのほうが目立ちますが、開発元が数ある候補からこの中編を選んだ理由は、たぶん筋書きではありません。「墳丘」は、ラヴクラフト作品のなかでも非人間の文明を最も詳しく書き込んだ一本です。当サイトの原典記事でも触れたとおり、この点で並ぶのは「狂気の山脈にて」と「時間からの影」しかありません。地下に広がる社会と信仰の厚みが、探索して踏み込んでいく遊びの土台に向いている——中編を名指しした開発元の発言[5]は、そう読むのが自然です。
代作という出自も無関係ではないでしょう。ビショップ名義で発表され、イグやツァトゥグァといった神格が脇に置かれたこの中編は、『クトゥルフの呼び声』や『インスマスの影』ほど繰り返し映像化・ゲーム化されてきませんでした。ACE Teamが「より知られていない設定群」と言うのは正確です。手垢のついていない題材だからこそ、大きく作り変える余地があった、とも言えます。
まとめ
『The Mound: Omen of Cthulhu』が原典から受け継いだのは、怪物の造形ではなく、探検家の視点と、文書を集めて奥へ進むという手順と、財宝への欲でした。入れ替えたのは、場所、墳丘の役割、帰還できるかどうか、そしてクトゥルフとの距離です。原典の墳丘は開けてはいけない入口で、ゲームの墳丘は辿り着くべき目的地になりました。原典で神殿に偶像を持っていた神は、ゲームでは題名の中の「前兆」になりました。
「神話の三層」の枠で言えば、原典の「墳丘」はラヴクラフト自身が書いた作品でありながらビショップ名義で世に出た、層の境目に置かれる一本です。そこから100年近く経って、チリの開発チームが自国の森を舞台に作り直した。『The Sinking City 2』のアーカムやゲームの「深きもの」で見たのと同じく、ゲームは原典の一部だけを取り出して別の形に組み替えます。何が落ちたかを数えるより、何が残ったかを見るほうが、たぶん面白いところです。
ゲーム本体の紹介はThe Mound: Omen of Cthulhuの記事にあります。
出典
- [1] The Mound: Omen of Cthulhu 公式X(@PlayTheMound)、2026年8月19日投稿 — 「500,000 players! ⚔️ What a milestone. To everyone who has played, screamed, and been freaked out by the Mound: from all of us here in Chile, thank you so much. On August 31st, we’ll be dropping our first content update.」 公式X ↩
- [2] Nacon公式『The Mound: Omen of Cthulhu』商品ページ(2026年8月21日確認) — 開発ACE Team、販売Nacon、発売日2026年7月15日、日本語を含む11言語対応、「The Mound is inspired by Lovecraft’s tales to create an oppressive and unpredictable atmosphere」の記述 Nacon公式 ↩
- [3] Steam公式レビュー集計API(App ID 2569760、2026年8月21日取得) — 総レビュー3,761件、うち好評2,582件、評価区分「Mixed(賛否両論)」 Steam ↩
- [4] Steam公式『The Mound: Omen of Cthulhu』ストアページ(2026年8月21日確認) — 「Aboard the galleon, prepare for your next expedition. Sign a contract with the captain to receive gear in exchange for the treasures you bring back」「Discover abandoned forts during your expedition and recover their logbooks to unlock them as new starting point for future expeditions」「Venture ever deeper in the cursed jungle in search of The Mound, rumored to hold treasures beyond imagination」「Soon you can no longer trust what you see and what you hear」の記述、および見出し「IN SEARCH OF THE MOUND」 Steam ↩
- [5] Intel Gaming Access「Into Lovecraft Country—The Mound: Omen of Cthulhu」 — ACE Teamの発言「The new game is heavily inspired by HP Lovecraft’s more obscure lore—specifically the sci-fi/horror novella The Mound.」「The madness system was our most challenging feature to develop. We were inspired by Eternal Darkness, but we needed to take the concept further.」「A second challenge was rendering the Valdivian jungle with authenticity.」を掲載 Intel Gaming Access ↩
- [6] H. P. Lovecraft(ゼリア・ビショップ名義)”The Mound” 原文(2026年8月21日確認)。サマコナがコロナード隊を離れて単独で富を求めた経緯と黄金の神殿、トゥルーの偶像・神殿、イグとトゥルーへの人身供犠、信仰が薄れて美的な理由で敬われている旨、語り手が円筒の意匠をクトゥルフの伝承と結びつける旨を、本文で確認した。本作はパブリックドメインと確認できていないため、当サイトの墳丘の記事と同じく原文からの引用は行わず、内容の要約のみを用いる 原文 ↩
- [7] 原典「The Mound」の書誌・成立事情・評価については当サイトの墳丘およびクン=ヤンの記事にまとめている。 ↩
- [8] The Mound: Omen of Cthulhu Steam公式ニュース「Patch 1.04 – Content Update」2026年8月31日 — “Today’s update is focused on bringing new content to The Mound and is part of our plans for the continued expansion and development of the game.” Steam ↩




