概要
アーカム療養所で射殺された友人エドワード・ダービーの真相を、犯人であるダニエル・アプトン自身が語る一人称の告白体小説。物語は「私が親友の頭に六発の弾丸を撃ち込んだのは事実だが、それでも自分は殺人者ではないと、この手記で示したいと思う」というアプトン自身の告白から始まる[1]。妻アセナス、そしてその亡き父エフレイム・ウェイトを巡る精神転移(身体の乗っ取り)の恐怖を描く。
作品情報
- 執筆・発表年: 1933年8月執筆/1937年1月発表(「ウィアード・テイルズ」誌、ラヴクラフトの死後刊行)
- 主題タグ: 精神の乗っ取り、弱い男と支配的な女、禁書と魔術の血統
登場神格・用語
あらすじ
語り手ダニエル・アプトンは、友人エドワード・ダービーが精神病院の独房で射殺された事件の真相を語り始める。内気な青年エドワードは、老魔術師エフレイム・ウェイトの娘アセナスと結婚するが、彼女はインスマスの血を引く不穏な家系の出であった。結婚後、エドワードの人格は次第に不安定になり、時折「別人のような」振る舞いを見せるようになる。療養所に収容されたはずのエドワードが正気を取り戻したという報せを受けてアプトンが面会に赴くと、そこにいるのは確かに理性的な人物でありながら、アセナスによく似た目つきで、これまでのエドワードとは何かが決定的に違う――「これは正気の人間だ――だが、果たして自分の知るエドワード・ダービーなのだろうか?」とアプトンは疑念を拭えない[2]。やがてアプトンは、エフレイム自身が娘アセナスの肉体に精神を移し、さらに結婚を通じてエドワードの肉体をも乗っ取ろうとしていたことに気づく。エドワードから届いた助けを求める狂気の手紙を受け、アプトンは彼を訪ねるが、そこにいたのはもはやエドワードの人格ではなかった。最終的にアプトンは、精神病院の独房で「エドワードではない何か」を射殺する決断を下し、遺体について「火葬しなければならない――私が撃ったとき、それはエドワード・ダービーではなかったのだから」と手記に書き残す[3]。
読みどころと注目テーマ
本作の緊張感は、犯人自らが「なぜ親友を撃たねばならなかったか」を語るという告白体の構成そのものから生まれている。読者は最初から結末(アプトンが発砲したこと)を知らされながら、その理由を最後まで疑いつつ読み進めることになる。当時のラヴクラフト作品としては珍しく、内気で受動的な男性(エドワード)が、強い意志を持つ女性的な外見の人物(実際には老魔術師エフレイムの精神)に人格ごと支配・簒奪されていくという構図を扱っており、身体と自己同一性の分離という恐怖がインスマスの血統的呪いと結びつけられている点も特徴的である。
執筆背景と影響
ラヴクラフト後期の代表作の一つで、精神転移というモチーフを扱った作品群(『闇に囁くもの』『時間からの影』)の系譜に連なる。弱い男性主人公が強い意志を持つ女性(実際には老魔術師)に支配されるという構図は、当時のラヴクラフト作品には珍しい心理的緊張を持つ。1933年8月に執筆されたが生前は発表されず、ラヴクラフトが没する1937年3月15日のわずか2か月前、同年1月号の「ウィアード・テイルズ」誌に掲載されるというかたちで世に出た、生前最後期の発表作の一つとなった[4]。作中で描かれるエドワード・ダービーの生い立ち――一人っ子として病弱さゆえに過保護に育てられ、閉じた生活の中で空想へと逃避したという少年期――は、ラヴクラフト自身の幼少期を色濃く反映したものとされる。また、若くして詩集が評判を呼んだという設定は同じく早熟の詩人だった友人クラーク・アシュトン・スミスを、ひげが薄くまばらにしか生えないという身体的特徴は、ラヴクラフトがからかいの種にしていた友人フランク・ベルナップ・ロングをそれぞれ下敷きにしていると指摘されている[4]。
出典
- [1] “It is true that I have sent six bullets through the head of my best friend, and yet I hope to shew by this statement that I am not his murderer.”(訳: 「私が親友の頭に六発の弾丸を撃ち込んだのは事実だが、それでも自分は殺人者ではないと、この手記で示したいと思う」) — H. P. Lovecraft, “The Thing on the Doorstep”(1933年執筆/1937年発表)冒頭, 公式アーカイブ ↩
- [2] “This was a sane person—but was it indeed the Edward Derby I had known?”(訳: 「これは正気の人間だ――だが、果たして自分の知るエドワード・ダービーなのだろうか?」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “He must be cremated—he who was not Edward Derby when I shot him.”(訳: 「火葬しなければならない――私が撃ったとき、それはエドワード・ダービーではなかったのだから」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] 1933年8月執筆、1937年1月号の「ウィアード・テイルズ」誌に掲載。ラヴクラフトの死(1937年3月15日)のおよそ2か月半前にあたり、生前に発表された最後期の作品の一つとなった。— 出典: Wikipedia「The Thing on the Doorstep」, 該当ページ ↩




