映画 — Dagon

Dagon

題名はラヴクラフトが1917年に書いた短編「ダゴン」だが、映画の筋立ての主な典拠は1931年執筆の中編「インスマスを覆う影」だとされる。舞台はニューイングランドからスペイン・ガリシアの漁村コンバッロへ移された。原典本文・スペイン政府の映画登録・当時のスペイン紙・学術論文を突き合わせ、この題名と中身のずれがどこから来たのかを追う。

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概要

『Dagon』は、スチュアート・ゴードンが監督した2001年のスペイン映画である。スペイン文化省の映画・視聴覚芸術庁(ICAA)の公的カタログに残る登録内容は、正式題名「DAGON, LA SECTA DEL MAR」(ダゴン、海の教団)、登録番号118200、製作年2001年、国籍スペイン100パーセント、上映時間98分、原版の長さ2,779メートル[1]。製作会社はバルセロナのCASTELAO PRODUCTIONS, S.A.U.が単独(100パーセント)で、国内配給はSOCIEDAD GENERAL DE DERECHOS AUDIOVISUALES, S.A.、国際セールスはFilmax(International Sales)が担った[1]。撮影期間は2000年11月20日から2001年1月26日まで。審査決定は2001年10月22日、スペイン国内公開は同年10月30日と登録されている[1]。

同カタログはさらに、興行収入219,827.56ユーロ、観客数53,788人、長編劇映画償却助成金633,875.01ユーロ、年齢区分「13歳未満には推奨しない」という数字まで公開している[1]。官報に載る種類の数字であり、当サイトが確認できた本作の最も硬い一次情報がここにある。

国際セールスを担うFilmax International Salesの公式作品ページは、上映時間を96分、言語を英語とスペイン語、主演をEzra Godden、Francisco Rabal、Raquel Meroño、Macarena Gomezと記載する[2]。上映時間はICAAの98分と2分食い違う。当サイトはどちらが何を数えた数字かを確認していない。

以下で当サイトが確認したのは、ICAAの登録内容、Filmaxの公式ページ、ラヴクラフト原典の本文、当時および後年のスペイン報道、査読誌に載った論文である。映像そのものは視聴していない。

原作表記は、公式資料のどこにも無い

本作について最初に押さえておくべきことは、「何を原作とするか」が公的資料に書かれていない、という事実である。

ICAAのカタログには監督・製作会社・配給・助成・興行成績まで並ぶが、当サイトが見た範囲では原作・原案にあたる欄が存在しない。ジャンル欄も空である[1]。Filmaxの公式作品ページにも、脚本欄・製作者欄が空欄のまま置かれており、原作の記載は無い[2]。

原作者の名が公式に現れるのは、Filmax International Salesが同ページに掲げているスペイン版ポスターの図版である。そこには題字の上に「H.P. Lovecraft’s」、下に「A JULIO FERNÁNDEZ / BRIAN YUZNA production for FANTASTIC FACTORY」「A film by STUART GORDON」と刷られている[画像1]。つまり公式に宣言されているのは「ラヴクラフトの『ダゴン』」であって、どの作品を脚色したかではない。

深い青の渦の中心に、牙の並んだ巨大な口が開いている。下部に題字と製作クレジット
画像:『Dagon』スペイン版ポスター(Filmax International Sales © 2025) — 出典:Filmax International Sales 公式サイト

短編「ダゴン」には、村も教団も出てこない

では、題名が指す1917年の短編には何が書かれているのか。原典本文を読めば、映画の筋立てとの距離はすぐに測れる。

「ダゴン」はラヴクラフトが1917年7月に書き、1919年11月の同人誌『The Vagrant』第11号(23〜29頁)に初めて載った短編である[3]。語り手は貨物監督として乗っていた船をドイツの通商破壊艦に捕らえられ、小舟で脱走して太平洋を漂う。眠っているあいだに海底が隆起し、彼は腐った魚の死骸に覆われた黒い泥の平原で目覚める。西へ歩いて谷を降り、対岸に巨大な一枚岩を見つける。その表面には魚・鰻・蛸・甲殻類・軟体動物・鯨といった水棲の象形文字と、浮き彫りが刻まれていた[3]。

浮き彫りに描かれた生き物を、語り手はこう書く。「水掻きのある手足、ぞっとするほど広く垂れた唇、ガラス玉のように飛び出した眼、そのほか思い出したくもない特徴にもかかわらず、全体の輪郭は忌まわしいほど人間じみていた」(訳は当サイトによる)[3]。やがて水面から巨体が現れ、一枚岩に鱗だらけの腕を巻きつけて頭を垂れ、測ったような音を発する。そこで語り手は正気を失う[3]。

短編にあるのはここまでである。村は出てこない。住民も、教団も、混血も、変貌も無い。 「ダゴン」という語が本文に現れるのはただ一箇所、サンフランシスコの病院で回復した語り手が民族学者を訪ねる場面だけだ。「かつて私はある著名な民族学者を訪ね、古代ペリシテ人の魚神ダゴンの伝説について奇妙な質問をして彼を面白がらせた」(訳は当サイトによる)[3]。一枚岩の前に現れた怪物を、語り手は一度もダゴンと呼んでいない。ダゴンは、海に出現した何かを説明しようとして語り手が引っぱってきた旧約由来の名前である。当サイトは本文全文に対する文字列検索でこれを確認した[3]。

物語は、語り手がモルヒネ中毒の末に窓から身を投げようとする独白として閉じる。結びの一句は「The window! The window!」[3]。なお、原文全体に対する文字列検索では、village・town・Innsmouth・hybridのいずれも本文に一度も現れない(cultが1回出るのは difficulty の一部である)[3]。

「インスマスを覆う影」から来ているもの

一方、1931年11月から12月3日にかけて書かれ、1936年にVisionary Publishing Co.から単行本として出た中編「インスマスを覆う影」には、映画の骨格にあたる要素が揃っている[4]。

まず「エソテリック・オーダー・オブ・ダゴン(Esoteric Order of Dagon)」という教団がある。語り手はニューベリーポートで老婦人からその名を聞き、インスマスの町に入ると、色褪せた黒と金の看板にその文字を読み取る。原文の説明は「the former Masonic Hall now given over to a degraded cult」——かつてのメイソン会館が堕落した教団に明け渡されている[4]。町の飲んだくれザドック・アレンの語りによれば、オベド・マーシュ船長が南洋の島で見た取引を持ち帰り、住民が「エソテリック・オーダー・オブ・ダゴン」を組織してカルヴァリー・コマンダリーからメイソン会館を買い取ったのだという。住民は「ダゴンの誓い」を立て、二番目・三番目の誓いへ進む者もいた[4]。ザドックは叫びの中で「子どもらは決して死なず、われらがかつて出てきた母なるヒュドラと父なるダゴンのもとへ帰るのだ」とも口走る[4]。

中編の枠組みも押さえておく。冒頭の一文は「1927年から28年の冬、連邦政府の役人がマサチューセッツの古い港町インスマスの状況について奇妙で秘密裏の調査を行った」[4]。結末では、語り手自身が鏡の中に「インスマス面」を認め、いとことともに海へ潜ってイハ・ンスレイへ向かうと宣言する[4]。外から来た者が閉じた町の秘密に触れ、追われ、最後に自分がその血を引いていたと知る——この形が、映画の筋立てとして紹介されている内容と重なる。

この対応関係を、当サイトが独自に断定するのではなく、資料がどう言っているかで示しておく。

  • RogerEbert.comの追悼記事(2020年、スチュアート・ゴードンの経歴を作品順にたどった長文)は、『Dagon』を「もう一本のラヴクラフト作品を脚色したスペイン製作の映画——この場合、彼の実際の『ダゴン』ではなく『インスマスを覆う影』を」と書いている[10]。
  • 査読誌『ODISEA』(アルメリア大学刊、第12号、2011年、245〜255頁)に載ったアリカンテ大学のJohn D. Sandersonの論文は、冒頭から「ラヴクラフトの物語『インスマスを覆う影』(1931)を『Dagon』(スチュアート・ゴードン、2001)という題名で映画化したことにより」と前提を置き、1917年の短編については「ラヴクラフトは1917年に『ダゴン』という題で6頁の短編を書いたが、この映画が実際に典拠としているのはもう一本の長い物語、『インスマスを覆う影』である」と明言している[5]。
  • ラ・ボス・デ・ガリシア紙は撮影開始前の2000年11月4日の時点ですでに、「映画が着想を得た小説『Shadows over Innsmouth』(ハワード・フィリップス・ラヴクラフト)に従い、コンバッロが同地の代わりを務める」と報じていた[6]。
  • 同紙の2020年の回顧記事も「H・P・ラヴクラフトの物語『インスマスを覆う影』に自由に基づく」と書く[13]。

ただし当時の報道が一枚岩だったわけではない。エル・パイス紙は撮影中の2000年12月6日の記事で、本作を「H・P・ラヴクラフトの初期の短編の一つに基づく」と紹介している[7]。初期の短編とは1917年の「ダゴン」を指すと読むのが自然だが、同記事はそれ以上の特定をしていない。題名と中身のずれは、公開後に指摘されたというより、撮影中から報道のあいだで揺れていたことになる。

短編「ダゴン」の要素が皆無というわけでもない。Sandersonは映画冒頭の悪夢の場面について、主人公が水中で記号に覆われた石の面と出会う描写を「先行する『ダゴン』の物語への接続」と読んでいる[5]。海底から現れた彫刻された石という一点だけは、短編から来ていると見る余地がある。当サイトは映像を確認していないため、この読みの当否は判断しない。

ニューイングランドからガリシアへ——なぜ移ったのか

舞台の移動には、はっきりした事情が資料に残っている。

ラ・ボス・デ・ガリシア紙2000年11月4日の記事によれば、製作のブライアン・ユズナは1985年からこの企画を進めており、アメリカとイギリスでの資金調達に失敗したのち、ファンタスティック・ファクトリーの提案を受け入れた[6]。当初はカタルーニャで撮る予定だったが、監督が「霧も影も無い」と言ったという。同記事はユズナの言葉をこう引く。「『Terra de fogo』の撮影中にガリシアを訪れ、コンバッロへ連れて行ってくれたのがウシア・ブランコだった。そこに全部あった。スチュアートと私は、舞台をガリシアに置くために脚本を書き直すことに決めた」(訳は当サイトによる)[6]。

つまり、ロケ地が先に決まり、脚本が後から動いた。原典の地理をどう翻案するかという文学的判断ではなく、霧と影のある場所を探した結果として、インスマスはポンテベドラ県ポイオ市のコンバッロになった。ラ・ボス・デ・ガリシア紙は公開日の記事でも、ゴードンをこの町へ連れて行ったのがガリシア出身の女優ウシア・ブランコだったと重ねて書いている[8]。

作中の町名「Imboca(インボカ)」について、Sandersonは「boca」がスペイン語で「口」であり、スペイン語の綴りの規則は/b/の前に/m/を要求するため、Innsmouthからの派生が明白だと説明する。さらに「invoca」(招来する)との語呂の重なりも指摘している[5]。同論文は、映画の中でインボカがガリシアの地図の上に具体的に置かれていることにも触れる。司祭がバルバラの失踪を「50キロ先のサンティアゴへ助けを呼びに行った。インボカに警察は無い」と偽って説明する場面があり、コンバッロからサンティアゴ・デ・コンポステーラまでが実際に50キロだという[5]。実在の地理の中に架空の町を置くという原典の手つきが、そのまま移植されている。

ロケ地の具体的な使われ方は、地元紙が記録している。ファロ・デ・ビーゴ紙は2026年8月の記事で、ヨットが難破するのがチョウサ広場の正面であること、最初に映る建物の一つであるサン・ロケ教会が「エソテリック・オーダー・オブ・ダゴンの礼拝堂」になっていることを挙げている[14]。原典で堕落した教団に明け渡されたのがメイソン会館だったのに対し、映画ではカトリックの教会がその位置に入る。

助成金と、ガリシア語で話す怪物

舞台の移動は、原典には無い論点を一つ持ち込んだ。言語である。

ゴードンは公開翌日のラ・ボス・デ・ガリシア紙のインタビューで、次のように答えている。「ガリシア自治政府(シュンタ)が出資していたので脚本を送って承認を得なければならず、少し緊張していた。観光客に少々奇妙なことが起きる話なので。だが彼らが入れた唯一の修正は、私がガリシア語を『方言』と書いていた箇所に、これは『言語』だと注記したことだけだった」(訳は当サイトによる)[9]。

Sandersonはこの一件を引いたうえで、映画の中でガリシア語を話すのはこの怪物的な混血の一族だけであり、最終版では「方言」も「言語」も出てこないと指摘する[5]。公費を出す側が語のラベルを直させた一方、その言語を誰に喋らせるかという配置には手が入らなかった、という読み方である。同論文はさらに、原典でインスマスの追っ手の声が「人語のかけらも無い、蛙のような、犬のような、吠えるようなバベルの騒ぎ」と書かれていることに注意を促し、ラヴクラフトが一つの共同体の中の言語の複数性をどう感じていたかの手がかりとして「バベル」という語を読む[5]。

この論文の中心的な主張は、舞台をガリシアへ移したことが原典の含意を弱めるどころか強めた、というものである。ガリシアはアメリカへの移民の一大供給地であり、キューバやアルゼンチンでは出身地を問わずスペインからの移民が総称として「ガジェゴ」と呼ばれたほどだった[5]。ラヴクラフトは1924年から1926年までニューヨークに住み、その経験が作品に深い影響を残している[5]。純粋に商業的な判断で選ばれたロケ地が、結果として原典の移民への恐怖という下地を一段くっきりさせた——というのがSandersonの読みである[5]。

当サイトは映像を見ていないので、この読みが本編でどこまで支えられるかを判断しない。ここで記録しておきたいのは、ロケ地の選択が「霧と影がある」という撮影上の理由から始まり、その帰結として原典の思想的な層が別の角度から照らされたという筋道が、査読誌の論文として残っている、という事実のほうである。

誰が残り、誰が消えたか

登場人物の対応も、資料の範囲で確認できる。

原典の飲んだくれザドック・アレンにあたる人物は、映画では「エセキエル」という名でフランシスコ・ラバルが演じる。AVクラブのDVD評(Scott Tobias、2002年7月29日)は彼を「町の神話について説明役を務める老いた酔漢」と書いている[12]。バラエティ誌の2001年12月12日の批評(Jonathan Holland)は、「英語ではほとんど聞き取れないにもかかわらず、その鈍重な不動性で場をさらい、映画の中盤を最も見られるものにしているのはラバルだ」と評した[11]。

Sandersonはこの「聞き取れなさ」を、むしろ原典への忠実さとして読む。原典のザドック・アレンはニューイングランドの訛りで書かれており、ラバルが英語を習得しないまま演じたことが、結果的にその訛りの等価物として機能したという見立てである[5]。同論文は、ラバルの台詞が発音しやすいよう別途印刷されていたこと、ラバルの未亡人アスンシオン・バラゲールから提供された脚本が2000年10月5日付の第8稿だったことも記している[5]。

そのラバルは、映画の公開を見ていない。RTVEの資料によれば、モントリオール映画祭での表彰を終えて帰国する機中で肺気腫を起こし、2001年8月29日にボルドーで75歳で没している[15]。スペイン公開は同年10月30日[1]。ラ・ボス・デ・ガリシア紙は公開日の記事で本作を「有名な俳優が亡くなる前に手がけた最後の仕事」と書いた[8]。Sandersonによれば、エンドクレジットの冒頭に「この映画をフランシスコ・ラバルに捧げる。偉大な俳優であり、それ以上に立派な人間だった」という献辞が入る[5]。

端役の扱いにも、Sandersonが原典との対応を一つ挙げている。原典の語り手が見かける「けばけばしい装身具を過剰に身につけた、忌まわしい爬虫類じみた女」——マーシュ家の娘の一人——は原典ではそれ以上の役割を持たないが、映画では冒頭の悪夢に現れる人魚として、また物語の重要人物として大きく扱われる[5]。原典が一行で通り過ぎた人物に、映画は輪郭を与えている。

結末の扱い(ここから原典と映画の結末に触れる)

原典「インスマスを覆う影」の最後で、語り手は自分の血筋を認め、「われわれはあの海のうずくまる暗礁まで泳ぎ出し、黒い深淵をくぐって巨石の並び立つイハ・ンスレイへ潜っていく。そして深きものどもの巣で、われわれは驚異と栄光のうちに永遠に住まうのだ」と書いて筆を置く[4]。逃げずに、自分から潜っていく。

Sandersonによれば、映画の主人公はこれに抗う。彼は自らの血筋を知ったのち、灯油をかぶって火を放つ——同論文は、これをラヴクラフトのより早い短編「故アーサー・ジャーミンとその一族に関する事実」(1920年)の主人公の選択の反復と読む[5]。だが焼身は完遂されず、彼は海の縦穴へ突き落とされて火を消され、原典の最後の一節と同じ場所へ連れて行かれる[5]。

原典が受容で終わるところを、映画は拒否から始めて同じ場所へ着地させる。当サイトが原典本文を読む限り、語り手の最後の数段落は抵抗の放棄そのものであり(「いや、私は自分を撃ったりしない——撃たされることなどありえない」[4])、そこへ焼身という別作品の身振りを差し込んだのは、映画側の操作である。ただしこの記述はすべてSandersonの論文に依拠しており、当サイトは映像で確かめていない。

神話の三層のどこに立つか

当サイトが用いる三層——ラヴクラフト原典(1917-1937)、ダーレス以降の拡張(1939-)、TRPGによる拡張(1981-)——に照らすと、本作が題名と筋立てで参照しているのは第1層の作品だけである。

ダーレス以降が整理した旧神と旧支配者の対立も、属性による分類も、TRPGが体系化した神格データも、当サイトが確認できた資料の範囲では本作に入っていない。「ダゴン」の名の扱いも原典の水準にとどまる。短編「ダゴン」で語り手がペリシテの魚神の名を借りてきたこと、中編でそれが「父なるダゴン」として教団の呼びかけに組み込まれたこと——この二段階が、そのまま映画の題名と教団名になっている。

一方、製作の枠組みは第1層の外にある。バラエティ誌は本作を「2001年にファンタスティック・ファクトリーの看板で作られた3本目の企画」と位置づけ、先行する2本をブライアン・ユズナの『Faust』とジャック・ショルダーの『Arachnid』だと書いている[11]。ジャンル映画を年に複数本まとめて回すレーベルの一枠として作られた、ということである。Filmax International Salesは2020年3月25日の追悼文で、ファンタスティック・ファクトリーを「我々のホラー部門」と呼び、ゴードンをその初期展開の鍵となる人物だったと書いている[2]。

企画そのものはさらに古い。ユズナは1985年からこれを動かしており[6]、エル・パイス紙は「『Dagon』を映画にする構想は15年前から」と書いた[7]。『Re-Animator』(1985年)の直後から温められ、ファンタスティック・ファクトリーの設立によってようやく通った企画だったことになる。監督・脚本家・原作者がいずれもアメリカ人でありながら、登録上は100パーセントのスペイン映画である[1]——この成り立ちのねじれが、題名と中身のずれと同じ根から出ている。

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出典

  • [1] 正式題名「DAGON, LA SECTA DEL MAR」、監督STUART GORDON、登録番号(Expediente ICAA)118200、製作年2001、国籍スペイン(CASTELAO PRODUCTIONS, S.A.U. 01J1779が100パーセント、バルセロナ)、上映時間「LARGOMETRAJE / 98 min.」、原版の長さ「2779 metros」、撮影開始日20/11/2000・撮影終了日26/01/2001、審査決定日22/10/2001、公開日30/10/2001、年齢区分「NO RECOMENDADA PARA MENORES DE TRECE AÑOS」、興行収入219.827,56 €、観客数53.788、助成「Ayudas a la Amortización de Largometrajes – General 633.875,01 €」、国内配給SOCIEDAD GENERAL DE DERECHOS AUDIOVISUALES, S.A.、国際セールス「Filmax (International Sales)」、公式サイト欄「http://www.filmaxinternationalsales.com/film/dagon」、主演EZRA GODDEN・FRANCISCO RABAL・RAQUEL MEROÑO。ジャンル欄および原作表記の欄が存在しないことも確認 — スペイン文化省 映画・視聴覚芸術庁(ICAA)スペイン映画カタログ https://sede.mcu.gob.es/CatalogoICAA/es-es/Peliculas/Detalle?Pelicula=118200 および同ページが配布する登録票PDF https://sede.mcu.gob.es/CatalogoICAA/es-es/Peliculas/GetPdf?Pelicula=118200 (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [2] 「Title: DAGON」「Genre: Horror」「Running Time: 96’」「Language/s: English, Spanish」「Year: 2001」「Directors: Stuart Gordon」「Cast: Ezra Godden, Francisco Rabal, Raquel Meroño, Macarena Gomez」。Screenplay欄・Producers欄が空欄であること。同ページ掲載のニュース「Stuart Gordon, cult horror director known for ‘Re-Animator’, ‘Dagon’ and ‘From Beyond’, has passed away at 72」(2020年3月25日、署名Filmax)の本文「From within the Filmax family, we would like to express our deep condolences on the death of Stuart Gordon, a great friend and professional who was a key player in the early development of our horror section FANTASTIC FACTORY and genre films production.」 — Filmax International Sales 公式作品ページ https://www.filmaxinternationalsales.com/film/dagon および https://www.filmaxinternationalsales.com/news/stuart-gordon-cult-horror-director-known-for-re-animator-dagon-and-from-beyond-has-passed-away-at-72 (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [3] 執筆年「Dagon (July 1917)」、初出「The Vagrant no. 11 (November 1919): 23–29.」。本文の「webbed hands and feet, shockingly wide and flabby lips, glassy, bulging eyes」「Vast, Polyphemus-like, and loathsome, it darted like a stupendous monster of nightmares to the monolith」「Once I sought out a celebrated ethnologist, and amused him with peculiar questions regarding the ancient Philistine legend of Dagon, the Fish-God」「The window! The window!」を確認。本文全文に対する文字列検索で、「Dagon」が本文中に1回しか現れないこと、および村・住民・教団・混血にあたる語が現れないことを確認 — H. P. Lovecraft, “Dagon” 本文 https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/d.aspx 、作品データページ https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/d.aspx 、作品一覧の執筆年 https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/ (いずれもThe H. P. Lovecraft Archive、2026年9月12日閲覧) ↩
  • [4] 執筆時期「The Shadow over Innsmouth (November?–3 December 1931)」、初出「The Shadow over Innsmouth. Everett, PA: Visionary Publishing Co., 1936.」。本文の冒頭「During the winter of 1927–28 officials of the Federal government made a strange and secret investigation of certain conditions in the ancient Massachusetts seaport of Innsmouth.」、「It was called, she said, “The Esoteric Order of Dagon”」、「This, then, was the former Masonic Hall now given over to a degraded cult.」、「An’ jest then our folks organised the Esoteric Order o’ Dagon, an’ bought Masonic Hall offen Calvary Commandery for it」、「We all hed to take the Oath o’ Dagon, an’ later on they was secon’ an’ third Oaths」、「the children shud never die, but go back to the Mother Hydra an’ Father Dagon what we all come from onct」、「That morning the mirror definitely told me I had acquired the Innsmouth look.」、「No, I shall not shoot myself—I cannot be made to shoot myself!」、「We shall swim out to that brooding reef in the sea and dive down through black abysses to Cyclopean and many-columned Y’ha-nthlei, and in that lair of the Deep Ones we shall dwell amidst wonder and glory for ever.」を確認。「Grandson of Captain Obed Marsh, who founded the business. His mother seems to’ve ben some kind of foreigner—they say a South Sea islander」の前後関係も本文で確認 — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth” 本文 https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/soi.aspx 、作品データページ https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/soi.aspx (The H. P. Lovecraft Archive、2026年9月12日閲覧) ↩
  • [5] John D. Sanderson「THE SHADOW OVER GALICIA: H.P. LOVECRAFT’S OBSESSIONS RESURFACE IN THE FILM ADAPTATION OF DAGON (2001)」『ODISEA. Revista de estudios ingleses』第12号(アルメリア大学、2011年)245〜255頁、DOI 10.25115/odisea.v0i12.315。査読誌掲載論文(受理日2011年7月19日)。引用・参照したのは「Lovecraft wrote a short six-page story under the title of Dagon in 1917, but this film actually finds its literary source in another longer tale, The Shadow over Innsmouth (1931)」、冒頭の悪夢の石面を「a link to the former Dagon tale」とする記述、Imboca命名の説明(「boca」/「invoca」)、サンティアゴまで50キロの台詞とコンバッロの実距離、シュンタの出資と脚本承認、ガリシア語を話すのが混血の一族だけであること、ザドック・アレン役の名が「エセキエル」でありラバルの台詞が発音用に別印刷されていたこと、脚本は2000年10月5日付の第8稿でラバル未亡人アスンシオン・バラゲールから提供されたこと、原典の「repellent, reptilian-looking woman」の扱い、結末の焼身と「故アーサー・ジャーミンとその一族に関する事実」(1920)への対応、エンドクレジットの献辞「Esta película está dedicada a Francisco Rabal, gran actor y mejor persona」、ガリシアからの移民と「ガジェゴ」の呼称、ラヴクラフトのニューヨーク在住(1924-1926)。書誌ページは著者名を「John D. Anderson」と記すが、PDF本文の署名は「John D. Sanderson, Universidad de Alicante」 — https://ojs.ual.es/ojs/index.php/ODISEA/article/view/315 (PDF: https://ojs.ual.es/ojs/index.php/ODISEA/article/download/315/288 、2026年9月12日閲覧) ↩
  • [6] 「De acuerdo a la novela en que está inspirada la película, Shadows over Innsmouth, de Howard Phillis Lovecraft, Combarro sustituirá a la citada localidad」、ユズナの談話「Inicialmente, estaba previsto rodar la película en Cataluña, pero, según el director, no hay niebla ni sombras. Visité Galicia mientras se rodaba Terra de fogo y fue Uxía Blanco la que nos llevó a Combarro. Allí lo encontramos todo y Stuart y yo decidimos reescribir el guión para situarlo en Galicia」、「Brian Yuzna empezó a desarrollar este proyecto en 1985」、アメリカとイギリスでの資金調達失敗、ファンタスティック・ファクトリーが全7本の企画であること — 『La Voz de Galicia』2000年11月4日「Pontevedra y Combarro acogerán a finales de este mes el rodaje del filme “Dagon”」 https://www.lavozdegalicia.es/noticia/pontevedra/2000/11/04/pontevedra-combarro-acogeran-finales-mes-rodaje-filme-dagon/0003_272629.htm (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [7] 「Basada en uno de los primeros relatos de H. P. Lovecraft」「Dagon se rueda en Combarro, un típico pueblo marinero de Pontevedra, transmutado en el literario Imboca」「La idea de llevar Dagon a la pantalla viene de 15 años atrás, pero Gordon no encontró productora hasta el año pasado cuando el Grupo Filmax creó la marca Fantastic Factory」「El rodaje acabará a finales de enero en Cataluña」 — 『EL PAÍS』2000年12月6日「Stuart Gordon rueda en Galicia ‘Dagon’, una película de terror」 https://elpais.com/diario/2000/12/06/cultura/976057211_850215.html (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [8] 「se trata del último trabajo realizado por el actor Paco Rabal antes de su fallecimiento este año」「en su estreno en el Festival de Sitges tuvo algo más que una fría acogida, con abrumadoras críticas」「en su rodaje en Combarro tuvo mucho que ver la actriz gallega Uxía Blanco, que fue quien convenció al director Stuart Gordon para que conociese la localidad pontevedresa」、ラバルがガリシア語の台詞を話したこと、エル・パイス紙の評「disparate perfectamente prescindible」が引かれていること — 『La Voz de Galicia』2001年10月30日「Llega a las pantallas “Dagon”, el filme de Paco Rabal que se rodó en Combarro」(署名 MARÍA CONDE) https://www.lavozdegalicia.es/noticia/pontevedra/2001/10/30/llega-pantallas-dagon-filme-paco-rabal-rodo-combarro/0003_809983.htm (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [9] ゴードンの談話「Tuve que enviar los guiones para que los aprobasen, dado que la Xunta participaba en la financiación, y estaba un poco nervioso, porque les pasan cosas un poco extrañas a los turistas. Pero la única corrección que hicieron fue donde me refería al gallego como dialecto, anotando que era una lengua.」 — 『La Voz de Galicia』2001年10月31日「”Podría pasar el resto de mi vida haciendo cine sobre leyendas gallegas”」 https://www.lavozdegalicia.es/noticia/television/2001/10/31/pasar-resto-vida-haciendo-cine-sobre-leyendas-gallegas/0003_812446.htm (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [10] 「Gordon’s follow-up, “Dagon” (2001), was a Spanish production that put him back in more familiar territory by adapting another Lovecraft story—in this case, not his actual Dagon story but The Shadow Over Innsmouth.」 — RogerEbert.com「Stuart Gordon: 1947-2020」 https://www.rogerebert.com/features/stuart-gordon-1947-2020 (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [11] 「Stuart Gordon’s watery genre piece “Dagon,” the third project in 2001 under Filmax’s prolific Fantastic Factory banner, beats the first two — Brian Yuzna’s “Faust” and Jack Sholder’s “Arachnid” — fins down.」「this Lovecraft-inspired gorefest about fish zombies in a remote Spanish village」「it’s Rabal, despite being practically incomprehensible in English, whose bulky immobility steals the show and makes pic’s middle stretch the most watchable」「Lensing by Carlos Suarez is atmospheric」、登場人物Paul(Ezra Godden)・Barbara(Raquel Meroño)・Howard(Brendan Price)・Vicky(Birgit Bofarull) — 『Variety』2001年12月12日、評者Jonathan Holland「Dagon, Sect Of The Sea」 https://variety.com/2001/more/reviews/dagon-sect-of-the-sea-1200552298/ (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [12] 「his friend’s yacht smashes on the rocks near the Spanish coastline」「the nearby fishing village of Imboca」、Dennis Paoliを「screenwriter」かつゴードンの「longtime collaborator」とすること、Francisco Rabalを町の神話について説明する老いた酔漢とすること、DVDにゴードンとEzra Goddenによる2本のコメンタリーが収録されていること — 『The A.V. Club』2002年7月29日、評者Scott Tobias「Dagon (DVD)」 https://www.avclub.com/dagon-dvd-1798197718 (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [13] 「Basado libremente en el cuento La sombra sobre Innsmouth, de H. P. Lovecraft」、撮影が2000年11月末から12月初めにかけてポイオ市コンバッロで行われたこと、Sandersonの論文への言及、Ezra Godden・Raquel Meroño・Macarena Gómezの回想 — 『La Voz de Galicia』2020年11月17日「Cuando Combarro se estremeció de miedo」(署名 Alfredo López Penide) https://www.lavozdegalicia.es/noticia/pontevedra/2020/11/17/combarro-estremecio-miedo/0003_202011P17C8991.htm (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [14] 「naufraga justo enfrente da Praza da Chousa」「Combarro se convierte en el pueblo fantástico de Imboca」「la Igrexa de San Roque, uno de los primeros escenarios que se visualizan, pasa a ser la capilla de la Esotérica Orde de Dagon」 — 『Faro de Vigo』2026年8月22日「25 años de un rodaje de terror entre los hórreos de Combarro」(署名 Marta Abal) https://www.farodevigo.es/pontevedra/2026/08/22/25-anos-rodaje-terror-horreos-133561985.html (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [15] フランシスコ・ラバルが2001年8月29日にボルドーで没したこと、モントリオール映画祭での受賞の帰路、機中で肺気腫を起こし75歳で亡くなったこと — RTVE(スペイン公共放送)アーカイブ「Perfil de Francisco Rabal (1989)」 https://www.rtve.es/play/videos/cine-en-el-archivo-de-rtve/perfil-francisco-rabal/1139822 および「Paco Rabal, una muerte inesperada en el momento más dulce de su vida」 https://www.rtve.es/play/videos/lazos-de-sangre/lazos-sangre-paco-rabal-muerte-inesperada-momento-mas-dulce-su-vida/5650837 (2026年9月12日閲覧) ↩
  • [画像1] スペイン版ポスター。読み取れる文字は「From the creators of “RE-ANIMATOR”」「H.P. Lovecraft’s」「DAGON」「A JULIO FERNÁNDEZ / BRIAN YUZNA production for FANTASTIC FACTORY」「A film by STUART GORDON」「EZRA GODDEN FRANCISCO RABAL RAQUEL MEROÑO」。掲載ページのフッター表記は「Filmax International Sales © 2025」 — Filmax International Sales 公式サイト https://www.filmaxinternationalsales.com//uploads/attachables/image/posters/230/th0_d03f5fbb-a2c0-4bdf-8abc-7d62adbdc1b7.jpg (作品ページ https://www.filmaxinternationalsales.com/film/dagon に掲載。2026年9月12日取得・HTTP 200およびimage/jpegを確認)。本文「原作表記は、公式資料のどこにも無い」節の、公式に宣言されている原作者表記についての解説を補うための引用であり、拡大縮小以外の加工はしていない。結末に触れる図柄ではない。

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