禁書 — R'LYEH TEXT

ルルイエ異本

ダーレス以降

オーガスト・W・ダーレスの短編「The Return of Hastur」(Weird Tales 1939年3月号)に登場する架空の禁書です。老蒐集家エイモス・タトルが10万ドルと「約束」という代価で、チベット奥地の僧侶から入手した人皮装丁の写本という設定で、甥のポールが余白の書き込みを雑誌掲載の『クトゥルフの呼び声』と照合し、ハスターとクトゥルフをめぐる真相にたどり着く手がかりになります。ラヴクラフト本人の作品には登場しません。

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概要

「ルルイエ異本」(R’LYEH TEXT)は、オーガスト・W・ダーレスの短編「The Return of Hastur」(Weird Tales 第33巻第3号、1939年3月号、66ページ以下)に登場する架空の禁書です。物語は法律家ヘイドンの一人称で語られ、依頼人であった老蒐集家エイモス・タトルの蔵書の一冊としてこの写本が現れます。人皮で装丁された黄ばんだ写本、という設定です。エイモスの遺言には、甥のポール・タトルが遺産を継ぐ前に屋敷そのものと、棚番号で指定した特定の蔵書を破棄せよという条項があり、ルルイエ異本はその破棄対象の書物のひとつでした。ヘイドンはこの条項に納得がいかず、破棄を先送りにしたまま故人の蔵書整理を進めます。その後、遺産を継いだポールがこの本の余白の書き込みを読み解き、雑誌に載った『クトゥルフの呼び声』の一節と照らし合わせていく過程が、物語の恐怖を組み立てる軸になりました[1]。

掲載号の目次には、この短編の紹介として「すさまじい恐怖が静かな田舎を震え上がらせる、忌まわしい物語(An eldritch story of the incredible horror that terrified a quiet countryside)」という一文が添えられています[1]。

ラヴクラフト自身が書いた作品には、「R’lyeh Text」という書物は出てきません。地名としての「ルルイエ」は『クトゥルフの呼び声』に登場しますが、その名を冠した書物はダーレスによる創作です。当サイトでH. P. Lovecraft Archive収録の本文約130本を機械検索した結果、該当する語は0件でした[2]。当サイトでは、ラヴクラフト以降の作家が積み増した層(canon_layer: extended)として分類しています。

基本プロフィール

  • 分類: 禁書(架空)
  • 欧文表記: R’LYEH TEXT
  • 初出: オーガスト・W・ダーレス「The Return of Hastur」、Weird Tales 第33巻第3号、1939年3月、66ページ〜[1]
  • ラヴクラフト本人の作品での言及: なし[2]
  • 作中での来歴: チベット奥地に住む中国人の僧侶から、10万ドルと「約束」(in addition to the promise)という代価で入手。人皮で装丁された写本とされる[1]

初出作品での描かれ方 ── 「The Return of Hastur」

蔵書の中での初登場

物語の語り手ヘイドンは、老エイモス・タトルの遺言執行人として、アーカム近郊エイルズベリー街道――インスマスへ抜ける街道でもあります――の屋敷で、彼が晩年に集めた蔵書を整理します。そこには狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードによる『ネクロノミコン』のラテン語訳のほか、ルドヴィク・プリンの『デ・ヴェルミス・ミステリイス』、コント・デルレット(原文表記 Comte d’Erlette)の『屍食教典儀』(原文表記 Cultes des Ghoules)、フォン・ユンツトの『無名祭祀書』が並んでいました。さらに断片としてしか伝わらない『エイボンの書』、『プナコティック・マニュスクリプト』、そして「恐るべきルルイエ異本」があり、ヘイドンはこれらの本にエイモスが法外な金額を支払っていたことを、死後に帳簿を調べて知ります。中でもルルイエ異本の代価は群を抜いて高く、「アジア内陸部の奥地」から届いたものだったと記されています[1]。

蔵書の中には、正規に購入したものだけでなく、いわく付きの一冊もありました。エイモスがヘイドンに託した『ネクロノミコン』のラテン語訳は、実はアーカムのミスカトニック大学図書館の蔵書そのものでした。エイモスは事前に本物と見紛うばかりの偽本を用意し、館長ドクター・ランファーの目を盗んで入れ替え、正規の閲覧すら断られていた稀覯書を持ち去っていたのです。ルルイエ異本がこうした執念深い蒐集の果てに書架へ加わった一冊であることが、この一件からもうかがえます[1]。

帳簿の10万ドルと「約束」

甥のポール・タトルは、伯父の書類の中からこの本の購入記録を見つけ出します。金額は10万ドル、装丁は人皮――「incidentally」という一語つきで、さも当然のことのように書き添えられていました。金額の下にはさらに一行、「in addition to the promise(約束の分は別途)」という注記があります。ポールはこの「約束」の相手を突き止めるべく、売り主の名を書類から探し出しました。相手はチベット奥地に住む中国人の僧侶で、ポールは伯父の名を騙って手紙を出します。返ってきた返信は署名も日付もない一行、「彼(名を口にしてはならぬ者)のために安息の地を用意するため」というものでした[1]。

神話体系の説明と「約束」の正体

この返信を手がかりに、ポールはエイモスが遺した神話の覚え書きを読み解いていきます。宇宙的な善に属する旧き神々(エルダー・ゴッズ)と、宇宙的な悪に属する存在たちとがおり、後者はさらに水・大気・大地の眷属に分かれ、互いに反目しながらも旧き神々への憎悪と復権の望みだけは共有している、という枠組みをポールは説明しました。そのうえで、グレート・クトゥルフは水の眷属、ハスターは星間を彷徨う眷属に属し、グレート・クトゥルフは地球の海底に、ハスターは「アルデバランのヒアデス星団」――黒い星々が連なる領域――に、それぞれ封じられたのだとポールは語ります。ここでポールは、伯父が交わした「約束」の正体を、ハスターの帰還に備えて安息の地(haven)を用意する誓いだったと結論づけました[1]。

余白の書き込みと『クトゥルフの呼び声』との照合

ポールはルルイエ異本の中ほどを開き、エイモスが下線を引いた一行をヘイドンに示します。「Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn」という判読不能の一文で、脇にはエイモスの筆跡で「彼の眷属が道を整えつつあり、彼はもはや夢を見ていないのか?(WT: 2/28)」と書き込まれ、さらに後年、手の震えが目立つ筆跡で「インスマス!」とだけ書き加えられた形跡もありました。ポールはこの「WT: 2/28」という注記を雑誌『ウィアード・テイルズ』1928年2月号への参照だと突き止め、実際にその号を書棚から探し出します。開いたページに載っていたのは、H・P・ラヴクラフト「The Call of Cthulhu(クトゥルフの呼び声)」で、同じ判読不能の一行が本文中に現れ、その下に訳として「ルルイエの館で死せるクトゥルフは夢見つつ待っている」という一文が添えられていました。ルルイエ異本の一行と、雑誌に掲載された小説の一行とが一致するという発見は、ポールにこの神話体系の実在を確信させる決め手になりました[1]。

終盤 ── ミスカトニック大学への返却と呪文の的中

物語の終盤、屋敷の地下から響く声を二人で聞き取る場面があります。ヘイドンはその音の一部を、ルルイエ異本と雑誌の物語に共通して現れる語として聞き分けますが、実際の発音はやや長く、ポールは「Cthulhu naf-fhtagn」と書き取り、「Cthulhu waits dreaming(クトゥルフは夢見つつ待つ)」の否定形、つまり「クトゥルフはもはや夢を見ていない」という意味だと解釈します。危機が迫ったのちポールは、ルルイエ異本を『エイボンの書』や『プナコティック・マニュスクリプト』とともに包み、以後はミスカトニック大学図書館の所有物とするようヘイドンに託し、指示に背かず期限までに実行するよう念を押したうえで、屋敷にはあらかじめ爆薬を仕掛けたと打ち明けました[1]。

屋敷が崩壊する最後の場面では、地の底から「Ia! Ia! Hastur! Ugh! Ugh! Ia! Hastur cfayak vulgtmm, vugtlagln vulgtmm! Ai! Shub-Niggurath!」という叫びが呪文のように響きます。ヘイドンが起爆装置を作動させた直後、屋敷の下の地下空洞が崩れ、水があふれ出た跡地の湖から巨大な原形質状の塊が姿を現し、屋敷から這い出てきたもうひとつの存在と対峙しました。東の空から降りてきた光の柱が触手のような腕を伸ばし、一方を海へ、もう一方を空の彼方へ投げ捨て、争いは唐突に幕を閉じます。ルルイエ異本の書き込みが示唆していた「もはや夢を見ていない」クトゥルフの姿と、ハスターの帰還を望む声とは、この結末で現実のものとして描かれることになりました[1]。

性質と影響

作中でルルイエ異本は、『ネクロノミコン』『デ・ヴェルミス・ミステリイス』『屍食教典儀』『無名祭祀書』『エイボンの書』『プナコティック・マニュスクリプト』と並ぶ、ミスカトニック大学図書館行きの禁書群の一冊として位置づけられています。これらはいずれもエイモス・タトルが生涯をかけて蒐集した稀覯書で、物語の中では等しく危険視され、最終的にすべて図書館の管理下に置かれる結末を迎えます[1]。

この物語で特徴的なのは、ラヴクラフト自身の小説『クトゥルフの呼び声』が、作中では雑誌に載った「フィクション」でありながら、ルルイエ異本の一行を裏づける翻訳の典拠として扱われている点です。実在しない伝説の写本と、実在の雑誌小説とが同じ一行を共有するという仕掛けが、この作品ならではの不気味さを生んでいます[1]。

物語の中でルルイエ異本は、エイモス・タトルが集めた禁書群全体、そして屋敷の地下から響く足音や、遺体に生じた鰓や鱗のような異変といった一連の出来事と結びつけて描かれ、写本に記された内容が屋敷の周辺で実際に進行していた事態を裏づける記録として機能しています[1]。それ以上の点――ダーレス自身の他の作品での扱いや、後年の作家・TRPGでの言及については、当サイトでは確認していません。

関連する用語

出典

[1] August W. Derleth, “The Return of Hastur”, Weird Tales vol. 33, no. 3 (March 1939), pp. 66–. 掲載誌スキャン(archive.org、識別子 Weird_Tales_v33n03_1939-03): https://archive.org/details/Weird_Tales_v33n03_1939-03 。訳文は当サイトの試訳。[2] The H. P. Lovecraft Archive (https://www.hplovecraft.com/writings/texts/) 収録のラヴクラフト作品本文を当サイトで機械検索した結果(2026年9月)。「R’lyeh Text」の語は出てこない。

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