概要
ミスカトニック大学を擁するアーカムの東に位置する港町。切り立った崖と迷路のような古い通りが特徴で、漁業・交易で栄える一方、幻夢境(ドリームランド)や異界へ通じるとされる崖を町外れに抱える。「魔宴」では、雪に覆われたキングスポートに近づく場面を「雪に覆われたキングスポート、その古めかしい風見鶏と尖塔、棟木と煙突、波止場と小さな橋、柳の木々と墓地」[1]と、細部まで積み重ねる描写で幻想的に描く。ラヴクラフト自身の複数の短編で繰り返し舞台となった。
基本プロフィール
- 分類: 地名
- 欧文表記: KINGSPORT
- 初出・出典: 「恐ろしい老人」(The Terrible Old Man、1920年執筆/1921年発表)
- 主要登場作: 「恐ろしい老人」「魔宴」「霧の高みの不思議な家」
- 象徴的地物: 町を見下ろす丘の上に立つ「大いなる白い教会」[2]、幽霊めいた尖塔、地下深くへ螺旋状に下る通路[3]
由来・モデル
モデルとなった実在の町については、日英の資料でやや異なる説明がある。ラヴクラフト自身は書簡の中で、キングスポートをマーブルヘッド(セイラムに隣接する町)を理想化したものと述べ、切り立った崖はマーブルヘッドおよびロックポートの実景に基づくとしている(日本語の整理ではセイレム/セイラムの要素も合成されているとされる)。神話研究者ウィル・マレーは、キングスポートがインスマスに隣接すると位置づけているが、これは原典本文そのものではなく研究者による整理である。
歴史・年表
原典の描写では、川を挟んだ北の沿岸に「父なるネプチューン(Father Neptune)」と呼ばれる高い岩山がそびえ、その頂に謎めいた家がある。町の中央の高い丘には古い教会があり、地下の洞窟では100年に一度のユールの日に魔宴が行われると言い伝えられる。「魔宴」では、その夜集う人々の様子を「犬の星(シリウス)が、あらゆる戸口から音もなく溢れ出て怪異な行列を成す、フードを被り外套をまとった人影の群れを見下ろしていた」[4]と描き、教会の周囲の空間は「一部は幽霊めいた石碑の並ぶ墓地、一部は雪がほぼ払われた半ば舗装された広場」[5]として描写される。行列は最終的に「湿って独特の臭気を放つ、丘の腹へと果てしなく螺旋状に下っていく狭い階段」[3]の奥へと消えていく。
後続作家による補完では、1639年に南イングランドおよびチャンネル諸島からの入植者によって建設され、まもなく港湾・造船の中心地となったという町史が加えられている。セイラム魔女裁判の影響を受けたとする設定もあり、1692年に魔女とされた4人が絞首刑に処されたとされる。独立戦争中は英国艦隊に一時封鎖されて商人が私掠船稼業に転じ、19世紀に海上交易が衰退して漁業の町となり、20世紀にはさらに経済が縮小して観光業に頼るようになった、という後付けの町史も整理されている。これらはラヴクラフト自身の記述ではなく後続作家による設定の積み重ねである。
性質・特徴
町外れの崖(「大断壁」とも呼ばれる)は幻夢境(ドリームランド)や異界とつながるとされ、キングスポートは単なる港町にとどまらない幻視的な性格を帯びる。ウォーターストリートには、船乗りあがりの「恐ろしい老人」なる老人が住むとされ、彼を狙った強盗が返り討ちに遭う顛末を描く「恐ろしい老人」は、キングスポートという舞台の持つ不気味な自己防衛性を印象づける初期作品である。
関連する人物・存在・出来事
TRPG設定(ケイオシアム社『H. P. Lovecraft’s Kingsport』、邦訳『クトゥルフ神話TRPG キングスポートのすべて』)では、この特徴を踏まえたガイド+シナリオ集が刊行され、「魔宴」「霧の高みの不思議な家」「恐ろしい老人」「白い帆船」を舞台とする。Fantasy Flight Gamesの拡張『Dreams of Kingsport』も、幻夢境を舞台にTsocathra・Asteriasなどの旧支配者級存在とその領域を扱う。日本語圏では、朝松健『秘神』の共通舞台「夜刀浦市」に、キングスポートに相当する「王港町」が設定されている(アーカムに相当する「赤牟町」に隣接)。なお、TRPGコミュニティのファンによるまとめでは、町にアメリカ沿岸警備隊の基地があり、街の中に魔女信仰が残るといった補足がされることがあるが、これは非公式なファン整理である点に留意が必要である。
主要登場作と読みどころ
- 「恐ろしい老人」(1920年執筆/1921年発表): キングスポートを舞台とする最初期作品。強盗3人組が老人の家を狙うが、逆に返り討ちに遭う顛末を描く短編で、町自体の詳細な描写よりも不穏な空気の醸成に重きが置かれる
- 「魔宴」(1923年執筆/1925年発表): ユールの晩に先祖の地を訪れた語り手が、町の地下で行われる100年に一度の秘儀に巻き込まれる中編。キングスポートの幻視的性格が最も色濃く出た代表作
- 「霧の高みの不思議な家」(1926年執筆): 崖の上に立つ家をめぐる幻想譚で、キングスポートが幻夢境と地続きであることを示す一編
よくある誤解・設定の食い違い
Q. キングスポートのモデルは単一の実在都市ですか?
A. いいえ。ラヴクラフト自身はマーブルヘッドを理想化したものと述べていますが、崖の描写にはロックポートの実景も反映されており、複数の実在地の要素を合成したものです。
Q. キングスポートの詳細な町史(1639年建設、私掠船稼業など)はラヴクラフト自身が書いたものですか?
A. いいえ。これらの詳細な年表は後続作家・研究者による補完設定であり、ラヴクラフトの原典本文には含まれていません。
出典
- [1] “snowy Kingsport with its ancient vanes and steeples, ridgepoles and chimney-pots, wharves and small bridges, willow-trees and graveyards”(訳: 「雪に覆われたキングスポート、その古めかしい風見鶏と尖塔、棟木と煙突、波止場と小さな橋、柳の木々と墓地」) — H. P. Lovecraft, “The Festival”(1923年執筆/1925年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “a great white church”(訳: 「大いなる白い教会」) — 同上 ↩
- [3] “a narrow spiral staircase damp and peculiarly odorous, that wound endlessly down into the bowels of the hill”(訳: 「湿って独特の臭気を放つ、丘の腹へと果てしなく螺旋状に下っていく狭い階段」) — 同上 ↩
- [4] “the Dog Star leered at the throng of cowled, cloaked figures that poured silently from every doorway and formed monstrous processions”(訳: 「犬の星(シリウス)が、あらゆる戸口から音もなく溢れ出て怪異な行列を成す、フードを被り外套をまとった人影の群れを見下ろしていた」) — 同上 ↩
- [5] “There was an open space around the church; partly a churchyard with spectral shafts, and partly a half-paved square swept nearly bare of snow”(訳: 「教会の周囲には空間があった。一部は幽霊めいた石碑の並ぶ墓地であり、一部は雪がほぼ払われた半ば舗装された広場であった」) — 同上 ↩





