地名 — KINGSPORT

キングスポート

原典

ミスカトニック川河口、アーカムの東に位置する港町。切り立った崖と迷路のような古い通りが特徴で、幻夢境(ドリームランド)へ通じるとされる崖を町外れに抱える。

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キングスポート

「やがて丘の稜線の向こうに、たそがれの中で霜に覆われたように広がるキングスポートが見えた――古びた風見と尖塔、棟木と煙突、波止場と小さな橋、柳の木々と墓地を持つ、雪におおわれたキングスポート。急峻で狭く曲がりくねった街路の果てしない迷路、そして時さえも手出しできなかった、教会を頂く目もくらむような中央の丘」

— H・P・ラヴクラフト「祝祭」(1925年発表)
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概要

ミスカトニック大学を擁するアーカムの東に位置する港町。切り立った崖と迷路のような古い通りが特徴で、漁業・交易で栄える一方、幻夢境(ドリームランド)や異界へ通じるとされる崖を町外れに抱える。「祭り」では、雪に覆われたキングスポートに近づく場面を「雪に覆われたキングスポート、その古めかしい風見鶏と尖塔、棟木と煙突、波止場と小さな橋、柳の木々と墓地」[1]と、細部まで積み重ねる描写で幻想的に描く。ラヴクラフト自身の複数の短編で繰り返し舞台となった。

原典での描写

霧の中の奇妙な高屋敷(1926年11月9日執筆)

「霧の中の奇妙な高屋敷」はキングスポートそのものを主舞台とし、崖上に建つ幻視的な家をめぐる中編である。地元の「キングスポート子」たちはその崖上の家を恐れて双眼鏡さえ向けず、恐れを知らない避暑客だけが呑気に望遠鏡を構える。物語の冒頭では町の北にそびえる崖について、「古めかしいキングスポートの北方、断崖は幾重にも段丘をなしてそびえ立ち、最も北の崖は空に浮かぶ灰色の凍った雲のように見える」[6]と描かれる。

崖を登る青年オルニーは道中で幾度も町を振り返り、「はるか眼下、右手にキングスポートの丘と古めかしい屋根、尖塔が見えた」[7]と、見下ろす視点から町の全景が描写される。物語の結びでは崖上の家に魅了されていく町の若者たちの変化が語られ、住人は「素朴な小道と古びた切妻屋根を持つキングスポートが、笑いの合唱が一つ、また一つと強く狂おしく育っていく間に、生気を失ったまま歳月を引きずるのを望まない」[8]と案じる。「恐ろしい老人」もこの物語に脇役として再登場し、崖の家について祖父から聞いた昔語りを口にする。

祭り(1923年執筆/1925年発表)

丘の頂から見下ろす場面に続く一節では通りの構造そのものにも筆が割かれ、「果てしなく入り組んだ、切り立ち狭く曲がりくねった通りの迷路、そして時さえも手を触れかねる、めまいを誘う教会の聳える中央の頂」[9]と、キングスポートの地形の異様さが強調される。

語り手が地下の祭儀へ導かれていく場面では、「私たちは山を突き抜け、キングスポートの大地そのものの下を通ってきたに違いないと知り、一つの町がこれほど古び、地下の悪に蝕まれていることに身震いした」[10]と、町の地下に潜む古い禍々しさが語られる。

銀の鍵(1926年執筆)

帰郷するランドルフ・カーターの旅の途上、キングスポートは「地平線に望むキングスポートの遠い尖塔」[11]として遠景に描かれる。

少年時代の記憶が甦る場面では、「たそがれの野を幾里も隔てた先に、キングスポートの中央丘に立つ古いコングリゲーション派の尖塔を認めた。夕暮れの最後の紅に染まって」[12]という一節があり、直後にカーターは、その教会が実際にはとうに取り壊されコングリゲーション病院に建て替えられたこと、病院の下の岩山に奇怪な地下道が見つかったという新聞記事を思い出す。この地下道への言及は、「祭り」で描かれる町の地下の暗さと呼応する。

未知なるカダスを夢に求めて(1926年秋?-1927年1月22日執筆)

本作でキングスポートは、目覚めている世界と夢の世界を橋渡しする土地として言及される。カーターが幻夢境の彼方で聞く昔語りについて、「地上の夢見人の一人、キングスポートの古い灯台守が、かつてよく語っていた」[13]という一文がその出所を語り、南海の彼方の幻想都市の噂を現実の町の住人が夢へ持ち込んだことをうかがわせる。

旅の終盤、カーターに帰郷を促す声は、ビーコン・ヒルやアーカムと並べて「煙突を積み重ね、人気のない波止場と張り出す切妻屋根に古びた、太古のキングスポート」[14]の名を挙げ、ニューイングランドの見慣れた故郷の一角としてその情景を思い描く。

恐ろしい老人(1920年執筆/1921年発表)

町を舞台にした最初期の一編では、キングスポートは老人にまつわる噂を共有し彼を守る共同体として描かれる。「キングスポートの住人たちは恐ろしい老人についてさまざまなことを言い、また考えており、それが概ね彼を守っている」[15]と、町全体が老人の秘密を知りながら口をつぐむ様子が示される。

老人を狙う3人組は「ニューイングランドの生活と伝統という魔法圏の外にある、新しく雑多な異邦の血筋」に属し、キングスポートの血筋ではないと評される[16]。この対比は、土地に根ざした「キングスポート子」と余所者という区分によって、町の閉鎖的な性格を際立たせる。

インスマスの影(1931年11月?-12月3日執筆)

インスマスへ向かう道中、語り手は丘の頂からマナクセット川の河口を見渡す。霞む岬の上には「数多の伝説が語られる、あの奇妙な古い家」があるとされ、「キングスポート岬まで連なる崖の列」の北にその地形が広がる様子が記される[17]。これは「霧の中の奇妙な高屋敷」の崖上の家が、インスマス近隣からも望見される距離にあることを示す一節である。

物語後半、老いたザドク・アレンの述懐では、深海の獲物の噂を聞きつけた「キングスポートの漁師数人が小舟で乗りつけたが、皆消息を絶った。誰も二度と彼らを見た者はいない」[18]と語られ、インスマス沖の海が近隣の漁師にとっても危険な水域であったことが示唆される。

チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件(1927年1月-3月1日執筆)

キングスポートへの言及はごく短いが、マサチューセッツ湾植民地の「奇妙な小さな漁村」[19]として名指しされ、そこでかつて「名状しがたい儀式」が暴かれた出来事が数年前の噂として言及される。町の名がどの秘儀を指すかは本文に明示されておらず、当サイトでは「祭り」で描かれる地下の祭儀との関係を確認していない。

このほか、「狂気の山脈にて」(1931年2月-3月22日執筆)は南極遠征隊の無線中継地「キングスポート岬局」の名として、「戸口に現れたもの」(1933年8月21日-24日執筆)はアセナス・ウェイトが通った「ホール・スクール」の所在地として、「銀の鍵の門を越えて」(1932年10月-1933年4月執筆、E・ホフマン・プライスとの共作)は日没に霞む尖塔の遠景として、それぞれ名前が挙がるのみで独立した描写は該当箇所に見当たらない。

基本プロフィール

  • 分類: 地名
  • 欧文表記: KINGSPORT
  • 初出・出典: 「恐ろしい老人」(The Terrible Old Man、1920年執筆/1921年発表)
  • 主要登場作: 「恐ろしい老人」「祭り」「霧の中の奇妙な高屋敷」
  • 象徴的地物: 町を見下ろす丘の上に立つ「大いなる白い教会」[2]、幽霊めいた尖塔、地下深くへ螺旋状に下る通路[3]

由来・モデル

モデルとなった実在の町については、日英の資料でやや異なる説明がある。ラヴクラフト自身は書簡の中で、キングスポートをマーブルヘッド(セイラムに隣接する町)を理想化したものと述べ、切り立った崖はマーブルヘッドおよびロックポートの実景に基づくとしている(日本語の整理ではセイレム/セイラムの要素も合成されているとされる)。神話研究者ウィル・マレーは、キングスポートがインスマスに隣接すると位置づけているが、これは原典本文そのものではなく研究者による整理である。

歴史・年表

原典の描写では、川を挟んだ北の沿岸に「父なるネプチューン(Father Neptune)」と呼ばれる高い岩山がそびえ、その頂に謎めいた家がある。町の中央の高い丘には古い教会があり、地下の洞窟では100年に一度のユールの日に祭りが行われると言い伝えられる。「祭り」では、その夜集う人々の様子を「犬の星(シリウス)が、あらゆる戸口から音もなく溢れ出て怪異な行列を成す、フードを被り外套をまとった人影の群れを見下ろしていた」[4]と描き、教会の周囲の空間は「一部は幽霊めいた石碑の並ぶ墓地、一部は雪がほぼ払われた半ば舗装された広場」[5]として描写される。行列は最終的に「湿って独特の臭気を放つ、丘の腹へと果てしなく螺旋状に下っていく狭い階段」[3]の奥へと消えていく。

後続作家による補完では、1639年に南イングランドおよびチャンネル諸島からの入植者によって建設され、まもなく港湾・造船の中心地となったという町史が加えられている。セイラム魔女裁判の影響を受けたとする設定もあり、1692年に魔女とされた4人が絞首刑に処されたとされる。独立戦争中は英国艦隊に一時封鎖されて商人が私掠船稼業に転じ、19世紀に海上交易が衰退して漁業の町となり、20世紀にはさらに経済が縮小して観光業に頼るようになった、という後付けの町史も整理されている。これらはラヴクラフト自身の記述ではなく後続作家による設定の積み重ねである。

性質・特徴

町外れの崖(「大断壁」とも呼ばれる)は幻夢境(ドリームランド)や異界とつながるとされ、キングスポートは単なる港町にとどまらない幻視的な性格を帯びる。ウォーターストリートには、船乗りあがりの「恐ろしい老人」なる老人が住むとされ、彼を狙った強盗が返り討ちに遭う顛末を描く「恐ろしい老人」は、キングスポートという舞台の持つ不気味な自己防衛性を印象づける初期作品である。

関連する人物・存在・出来事

TRPG設定(ケイオシアム社『H. P. Lovecraft’s Kingsport』、邦訳『クトゥルフ神話TRPG キングスポートのすべて』)では、この特徴を踏まえたガイド+シナリオ集が刊行され、「祭り」「霧の中の奇妙な高屋敷」「恐ろしい老人」「白い帆船」を舞台とする。Fantasy Flight Gamesの拡張『Dreams of Kingsport』も、幻夢境を舞台にTsocathra・Asteriasなどの旧支配者級存在とその領域を扱う。日本語圏では、朝松健『秘神』の共通舞台「夜刀浦市」に、キングスポートに相当する「王港町」が設定されている(アーカムに相当する「赤牟町」に隣接)。なお、TRPGコミュニティのファンによるまとめでは、町にアメリカ沿岸警備隊の基地があり、街の中に魔女信仰が残るといった補足がされることがあるが、これは非公式なファン整理である点に留意が必要である。

主要登場作と読みどころ

  • 「恐ろしい老人」(1920年執筆/1921年発表): キングスポートを舞台とする最初期作品。強盗3人組が老人の家を狙うが、逆に返り討ちに遭う顛末を描く短編で、町自体の詳細な描写よりも不穏な空気の醸成に重きが置かれる
  • 「祭り」(1923年執筆/1925年発表): ユールの晩に先祖の地を訪れた語り手が、町の地下で行われる100年に一度の秘儀に巻き込まれる中編。キングスポートの幻視的性格が最も色濃く出た代表作
  • 「霧の中の奇妙な高屋敷」(1926年執筆): 崖の上に立つ家をめぐる幻想譚で、キングスポートが幻夢境と地続きであることを示す一編

よくある誤解・設定の食い違い

Q. キングスポートのモデルは単一の実在都市ですか?A. いいえ。ラヴクラフト自身はマーブルヘッドを理想化したものと述べていますが、崖の描写にはロックポートの実景も反映されており、複数の実在地の要素を合成したものです。

Q. キングスポートの詳細な町史(1639年建設、私掠船稼業など)はラヴクラフト自身が書いたものですか?A. いいえ。これらの詳細な年表は後続作家・研究者による補完設定であり、ラヴクラフトの原典本文には含まれていません。

出典

  • [1] “snowy Kingsport with its ancient vanes and steeples, ridgepoles and chimney-pots, wharves and small bridges, willow-trees and graveyards”(訳: 「雪に覆われたキングスポート、その古めかしい風見鶏と尖塔、棟木と煙突、波止場と小さな橋、柳の木々と墓地」) — H. P. Lovecraft, “The Festival”(1923年執筆/1925年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [2] “a great white church”(訳: 「大いなる白い教会」) — 同上 ↩
  • [3] “a narrow spiral staircase damp and peculiarly odorous, that wound endlessly down into the bowels of the hill”(訳: 「湿って独特の臭気を放つ、丘の腹へと果てしなく螺旋状に下っていく狭い階段」) — 同上 ↩
  • [4] “the Dog Star leered at the throng of cowled, cloaked figures that poured silently from every doorway and formed monstrous processions”(訳: 「犬の星(シリウス)が、あらゆる戸口から音もなく溢れ出て怪異な行列を成す、フードを被り外套をまとった人影の群れを見下ろしていた」) — 同上 ↩
  • [5] “There was an open space around the church; partly a churchyard with spectral shafts, and partly a half-paved square swept nearly bare of snow”(訳: 「教会の周囲には空間があった。一部は幽霊めいた石碑の並ぶ墓地であり、一部は雪がほぼ払われた半ば舗装された広場であった」) — 同上 ↩
  • [6] “north of archaic Kingsport the crags climb lofty and curious, terrace on terrace, till the northernmost hangs in the sky like a grey frozen wind-cloud”(訳: 「古めかしいキングスポートの北方、断崖は幾重にも段丘をなしてそびえ立ち、最も北の崖は空に浮かぶ灰色の凍った雲のように見える」) — H. P. Lovecraft, “The Strange High House in the Mist”(1926年11月9日執筆), 公式アーカイブ ↩
  • [7] “far below him on his right he saw the hills and antique roofs and spires of Kingsport”(訳: 「はるか眼下、右手にキングスポートの丘と古めかしい屋根、尖塔が見えた」) — 同上 ↩
  • [8] “they do not wish quaint Kingsport with its climbing lanes and archaic gables to drag listless down the years while voice by voice the laughing chorus grows stronger and wilder”(訳: 「素朴な小道と古びた切妻屋根を持つキングスポートが、笑いの合唱が一つ、また一つと強く狂おしく育っていく間に、生気を失ったまま歳月を引きずるのを望まない」) — 同上 ↩
  • [9] “endless labyrinths of steep, narrow, crooked streets, and dizzy church-crowned central peak that time durst not touch”(訳: 「果てしなく入り組んだ、切り立ち狭く曲がりくねった通りの迷路、そして時さえも手を触れかねる、めまいを誘う教会の聳える中央の頂」) — H. P. Lovecraft, “The Festival”(1923年執筆/1925年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [10] “I knew we must have passed down through the mountain and beneath the earth of Kingsport itself, and I shivered that a town should be so aged and maggoty with subterraneous evil”(訳: 「私たちは山を突き抜け、キングスポートの大地そのものの下を通ってきたに違いないと知り、一つの町がこれほど古び、地下の悪に蝕まれていることに身震いした」) — 同上 ↩
  • [11] “the distant spires of Kingsport on the horizon”(訳: 「地平線に望むキングスポートの遠い尖塔」) — H. P. Lovecraft, “The Silver Key”(1926年執筆), 公式アーカイブ ↩
  • [12] “he saw off across leagues of twilight meadow and spied the old Congregational steeple on Central Hill in Kingsport; pink with the last flush of day”(訳: 「たそがれの野を幾里も隔てた先に、キングスポートの中央丘に立つ古いコングリゲーション派の尖塔を認めた。夕暮れの最後の紅に染まって」) — 同上 ↩
  • [13] “a fellow-dreamer of earth—a lighthouse-keeper in ancient Kingsport—had often discoursed in the old days”(訳: 「地上の夢見人の一人、キングスポートの古い灯台守が、かつてよく語っていた」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926年秋?-1927年1月22日執筆), 公式アーカイブ ↩
  • [14] “antediluvian Kingsport hoary with stacked chimneys and deserted quays and overhanging gables”(訳: 「煙突を積み重ね、人気のない波止場と張り出す切妻屋根に古びた、太古のキングスポート」) — 同上 ↩
  • [15] “The inhabitants of Kingsport say and think many things about the Terrible Old Man which generally keep him safe”(訳: 「キングスポートの住人たちは恐ろしい老人についてさまざまなことを言い、また考えており、それが概ね彼を守っている」) — H. P. Lovecraft, “The Terrible Old Man”(1920年執筆/1921年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [16] “that new and heterogeneous alien stock which lies outside the charmed circle of New England life and traditions”(訳: 「ニューイングランドの生活と伝統という魔法圏の外にある、新しく雑多な異邦の血筋」) — 同上 ↩
  • [17] “the long line of cliffs that culminate in Kingsport Head … topped by the queer ancient house of which so many legends are told”(訳: 「キングスポート岬まで連なる崖の列……数多の伝説が語られる、あの奇妙な古い家がそびえる」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth”(1931年11月?-12月3日執筆), 公式アーカイブ ↩
  • [18] “Some Kingsport fishermen heerd abaout the ketch an’ come up in sloops, but they was all lost. Nobody never see ’em agin.”(訳: 「キングスポートの漁師数人が小舟で乗りつけたが、皆消息を絶った。誰も二度と彼らを見た者はいない」) — 同上 ↩
  • [19] “the strange little fishing village of Kingsport, in the Province of the Massachusetts-Bay”(訳: 「マサチューセッツ湾植民地の、キングスポートという不思議な小さな漁村」) — H. P. Lovecraft, “The Case of Charles Dexter Ward”(1927年1月-3月1日執筆), 公式アーカイブ ↩
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