概要
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(H.P. Lovecraft, 1890-1937)は、20世紀ホラー文学を根本から変えたアメリカの作家です。しかし生前は無名に近く、安定した出版社を持たず、パルプ雑誌への掲載と他者の作品改稿で生計を立てながら創作を続けました。彼の死後、特に1960年代以降、その影響力は急速に認識されるようになりました。
人生と創作の年表
1890年8月20日
- ロードアイランド州プロビデンスに生まれる。父ウィンフィールド・スコット、母スーザン・スーザン(通称スージー)
1893年
- 父が精神疾患により入院。その後、ラヴクラフトは裕福な祖父の下で養育されるが、家族の財政状況は徐々に悪化
1904-1908年
- ホープ・ストリート・ハイスクールに進学。平面幾何学、化学、物理学で優秀だったが、健康上の理由から中退
- 独学で化学や天文学、古典文学、哲学を深く学ぶ
1912-1913年
- パルプ雑誌に批判的な手紙を送ったことがきっかけで、アマチュア出版活動に参加
- 詩や評論を執筆開始
1916年
- 最初の短編「錬金術師」をアマチュア出版物に発表
1917-1920年代
- Weird Tales誌が1923年に創刊され、ラヴクラフトの5つの短編が一度に買い取られる
- Weird Tales編集者に気に入られ、以降この雑誌が主要な発表の場となる
- この時期、クラーク・アシュトン・スミス、ロバート・E・ハワード、ロバート・ブロックなど、後に「ラヴクラフト・サークル」と呼ばれる作家たちと手紙による交流を深める
1919年
- 母スーザンが精神疾患により入院。この出来事は彼の人生に深刻な影響を与える
1924年3月3日
- ソニア・ハフト・グリーンと結婚。経済的な困難をやや緩和するが、この結婚は1929年に離婚で終わる
1926-1928年
1930年代
- より長く複雑な作品を執筆するが、売却が困難に。生計を立てるため、他の作家の作品改稿や「幽霊執筆」で対価を得る
- この時期の主要作品:「光をもたらすもの」(1931)、「アウトを覆う影」(1935)、「時間からの影」(1936)
1936年
- 親友で頻繁に文通していたロバート・E・ハワードが自殺。ラヴクラフトを精神的に深く傷つける
1937年3月10日
- 腸癌のため、ジェーン・ブラウン・メモリアル病院に入院
1937年3月15日
- 47歳で病院にて死去。死後、遺稿や手紙が整理される過程で、彼の影響力が徐々に明らかになる
死後の再評価と影響
1939年以降
- ラヴクラフトの友人であり弟子のオーガスト・ダーレスが、彼の遺稿の出版と編集を開始
- 複数の短編集が出版され、学術的な関心が高まり始める
1960年代-1970年代
- リン・カーターやラムジー・キャンベルなど、新世代の作家がクトゥルフ神話を継承・拡張
- アメリカの反文化運動と相まって、ラヴクラフトの「宇宙恐怖」(cosmicism)の哲学が再発見される
- 1972年、リン・カーターが『ラヴクラフト──クトゥルフ神話の背後にあるもの』を出版し、学術的な整理が進む
1980年代以降
- ゲーム、映画、漫画、アニメなど、多くの媒体でクトゥルフ神話が題材として採用される
- 日本でも『クトゥルフ神話TRPG』などを通じて急速に普及
- 現代ではラヴクラフトは20世紀ホラー文学の最重要人物として認識される
影響・意義
ラヴクラフトは生前、パルプ雑誌の周辺的な作家に過ぎませんでしたが、その後の評価逆転は文学史上でも稀な例です。彼が開拓した「宇宙恐怖」──人間の無力さ、地球外知性、古い秘密が眠る地球の奥底という設定──は、現代のホラーとSFの大きな部分に影響を与えています。また、彼が(意図せずに)生み出した共有宇宙としての「クトゥルフ神話」は、複数の作家による共同創作というポストモダン的な文学形式の先駆例となり、現代のファン文化やUGC(ユーザー生成コンテンツ)の源流となってもいます。




