地名(夢の国の町) — ULTHAR

ウルタール

原典

スカイ河の彼方、夢の国(ドリームランド)にある町。「ウルタールでは何人たりとも猫を殺してはならない」という不可侵の法で知られ、その法の起源そのものが物語の主題となる。

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ウルタール

「ウルタールの郊外は実に心地よく、小さな緑の家々ときちんと柵をめぐらせた農地が広がっていた。そして古風な町そのものは、さらに心地よかった――古い切妻屋根、張り出した上階、数え切れぬ煙突、そして優美な猫たちがどうにか場所を空けてくれたときだけ古い敷石の見える、狭い丘の街路」

— H・P・ラヴクラフト「未知なるカダスを夢に求めて」(執筆1926-27年/1943年発表)

概要

ラヴクラフト「ウルタールの猫」の舞台となる、夢の国(ドリームランド)のスカイ河の彼方にある町。「ウルタールでは何人たりとも猫を殺してはならない」という不可侵の法で知られ[1]、この法がどのようにして定められたかという由来譚そのものが物語の全編を成す。ラヴクラフトの夢の国連作の中でも特に短く完結度の高い一編で、猫への愛着が色濃く反映された作品として知られる。

基本プロフィール

  • 分類: 地名(夢の国の町)
  • 欧文表記: ULTHAR
  • 初出・出典: 「ウルタールの猫」(1920年6月15日執筆/1920年11月、アマチュアジャーナリズム誌『Tryout』にて初発表)
  • 地理設定: スカイ河の彼方に位置するとされる、夢の国の町

由来・モデル

ウルタールは夢の国(Dreamlands)の町であり、現実の地球上の特定地点をモデルとした設定ではない。ラヴクラフトの夢の国連作(「セレファイス」「未知なるカダスを夢に求めて」等)に共通する、覚醒した意識ではたどり着けない別位相の世界の一部として描かれる。町の名「Ulthar」自体に特定の語源的由来は明記されていないが、ラヴクラフトが好んだ古代風・異国風の響きを持つ地名の一つである。

歴史・年表

物語本編で語られる出来事は以下の通り。

  • 法制定以前: ウルタールには、近隣の猫を捕らえては殺すことを好む老いた小作人夫婦が住んでいた[2]。なぜそのようなことをして喜んでいたのか、理由は誰も知らなかったと語られる。
  • 旅の一団の来訪: ある日、素性の知れぬ浅黒い肌の旅人たちの奇妙な隊商がこの町を通り過ぎる。彼らの中に、両親を持たず、慰めとする一匹の小さな黒い子猫だけを連れた少年がいた[3]。少年の名は、物語中では直接明かされないが、古のエジプトの太陽神にちなむ名(メネス)を持つとされる。
  • 子猫の失踪と少年の祈り: 隊商がウルタールを発った後、少年の黒い子猫の姿が見えなくなる。少年は両腕を太陽に向かって差し伸べ、村の誰にも理解できない言葉で祈りを捧げた[4]。空には奇妙な形の雲が集まり、ゆっくりと南へ流れていったという。
  • 猫たちの一斉失踪と帰還: その夜、ウルタールの猫という猫が一斉に姿を消す。翌日、日暮れとともに猫たちは何事もなかったかのように元の炉端へ戻ってくる——大小、黒、灰、縞、黄、白、一匹残らず[5]。ただし以後、猫たちは二日間、誰が呼びかけても食べ物にも牛乳にも見向きもしなかったと語られる。
  • 老夫婦の家の異変: この間、村人たちは老夫婦の家に明かりが灯らないことに気づく。数週間後、恐る恐る家の中を検めた者たちが見出したのは、土間に散らばる二体の綺麗に骨だけになった人間の骸骨と、薄暗い隅を這い回る見慣れぬ甲虫の群れであった[6]
  • 法の制定: この一件を機に、ウルタールの長老たちは「何人たりとも猫を殺してはならない」という法を布いた。

性質・特徴

物語は「ウルタールでは何人たりとも猫を殺してはならない」という一文で始まり、猫を「古代エジプトの魂」「スフィンクスの親類にして彼女以上に古き記憶の持ち主」と讃える語り口で貫かれている。因果応報譚としての骨格を持ちながら、猫という身近な存在を介して超自然的な報復のメカニズムを描く点が特徴で、ラヴクラフトの他の宇宙的恐怖路線の作品とは一線を画す、寓話・民話に近い温度感を持つ一編として位置づけられる。

関連する人物・存在

  • ボクルグ: サルナスを滅ぼした水蜥蜴の神。ウルタールの猫とは直接の設定上の関係はないが、同じ夢の国の因果応報譚として並び称されることが多く、深淵書架サイト内でも相互参照の対象としている。
  • サルナス: 「禍がサルナスに到った」のと同じ因果応報の構図(禁忌を犯した者が報いを受ける)を持つ、同じ夢の国連作の姉妹編にあたる都市。

主要登場作と読みどころ

  • 「ウルタールの猫」(1920年): 本作そのもの。中心となる原典。冒頭でウルタールの法をまず提示し、その来歴を遡って語るという構成の妙が読みどころ。猫の集団失踪と帰還という怪異現象を、直接的な暴力描写を避けながら仄めかしだけで恐怖を成立させる筆致が特徴。
  • 未知なるカダスを夢に求めて: 長編において、主人公ランドルフ・カーターが夢の国を巡る旅の途上でウルタールに言及・再訪する場面があり、夢の国の地誌上の重要拠点としてウルタールが位置づけられていることが分かる。
  • 「他の神々」: 夢の国の他の作品でも折に触れて言及され、猫が特別な地位を持つ町として一貫した扱いを受けている。

よくある誤解

Q. ウルタールは地球上のどこかにある実在の町がモデルなのですか?

A. いいえ。ウルタールは夢の国(ドリームランド)という、現実の地球地理とは切り離された別位相の世界に位置する町として描かれており、現実世界の特定の場所との対応関係は原典に明記されていません。

Q. 猫を殺した老夫婦は誰に、どのように罰せられたのですか?

A. 原典では「誰が」「どのように」罰したのかは明示されず、猫たちが一斉に姿を消した夜に何が起きたのかも直接描写されません。読者は、後日発見された老夫婦の家の骸骨という結果からのみ、猫たちが仇を討ったらしいことを推測する構成になっており、この「明示しない語り」自体が本作の恐怖演出の要です。

出典

  • [1] “It is said that in Ulthar, which lies beyond the river Skai, no man may kill a cat”(訳: 「スカイ河の彼方にあるウルタールでは、何人も猫を殺してはならないと言われている」) — H. P. Lovecraft, “The Cats of Ulthar”(1920年), 公式アーカイブ
  • [2] “There dwelt an old cotter and his wife who delighted to trap and slay the cats of their neighbours.”(訳: 「近隣の猫を捕らえては殺すことを好む、老いた小作人とその妻が住んでいた」) — 同上
  • [3] “There was in this singular caravan a little boy with no father or mother, but only a tiny black kitten to cherish.”(訳: 「この奇妙な隊商には、父も母もなく、慈しむべき一匹の小さな黒い子猫だけを連れた少年がいた」) — 同上
  • [4] “He stretched out his arms toward the sun and prayed in a tongue no villager could understand”(訳: 「彼は両腕を太陽に向かって差し伸べ、村の誰にも理解できない言葉で祈った」) — 同上
  • [5] “Every cat was back at his accustomed hearth! Large and small, black, grey, striped, yellow, and white, none was missing.”(訳: 「どの猫もみな、いつもの炉端に戻っていた!大小、黒、灰、縞、黄、白、一匹も欠けてはいなかった」) — 同上
  • [6] “Two cleanly picked human skeletons on the earthen floor, and a number of singular beetles crawling in the shadowy corners.”(訳: 「土間には綺麗に骨だけになった二体の人間の骸骨、そして薄暗い隅には見慣れぬ甲虫の群れが這っていた」) — 同上
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