地名(夢の国の町) — ULTHAR

ウルタール

原典

スカイ河の彼方、夢の国(ドリームランド)にある町。「ウルタールでは何人たりとも猫を殺してはならない」という不可侵の法で知られ、その法の起源そのものが物語の主題となる。

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ウルタール

「ウルタールの郊外は実に心地よく、小さな緑の家々ときちんと柵をめぐらせた農地が広がっていた。そして古風な町そのものは、さらに心地よかった――古い切妻屋根、張り出した上階、数え切れぬ煙突、そして優美な猫たちがどうにか場所を空けてくれたときだけ古い敷石の見える、狭い丘の街路」

— H・P・ラヴクラフト「未知なるカダスを夢に求めて」(執筆1926-27年/1943年発表)
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概要

ラヴクラフト「ウルタールの猫」の舞台となる、夢の国(ドリームランド)のスカイ河の彼方にある町。「ウルタールでは何人たりとも猫を殺してはならない」という不可侵の法で知られ[1]、この法がどのようにして定められたかという由来譚そのものが物語の全編を成す。

原典での描写

「ウルタールの猫」(1920年6月15日執筆)

「ウルタールの猫」では、素性の知れぬ隊商が「ウルタールの狭い石畳の通り」に入ってきたと語られ、町の物理的な姿がわずかに垣間見える[7]。

事件のあと、有力者たちが定めた「何人たりとも猫を殺してはならない」という法は、隣町ハテグの商人が語り継ぎ、ニールの旅人が話題にするものになったと締めくくられる[8]。ウルタールという地名は、この一件を境に周辺の町にまで知れ渡る場所として描かれている。

「異形の神々の峰」(1921年8月14日執筆)

「異形の神々の峰」は、スカイ川の彼方にあるウルタールに、地上の神々を一目見たいと切望する老人が住んでいたという書き出しで始まる。その名を賢者バルザイといい、「サンの七秘聖典に深く通じ、遠く凍てついたロマールのプナコティック写本にも親しんでいた」人物として紹介される[9]。弟子である宿屋の息子アタルを伴い、彼はウルタールを発ってハテグ=クラを目指した。

山頂で起きた前例のない月食の轟音は、「平地の実直な小作人たちと、ハテグ・ニール・ウルタールの誠実な町の有力者たちを叩き起こした」と記される[10]。この一件を境に、「今日に至るまで、ウルタール・ニール・ハテグの人々は月食を恐れ、蒼白い霧が山頂と月を隠す夜には祈りを捧げる」ようになったと結ばれる[11]。

「未知なるカダスを夢に求めて」(1926年秋?〜1927年1月22日執筆)

「未知なるカダスを夢に求めて」では、ランドルフ・カーターがズーグ族に未知なるカダスの手がかりを尋ねる場面で、年老いたズーグの一匹が、スカイ川の彼方のウルタールにはいまなお、目覚めた人間たちが忘れられた北方の王国で記し、毛深き食人種グノフケーがロマールの地を滅ぼした際に夢の国へ持ち込まれたという、あの想像も及ばぬほど古いプナコティック写本の最後の一冊が伝わっていると語る[12]。

カーター自身がスカイ川の橋を渡ってウルタールに着く場面では、いにしえの重要な法によって何人も猫を殺すことができないと改めて示され、郊外は「小さな緑の家々ときちんと柵をめぐらせた農地」からなる。町自体は「古い切妻屋根、張り出した上階、無数の煙突、そして猫たちが道を譲ってくれたときだけ古い石畳がのぞく狭い坂道」を持つ、いっそう心地よい町だと描かれる[13]。

物語終盤、ズーグ族との戦いに際してウルタールの猫たちは軍勢として結集し、老いた猫の将軍がその指揮を執る。捕らえた若いズーグの人質は「ウルタールの猫の神殿」に留め置かれることとなったと語られる[14]。

「霧の中の奇妙な高屋敷」(1926年11月9日執筆)

名前が挙がるのみだ。「外なる神々だけがハテグ=クラの頂で踊りに来ていた、スカイ川の彼方、ウルタール近くの石だらけの荒野」という一節に、位置を示す目印として登場するにとどまる[15]。

「銀の鍵」(1926年執筆)

名前が挙がるのみだ。「スカイ川の彼方のウルタールでは、イレク=ヴァドのオパールの玉座に新たな王が君臨しているという噂がある」という一節に、噂の出所として登場するにとどまる[16]。

「銀の鍵の門を越えて」(1932年10月〜1933年4月執筆)

「銀の鍵の門を越えて」では、名前が挙がるのみだ。老フィリップス氏の台詞の中で、「夢の中で多くの奇妙な場所を訪れ、スカイ川の彼方のウルタールで、多くの奇妙で意味深いことを聞いた」という伝聞の出所として言及されるにとどまる[17]。

基本プロフィール

  • 分類: 地名(夢の国の町)
  • 欧文表記: ULTHAR
  • 初出・出典: 「ウルタールの猫」(1920年6月15日執筆/1920年11月、アマチュアジャーナリズム誌『Tryout』にて初発表)
  • 地理設定: スカイ河の彼方に位置するとされる、夢の国の町

由来・モデル

ウルタールは夢の国(Dreamlands)の町であり、現実の地球上の特定地点をモデルとした設定ではない。ラヴクラフトの夢の国連作(「セレファイス」「未知なるカダスを夢に求めて」等)に共通する、覚醒した意識ではたどり着けない別位相の世界の一部として描かれる。町の名「Ulthar」自体に特定の語源的由来は明記されていないが、ラヴクラフトが好んだ古代風・異国風の響きを持つ地名の一つである。

歴史・年表

物語本編で語られる出来事は以下の通り。

  • 法制定以前: ウルタールには、近隣の猫を捕らえては殺すことを好む老いた小作人夫婦が住んでいた[2]。なぜそのようなことをして喜んでいたのか、理由は誰も知らなかったと語られる。
  • 旅の一団の来訪: ある日、素性の知れぬ浅黒い肌の旅人たちの奇妙な隊商がこの町を通り過ぎる。彼らの中に、両親を持たず、慰めとする一匹の小さな黒い子猫だけを連れた少年がいた[3]。少年の名は、物語中では直接明かされないが、古のエジプトの太陽神にちなむ名(メネス)を持つとされる。
  • 子猫の失踪と少年の祈り: 隊商がウルタールを発った後、少年の黒い子猫の姿が見えなくなる。少年は両腕を太陽に向かって差し伸べ、村の誰にも理解できない言葉で祈りを捧げた[4]。空には奇妙な形の雲が集まり、ゆっくりと南へ流れていったという。
  • 猫たちの一斉失踪と帰還: その夜、ウルタールの猫という猫が一斉に姿を消す。翌日、日暮れとともに猫たちは何事もなかったかのように元の炉端へ戻ってくる——大小、黒、灰、縞、黄、白、一匹残らず[5]。ただし以後、猫たちは二日間、誰が呼びかけても食べ物にも牛乳にも見向きもしなかったと語られる。
  • 老夫婦の家の異変: この間、村人たちは老夫婦の家に明かりが灯らないことに気づく。数週間後、恐る恐る家の中を検めた者たちが見出したのは、土間に散らばる二体の綺麗に骨だけになった人間の骸骨と、薄暗い隅を這い回る見慣れぬ甲虫の群れであった[6]。
  • 法の制定: この一件を機に、ウルタールの長老たちは「何人たりとも猫を殺してはならない」という法を布いた。

性質・特徴

物語は「ウルタールでは何人たりとも猫を殺してはならない」という一文で始まり、猫を「古代エジプトの魂」「スフィンクスの親類にして彼女以上に古き記憶の持ち主」と讃える語り口で貫かれている。因果応報譚としての骨格を持ちながら、猫という身近な存在を介して超自然的な報復のメカニズムを描く点が特徴で、ラヴクラフトの他の宇宙的恐怖路線の作品とは一線を画す、寓話・民話に近い温度感を持つ一編として位置づけられる。

関連する人物・存在

  • ボクルグ: サルナスを滅ぼした水蜥蜴の神。ウルタールの猫とは直接の設定上の関係はないが、同じ夢の国の因果応報譚として並び称されることが多く、深淵書架サイト内でも相互参照の対象としている。
  • サルナス: 「禍がサルナスに到った」のと同じ因果応報の構図(禁忌を犯した者が報いを受ける)を持つ、同じ夢の国連作の姉妹編にあたる都市。

主要登場作と読みどころ

  • 「ウルタールの猫」(1920年): 本作そのもの。中心となる原典。冒頭でウルタールの法をまず提示し、その来歴を遡って語るという構成の妙が読みどころ。猫の集団失踪と帰還という怪異現象を、直接的な暴力描写を避けながら仄めかしだけで恐怖を成立させる筆致が特徴。
  • 「未知なるカダスを夢に求めて」: 長編において、主人公ランドルフ・カーターが夢の国を巡る旅の途上でウルタールに言及・再訪する場面があり、夢の国の地誌上の重要拠点としてウルタールが位置づけられていることが分かる。
  • 「他の神々」: 夢の国の他の作品でも折に触れて言及され、猫が特別な地位を持つ町として一貫した扱いを受けている。

よくある誤解

Q. ウルタールは地球上のどこかにある実在の町がモデルなのですか?A. いいえ。ウルタールは夢の国(ドリームランド)という、現実の地球地理とは切り離された別位相の世界に位置する町として描かれており、現実世界の特定の場所との対応関係は原典に明記されていません。

Q. 猫を殺した老夫婦は誰に、どのように罰せられたのですか?A. 原典では「誰が」「どのように」罰したのかは明示されず、猫たちが一斉に姿を消した夜に何が起きたのかも直接描写されません。読者は、後日発見された老夫婦の家の骸骨という結果からのみ、猫たちが仇を討ったらしいことを推測する構成になっており、この「明示しない語り」自体が本作の恐怖演出の要です。

出典

  • [1] “It is said that in Ulthar, which lies beyond the river Skai, no man may kill a cat”(訳: 「スカイ河の彼方にあるウルタールでは、何人も猫を殺してはならないと言われている」) — H. P. Lovecraft, “The Cats of Ulthar”(1920年), 公式アーカイブ ↩
  • [2] “There dwelt an old cotter and his wife who delighted to trap and slay the cats of their neighbours.”(訳: 「近隣の猫を捕らえては殺すことを好む、老いた小作人とその妻が住んでいた」) — 同上 ↩
  • [3] “There was in this singular caravan a little boy with no father or mother, but only a tiny black kitten to cherish.”(訳: 「この奇妙な隊商には、父も母もなく、慈しむべき一匹の小さな黒い子猫だけを連れた少年がいた」) — 同上 ↩
  • [4] “He stretched out his arms toward the sun and prayed in a tongue no villager could understand”(訳: 「彼は両腕を太陽に向かって差し伸べ、村の誰にも理解できない言葉で祈った」) — 同上 ↩
  • [5] “Every cat was back at his accustomed hearth! Large and small, black, grey, striped, yellow, and white, none was missing.”(訳: 「どの猫もみな、いつもの炉端に戻っていた!大小、黒、灰、縞、黄、白、一匹も欠けてはいなかった」) — 同上 ↩
  • [6] “Two cleanly picked human skeletons on the earthen floor, and a number of singular beetles crawling in the shadowy corners.”(訳: 「土間には綺麗に骨だけになった二体の人間の骸骨、そして薄暗い隅には見慣れぬ甲虫の群れが這っていた」) — 同上 ↩
  • [7] “One day a caravan of strange wanderers from the South entered the narrow cobbled streets of Ulthar.”(訳: 「ある日、南方から来た奇妙な旅人たちの隊商が、ウルタールの狭い石畳の通りに入ってきた」) — H. P. Lovecraft, “The Cats of Ulthar”(1920年), 公式アーカイブ ↩
  • [8] “the burgesses passed that remarkable law which is told of by traders in Hatheg and discussed by travellers in Nir; namely, that in Ulthar no man may kill a cat.”(訳: 「有力者たちは、ハテグの商人たちが語り継ぎ、ニールの旅人たちが話題にするその類まれな法、すなわちウルタールでは何人も猫を殺してはならないという法を定めた」) — H. P. Lovecraft, “The Cats of Ulthar”(1920年), 公式アーカイブ ↩
  • [9] “a man deeply learned in the seven cryptical books of Hsan, and familiar with the Pnakotic Manuscripts of distant and frozen Lomar. His name was Barzai the Wise”(訳: 「サンの七つの秘伝の書に深く通じ、遠く凍てついたロマールのプナコティック写本にも親しんだ人物であった。その名を賢者バルザイといった」) — H. P. Lovecraft, “The Other Gods”(1921年), 公式アーカイブ ↩
  • [10] “there resounded on Hatheg-Kla that terrible peal of thunder which awaked the good cotters of the plains and the honest burgesses of Hatheg and Nir and Ulthar”(訳: 「ハテグ=クラの上に、平地の実直な小作人たちと、ハテグ・ニール・ウルタールの誠実な町の有力者たちを叩き起こしたあの恐ろしい雷鳴が轟いた」) — H. P. Lovecraft, “The Other Gods”(1921年), 公式アーカイブ ↩
  • [11] “to this day the people of Ulthar and Nir and Hatheg fear eclipses, and pray by night when pale vapours hide the mountain-top and the moon.”(訳: 「今日に至るまで、ウルタール・ニール・ハテグの人々は月食を恐れ、蒼白い霧が山頂と月を隠す夜には祈りを捧げる」) — H. P. Lovecraft, “The Other Gods”(1921年), 公式アーカイブ ↩
  • [12] “in Ulthar, beyond the river Skai, there still lingered the last copy of those inconceivably old Pnakotic Manuscripts made by waking men in forgotten boreal kingdoms and borne into the land of dreams when the hairy cannibal Gnophkehs overcame many-templed Olathoë and slew all the heroes of the land of Lomar.”(訳: 「スカイ川の彼方のウルタールには、目覚めた人間たちが忘れられた北方の王国で記し、毛深き食人種グノフケーが幾多の神殿を持つオラソエを打ち破りロマールの地の英雄たちをことごとく討ち果たした際に夢の国へ持ち込まれたという、あの想像も及ばぬほど古いプナコティック写本の最後の一冊がいまなお伝わっていた」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926〜1927年), 公式アーカイブ ↩
  • [13] “for in Ulthar, according to an ancient and significant law, no man may kill a cat. Very pleasant were the suburbs of Ulthar, with their little green cottages and neatly fenced farms; and still pleasanter was the quaint town itself, with its old peaked roofs and overhanging upper stories and numberless chimney-pots and narrow hill streets where one can see old cobbles whenever the graceful cats afford space enough.”(訳: 「ウルタールでは、いにしえの重要な法によって何人も猫を殺すことはできない。ウルタールの郊外は小さな緑の家々ときちんと柵をめぐらせた農地からなり、いっそう趣深いのは町自体で、古い切妻屋根、張り出した上階、無数の煙突、そして優雅な猫たちが道を譲ってくれたときだけ古い石畳がのぞく狭い坂道を持っていた」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926〜1927年), 公式アーカイブ ↩
  • [14] “Twelve young zoogs of noble families were taken as hostages to be kept in the Temple of the Cats at Ulthar”(訳: 「高貴な一族出身の若いズーグ十二匹が人質として捕らえられ、ウルタールの猫の神殿に留め置かれることとなった」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926〜1927年), 公式アーカイブ ↩
  • [15] “when only the other gods came to dance on the peak of Hatheg-Kla in the stony desert near Ulthar, beyond the river Skai.”(訳: 「外なる神々だけが、スカイ川の彼方、ウルタール近くの石だらけの荒野にあるハテグ=クラの頂で踊りに来ていた」) — H. P. Lovecraft, “The Strange High House in the Mist”(1926年), 公式アーカイブ ↩
  • [16] “It is rumoured in Ulthar, beyond the river Skai, that a new king reigns on the opal throne in Ilek-Vad”(訳: 「スカイ川の彼方のウルタールでは、イレク=ヴァドのオパールの玉座に新たな王が君臨しているという噂がある」) — H. P. Lovecraft, “The Silver Key”(1926年), 公式アーカイブ ↩
  • [17] “I have been to many strange places in dreams, and have heard many strange and significant things in Ulthar, beyond the river Skai.”(訳: 「私は夢の中で多くの奇妙な場所を訪れ、スカイ川の彼方のウルタールで、多くの奇妙で意味深いことを聞いてきた」) — H. P. Lovecraft & E. Hoffmann Price, “Through the Gates of the Silver Key”(1932〜1933年), 公式アーカイブ ↩
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