用語 — CTHULHU (Transliteration & Usage)

クトゥルフ(表記・用法)

ダーレス以降

「クトゥルフ」の日本語表記ゆれ(クトゥルー、ク・リトル・リトル等)と、神格名を超えてクトゥルフ神話全体やコズミックホラー的な作風そのものを指す比喩的用法についてまとめた用語記事。

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編集部注: 本記事は神格「クトゥルフ」そのものの解説ではなく、「クトゥルフ」という語の表記・用法についてまとめた用語記事です。神格としての設定・原典描写は本項ではなく上記の神格記事を参照してください。

概要

「クトゥルフ」という名前は、日本語圏の受容史の中でいくつかの異なる表記を経てきた。また神格そのものだけでなく、クトゥルフ神話という体系全体、あるいはコズミックホラー的・海洋的な恐怖の雰囲気そのものを指して比喩的に使われることも多い。

原典での描写

本節は「クトゥルフ」という語そのものが原典各作品にどう現れるかをまとめる。神格としての姿・能力の描写はクトゥルフ(神格)記事の「原典での描写」に譲り、ここでは名の綴りと発音、呪句の唱えられ方、各作品での言及のされ方に絞る。

クトゥルフの呼び声(1926年執筆/1928年発表)

「クトゥルフ」という綴りが作中に初めて記されるのは、彫刻家ウィルコックスが夢の中で聞いた「声ではない声」を書き取ろうとした場面である。地の文はこれを「ほとんど発音不可能な文字の羅列」と評したうえで「Cthulhu fhtagn」という綴りを与えており[1]、名前そのものが最初から不確かな音写として提示されている。この作品では「クトゥルフ」は、ルルイエの教団が拝む彫像の名であると同時に、その海底都市に君臨する「大祭司クトゥルフ」という呼び方としても使われ、固有名と称号を兼ねた形で現れる。教団が世界各地で共通して唱える呪句「Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn」も本作が出典だが、全訳は神格記事[4]で扱っているため本節では繰り返さない。

ダニッチの怪(1928年執筆/1929年発表)

『ダニッチの怪』で「クトゥルフ」の名が現れるのは一箇所のみである。ミスカトニック大学附属図書館でウィルバー・ウェイトリーが『ネクロノミコン』のラテン語版(オラウス・ウォルミウス版)を書き写す場面で、司書ヘンリー・アーミテージが肩越しに盗み見て脳内で訳した一節に登場する。ヨグ=ソトースを軸に「古のもの」を語るその一節は、クトゥルフを彼らの「従兄弟」としながらも「彼らを朧げにしか窺い知ることができない」存在と位置づけており、ヨグ=ソトース側の「古のもの」とはやや隔たった立ち位置で名指されている[2]。

闇に囁くもの(1930年執筆/1931年発表)

『闇に囁くもの』では「クトゥルフ」の名は、直接の登場場面を伴わないまま複数回現れる。手記の語り手ウィルマースは「ユゴス、大いなるクトゥルフ、ツァトゥグァ、ヨグ=ソトース、ルルイエ、ナイアルラトホテップ……」という名の列挙の中でこの名に触れ、蓄音機に吹き込まれた儀式の録音でも唱えられる。この録音の文句は「大いなるクトゥルフ、ツァトゥグァ、そして名を秘めし者への讃美を絶えず。彼らへの讃美を絶えず、森の黒山羊に豊穣あれ」というもので[3]、ルルイエで唱えられる待望の呪句とは異なる、讃美専用の文句である。物語終盤、円柱に収められた人間の脳を通じて宇宙の秘密に触れた語り手は「クトゥルフがどこから来たかを知った」とも記しており、名は登場を伴わないまま「起源が秘められた存在」として扱われている。

インスマスの影(1931年執筆/1936年発表)

『インスマスの影』では「クトゥルフ」の名は、老いた元漁師ザドック・アレンの酔いどれの譫言と、変容を自覚しつつある語り手自身の独白という、二つの場面で叫ばれる。ザドックが漏らす教団の秘儀には「Cthulhu R’lyeh wgah-nagl fhtagn」という綴りが現れ、アポストロフィの位置が「クトゥルフの呼び声」の「wgah’nagl」とは異なる異綴りとして記録されている。物語の結末近くでは、深きものへの変容を自覚した語り手自身も「Iä-R’lyeh! Cthulhu fhtagn!」と口にしており、呪句が教団外の人物の口からも漏れ出る形で反復される。作中ではまた、深きものどもがいつか再び地上に現れる日には「大いなるクトゥルフが望む貢物」のために立ち上がるとも語られており[5]、クトゥルフは教団にとって貢物を受け取る対象としても位置づけられている。

狂気の山脈にて(1931年執筆/1936年発表)

『狂気の山脈にて』で「クトゥルフ」は、もっぱら「クトゥルフ教団」「クトゥルフの落し子」という複合語の形でのみ現れ、他作品のような個体の名としては使われていない。作中の記録によれば、南太平洋の隆起とともにタコに似た姿の一族が空から地球に降り立ち、これが「クトゥルフの太古の落し子」[6]にあたるとされ、「古のもの」との戦争の末に太平洋の陸地を譲り受けて都市を築いたが、のちにルルイエごと再び海に沈んだと記されている。

他作品での言及

上記6作品以外では、「クトゥルフ」の名は場面の描写を伴わずに一度か二度触れられるのみである。

  • 『電気死刑執行人』では、メキシコの原住民信仰と混淆した儀式の中で「Cthulhutl」という訛った綴りで名が唱えられる[7]。
  • 『博物館の恐怖』では、蝋人形の怪物群のひとつとして「無数の触手を持つクトゥルフ」の名が挙がるほか、終盤で怪物と化した人物が「Cthulhu fhtagn」を口走る場面がある[8]。
  • 『ネクロノミコンの歴史』では、著者アブドゥル・アルハザードが崇めていた「未知の存在」として「ヨグ=ソトースとクトゥルフ」の二つの名が並ぶ[9]。
  • 『メデューサの髪』では、太古から伝わる恐るべき秘密の起源として「クトゥルフと古きものたちの時代」という形で名前だけが触れられる[10]。
  • 『墳丘の怪』では、地下文明の彫像に刻まれた「トゥル」という名を、語り手が後年「怪異にして名状しがたきクトゥルフ」の伝承と結びつける場面で名が挙がる[11]。
  • 『銀の鍵の門を越えて』では、謎の象形文字の正体が「クトゥルフの落し子が幾多の時代を経てこの地にもたらした」ルルイエ語であるとだけ説明されている[12]。

「時間からの影」については、本文全文を確認したところ「Cthulhu」の語は一度も現れなかった。したがって本節の対象作品には含めていない。

基本プロフィール

  • 分類: 用語(表記・慣用句)
  • 主な表記ゆれ: クトゥルフ / クトゥルー / ク・リトル・リトル
  • 初出: 「ク・リトル・リトル」は日本における初期の紹介・翻訳で使われた古い音写表記

表記の変遷

「Cthulhu」という綴り自体、原典「クトゥルフの呼び声」の地の文で「ほとんど発音不可能な文字の羅列」と評されており[1]、確定した音写は存在しない。ラヴクラフト自身が書簡で発音の目安を示したとする証言もあるが、当サイトでは書簡の本文を確認していない。日本語訳でも複数の表記が並立してきた。

  • ク・リトル・リトル: 戦前〜戦後間もない時期の紹介記事・翻訳で使われた古い音写。現在ではほとんど使われないが、レトロな響きを狙って意図的に引用される例もある(深淵禁書の記事タイトル『ク・リトル・リトル』など)。
  • クトゥルー: 英語の発音により忠実な音写として広く使われてきた表記。
  • クトゥルフ: 現在もっとも一般的に定着している表記。本サイトでも標準表記として採用している。

神格名を超えた用法

「クトゥルフ」は固有の神格名としてだけでなく、以下のような比喩的・総称的な意味でもたびたび使われる。

  • クトゥルフ神話という体系・ジャンル全体を指して、単に「クトゥルフ」と呼ぶ用法(例:「クトゥルフ系の作品」「クトゥルフが好き」)。
  • 具体的な神格や設定を伴わなくても、深海・海洋・人智を超えた存在への恐怖といったコズミックホラー的な雰囲気だけを指して「クトゥルフっぽい」と形容する用法。

こうした広義の用法は、「クトゥルフ」という名前がジャンルそのものの代名詞として定着していることの表れである。姉妹サイト「深淵禁書」で扱うR-18派生作品のように、特定の神格の直接描写を伴わない作品が「クトゥルフ神話生物」「クトゥルフ神話TRPG風」といった言葉だけで紹介されるのも、この広義の用法が背景にある。

出典

  • [1] “…which he attempted to render by the almost unpronounceable jumble of letters, ‘Cthulhu fhtagn’.”(訳: 「彼はそれを、ほとんど発音不可能な文字の羅列『Cthulhu fhtagn』によって書き表そうとした」) — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [2] “Great Cthulhu is Their cousin, yet can he spy Them only dimly.”(訳: 「大いなるクトゥルフは彼らの従兄弟に当たるが、彼らの姿を朧げにしか窺い知ることができない」) — H. P. Lovecraft, “The Dunwich Horror”(1928年執筆/1929年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [3] “Ever the praises of Great Cthulhu, of Tsathoggua, and of Him Who is not to be Named. Ever Their praises, and abundance to the Black Goat of the Woods.”(訳: 「大いなるクトゥルフ、ツァトゥグァ、そして名を秘めし者への讃美を絶えず。彼らへの讃美を絶えず、森の黒山羊に豊穣あれ」) — H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”(1930年執筆/1931年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [4] ルルイエの呪句「Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn」の全訳はクトゥルフ(神格)記事の脚注[4]を参照。 ↩
  • [5] “…they would rise again for the tribute Great Cthulhu craved.”(訳: 「彼らは大いなるクトゥルフが望む貢物のために再び立ち上がるだろう」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth”(1931年執筆/1936年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [6] “the fabulous pre-human spawn of Cthulhu”(訳: 「クトゥルフの太古の落し子」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”(1931年執筆/1936年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [7] “Cthulhutl! Command, and I serve!”(訳: 「クトゥルフトル! 命じたまえ、我は仕えん!」) — H. P. Lovecraft with Adolphe de Castro, “The Electric Executioner”(1929年執筆/1930年発表) ↩
  • [8] “black, formless Tsathoggua, many-tentacled Cthulhu, proboscidian Chaugnar Faugn”(訳: 「黒く形なきツァトゥグァ、無数の触手を持つクトゥルフ、鼻を持つチャウグナー・フォーン」) — H. P. Lovecraft for Hazel Heald, “The Horror in the Museum”(1932年執筆/1933年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [9] “…worshipping unknown entities whom he called Yog-Sothoth and Cthulhu.”(訳: 「彼はヨグ=ソトースおよびクトゥルフと呼ぶ未知の存在を崇めていた」) — H. P. Lovecraft, “History of the Necronomicon”(1927年執筆/1938年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [10] “…the frightful secret that has come down from the days of Cthulhu and the Elder Ones…”(訳: 「クトゥルフと古きものたちの時代から伝わる恐るべき秘密」) — H. P. Lovecraft for Zealia Bishop, “Medusa’s Coil”(1930年執筆/1939年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [11] “…monstrous and unmentioned Cthulhu, a horror which seeped down from the stars while the young earth was still half-formed…”(訳: 「怪異にして名状しがたきクトゥルフ、若き地球がまだ半ば形をなさぬ頃に星々から染み出た恐怖」) — H. P. Lovecraft for Zealia Bishop, “The Mound”(1929-30年執筆/1940年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [12] “…the language of those hieroglyphics is not Naacal but R’lyehian, which was brought to earth by the spawn of Cthulhu countless cycles ago.”(訳: 「その象形文字の言語はナアカルではなくルルイエ語であり、クトゥルフの落し子が幾多の時代を経てこの地にもたらしたものである」) — H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price, “Through the Gates of the Silver Key”(1932-33年執筆/1934年発表), 公式アーカイブ ↩

関連する用語

クトゥルフ(神格)、「クトゥルフ神話」という呼称の成立、コズミックホラー、深きものども

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