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クトゥルフ神話の歴史を四本の流れに分けて並べた年表である。
一本の時系列にまとめないのには理由がある。この神話は、途中から複数の場所で別々に育ったからだ。ラヴクラフトが書いていた1920〜30年代、彼の死後に友人たちが体系を整えた1940年代以降、ゲームとして数値が与えられた1980年代以降、そして日本語圏での受容——これらは重なりながらも、進み方が違う。
一本に混ぜると、「クトゥルフ神話ではこうなっている」という記述がいつの、どの流れの話なのかが分からなくなる。当サイトが三層で記録しているのと同じ理由である。層の考え方は三層で読み解くクトゥルフ神話、神話そのものの入門はクトゥルフ神話とはを参照。
一目で見る四本の流れ
| 流れ | 始まり | 何が起きたか |
|---|---|---|
| 原典 | 1890 | ラヴクラフト個人が短編を書いた時期。体系は無い |
| ダーレス以降 | 1939 | 死後、友人たちが出版を続け、分類と善悪を整えた |
| TRPG | 1974 | 遊ぶための数値が与えられ、一覧が作られた |
| 日本での受容 | 1956 | 翻訳とTRPGという二つの入口から、別々に広がった |
注目してほしいのは、TRPGが始まった1981年の時点で、ラヴクラフトはすでに44年前に死んでいるという点である。現在いちばん多くの人が触れている層は、原典の作者が一度も見ていない。
原典期(1890-1937)
ラヴクラフト個人の生涯と執筆。詳しい年譜はラヴクラフトの生涯と創作活動にある。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1890 | 8月20日、ロードアイランド州プロヴィデンスに生まれる |
| 1893 | 父が精神疾患により入院。以後、祖父のもとで養育される |
| 1904-08 | ホープ・ストリート・ハイスクールに進学。幾何・化学・物理で優秀だったが、健康上の理由で中退 |
| 1912-13 | パルプ雑誌へ批判的な手紙を送ったことをきっかけに、アマチュア出版活動へ参加 |
| 1916 | 最初の短編「錬金術師」をアマチュア出版物に発表 |
| 1917 | 「ダゴン」執筆。海底が隆起して現れるという後の型がここにある |
| 1919 | 母スーザンが精神疾患により入院 |
| 1920 | 「ニャルラトホテプ」(散文詩)。人間の姿で現れる存在が登場 |
| 1923 | ウィアード・テイルズ誌が創刊され、短編5本が一度に買い取られる |
| 1924 | 3月3日、ソニア・ハフト・グリーンと結婚 |
| 1926-28 | 「クトゥルフの呼び声」を執筆(1926年夏)、1928年2月号で発表 |
| 1927 | 「宇宙からの色」発表 |
| 1929 | 「ダニッチの怪」発表 |
| 1930年代 | より長く複雑な作品を書くが売却が難しくなり、他作家の改稿や代作で生計を立てる |
| 1936 | 文通仲間のロバート・E・ハワードが自殺。「狂気の山脈にて」「インスマスを覆う影」発表 |
| 1937 | 3月10日入院、3月15日に死去(1890年生まれなので46歳)。生前に単著の商業出版は無い |
この時期に「クトゥルフ神話」という名前は存在しない。あるのは、固有名詞を貸し借りしながら書かれた個々の短編だけである。作品を年代順に全部たどりたい場合は年代順 全173本の索引へ。
ダーレス以降(1939-)
死後、オーガスト・ダーレスらが出版を引き継ぎ、体系を整えた時期。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1939以降 | オーガスト・ダーレスが遺稿の出版と編集を開始する |
| 1939 | ダーレス『ハスターの帰還』。ハスターを神格として位置づけ、クトゥルフとの対立を導入(ハスターとクトゥルフはなぜ「敵同士」になったのか) |
| 1940-60年代 | 旧支配者対旧神という善悪の枠組み、四大元素への割り当てが定着していく |
| 1960-70年代 | リン・カーター、ラムジー・キャンベルら新世代の作家が神話を継承・拡張する |
| 1972 | リン・カーター『ラヴクラフト──クトゥルフ神話の背後にあるもの』。学術的な整理が進む |
| 1976 | リン・カーターが系譜設定を提示(ハスター・クトゥルフ・ヴルトゥームをヨグ=ソトースの異母兄弟とする) |
現在流通している「神話の設定」の多くは、この時期に作られた。原典に無いものが大量に足された一方で、体系が整ったことで後の作品が作りやすくなった。経緯はラヴクラフト・サークルと後続作家による神話拡張とクトゥルフ神話は誰のものになったのかで扱っている。
TRPG(1974-)
遊ぶための数値と一覧が与えられた時期。詳しくはクトゥルフ神話TRPGの刊行史。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1974 | 『ダンジョンズ&ドラゴンズ』刊行。TRPGというジャンルの出発点 |
| 1978 | 『RuneQuest』と Basic Role-Playing(BRP)の原型。後の判定の仕組みの土台 |
| 1981 | ケイオシアム社から『クトゥルフの呼び声』刊行。神話の存在に能力値と正気度が与えられる |
| 1992 | ジョン・スコット・タインズらが『デルタグリーン』を発表 |
| 1997 | Pagan Publishing社が『デルタグリーン』設定資料集を刊行 |
| 2008 | 3月、Pelgrane Press社より『トレイル・オブ・クトゥルフ』刊行 |
| 2013 | マイク・メイソンがライン・エディターに就任 |
| 2014 | 第7版刊行。能力値のパーセンタイル化、成功度、プッシュロールを導入 |
神話の存在が「比較できる対象」になったのはこの層である。遭遇表が要り、モンスターに数値が要ったからだ。技能という概念も、神格の一覧という発想も、ここから来ている。原典に技能もSAN値も無い。
日本での受容(1956-)
翻訳とTRPGという二つの入口から、別々に広がった。詳しくは日本におけるクトゥルフ神話の受容史。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1956 | 早川書房『幻想と怪奇』第2巻に「ダンウィッチの怪」が収録されるなど、日本語訳が現れ始める |
| 1972 | 創土社『暗黒の秘儀』刊行など、まとめて読める環境が整い始める |
| 1974 | 創元推理文庫『ラヴクラフト全集1』刊行開始。以後、受容の定番として長く読み継がれる |
| 1976 | 荒俣宏編『ク・リトル・リトル神話集』が国書刊行会から刊行 |
| 1980-85 | 青心社『暗黒神話大系 クトゥルー』全6巻が刊行 |
| 1984-86 | 矢野浩三郎監訳『定本ラヴクラフト全集』全10巻が国書刊行会から刊行 |
| 1986 | ホビージャパンがTRPG第2版を翻訳、『クトゥルフの呼び声』ボックス版として発売。第二の入口が開く |
| 1993 | ホビージャパンより第5版を翻訳した改訂版が書籍として発売 |
| 2004 | エンターブレインより第6版を翻訳した『クトゥルフ神話TRPG』発売 |
| 2010年代 | ニコニコ動画等のリプレイ動画文化を通じて若年層へ浸透が加速 |
| 2019 | KADOKAWAより第7版を翻訳した『新クトゥルフ神話TRPG』発売、現行版へ移行 |
入口が二つあることが、日本の受容の特徴である。翻訳書から入った層とTRPGから入った層で、使う表記も知識の順序も違う。同じ「クトゥルフ神話」という語を使いながら指しているものがずれるのは、そのためである。表記の違いは神格名や用語の表記揺れにまとめてある。
四本は、どこで交わったか
別々に進んだ四本だが、交点がいくつかある。そこで神話の性格が変わっている。
交点1: ダーレスの整理を、TRPGがそのまま採用した。1981年のゲームが分類に使ったのは、原典ではなく旧支配者対旧神というダーレス以降の枠組みだった。いま最も多くの人が触れている分類は、二層目を経由した三層目である。原典を読むと分類表が無いことに戸惑うのは、この経路のせいだといえる。
交点2: 日本では、翻訳とTRPGがほぼ同時期に厚くなった。1980-85年に青心社の大系、1984-86年に定本全集、そして1986年にホビージャパンのTRPG翻訳。十年たらずのあいだに、二つの入口が同時に開いている。アメリカでは1981年のゲーム以前に半世紀の読書史があったが、日本ではその蓄積が薄いまま両方が来た。表記が「クトゥルー」と「クトゥルフ」に分かれたのも、この同時性と無関係ではない。
交点3: 2010年代、リプレイ動画が第三の入口になった。遊ぶでも読むでもなく、他人が遊ぶのを見るという入り方である。ここから神話に入った層にとって、最初に触れる情報は原典でもルールブックでもなく、卓の記録になる。
「名前が無かった」ことの帰結
原典期の表を見て気づいてほしいのは、1937年までのどこにも「クトゥルフ神話」という語が出てこないことである。
ラヴクラフトは自分の作品群にまとまった名前を付けなかった。名前を広めたのは死後のダーレスで、選ばれたのは1928年発表の一作品の題だった。経緯は「クトゥルフ神話」という呼称の成立にある。
この順序が、いまも効いている。体系の名前が一作品から取られているので、クトゥルフが最上位の神だと誤解されやすい。実際には作中の肩書きは「大いなる祭司」で、誰に仕えているのかすら書かれていない。名前が先にあって作品が並んだのではなく、作品の一つが名前に採用されたという順序である。
年表を四本に割ったのは、この種のねじれを見えるようにするためでもある。
この年表を読むときの注意
執筆年と発表年が離れている作品が多い。ラヴクラフトは書いたまま発表しなかった作品をいくつも残しており、没後に友人たちが世に出した。上の表では、その差が大きいものは併記してある。
この時差が、神話の広がり方に直接影響している。同時代の読者が読めなかった作品を、後の世代はまとめて読めた。ダーレスたちが体系を整理できたのも、バラバラに発表されたものを一望できる位置に立てたからである。
そしてもう一点。四本の流れは、後になるほど参加者が増えている。原典は一人の作家と数人の文通仲間だったが、TRPG以降は卓を囲む人数だけ書き手がいる。当サイトが派生作品も記録の対象にしているのは、原典に忠実な作品だけを並べても、この神話が現在どういう状態にあるかは見えないからである。
年表に載らないもの
最後に、この年表が写し取れていないものを書いておく。
同人・二次創作の層は、年表に置けない。日本では1980年代以降、商業出版とは別の場所で膨大な作品が作られ続けてきたが、個々の刊行日をたどれる資料が無い。当サイトは派生作品を記録の対象にしているが、それらを一本の時系列に並べることは諦めている。
「いつ広まったか」も正確には書けない。上の表に載っているのは刊行・発売という点の記録であって、読者がどれだけいたかではない。1986年にTRPGが翻訳されたことと、TRPGが広く遊ばれるようになったことは、別の出来事である。点は記録できても、面は記録できない。
それでも四本に割る意味はある。少なくとも「その設定はいつ生まれたのか」を問えるようになるからだ。神格の一覧で各項目に生まれた層を付けているのも同じ狙いで、神一覧では原典51・ダーレス以降22・後世の拡張9・TRPG2という内訳が出ている。原典由来は6割で、残り4割は後から足されたものである。
関連する棚
- クトゥルフ神話とは — まず全体をつかむ
- 三層で読み解くクトゥルフ神話 — 層の分け方
- ラヴクラフトの生涯と創作活動 — 作家個人の年譜
- クトゥルフ神話TRPGの刊行史 — 版の変遷
- 日本におけるクトゥルフ神話の受容史 — 翻訳とTRPGの二つの入口
- 年代順 全173本の索引 — 作品を年代順に引く
- クトゥルフ神話 神一覧 — 神格をどの層で生まれたかつきで引く
出典
- [1] ラヴクラフトの生年月日は1890年8月20日、没年月日は1937年3月15日 — 本サイト内「ラヴクラフトの誕生日」(The H. P. Lovecraft Archive を出典とする)参照 ↩
- [2] ロバート・E・ハワードの没年月日は1936年6月11日 — 本サイト内「ロバート・E・ハワード」参照 ↩
- [3] Weird Tales の第1号は1923年3月号 — Pulp Magazines Project: Weird Talesで確認。アーカム・ハウスは1939年にオーガスト・ダーレスとドナルド・ワンドレイが設立した — Rain Taxi: Sixty Years of Arkham Houseで確認(いずれも2026年9月7日確認) ↩
- [4] 日本での受容の年のうち、1974年(創元推理文庫『ラヴクラフト全集1』、1974年12月刊)、1976年(『ク・リトル・リトル神話集』、国書刊行会「ドラキュラ叢書」第5巻)、1980-85年(青心社『暗黒神話大系 クトゥルー』単行本全6巻、1巻1980年10月・6巻1985年7月)は、国立国会図書館サーチと同サーチの書誌詳細で確認(いずれも2026年9月7日確認)。1986年のTRPG日本語版発売(ホビージャパン、第2版翻訳)については裏付けとなる出典が見つからず、当サイトでは確認できていない ↩
- [5] TRPGの版と日本語版の対応(1981年 初版、2014年 第7版、1986年 ホビージャパン、2004年 エンターブレイン、2019年 KADOKAWA)は、本サイト内「クトゥルフ神話TRPGの刊行史」参照 ↩
- [6] 次の行は本記事の執筆時に独立した確認を取っていない: 1893年・1904-08年・1912-13年・1919年の伝記的事項、1956年『幻想と怪奇』第2巻、1972年 創土社『暗黒の秘儀』、1993年 ホビージャパン改訂版、1976年のリン・カーターによる系譜設定、1992年『デルタグリーン』、1997年 Pagan Publishing、2013年 マイク・メイソン就任 ↩

