旧支配者 — CTHULHU

クトゥルフ

原典

南太平洋の海底都市ルルイエに幽閉され、星辰が正しき位置に至る日を待ちながら眠り続ける旧支配者。眠りの中から感受性の強い人間へ夢を通じて影響を及ぼす。

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クトゥルフ

「タコと竜と人間の戯画を同時に見たような姿」

— H. P. Lovecraft「クトゥルフの呼び声」(1926年執筆/1928年発表)

概要

クトゥルフ神話を象徴する存在であり、原典「クトゥルフの呼び声」(1926年執筆/1928年発表)において、南太平洋の海底都市ルルイエに幽閉され、星辰が正しき位置に至る日を待ちながら眠り続ける姿で描かれる[1]。物語の大部分で彼自身が直接活動する場面はなく、眠りから漏れ出す夢が感受性の強い人間へテレパシー的に作用し、悪夢や精神錯乱を引き起こすという間接的な脅威として展開する[2]

基本プロフィール

  • 分類: 旧支配者
  • 欧文表記: CTHULHU
  • 初出: 「クトゥルフの呼び声」(1926年執筆/1928年発表)
  • 象徴するテーマ: 夢と感応、太古の眠り、人類史を超えた時間尺度
  • 信仰圏: インスマス沿岸地域、グリーンランドなど世界各地に散在する秘密教団

別名/呼称

発音そのものにも複数の証言が並立する。ラヴクラフト自身は1936年8月29日付のウィリス・コノヴァー宛書簡で、舌先を口蓋にぴったり押しつけて「Cluh-Luh」に近い音を、唸るように・吠えるように・咳きこむように発するのが最も近いと説明した。一方、遺著管理者ロバート・H・バーロウは「HPLは『Cthulhu』を『Koot-u-lew』と発音していた」と証言し、オーガスト・ダーレスもこれを支持しており、作者自身の説明と側近の証言が食い違ったまま今日に至る。

日本語表記も訳者・出版社ごとに揺れてきた。1974年刊『ラヴクラフト傑作集』の訳者・大西尹明が採用した「クトゥルフ」表記が今日最も広く定着しているが、大西自身は「発音されると考えられる許容範囲内で、その最も不自然かつ詰屈たる発音を選んだ」と選定理由を述べている。以後も「クトゥルー」「ク・リトル・リトル」「クルウルウ」「クスルウー」など複数の表記が並立してきた。中国語圏では現代表記「克蘇魯」のほか、漢字の「鬼」がクトゥルフの頭部を象った象形文字に由来するとする「鬼歹老海(クイタイラオハイ)」という民間語源説もあるが、これは要検証のファン説の域を出ない。

TRPG設定では、「クトゥルフ」という現在の名称は、『ネクロノミコン』アラビア語版の名をギリシャ語に音訳した語(xthulhu、Χθυλυ)がさらにラテン語表記化したものとされ、世界各地の古代文明の言語記録にも崇拝の痕跡が見られるという後付けの設定が用意されている。

区分

ラヴクラフト自身の原典には明確な神格分類の記述はない。ラヴクラフト当初の構想では、樽型異星人(古のもの)が地球を支配していた時代に外宇宙から飛来した侵略者クトゥルフたちが、戦争の末に南太平洋の大陸を譲り受けたとされ、クトゥルフ陣営の残存種族の間では「善神クトゥルフが宇宙の魔物のしわざで封印された」という伝承すら語られていたという、後年一般化する善悪二元論とは異なる初期段階の設定が存在した。

現在広く知られる位置づけは、オーガスト・ダーレスが体系化したものである。ダーレスはクトゥルフを旧支配者の一柱とし、四大元素(四大霊)のうち水の精の首領として、風の精の首領ハスターと対立する構図に組み込んだ。世界中でカルトが活動していることから、最も恐ろしい旧支配者ともされる。ただしこの対立構造そのものが後世の追加であり、原典に直接的な対立描写はない。

体系によって位置づけはさらに割れる。ブライアン・ラムレイのタイタス・クロウ・サーガでは、邪神の王はアザトースではなくクトゥルフとされ、その力はヨグ=ソトースをも上回るとされる。研究者S・T・ヨシは、ラヴクラフトが先に創造していたダゴンを、クトゥルフはより洗練させたものだと指摘しており、両者を連続的な発想の産物として捉える見方もある。

象徴・モチーフ

夢と感応、海底都市、太古の信仰、星辰の巡り、そして人類史の外側にある時間尺度。

性質・権能

  • 姿は「タコと竜と人間の戯画を同時に見たような姿」と原典で描写され[3]、ぶよぶよした触腕のある頭部が、鱗に覆われた未発達の翼を持つ胴体の上に乗る。ただし外見描写は作品ごとに揺れており、初出「クトゥルフの呼び声」ではイカに近いものとして語られる一方、後年の「狂気の山脈にて」「墳丘の怪」ではタコにたとえられ、単一の確定した外見設定は存在しない
  • 最大の権能は「夢による感応」。海底都市ルルイエで眠りながらも、感受性の強い人間、特に芸術家や神経症的な者へ夢を送り、無意識の層を通じて影響を及ぼす[2]。この力は地理的な距離を超えて等しく届くとされる
  • 教団の秘儀に用いられるルルイエ語の呪句「Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn」(「ルルイエの館にて、死せるクトゥルフは夢見つつ待ちいたり」の意)が世界各地の教団で共通して唱えられているとされる[4]
  • 目覚めの条件は「星辰が正しき位置に至ったとき」とされる[1]
  • 肉体には高い可塑性があり、原典終盤では船の体当たりで一度飛び散った巨体が、船が遠ざかる間に「忌まわしい原形へと霧状に再結合しつつあった」と描写される[5]
  • 後世の設定では、「クトゥルフの落し子」と呼ばれる下位の眷属が無数に存在するが個々の力は弱く、放射性物質を弱点とする

関係図

眷属としては、下級神である「父なるダゴン」と「母なるハイドラ(ヒュドラ)」がクトゥルフに仕え、水棲種族「深きものども」を統べるとされる。ダゴンとヒュドラを深きものどもの長老と位置づけたのはリン・カーターで、この設定はTRPGにも踏襲された。

系譜設定は後続作家によって幾通りも提示されており、相互に矛盾したまま並立している。現在最も広く知られるのはリン・カーターが整理した系譜で、クトゥルフをヨグ=ソトースの息子、ハスター・ツァトゥグァ・ヴルトゥームの異母兄弟とし、ゾスの星に残留した雌神イダ=ヤーとの間に三兄弟(ゾス三神:ガタノトーア、イソグサ、ゾス=オムモグ)、その妹に秘匿された娘クティーラをもうけたとする。この系譜ではハスターと敵対関係にあり、ダーレス系の対立設定を継承している。

一方、ラヴクラフト自身の書簡(いわゆる書簡617号)に基づく系譜では、ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの子であるナグからクトゥルフが、イェブからツァトゥグァが生まれたとされ、この系譜が後にリン・カーター系に取り込まれた。クラーク・アシュトン・スミスによる別系図(エイボン・プノム系図)では、ナグの配偶者でクトゥルフの母にあたる存在を「プトマク」と記すが特に掘り下げられておらず、これとは別に両性具有の始原存在サクサクルースがトゥルゥ(クトゥルフ)を産んだとする、ナグとイェブを介さない系図も存在する。ロバート・M・プライス系の系譜では、アザトースが産んだサクサクルースが雄のナグと雌のイェブに分裂し、この二柱の夫婦からクトルット(クトゥルフ)らが生まれたとされ、ロイガーとツァールがそれぞれクトゥルフとナイアルラトホテップになるという秘めた名を持つという説も併記される。

このほかにも、ブライアン・ラムレイ系ではクトゥルフを邪神群「CCD(クトゥルフ眷属邪神群)」の王とし、地底種族クトーニアンや「クトゥルフの騎士」オトゥームを配下とする(対立する旧神の王もノーデンスではなくクタニドとされる)。ジョゼフ・S・パルヴァー系(TRPG第6版以降にも採用)では、2番目の妻スクタイ(クトゥルフ自身が殺害)、3番目の妻で妹でもあるカソグサとの間に双子の姉妹ヌクトーサとヌクトルーをもうけたとし、右腕的な邪神ムナガラーを配する。ドナルド・タイソンの『ネクロノミコン』では、旧支配者の「七帝」の一柱である父の兄弟の息子という別格の位置づけで最強の軍神とされ、シュブ=ニグラスと交わり地球侵略用の軍勢を生み出したとされる。熱心なラヴクラフトファンだったフレッド・ペルトンの独自体系では、クトゥルフは旧神によって創られ、邪神の王ナイアルラトホテップの顕現(化身)とする、他とは大きく異なる位置づけも存在する(この設定を用いた小説はアーカムハウス社から出版寸前まで進んだが、当時の共同経営者ダーレスによって差し止められ、ペルトンの死後1980年代になってようやく刊行された)。

これらの系譜はいずれも後続作家が個別に構築したものであり、単一の首尾一貫した家系図には整理できない点に注意が必要である。

主要登場作と読みどころ

  • 「クトゥルフの呼び声」(1926年執筆/1928年発表): 中心となる原典。彫刻家ウィルコックスが1925年2〜3月の地震の翌晩から見始めた悪夢と、無意識に制作したキュクロプス的都市の浅浮彫りから物語が幕を開ける。ウィルコックスが夢で聞き取った「ほとんど発音不可能な文字の羅列」が「Cthulhu fhtagn」と書き取られる場面は、クトゥルフという名がテキスト上に初めて刻まれる瞬間である[6]。終盤、ノルウェー人航海士ヨハンセンの手記が、地震で浮上したルルイエの扉からクトゥルフが姿を現す様を記録する。なお、ウィルコックスが見た浅浮彫りをめぐる夢のエピソード自体は、ラヴクラフトがラインハート・クライナー宛の書簡(1920年5月21日)で語った、学芸員が異常な高値で奇妙な浅浮彫りを買い取ろうとする夢がモチーフになったと考えられている
  • 狂気の山脈にて」「墳丘の怪」: クトゥルフをタコに近い姿として言及する後年の作品群。初出でのイカ的な描写との違いが、外見設定の一貫性のなさを示す例としてしばしば参照される
  • クトゥルフ神話TRPG(ケイオシアム社、1981年刊): 日本語版は1992年(第5版、ホビージャパン)、2004年(第6版、エンターブレイン『クトゥルフ神話TRPG』)、2014年/日本語2019年(第7版、『新クトゥルフ神話TRPG』)と改訂・翻訳を重ねてきた。四大元素説やハスターとの対立、七帝説など、原典を離れた体系化の多くがこのTRPGを介して普及した

よくある誤解

Q. クトゥルフの姿は原典で確定しているのですか?

A. いいえ。初出「クトゥルフの呼び声」ではイカに近いものとして語られますが、後年の「狂気の山脈にて」「墳丘の怪」ではタコにたとえられており、ラヴクラフト自身の作品内でも外見描写は揺れています。「タコ・竜・人間の戯画」という有名な形容も、あくまで語り手の主観的な比喩表現です。

Q. ハスターとの宿敵関係は原典の設定ですか?

A. いいえ。四大元素説にもとづく水の精・風の精の対立は、オーガスト・ダーレスが後年体系化したものです。ラヴクラフトの原典には、クトゥルフとハスターの直接的な対立描写はありません。

Q. クトゥルフの系譜(家族関係)は一つに定まっているのですか?

A. いいえ。リン・カーター系、ラヴクラフトの書簡(617号)に基づく系譜、クラーク・アシュトン・スミス系、ブライアン・ラムレイ系、ジョゼフ・S・パルヴァー系、ロバート・M・プライス系、ドナルド・タイソン系、フレッド・ペルトン系など、後続作家が個別に構築した複数の系図が並立しており、相互に矛盾しています。最も広く知られているのはリン・カーターが整理した系譜(ヨグ=ソトースの息子、ゾス三神とクティーラの父)ですが、これも数ある異説のひとつにすぎません。

出典

  • [1] “When the stars were right, They could plunge from world to world through the sky; but when the stars were wrong, They could not live.”(訳: 「星辰が正しき位置にあるとき、彼らは天空を通って世界から世界へと飛び移ることができた。だが星辰が正しからぬとき、彼らは生きることができなかった」) — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表), 公式アーカイブ
  • [2] “When, after infinities of chaos, the first men came, the Great Old Ones spoke to the sensitive among them by moulding their dreams; for only thus could Their language reach the fleshly minds of mammals.”(訳: 「無限の混沌の後に最初の人類が現れたとき、旧支配者たちは感受性の強い者たちに、その夢を形づくることで語りかけた。そうすることによってのみ、彼らの言葉は哺乳類の肉なる心に届き得たからである」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [3] “A sort of monster, or symbol representing a monster, of a form which only a diseased fancy could conceive. If I say that my somewhat extravagant imagination yielded simultaneous pictures of an octopus, a dragon, and a human caricature, I shall not be unfaithful to the spirit of the thing.”(訳: 「病んだ想像力のみが思い描き得るような、一種の怪物、あるいは怪物を表す象徴。いくらか大仰な私の想像力が、タコと竜と人間の戯画とを同時に思い描いたと言っても、そのものの本質を裏切ることにはならないだろう」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [4] “Ph’nglui mglw’nafh Cthulhu R’lyeh wgah’nagl fhtagn”(原文が与える対訳: “In his house at R’lyeh dead Cthulhu waits dreaming.”/「ルルイエの館にて、死せるクトゥルフは夢見つつ待ちいたり」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [5] “The scattered plasticity of that nameless sky-spawn was nebulously recombining in its hateful original form, whilst its distance widened every second as the Alert gained impetus from its mounting steam.”(訳: 「その名状しがたき天空の落し子の、飛び散った可塑的な肉体は、忌まわしい原形へと朧げに再結合しつつあった。その間にも、蒸気機関の勢いを増すアラート号との距離は刻一刻と広がっていった」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [6] “The two sounds most frequently repeated are those rendered by the letters ‘Cthulhu’ and ‘R’lyeh’.”(訳: 「最も頻繁に繰り返された二つの音は、『クトゥルフ』および『ルルイエ』という文字で表されるものであった」) — 同上, 公式アーカイブ
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