禁書 — NECRONOMICON

ネクロノミコン

原典

狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードが西暦730年頃ダマスカスで著したとされる禁書。原題は『アル・アジフ』。ラヴクラフトは950年のギリシャ語訳、1228年のラテン語訳、印刷されなかったディー博士の英訳という翻訳史と、現存写本の所在まで書いた。小説18本・59箇所に出る、神話で最も使われた書物。

公開更新作成AI支援で作成

誤りの指摘・訂正依頼と編集方針は運営者情報へ。

記事内に商品プロモーションを含む場合があります

概要

『ネクロノミコン』は、狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードが西暦730年頃にダマスカスで著したとされる禁書です。原題は『アル・アジフ(Al Azif)』[1]。

神話の書物は数多くありますが、この一冊だけは扱いが違います。ラヴクラフトは、この本のために偽の書誌を一本まるごと書きました。「ネクロノミコンの歴史」(1927年執筆)という短い文書で、翻訳の系譜、禁書指定の年、現存する写本の所在までが年表つきで並べられています[1]。

その結果、この本には版が5つあります。アラビア語の原典、ギリシャ語訳、ラテン語訳、英訳、そして書誌そのもの。この記事では、その5つをまとめて扱います。

原典での描写

小説18本・59箇所という登場回数を、作品ごとに追うとどうなるか。所蔵先・言語・版・引用される文句・読んだ者に起きることを中心に見ていきます。

「ネクロノミコンの歴史」(1927年執筆)が語る書誌

書誌の中身——原題、著者の経歴、翻訳の系譜、禁書指定の年、現存する写本の所在——は、この記事の「五つの項目に分かれている」「禁書になるまでの年表」「現存する写本はどこにあるか」「著者アブドゥル・アルハザード」の各節で扱った通りです[1]。この文書には語り手がいません。原題、著者の経歴、翻訳の系譜、写本の所在を、事典の項目のように並べた文体です。

「猟犬」(1922年9月執筆)での初出

ラヴクラフトの小説でネクロノミコンの名が最初に現れるのは「猟犬」(1922年9月執筆)です[5]。オランダの教会墓地を暴いた「私」とセント・ジョンが持ち帰った緑翡翠の護符について、「私」はそれを次のように認識します。

we recognised it as the thing hinted of in the forbidden Necronomicon of the mad Arab Abdul Alhazred; the ghastly soul-symbol of the corpse-eating cult of inaccessible Leng, in Central Asia.(訳: 私たちはそれを、狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードの禁じられたネクロノミコンに仄めかされていたもの——人跡未踏のレン高原に住む死体喰らいの教団の、忌まわしい魂の象徴——と認めた)[5]

この時点では、まだ言語も版も指定されていません。二人はその後、アルハザードのネクロノミコンで護符の効能と屍食鬼の魂との関わりについて多くを読み、動揺します[5]。版が指定されて現れるのは、13か月後に書かれた「魔宴」(1923年10月執筆)からです。版の内容は次節で扱います。

「祭り」「クトゥルフの呼び声」「ダニッチの怪」での所蔵と引用(二行連句・ヨグ=ソトースの一節)

「祭り」(1923年10月執筆)では、書物としての扱いが場面ごとに変わります。古びた本の山の一冊として現れたあと、読み耽った語り手はこう語ります。

soon became tremblingly absorbed by something I found in that accursed Necronomicon; a thought and a legend too hideous for sanity or consciousness.(訳: まもなく私は、その忌まわしいネクロノミコンの中に見つけたある物に、震えながら没頭していた——正気にも意識にも耐えがたいほど恐ろしい、ひとつの考えと伝説だった)[6]

物語の最後、病院に運ばれた語り手は、医師たちの計らいでミスカトニック大学図書館から同じ本の写しを取り寄せてもらい、同じ章を読み返します[6]。この記事の「現存する写本はどこにあるか」の節で扱った大学蔵書が、作中で実際に貸し出される最初の場面です。

「クトゥルフの呼び声」(1926年執筆)では、本の中身そのものが引用されます。老水夫カストロの証言では、ネクロノミコンには入信者が読みたいように読める二重の意味があるとされ、特に議論の的となる二行連句が示されます。

That is not dead which can eternal lie, / And with strange aeons even death may die.(訳: 永劫に横たわりて死せざるものあり、数奇なる悠久のうちに死そのものすら死しうる)[7]

「ダニッチの怪」(1928年夏執筆)では、瀕死のウィルバーの双子の兄弟が最期に発する言葉が、ネクロノミコンから取られた断片だとされます。

N’gai, n’gha’ghaa, bugg-shoggog, y’hah; Yog-Sothoth, Yog-Sothoth. . . .(訳: ンガイ、ンガー・ガー、バグ=ショゴグ、ヤハー、ヨグ=ソトース、ヨグ=ソトース……)[8]

ウィルバーはこれより前、ハーバード大学ワイドナー図書館でも借用か複写を試みていますが、アーミテージが各図書館へ警告を回していたために果たせませんでした[8]。

「狂気の山脈にて」「時間からの影」「暗闇の悪魔」等での言及のされ方

「狂気の山脈にて」(1931年2月〜3月22日執筆)では、南極で発見された生物ショゴスの正体が、この本と結びつけられます。

what Abdul Alhazred whispered about as the “shoggoths” in his frightful Necronomicon(訳: アブドゥル・アルハザードがその恐るべきネクロノミコンの中でささやいていた「ショゴス」)[9]

続けて語り手は、その狂えるアラブ人でさえ、ショゴスが地球上に実在するとは仄めかしていなかった、と付け加えます[9]。ネクロノミコンの記述が実際の発見に先んじていながら、なお不完全だったという扱いです。

「時間からの影」(1934年11月〜1935年3月執筆)では、語り手が発作の期間に読んだ禁書の一冊として名が挙がるほか[10]、〈大いなる種族〉の時代から後世へ記憶を送り届ける人間の教団の存在が、この本の中で仄めかされていたとも語られます。

a cult that sometimes gave aid to minds voyaging down the aeons(訳: 悠久の時を渡る精神を、時に助けたという教団)[10]

「暗闇の悪魔」(1935年11月執筆)では、主人公ブレイクが読んだ本として「ラテン語版のネクロノミコン」と、版まで指定して名が挙がります[11]。「魔宴」「ダニッチの怪」に続き、読んだ版まで分かる数少ない作品の一つです。

他作品での言及

  • 「闇に囁くもの」(1930年2月24日〜9月26日執筆)では、ミスカトニック大学の書庫に施錠保管された一冊がヨグ=ソトースとクトゥルフの神話群を仄めかす書物として触れられ、終盤ではアザトースという名がこの本によって覆い隠されていたと語られます[12]。
  • 「チャールズ・デクスター・ウォードの奇怪な事件」(1927年1月〜3月1日執筆)では、『カーヌーン・エ・イスラム』と偽装された書架の一冊が実はネクロノミコンだったという発見と、黒魔術の指南書簡が「ネクロノミコンの第七書」を名指しで参照する場面[13]。
  • 「魔女の家の夢」(1932年1月〜2月28日執筆)では、ミスカトニック大学の書庫に施錠保管されたネクロノミコンが、学生ギルマンにアザトースとニャルラトホテプという名を教える書物として言及されます[14]。
  • 「戸口に現れたもの」(1933年8月21〜24日執筆)では、エドワード・ダービーが読んだ禁書の一つとして名が挙がり、終盤では人格を乗っ取る秘法をこの本の中に見つけた、という告白[15]。
  • 「銀の鍵の門を越えて」(1932年10月〜1933年4月執筆、E・ホフマン・プライスとの合作)では、銀の鍵の意匠を解読したカーターにこの本の一章が意味を持ち始め、案内者ウムル・アト=タウィルへの拝礼の所作もこの本から学んだとされます[16]。

版が指定されて現れた「魔宴」

小説群の中でネクロノミコンの名が最初に現れるのは「猟犬」(1922年9月執筆)ですが、そこでは言語も版も指定されていません(前節「原典での描写」参照)[5]。版まで指定されて現れるのは、その13か月後に書かれた「魔宴」(1923年10月執筆)からです。語り手が待たされた部屋で、古びた本の山を見る場面です。

worst of all, the unmentionable Necronomicon of the mad Arab Abdul Alhazred, in Olaus Wormius’ forbidden Latin translation(訳: そして何より悪いことに、狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードの、口にすべからざるネクロノミコン——オラウス・ウォルミウスの禁じられたラテン語訳であった)[2]

この場面で早くも「どの版か」が指定されています。思いつきで書名を出したのではなく、翻訳者と言語を伴って現れました。

同じ山に積まれていた他の本にも注目してください。ジョゼフ・グランヴィルの『サドゥカイ派の勝利』(1681年刊)、レミギウスの『悪魔崇拝』(1595年リヨン刊)[2]。どちらも実在の本です。架空の一冊を実在の書物の列に混ぜる置き方は、ゾーハルの記事で見たカーウェンの書棚と同じ手つきになります。

五つの項目に分かれている

版の一覧です。すべて「ネクロノミコンの歴史」に書かれています[1]。

版言語年訳者・状態
アル・アジフアラビア語730年頃アルハザード。ウォルミウスの時代には既に散逸
ネクロノミコンギリシャ語950年テオドロス・フィレタス。1050年に焼却
ラテン語訳ラテン語1228年オラウス・ウォルミウス。15世紀と17世紀に活字化
英訳英語—ジョン・ディー博士。印刷されず、断片のみ現存

『ネクロノミコン』という書名は、アラビア語原典のものではありません。950年にコンスタンティノープルのテオドロス・フィレタスがギリシャ語へ訳したとき、そこで初めて与えられた題です[1]。

英訳の扱いが特徴的です。

An English translation made by Dr. Dee was never printed, and exists only in fragments recovered from the original manuscript.(訳: ディー博士による英訳は一度も印刷されることなく、原稿から回収された断片としてのみ現存する)[1]

ジョン・ディーは実在の数学者・占星術師で、ラヴクラフトは評論「文学における超自然の恐怖」でも彼をルネサンスの魔術師として名指ししています。その経緯はノストラダムスの予言集の記事で扱いました。

禁書になるまでの年表

「ネクロノミコンの歴史」の末尾には、年表そのものが置かれています[1]。

  • 730年頃 — ダマスカスでアルハザードが『アル・アジフ』を執筆
  • 738年 — アルハザードの死または失踪
  • 950年 — テオドロス・フィレタスがギリシャ語訳、『ネクロノミコン』と題す
  • 1050年 — 総主教ミカエルがギリシャ語版を禁圧・焼却
  • 1228年 — オラウス・ウォルミウスがギリシャ語からラテン語へ訳す
  • 1232年 — 教皇グレゴリウス9世がラテン語版・ギリシャ語版の双方を禁書に指定
  • 15世紀 — ラテン語版が黒字体で活字化(おそらくドイツ)
  • 1500〜1550年 — ギリシャ語版がイタリアで印刷
  • 17世紀 — ラテン語版がスペインで再版

禁書指定の理由まで書かれています。ラテン語訳が出たことで世の注目を集めてしまったため、その直後に禁じられた、という順序です[1]。

活字化された2つのラテン語版については、書誌学者めいた但し書きが付きます。どちらも刊記を持たず、時期と場所は組版の内的証拠だけから推定されている[1]。アラビア語の原典はウォルミウスの時代には既に失われており、それは彼自身の序文から分かる、とも[1]。実在しない本の来歴を、実在の稀覯書を扱うときの語彙で書く。この但し書きが、偽の書誌に手触りを与えています。

版の違いが、そのまま筋になった一例

版を分けて書いたことが物語として効いた場面があります。「ダニッチの怪」(1928年夏執筆)で、ウィルバー・ウェイトリーがミスカトニック大学図書館を訪れる場面です。

彼が持参したのは、祖父から遺されたディー博士の英訳版の写し。ただし欠落があります。大学が施錠して保管しているのは、17世紀にスペインで印刷されたウォルミウスのラテン語版[3]。

upon receiving access to the Latin copy he at once began to collate the two texts with the aim of discovering a certain passage which would have come on the 751st page of his own defective volume(訳: ラテン語版の閲覧を許されるや、彼はただちに二つのテキストの校合を始めた。自分の欠落のある本なら751頁に来ていたはずの、ある一節を見つけ出すために)[3]

探していたのはヨグ=ソトースの名を含む呪文でした。そして校合の結果、彼は食い違い、重複、曖昧さに突き当たります[3]。

ここでは版の違いが、単なる設定の飾りではありません。どの版を持っているかで、できることが変わる。欠けた頁を埋めるために別の版を探す、という行動そのものが筋を作っています。「ネクロノミコンの歴史」で整備された翻訳史が、そのまま物語の駆動装置になった例です。

現存する写本はどこにあるか

ここがこの偽書誌のいちばん凝った部分です。実在の図書館名が並びます。

15世紀のラテン語版は大英博物館に厳重に保管され、17世紀版はパリ国立図書館にある。ハーバード大学ワイドナー図書館、アーカムのミスカトニック大学図書館、そしてブエノスアイレス大学にも17世紀版がある[1]。

噂として書かれているものもあります。15世紀版がアメリカの著名な富豪の蔵書に含まれるという説。そして16世紀のギリシャ語テキストがセイラムのピックマン家に伝わっていたが、1926年初頭に失踪した画家R・U・ピックマンとともに消えたという説[1]。

実在の機関(大英博物館、パリ国立図書館、ハーバード)と架空の機関(ミスカトニック大学)を同じ一覧に並べる。ここでも実在と架空を混ぜる同じ操作が使われています。

著者アブドゥル・アルハザード

著者についても、経歴が用意されています。イエメンのサヌアの狂える詩人で、ウマイヤ朝カリフの時代、西暦700年頃に活動したとされます[1]。

バビロンの廃墟とメンフィスの地下の秘密を訪ね、アラビア南部の大砂漠——古代人のいう「空虚(ローバ・エル・カリイェ)」、現代アラブ人のいう「深紅(ダーナ)」の砂漠——で10年を独りで過ごした[1]。伝説の柱の都イレムを見たと主張し、名もなき砂漠の町の廃墟の下で人類より古い種族の年代記を見つけたとも語っています[1]。

信仰についての一文が効いています。

He was only an indifferent Moslem, worshipping unknown entities whom he called Yog-Sothoth and Cthulhu.(訳: 彼は熱心とはいえないムスリムにすぎず、ヨグ=ソトースとクトゥルフと自ら呼ぶ未知の存在たちを崇拝していた)[1]

死に方も、12世紀の実在の伝記作家イブン・ハリカーンの名を借りて語られます。白昼、多数の凍りついた目撃者の前で、見えない怪物に掴まれ、恐ろしく喰われた[1]。

神話の書物のなかで、突出して使われている

ラヴクラフトの小説104本を検索すると、この本の位置づけが数字で見えます。

書物登場作品数言及回数
ネクロノミコン18本59回
エイボンの書8本—
無名祭祀書6本—

最も多いのは「狂気の山脈にて」(1931年2月〜3月22日執筆)の10回。次いで「ダニッチの怪」(1928年夏執筆)と「魔女の家の夢」(1932年執筆)が各6回です[3]。

「狂気の山脈にて」では、南極で見た情景がこう説明されます。

the still stranger and more disturbing descriptions of the evilly fabled plateau of Leng which occur in the dreaded Necronomicon of the mad Arab Abdul Alhazred(訳: 狂えるアラブ人アブドゥル・アルハザードの恐るべきネクロノミコンに出てくる、邪悪な伝説に彩られたレンの高原についての、さらに奇怪で不安をかき立てる記述)[3]

他の禁書が「並びの一項目」として置かれるのに対し、ネクロノミコンだけは中身を引用されます。語り手が実際に読み、そこに何が書いてあったかが語られる。この差が、数の差になって表れています。

三層のどこに属するか

原典層(1917-1937) — 「猟犬」(1922年9月執筆)が初出で[5]、版まで指定されて現れるのは「魔宴」(1923年10月執筆)からです[2]。ラヴクラフト本人が「ネクロノミコンの歴史」(1927年執筆)で書誌を整備し[1]、小説18本で使いました[3]。5つの版すべてが、この層で書かれています。

なお「ネクロノミコンの歴史」には、R・W・チェンバースが黄衣の王の着想をこの本の噂から得たとされる、という一文もあります[1]。実在の作家を、架空の書物の影響下に置いてしまう書き方です。

ダーレス以降の拡張層(1939-) — 当サイトでは未確認です。資料に当たっていないので、ここは空欄のままにします。なお1970年代以降に実物を称する書籍が複数出版されており、そちらはサイモン版ネクロノミコンで別に扱っています。

TRPG層(1981-) — Chaosium公式索引には “Al Azif 230″、”Necronomicon (English) 230″、”Necronomicon (Greek) 230″、”Necronomicon (Latin) 230″、”Necronomicon, History 230” の5項目が別々に載っています[4]。原典が版を分けて書いたことを、そのまま項目の分割として引き継いだ形です。同じことがエイボンの書にも起きています。

もっと読む

出典

  • [1] H. P. Lovecraft “History of the Necronomicon”(1927年執筆)。原題アル・アジフの語義、アルハザードの経歴と死、950年のギリシャ語訳と1050年の焼却、1228年のラテン語訳、1232年の禁書指定、ディー博士の英訳、現存写本の所在、ピックマン家の噂、チェンバースへの言及、および末尾の年表は、いずれも公式アーカイブの公開テキストによるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hn.aspx
  • [2] H. P. Lovecraft “The Festival”(1923年10月執筆)。ウォルミウスのラテン語訳としての初登場と、同じ書棚に積まれたグランヴィル『サドゥカイ派の勝利』(1681年)・レミギウス『悪魔崇拝』(1595年リヨン)の記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/f.aspx
  • [3] H. P. Lovecraft “At the Mountains of Madness”(1931年2月〜3月22日執筆)、”The Dunwich Horror”(1928年夏執筆)、”The Dreams in the Witch House”(1932年執筆)ほか。登場作品数18本・言及59回は、公式アーカイブが公開している小説104本の全文を2026年9月4日に検索して数えたhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/mm.aspx
  • [4] Chaosium “Call of Cthulhu 7th Edition Index for Keepers and Investigators”(版元公式の無償配布PDF、2026年9月3日取得)。”Al Azif”、”Necronomicon (English)”、”Necronomicon (Greek)”、”Necronomicon (Latin)”、”Necronomicon, History” がそれぞれ別項目で230頁として載っていることは、同PDFによるhttps://www.chaosium.com/content/FreePDFs/CoC%207/Call%20of%20Cthulhu%207th%20Edition%20Index%20for%20Keepers%20and%20Investigators.pdf
  • [5] H. P. Lovecraft “The Hound”(1922年9月執筆)。ネクロノミコンの名が版・言語の指定なしに現れる最初の場面、緑翡翠の護符をレン高原の死体喰らいの教団の魂の象徴と認識する記述、護符の効能と屍食鬼の魂との関わりを読んで動揺する記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/h.aspx
  • [6] H. P. Lovecraft “The Festival”(1923年10月執筆)。読み耽った語り手の記述、および物語の最後にミスカトニック大学図書館から同じ本の写しを取り寄せて読み返す記述は、公式アーカイブの公開テキストによるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/f.aspx
  • [7] H. P. Lovecraft “The Call of Cthulhu”(1926年執筆)。老水夫カストロの証言として二重の意味を持つ二行連句が示される記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cc.aspx
  • [8] H. P. Lovecraft “The Dunwich Horror”(1928年夏執筆)。瀕死のウィルバーの双子の兄弟が発する言葉がネクロノミコンからの断片だとされる記述、およびウィルバーがハーバード大学ワイドナー図書館での借用・複写に失敗した記述は、公式アーカイブの公開テキストによるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/dh.aspx
  • [9] H. P. Lovecraft “At the Mountains of Madness”(1931年2月〜3月22日執筆)。ショゴスの正体をアブドゥル・アルハザードがネクロノミコンでささやいていたとする記述、および狂えるアラブ人でさえショゴスが地球上に実在するとは仄めかしていなかったとする記述は、公式アーカイブの公開テキストによるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/mm.aspx
  • [10] H. P. Lovecraft “The Shadow out of Time”(1934年11月〜1935年3月執筆)。語り手が発作の期間に読んだ禁書の一冊としてネクロノミコンの名が挙がる記述、および悠久の時を渡る精神を助けた教団の存在がこの本で仄めかされていたとする記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/sot.aspx
  • [11] H. P. Lovecraft “The Haunter of the Dark”(1935年11月執筆)。主人公ブレイクがラテン語版のネクロノミコンを読んだとする記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hd.aspx
  • [12] H. P. Lovecraft “The Whisperer in Darkness”(1930年2月24日〜9月26日執筆)。ミスカトニック大学の書庫に施錠保管された一冊への言及と、アザトースの名がこの本によって覆い隠されていたとする記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/wid.aspx
  • [13] H. P. Lovecraft “The Case of Charles Dexter Ward”(1927年1月〜3月1日執筆)。『カーヌーン・エ・イスラム』と偽装された書架の一冊が実はネクロノミコンだったという発見、および黒魔術の指南書簡が「ネクロノミコンの第七書」を名指しで参照する記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cdw.aspx
  • [14] H. P. Lovecraft “The Dreams in the Witch House”(1932年1月〜2月28日執筆)。ミスカトニック大学の書庫に施錠保管されたネクロノミコンが、学生ギルマンにアザトースとニャルラトホテプという名を教える書物として言及される記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/dwh.aspx
  • [15] H. P. Lovecraft “The Thing on the Doorstep”(1933年8月21〜24日執筆)。エドワード・ダービーが読んだ禁書の一つとして名が挙がる記述、および人格を乗っ取る秘法をこの本の中に見つけたとする記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/td.aspx
  • [16] H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price “Through the Gates of the Silver Key”(1932年10月〜1933年4月執筆)。銀の鍵の意匠を解読したカーターにこの本の一章が意味を持ち始め、案内者ウムル・アト=タウィルへの拝礼の所作もこの本から学んだとする記述は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/tgsk.aspx

続きを辿る

隣の棚

記事URLをコピーしました